降りかかる試練
オミケ当日の早朝。
まだ日が昇り始めたばかりだというのに、俺たちは雑木林の中を走らされていた。
「なんでこんなことしなきゃいけないんだよ……!」
悲鳴を上げながら必死に走る。
他の人々は既にスタートを切って、ゴール……ゴール? わかんないけど先に行っている。
ていうかエリンたちの姿も見えない。
完全に俺だけが置いて行かれていた。
「クッ……これ絶対アイアスのやつの仕込みですよね!?」
「お答えできません」
俺と並走する形で木々の上を駆けているオミケスタッフさんが、素知らぬ声で答えた。
だからこの人は何なんだよ。
「では、試練をどうぞ乗り越えてください」
「な……ッ!?」
そう言われるや否や、雑木林のあちこちで魔力の反応が炸裂した。
目を凝らせば、前方を走っていた人々が次々と宙へ打ち上げられている。
どうやら地雷型の反発魔法を設置しているらしい。
慌てて魔力反応を探ろうとして、とっさにその場から横へ飛びのく。
直後、地面に擬態していたネットが勢いよく引き上げられた。
ウサギとかを獲るあれじゃん。
「魔法の罠と物理的な罠を混ぜているのか……」
厄介だな。
これもしかしてお遊び気分だと厳しいやつか?
「エリーン! シャローン! クユミー!」
「はいは~い♡」
ひとまず合流するかと生徒たちの名を叫ぶと、即座にクユミが木の上から降って来た。
本日二度目の忍者みたいな動きをする人間との遭遇である。
「他の二人は?」
「最前列で悪戦苦闘中だよ~♡」
「悪戦苦闘? あの二人が?」
俺の問いかけに、クユミはゆるゆると首を横に振る。
「逆質問になっちゃうんだけどさ、クユミちゃんたちを10とした場合、吟遊詩人さんってどれくらい強いの~?」
「55~60ぐらいだな」
「だったら多分、せんせいが思ってるよりもはるかにガチで、向こうは罠を仕掛けてるんじゃないかなあ♡」
「ふうん」
周囲を見渡すが、確かに雑木林に仕掛けられた罠たちはどれもこれも悪辣なものばかりだ。
何も対策せず走っていると回避しきれないだろう。
「チッ……付き合ってられるか。クユミ、俺から離れるな」
「えっ?」
「【瀆すは神代】【赤子の祈り】【我は愚かな殉教者】【零落を嘆くがいい】──
きょとんとした顔になった彼女を抱き寄せて、俺は握っていた試作装備5号に勇者の光を流し入れる。
今回は拡張機能を使うまでもない。
出力を適当に絞りつつ、無秩序に乱反射させて勇者ビームで一帯を薙ぎ払う。
作動していたもの、作動していなかったものを区別することなく、罠たちを光で破壊する。
「わ、わぁ……」
他のサークル主さんたちも足を止めて、慌てて巻き添えを食わないように避難していた。
そうしてくれると助かる。出力を引き上げて、もっと広範囲を焼き切っていく。
「これが一番早いだろ」
「お、大人げな~い♡」
頬を少し赤くしたクユミは、普段のキレが感じられない言葉を返してきた。
なんだ、意外と動揺してるのか? その割には最初ノリノリだった気がするが。
「わああああああああなんかデッカイ光のハリネズミが歩いてるううううう!?」
「滅茶苦茶なことし過ぎないでよ先生ッ!?」
光の出本が俺だと察した様子で、エリンとシャロンが攻撃をかいくぐりながら駆けてきた。
それから俺の傍にいるクユミを見て、スッと目から光を消す。
「センセそれ何?」
「えっ……クユミだけど……」
「そういうこと聞いてるんじゃないんだけど」
「あはは……まずいとこ見られちゃったね~……」
二人には当たらないよう放射を調整していると、ムッと頬を膨らませてエリン達も安全圏まで近づいてくる。
「とにかく、これで進めばいいんでしょ! ほらもっとシャロン詰めてッ」
「これ以上は詰めないけど?」
「なんでよ! じゃあクユミ、もう十分でしょ!」
「十分なことはないかな~♡」
なんか揉め始めてしまった。
ギャアギャアと騒ぐ三人と引っ付きながら、団子状態で少しずつ前へと進んで行く。
圧倒的な火力と範囲ですべてを罠を焼き切っていくから、一度引っかかった参加者も復帰し、俺たちに従うようにして前へ進み始めていた。
そもそもこんなしょうもない罠でオミケ参加できなくなる人とかいたら嫌だし、目標は全員参加でいいかな。
『なんだよこの馬鹿げた出力と範囲……!?』
『勇者の末裔ハルート、何も衰えていないじゃないか!』
『適当に放射してるように見えて、角度調整が入ってるのか?』
『これが……勇者アルティメットバースト……!』
背後から戦慄の声が聞こえる。
そこまで分析できるってことは素人じゃないな。軍属とは言わずとも、例えば貴族出身でそれなりに魔法をかじった人、なんてケースが多いか。
このふざけたゲームに参加させられている人は、アイアスによって選抜されたメンバーかもしれない。
あと勇者アルティメットバーストって何?
