吟遊詩人の歓喜
ついに姿を現した我が親友ことアイアス・ヴァンガード。
絶妙に気色悪い感じで登場したこのカッコつけたがり野郎だったが、俺が放った光に呑まれて、今は全体的に黒焦げになっていた。
「くっ……挨拶もないまま不意打ちとは、流石はハルート! 卑怯な戦法を好んで使うだけのことはある……!」
「好んで使ってはいねえよ」
アフロヘアになったアイアスが体を起こし、ごくりと唾をのんだ。
勝手に俺の悪評を撒き散らすのをやめろ。
周囲へと視線を向けるが、そもそも戦場と化していた会場なだけあって全員迅速に撤退を開始していた。
それなりの強さの人たちが集まっていたのだろう。どういう即売会なんだよ。
「久しぶりだな親友。毎回こういう、ふざけた出店をしてるのか?」
「まさか……今回は特別営業だよ」
ゆっくりと立ち上がって、アイアスが服の煤を手で払う。
直撃したとは思えない光景だ。体に薄く引き伸ばす形で転移魔法を貼り付けて、威力を飛ばして軽減させたのだろう。
「俺が来ると思ったからか?」
「それだけじゃァない。なにせ今回僕が売っている本には、かつて僕がゴネにゴネて君に書かせた恋愛の詩が──」
「炸裂しろ破神の光ッ!!」
こいつこいつこいつこいつこいつこいつこいつこいつ!
よりにもよって、とか言ってる場合じゃない。
本気で俺を社会的に抹殺するつもりか。二度と人前に出れなくなっちまうぞ。
試作装備5号を起点として神秘の嵐が巻き起こる。
狙いはアイアス本体ではなく、ブースに並んでいる暴露本だ。
裏側の在庫まで残さず焼き払う。その辺の木の棒を使っていると売り子さんまで巻き込んでしまうが、今回は気にする必要がない。何せ細かい照準を補正する装置がある。
「燃えろ俺の黒歴史──!」
「させてあげられないなッ」
いつの間にかアフロから回復していたアイアスが、その腕を振るう。
優秀な指揮者がオーケストラの面々へ指示を飛ばすようにして、流麗かつ鋭い軌道で剣指が宙を裂いた。
直後に発動するアイアスの魔法。詠唱を破棄した転移魔法を数十並行で走らせていた。
放った光の嵐が、高速回転する鉄のやすりとぶつかったみたいにして片っ端から削り取られていく。
不可視の転移領域が、俺の攻撃を別の場所へ細かく分割して飛ばしているのだ。
「相変わらず小賢しい技を……!」
転移魔法を弾く、という技を覚えていなければ、これを直接ぶつけられてデッドエンド確定の凶悪魔法。
さらにいえば、意識して転移を拒否できるのは自分の体に限った話なので、無機物に対しては天敵と言っていい破壊力を発揮する。
自らの意思で魔法をレジストすることができない存在を分子レベルに分解して抹殺することができるわけだ。もう転移魔法を名乗るのはやめた方がいい。
「本を先に狙うぐらいなら、この僕を狙いたまえ! 久しぶりの再会なんだ、目移りされると拗ねちゃうかもしれないぜ?」
「拗ねたらどうするんだよ」
「分かってるだろう? ──在庫の箱を全部王都にバラバラに転移させる」
脅しなんだよな。
尋常じゃないぐらいストレートの脅迫なんだよな、それ。
「何か要求でもあるのか?」
「本音で言わせてもらうよ。構ってほしいのさ」
「帰るわ……」
俺は試作装備5号を腰に差して、踵を返した。
マジで時間の無駄だった。本売り切って帰ろう。
「待て待て待て! 帰るなら王都にバラまくよ、君の謹製ラブレターを!」
「それは本当にやめてくれ」
ラブレターなんて書いたことなかったから、心の中でマリーメイアを強く思い浮かべて書いたんだよな。
冷静に考えると気色悪すぎる。
まだ出会ったことのない相手へのラブレター、どう考えてもヤバイ。
「じゃあ構ってやるけど──
