決戦!即売会を制するのは誰なのか

 戦場と化したオミケ会場に、二人の傑物が悠然と佇んでいる。


「戦闘力の自動識別まで組み込んだ自動転移なんて聞いたことがなかったなあ。彼女以外の魔法使い相手にびっくりすることがまだあるなんて、正直思ってなかった」

「それには此方こなたも同意する。なかなかに新鮮な体験だった」

「ボクも組んでみようかな。君を石の中に飛ばせば面白そうだ」

「砕いて出るが?」

「じゃあ溶岩だ。活火山の中に転移させよう」

「泳いで出るが?」

「…………もしかしてボク、王都暮らしのせいで君に対する認識がおかしくなってる?」

「どうやらそうらしい。此方を物理的にどうこうしようなどど、他の面々に聞かれたら笑われるぞ」

「これは参ったねえ」


 蒼髪の長身の女性が、極大の爆発を拳で粉砕した後。

 遅れてやって来た緑髪の女性は、同人誌がパンパンに詰め込まれたカバンを両手に下げたまま、つうと視線を滑らせた。


「会場を守護する結界を頼む」

「今やったところさ。あの馬鹿には今のでバレたと思うけど……」

「心配あるまい。あの男は無駄に恰好をつけようとするから、此方らがいると分かれば自制して効率的な戦闘に切り替えるだろう」

「普段からそうしてくれたらいいんだけどなあ」


 仲良さげに会話する二人の姿に、エリンの中の何かが反応した。

 どちらも私服姿で、街で見かければ誰もが目を奪われてしまうような美しい姿だ。


 そんな二人が、ただ世間話をしている様子なのに。

 単に美しいだけではなく、被害を防いでくれたからいい人たちだと判断できるはずなのに。


(────格が、違う)


 ハルートの場合は意図的に完全に押さえ込み。

 マリーメイアの場合は戦闘時以外は発生しない。

 ただひたすらに、戦力として、あるいは生物としての格が違うが故に生じる、無差別的な威圧。

 二人はそれを特に抑えることもなく周囲にばらまいていたのだ。


「おっと……大丈夫かい?」


 気づけば彼女たちは、ハルートとアイアスが激突する場所から顔をこちらに向けていた。

 二人の目を見ただけで、エリンの手は反射的に腰元の剣へ飛んだ。


「あっ……ごめん、ちゃんと戦える子だった? じゃあ怖がらせてしまったみたいだ」

「む、すまないな」


 二人は既にエリンの間合いにいる。

 ソードエックス家の戦闘技術を習得し、勇者の末裔ハルートから教えを施されたエリンの抜刀速度は音を超える。瞬きする暇すらなく相手の首を断てるだろう。


 それを理解した上で二人は自然体だった。

 怯えることは何もないと言わんばかりに。


(……あたしが抜こうとしたら、その前に斬られそう)


 異常事態だ。二人は得物を持っていない。

 なのに剣客としての感覚が『自分が斬られる』と断言している。


「うーん、怖がらせ過ぎたね。ボクらは退散するとしようか」


 眼鏡をかけた女の言葉に、剛力の女は首を傾げる。


「いいのか、まだ顔を合わせていないだろう」

「考えてみてほしいんだけど……腹が立つだろう? 久しぶりの再会を、もののついでのように済まされるなんて。申し訳ないけどちょっと耐えられないかもしれない」

「ふむ、なるほど。それは同意だな」


 そんな会話をしながら、二人はその場から歩いて去っていく。

 その背に何か言葉を投げようとして、エリンは息を吸って、けれど言葉が見つからなかった。


「見たところかなりデキるみたいだし、その調子で学んでくれたまえ。できればもう、ボクらの出番なんて二度とこないぐらいにね」


 眼鏡をかけた女性が、振り返ることもなく手をヒラヒラと振った。

 言葉の意味の数割も理解できなかったが──エリンはぐっと息をのんだ。


「わ、分かりました……ッ!」


 この世界にはまだ見ぬ強者がいるなんて分かっていた。

 だがこうも、通りすがりの人間にすら、易々と格の違いを思い知らされるとは。

 自分がまだまだ未熟者であることに奥歯を食いしばりながら、エリンはぐっと拳を握るのだった。




 ◇




 俺の攻撃が少しそれたのは分かっていた。

 アイアスも同様で、俺たちは同時に、会場へと被害が出る前にその対処をしようとしたのだが。


 俺たちが何かをする前に、勇者ビームの爆発がさらに大きな威力を持った何かに消し飛ばされた。

 跡形もない。一応それ世界を救う光とか言われてるやつなんですけど。

 野生の魔王でもいたのかな?


