降りかかる試練②

 今、俺たちの目の前には東京ビッグサ……じゃなくてオミケ会場がある。

 間違えるのもやむなしというか、かなりハッキリと外見をパクっている。

 その辺はメーカーの遊び心といったところか。


 プレイしている間は爆笑してたけど、コレ実際に目の前に出て来れられると、郷愁でちょっと泣きそうになるな。

 風景とか人々の服装に比べてアンバランス過ぎるものの、それを超えて余りある懐かしさだ。


「変な形の建物だね~」

「変な形なんかじゃないッッ」

「急に何?」


 エリンの言葉を聞いた途端に大声を上げた俺に対して、シャロンが訝しげな目を向けてくる。

 おっと、イカンイカン。

 つい前世が漏れてしまった。


「でも、建物としてはこの形である必然性ってなくな~い?」

「それはまあ、色々とあるんだよ。建物は実用性がすべてじゃないんだ、武器や魔法だって同じさ」

「え~……? 結局一番大事なのって、実用性な気がするけど♡」


 転移魔法で飛んできたサークル参加者たちは、今はスタッフたちに従って列を作っている。

 もうスタッフさんを信じることなど到底できないが、じゃあ誰を信じるんだよとなったらスタッフさん以外に誰もいないので、完全なデッドロックに陥っていた。


「ハルート様」

「ん?」


 そんなスタッフのうち一人が、気配を完全に消してこちらに近づいてきた。

 雑木林で俺に並走していた、忍者じみた人だ。


 クユミもあれぐらいならできるだろう……いや、体感だけど明らかにクユミの方が精度は高かった。

 だけど、それは幼いころから積んできた特殊な訓練の甲斐あってこそ。

 一般人として社会に馴染みつつこれができるのは凄いと思う。


「今回のオミケ開催にあたってアドバイザーとして参加してくださっている方から伝言です」

「アイアスですよね?」

「会場内では勇者ビームの広範囲拡散だけは勘弁してほしい、会場を破壊されては困るとのことです」

「元々それはやらないようにと思っていましたが……だからアイアスですよね? これを勇者ビームって言ってくる知り合いなんて少ないからほぼ確実なんですけど」

「では」


 俺の問いに答えないまま、スタッフさんはシュッと消えていった。

 首根っこ掴んでひっとらえてやろうかと思ったが、列を乱すわけにもいかないのでぐっとこらえる。


 そうこうしていると、魔法を用いて拡声されたアナウンスが一体に響いた。


『それではお待たせしました、サークル参加者様方の入場を開始いたします──』


 刹那、足元に広がる魔法陣。

 性懲りもなく! 読めてるんだよこれぐらい。


 とっさに踏み砕いて転移をキャンセルしつつ、生徒三人の腕をつかむ。

 転移対象外の人間が触れている場合は、基本的にまとめての転移として処理されるのがこの魔法だ。

 しかしその際、本来は対象外である俺も対象に入れるべく魔法の側から俺に干渉してくる。

 逆にそこで先ほどと同様、魔法を破壊して転移をキャンセルできるわけだ。


『えっ何!?』


 砕け散った魔法陣の輝きが、大気に溶けるようにして消えていった。

 魔法が発動したけど発動しなかった、みたいな状況に置かれて三人が目を丸くする。

 馬車ワープを食らった以上は、ここから先はアイアスの思い通りに居場所を操作されるわけにはいかない。


「あいつの十八番の魔法……何も対策してないわけがないだろ? というか、学生の頃からもう対策しまくってたぐらいだ」


 昔からの得意技だったよな、位置を入れ替える攪乱魔法。

 四対一でボコボコにされている途中で急に自分と他一人を入れ替えたりとかよくやってたもんな。


「……ん?」


 アイアスの策を突破してやったぜ、とドヤ顔をしていると、ひゅうと風が吹いて木の葉を飛ばしていった。

 他の参加者たちは転移されて、もう俺たち以外に残っている姿はない。

 そして何も起こらない。


「……あの、転移を拒否しましたか?」


 恐る恐る顔を出した先ほどのスタッフさんが、気まずそうに問いかけてくる。


「あ、はい。転移されたくないなーって……」

「その、今のは罠ではなく、会場内の各サークルブースへと皆さまを個別にご案内するものでして」

「………………」


 三人からの視線が突き刺さり、俺は半眼になって空をにらんだ。

 分かるかそんなもん。今までさんざん転移で好き放題されてきたのに、今回だけはちゃんとしてるとか、予想できるかよ。


 っていうかこの世界、そりゃ元がゲームだから仕方ないんだろうけど、転移陣に対する警戒心が薄すぎるんだよ。ダンジョンにあるやつを普通に使うの、分かるよ、分かるけど、でもどこに飛ばされるのか分からないんだから本当に怖いんだよあれ。

 アイアスが軍人とかになって転移魔法で大暴れしてたらこの世界の常識はひっくり返っていただろうな。


「あいつ、味な真似をしてくれるじゃねえか……!」

「いやセンセの自滅だからね」


 三人に腹を小突かれ脛を蹴られ、俺は半泣きになりながら、スタッフさんの案内に従い徒歩で会場入りするのだった。


 ちなみに前もって用意しておいた在庫とかシャロンが雇った売り子さんたちは現着しており、俺たちに先んじて会場で設営を行ってくれていた。

 どうやらサークル主が脱落しても本自体は売れるように取り計らっていたらしい。


 いや何の意味があったんだよ今までの試練はよォ!!




 ◇




「さっすがは我が親友……自発的に頑張ると空回りがちなのは変わってないなあ。まあ、スペックが突き抜けてるから問題ないのも事実だけど。やっぱりあいつに本気出されちゃうと困るなあ」

「アイアス様、そう言っている割には口角が釣り上がっているように見受けられますが」

「え~っ? 気のせいじゃないの?」

「そうですか……それと」

「うん、雑木林での動きで、潜入している他国の特殊部隊隊員は割り出せた。彼ら彼女らは会場とは別のところに転移してもらったよ、これで結構楽になったんじゃないかな? 特に会場内での突発戦闘の可能性はぐっと下がったと思う」

「感謝します。本当に、ちゃんと考えるべきところは考えてくださっているんですね……ロクデナシのくせに」

「あれ? 順番逆じゃない? それ結論としては僕を貶めてない?」

「で、いよいよオミケが始まりますが、どうされるのですか」

「無視かよ。えーと、どうするって……一般参加の方は、僕の策でなんとか捌けそうだろう?」

「ええ。ですがアイアス様本人は……」

「ハハハ! なんだなんだ、僕のことを心配してくれているのかい? これは驚いたな……当然ながら問題ないさ。オミケが終わったら、僕がいかにハルート相手に大立ち回りを繰り広げたのかじっくり教えてあげるよ、朝までかけてね」

「チッ、うっさ……では準備に向かいます……ホントうざ……」

「一番傷つく対応されたんだけど?」




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