「無論さ! 単調な追跡劇には飽きていたんだ、二重奏と洒落込もうじゃァないか! 我が親友ッ!」
途端、会場が軋んだ。
逃げ出した人々だけでなく、自分のブースを必死に守っている人々が顔色を変える。
アイアスの体から放たれる圧倒的な出力は、普通に生きていても、というか軍属だったとしても滅多に出会うことのないレベルだろう。
「分かった、その願いを肯定してやるよ」
親友へと向き直り、俺は再び剣を握った。
視界の片隅でエリンがしれっとアイアスのブースへ近づいていくのが見えた。
頼むマジ任せた。
「【瀆すは神代】【赤子の祈り】【我は愚かな殉教者】【零落を嘆くがいい】──
アクティブスキル『救世装置(偽)』をフル詠唱で起動。
試作装備5号を勇者の剣に書き換える。このスキルを発動するために製造された剣が輝きを宿した。
顔を上げてキッと睨めば、アイアスは不敵な笑みを浮かべてその両腕を振るう。
「【紡ぐは嬉遊曲】【狂奔の号令】【輝く星を汚し貶めよう】【人々の大地に堕ちるがいい】──
発動するは、ゲームシステム上のアクティブスキル『レシテイション・ディヴェルティメント』。
やつが学生時代に最も多用していた、汎用性が高く使い勝手のいい魔法。
「遊びでそんなあぶねえ魔法使ってくんな──よッ!」
放った神秘の勇者ビームがまっすぐアイアスへと伸び、しかし空中で霧散する。
目に見えないが極小の転移魔法を発動させられて、分解されたのだろう。
先ほどまでも使われていた『レシテイション・ディヴェルティメント』が、詠唱を経たことで完全な出力で発動している。
ゲーム上の言葉を使うのなら、最大の特徴は防御無視効果を有することか。
だが現実に即して表現するのなら、防御無視な上に当たったら即死まであるのがこれだ。今は俺の攻撃を即死させられた。
「僕はただ、自分が望むままに奏でているだけさ! 人々を魅了し聞き惚れさせることこそ、僕がここにいる意味なんだから!」
周囲に魔法が発動する気配を察知し、転がりどく。
展開された転移陣から飛び出した刃たちか、俺のいた空間を引き裂いた。
そのまま会場の外へと走って抜ける。これだけ密集していると、転移しまくるアイアス側が有利だ。
外に出てから顔を上げれば、ちょうど転移してきたアイアスが会場上空に降り立つところだった。魔力を固めて足場にしているらしい。
互いに考えていることは同じだ。
ここなら出力を引き上げられる。
「吹き荒べ、涜神の嵐ッ!」
「蒼き旋律の時間だ!」
互いに正面から、剣と腕を振るう。
放った光と伝播する不可視の分解光線が激突した。
余波に視界が白く染め上げられる中で、俺とアイアスは互いの姿をはっきりと認識し、更なる攻撃を繰り出すのだった。
◇
空中で熱線やら光線やらが飛び交い、爆発する。
純粋な魔力ではなく、騎士や祈祷師が用いる神秘ですらなく、ただ勇者の血を引く者だから扱えるという謎の怪光線。それが空を引き裂いている。
「なにこれ」
理解できない光景だった。
当人たちはきっといくつも理屈があって、理論を持って、合理的に戦っているのだろう。
だがそれは──例えば台風と台風が会話をしているんですと言われても、人間にとっては災害であるのに変わりないのと同じこと。
「なにこれ……」
アイアスのブースに立ち入って、売り子たちを昏倒させ在庫全てを焼却したエリン。
任務達成をハルートへ告げようと外に出たものの、何が起きているのかさっぱりわからない怪獣大決戦を前にして立ちすくむことしかできなくなっていた。
オミケ会場からは離れた場所に移動してくれたおかげで、直接巻き込まれて被害に遭う人はいなくなったが……
(……ッ! センセたち多分手加減してるんだろうけど、全然被害出ちゃいそうなんだけど!?)