「何だ今のッ!?」


 目を剥いてアイアスが絶句する。

 当然だ、魔力も神秘も感じなかった。急に何かが発生した。

 純粋な威力というか、暴力というか。


「来てたのか……」


 まあ心当たりは、ある。

 これだけの大騒ぎになったのだ、俺のツラを拝みに来ていたっておかしくはない。

 一度がくりとうなだれた。冷静に考えると今の俺は、相当に騒動の渦中にいる迷惑野郎だ。


 ちょっと、かつての仲間に見せられない醜態だったな。

 地面を数度つま先で叩き、息を吸って吐く。

 意識を切り替える──


「……おい、親友。何のつもりだ。今君と戦っているのはこのアイアス・ヴァンガードなんだぞ。何をしている」

「悪い、遊びでも負けられなくなった」


 目を開く。

 全身の感覚が今までよりもクリアになる。

 視線を重ねた刹那に、アイアスの顔を憤怒の赫が彩った。


「……ッ!! そうも直球で蔑ろにされると、流石の僕でも頭にくるなァッ!!」


 瞬間、やつが放出する魔力が桁違いの量と密度に変わる。

 アイアスの感情の昂ぶりに同調して、全体出力が跳ね上がっているのだ。


 感情を制御できないやつは戦場で弱いとたまに聞くが、あれは大嘘だ。

 冷静さを失ってはいけないという言い方なら同意できる。簡単に冷静さを手放すやつはたいてい弱い。


 だがそもそも、感情を発露したぐらいで冷静でなくなるやつに問題がある。

 ……マリーメイア関連のあれこれのせいで、俺にこれを言う資格があるのか怪しいものの。

 厳然たる事実として、強敵も、それを打ち破ったこちら側も、根本的に存在していたのは『心の力』とでもいうべき代物だ。

 俺がロマンチストなわけではなく、それがこの世界を貫く心理なのだ。感情むき出しになるぐらい本気でやれねえやつが勝利できるわけがねえだろ。


「歓びの琴を聞くがいい!」


 あっという間に形成されたのは、物体どころか魔法や神秘すらも食い破る暴威の嵐。

 転移魔法による転移をミクロ単位かつ絶え間ない連続で発動し続けるという、極めて強引に対象を分子分解するとでもいうべき、凶悪極まりない攻撃。

 学生時代はみんなから『何でも絶対分解するビーム』と呼ばれていたそれが、超広範囲かつ超高密度という通常なら並列しない二つのパラメータを最大値にして放たれる。


「いい加減俺の個人情報を切り売りして小銭稼ぐんじゃねえええええええええッッ!!」


 俺もまた剣を振り下ろし、今までで一番の高出力で勇者ビームをぶっ放す。

 試作装備5号の機能を収束に全振りした砲撃だ。

 互いの攻撃が激突し、片っ端から複合多層転移によって勇者ビームが削り取られていく。


 だがアイアスの転移魔法防御には弱点があることを、俺は知っている。

 いたって単純。

 極小の転移魔法を無数に発動しているわけだが、その転移魔法の数を上回る物量の攻撃を叩き込めばいい。


 際限なく勇者の光を剣へ注ぎ込む。

 回路がショートする寸前の量を制御させ、圧縮状態で放ち続ける。


「こ、これは……!?」

「学生の頃と比べて最大出力が全然違うだろ!? 人間ってそういう風に成長してくものなんだよなあ!」


 発動させていた転移魔法の全てを食いつぶして、ついに勇者ビームが直撃しようとする。


「ええい! 力負けすることなんて分かり切っていたさ!」


 アイアスが自分の前面に転移魔法を形成する。

 今までとは違い、一つの転移に集約させた分、対応できる攻撃の規模も大きくなっている。

 でっかくて固い盾をシンプルに出した、みたいなものだ。


 だが、だがだよ我が親友。

 俺だって力負けしたらお前がいったん防御を取ることなんて分かり切っていたさ。

 ──放った勇者ビームが内側から膨れ上がり、アイアスに届く寸前で弾け飛んだ。


「はぁ!?」


 やつが驚愕の声を上げたのは、攻撃が届く前に弾けたからではない。

 弾けた余波で、空間にちりばめられていた待機状態の転移魔法が一掃されたからだ。


「まさかこれ僕対策の!? って、しまッ──」


 アイアスの表情が狼狽に歪む。

 そうだ。俺とお前をつなぐ一直線上には今この瞬間、お前が展開した大規模転移魔法しかない。

 そして俺は自分の体であれば、転移魔法を拒否することができる。


「歯ァ食いしばれ! あと損害賠償の準備をしろ! 裁判所にも来てもらいます!」


 一切のラグなく加速すれば、新たな魔法発動より俺の右ストレートの方が早い。

 無駄に整ったその顔へと拳を叩き込むべく、俺は大地を蹴って跳躍しようとして。




「ごわあああああああああああああああああす!!」




 真横から突っ込んできたデカいゴムボールみたいな物体が、アイアスに激突して彼を吹き飛ばした。

 空中で突然発生した交通事故に、俺の思考が完全にフリーズする。


「ハルート殿と戦っているということはおいどんの敵でもあるでごわすね!」


 ぽよんぽよんと空中でバウンドした後、ゴムボールが四肢を伸ばして姿勢制御する。

 なんだか久々に聞く気がする、あまりにも特徴的なごわす口調。

 誇らしげな表情でこちらを見てくる様は、さしずめフリスビーをキャッチした大型犬のよう。いやキャッチどころか吹っ飛ばしたけど。


 白目を剥いたアイアスが地面に墜落してくるので、出力を最低に落とした勇者ビームを網目状に展開して受け止める。

 その光景を見て、かつてこの国の騎士たちを束ねていた存在は訝し気に首を傾げた。


「む、助けたということはお知り合い? ……おいどん、もしかして何かやってしまったでごわすか」

「まあ、かなり」


 トップガン君って、なんか空気を読めないぐらい強いよね。

 ……人のことは言えない? うるせーよ。



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