知らない必殺技が生やされてるんだけど。
「ん?」
そうして前に進んでいると、先行していた連中が軒並み足止めを食らっているのが見えた。
見れば雑木林を抜けたところに、巨大な魔法陣が敷かれている。
「あれは、転移魔法陣?」
「そうみたい、でも誰も乗ってないね」
「結界で守られてるからかな~?」
三人の推測は当たっている。
大規模な転移魔法を発動するための陣であり、そしてその魔法陣を守る結界が展開されていた。
「前にいる人たち、どいてくれ! 三人もちょっと離れてくれるかな」
試しに、無秩序に放たれていた勇者ビームを試作装備5号の機能を用いて調整、前方に収束させる。
エリン達が距離を取り前方の先行組も退いた後、勇者ビームが結界に直撃──したように見えた。
『…………ッ!?』
驚愕に、この場にいる一同の呼吸が止まるのが分かった。
山を削り取り、魔王の影すらも消し飛ばした、世界を救う輝きを束ねて放つ極光。
それが目の前の結界に受け止められている。傷一つないままにだ。
いや、よく見れば何が起きているのかは分かる。
目に見えた防御結界は一つだけだが、攻撃にのみ反応する防護壁が周辺に展開されているのだ。
それらはヤスリがけするようにこちらの光を削り、弱らせたところでさらに不可視の防壁を何重にも重ねて減衰させ、最終的には本命の防御結界で受け止めている。
俺の手元で放射されてから到着前の間に、実に百を超える数の防壁が作動していた。
「そんな、センセの砲撃が通らないなんて──」
「滅茶苦茶やってんじゃねえええええかアイアスうううううううううっ!!」
周囲の人々がギョッとしてこちらを見る。
恥も外聞もない。俺は完全に事態を把握してブチギレていた。
あの野郎!
本気も本気の仕込みをしてやがる!
馬車ワープ魔法の段階であいつにしては珍しくやる気だと思ったが、ここまでくると頭にきた!
「試作装備5号! 初から漆式まで縛鎖切断! 出力臨界!」
口頭伝達で剣に指示を出す。
バチバチと音を立て、試作装備5号が過剰な光を放電現象の如く周辺へ撒き散らす。
「えっちょっ、センセ待っ」
「疑似聖剣顕現・
大上段へと振り上げた剣を、真っすぐに振り下ろす。
制限を取っ払った光の柱が無数の防護壁をまとめて貫通。
そのまま最後の防御結界を、印刷用紙にショットガンを叩き込んだかのように粉砕した。
「……フーっ」
格付けにも近い儀式が完了した。
あいつが本気で仕掛けるのなら、こっちも本気で攻める。
今のは、そういう宣戦布告だ。
「……センセ」
「ん?」
恐る恐るといった様子で口を開いたエリン。
彼女はこちらを、なぜか少し冷たい目で見ていた。
「今の、距離を詰めてゼロ距離で撃ち込めば、ここまでする必要はなかったんじゃない?」
「あっ」
普通にそれはそうだわ。貫通した先、何もないのは把握していたけどまあまあな焼け野原だし。
見れば転移魔法陣がちょっと焼け付いている。あっぶね!
「どうして手加減を覚えないの……?」
「ち、違うんだよ、これはそういう、こう、勝負なんだぞって言い聞かせるようなアレでさ」
「少しは分かる言葉で喋ってね♡」
シャロンとクユミからの追撃を受けて俺は泣いた。
俺は泣きながら、(こいつ情緒大丈夫か?)みたいな顔をした他の参加者たちと共に、転移陣でオミケ会場へと移動するのだった。
入場の試練──クリア。
◇
「いいいっ……!? は、ハルートのやつあれを引っ張り出してきてたのかい……!?」
「なんです? あの剣」
「あれは、まあ、思い出の一品ってところかな」
「はあ……それとアイアス様、参加者が一人も減っていませんが」
「ああ、それはいい。乗り越えて来ることには文句ないからね。本番は会場に入ってからさ」
「なるほど……分かりました。もう他に策はないので全部あなたに任せます」
「珍しく他人に頼られて気持ちいいと思ってたけど、これ破れかぶれになってるだけかなあ!?」
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