問題はあまりにも大きな激突の余波だ。
ハルートもアイアスも『まあ誰かがなんとかするだろ、これぐらいなら』と思っていた。
二人が腕を振るうたびに空が爆砕し、余波だけで会場が大きく軋む。加減していると言われても信じがたい光景に、人々は終末とはこういうものなのだと確信した。
(センセのビームと、吟遊詩人さんの……衝撃波? 違う、もっと別の何か。っていうか単純な衝撃波よりはるかに怖い! センセのビーム分解してるじゃん!?)
何が起きているのか分からず呆然とするエリンだが、ハッと周囲を見渡す。
(ってそうじゃなくって! 防がないと──)
まさしくその刹那だった。
ハルートが乱反射ではなく一点に収束させた光線を放つ。
瞬時に展開された多重複合転移魔法によって、削るというより捻じ曲げられたその砲撃。
安全な方向へと導かれたはずのそれが、伸びていくのではなく宙で爆散した。
「……!!」
エリンは正確にその危険性を見抜いていた。
遠方での爆発であるにもかかわらず、何かの運が悪かったのか、その衝撃波が到達すれば会場に被害が出るだろう。
(あたしがあの衝撃を、斬るしかない──)
できるのか、という疑念がよぎりながらも、手は自然と動いていた。
腰に差している刀の柄へと右手が伸びる。
だが、それよりも早く。
エリンの前に人影が現れた。何の予兆もなかった。
「そこの可憐な少女。衝撃に備えるといい」
「え?」
長い青髪と声で女だと分かったが、背丈はエリンはおろかハルートや呪いの解かれたトップガン・ブレイブハートより高いだろう。
身に纏っている衣服越しにも、鍛え上げられた肉体が分かる。
だが彼女からは、魔力や神秘といったものが感じられない。
挙句の果てには武器一つ見当たらない。完全な徒手空拳、というより手ぶらの一般人である。
破壊の光が上空で膨れ上がる中で、エリンが制止の声を上げるよりも早く。
長身の女性が、弓を引き絞るようにして腕を構えた。
(まさか)
エリンの疑念には、半分ぐらいは『できるはずがない』という否定が混じっていた。
そんなこと、あるはずがないのだ。
だって今も膨張しついに破裂の瞬間を迎えている空の光球から放たれる威力は、一帯の雲を薙ぎ払いながら地面を割っていて、家屋をまとめてなぎ倒すことなど容易なほどに高いのであって──
《b》「フン!」《/b》
──それが拳の一撃で木っ端みじんに砕かれた。
「へぇぁ……」
非現実的すぎる光景を前にして、エリンは間抜けな声を上げることしかできなかった。明らかにパンチが届く間合いではなかったのだが、なんかパンチしたら壊れた。エリンの脳もかなり壊れていた。
「む」
拳で空高くの爆発を砕いた女が、ふと後ろに振り向く。
彼女の視線はへたり込んでいるエリンではなく、いつの間にかエリンの隣に立っていた別の人間に向けられていた。
(……ッ!? 気づけなかった!?)
ガバリと顔を上げ、いつの間にかいた緑髪の女を凝視する。
ソードエックス家と冒険者学校で訓練を積んできて、高速での近距離戦闘を得意としている自負があった。
なのに間合いの内側はおろか、本当にすぐ隣に来ていたのに、何一つとして察知できていなかった。
「や、お疲れ様。ボクもだけど、随分と遠くまで飛ばされていたようじゃないか」
「汝が対抗魔法で砕かなかったのが原因だろう。
仲良さそうに話す二人。
それはかつてハルートと共に旅をした、人類最強パーティが二席。
死を統べる僧侶と暴力の化身たる女騎士が、そこにいた。
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