即売会(たたかい)は既に始まっている!

 大きな試練を乗り越えた後というのは、達成感があるものだ。

 俺しかいない焼け野原であっても、少ない仲間たちと一緒に廃墟を見つめていても、守り抜くことの出来た人々が互いを抱きしめ合う街を眺めながらでも。

 その瞬間の開放感や安堵に、本質的な差はない。その勝利を以て世界から恒久的に争いがなくなるのなら、まあ違った喜び方ができるかもしれないけど、実際はそんなことはありえない。


「入稿直後ってこんなに開放感あるんだね……」

「これはかなりクセになりそう」


 だから、印刷所を出たエリンとシャロンが背伸びしている姿には、若干の共感がある。


「シャバの空気が美味しいね~!」

「シャ、シャバ……?」


 なんちゅう言葉遣いをしてるんだエリン。

 シャロンは理解できてないし。


「二人とも、お疲れ様っ♡」

「クユミこそお疲れ。ホンットーに助かったよ!」


 ついにスーツを脱ぎ捨てて制服姿に戻ったクユミも合流して、三人が互いをねぎらう。

 その光景を後ろで眺め、俺は完全に後方担任面になっていた。

 生徒たちが力を合わせて何かを成し遂げる……いいじゃないか。


 思えば俺がエリンたちの担任になってから、授業とは違う場所でばかり鉄火場を迎えていた気がする。

 魔王の影とか、ザンバとか、ダンゴーンとか。

 オイ全部まあまあな激戦だったぞ。おかしいだろ、なんで教師になってから今までの試練が全部流血を強いてくるやつばっかりなんだよ。


 俺、冷静に考えて、教師になってからひどい目に遭いすぎじゃない?

 これも全部アイアスの野郎のせいってことになんねーかな。


 ……いや、本当につらい思いをしたのは俺じゃない、エリンたち生徒だ。

 三人とも明らかにまだそこには達していないような戦いばかりに巻き込んでしまっている。


「先生、ありがとね」

「ん?」


 振り向いたシャロンが、いや三人ともがこちらに微笑みかけてきている。

 平均値を大幅に上回る戦闘力を誇る少女たちだが、こうして見ていれば、ごく普通の生徒に見える。


「……俺はほとんど何もしてないよ、君たちの努力の成果だ」


 苦笑しながら事実を告げる。

 俺はあくまでため込んでいた知識を適当に吐き出しただけだ。


 それを本という形にしたのは三人だ。

 過程で多くの学びを得て、座学面でも大きく進歩することが出来ただろう。


 すべては生徒たちの成長だ。

 教師は自分が育てたのだと誇るのではなく、その成長を喜ぶ存在であるべきだろう。

 実際、俺が育てた感まったくないしな。この子たち教師が誰でも勝手に育つんじゃない?


「あとは当日だね! キンチョーしてきた~」

「そだね。トラブルとかにならないよう気をつけないと」

「で、あの吟遊詩人さんをとっちめよ~♡」


 俺の親友をシバき倒すことにやる気を出す三人組。

 アイアスが見たら喜びそうだ。

 やっぱ俺がソロでボコボコにしたほうがいい気もしてきたな……


「当日って会場で戦闘になるかも知れないわけだけど、そこは大丈夫なの?」

「まあ、責任は俺が取るから、そこは気にしなくていいよ」


 シャロンの言葉に、曖昧に微笑みながら返す。

 ぶっちゃけそんな大規模な戦闘になるとは思っていない。

 あいつも良識ってものがあるからな、逃げる分には逃げるだろうが、応戦してくるまでは至らないはず。


「あ、今のなんかせんせいっぽ~い♡」

「ははは、俺はそれぐらいしかやれることもないしさ」


 印刷所から共同馬車の待合所へと歩いて行く。

 夕日に照らされた影は、互いを支え合うようにして伸びているのだった。




 ◇




 万全の準備を終えて、オミケ当日だ。

 早朝に起床した俺は、身だしなみを整えて姿見の前に立った。

 流石に教師としての正装で行くわけにはいかないので、ジャケットを羽織った失礼になりすぎない私服を着る。


 10万部にも及ぶ同人誌は、当日会場に運ばれてくる。

 国と国の貿易でしか使わねえバカデカ輸送用移動魔導車を用いるらしい。

 それ軍で試験運用中のやつだよね? ここで使うの? マジ?


「ッシ……」


 鏡に映る自分の頬を手で打ち、気合いを入れる。

 アイアスと久々の対面なだけあって、体が若干ながらも緊張しているのを感じる。


「センセ~? 起きてる~?」


 ドアの向こう側からエリンの声が聞こえた。


「ああ、今出るよ」


 外に出ると、既に準備を終えた三人組が待っていた。

 朝ご飯は移動中に食べる予定だ。じゃないと間に合わない、距離がありすぎて。


「サークル出店側は別に待機列があるんだよね?」

「ああ、ひとまずそこを目指すぞ。オミケは入場する前から始まってる、もう気を引き締めて……」


 言いつつ廊下を歩いていたら、グラウンドにびしっと整列している、見慣れない人々が視界に入った。

 流石に足を止めて、俺はゆっくりと三人に振り向く。


「……あの人たちは?」

「シャロンが用意してくれた売り子さんだよ」


 エリンの言葉を受けて、シャロンが胸を張った。

 どう考えてもこう、なんか、アレだ。

 貴族が権力にモノを言わせて平民をこき使うときのやつだ。


「オイ、あれちゃんとお金払って雇ってる人だろうな……?」

「え? ウチの両親が炊き出しの時とかに臨時で雇ってる人たちだから、接客上手だよ?」

「あ、そ、そうすか……」


 めちゃくちゃ徳が高い方の貴族だった。

 すげえなシャロンの実家。


「普段は街の繁盛店で働いてる人たちだから、たくさん来ても捌けるってさ!」

「そこは必ず前提としてもらうようにお願いしたもんね~♡」


 俺の知らない間に色々と話しておいてくれたらしい。

 この辺全部やられてると流石に笑ってしまうな。

 生徒たちの前段階の準備能力が高すぎる。


「もう馬車来てるって!」

「え? 馬車?」

「今朝学校にオミケの運営の人が来て、サークル主さんたちの送迎に来たって言ってたよ」


 ちゃんと運営スタッフ証も見せてもらったし、とシャロンの補足。

 ……ホンマかあ?

 なんかスゲー怪しくないかそれ。


「もう乗るって言ったのか……?」

「まあ、とりあえず待っててくださいってカンジ~♡」


 流石にクユミが待ったをかけてくれていたようだ。

 三人と共に、荷物を持って校門へと向かう。

 見れば確かに、大きな馬車が停まり、その前に


「ハルート様、お待ちしておりました。売り子のお手伝いさんはまた別の馬車となりますが、サークル員である四名様は我々がお送りいたします」


 そう言って係員らしき女性の方は微笑んだ。

 何かが化けている様子はない。見せてくれた証明書も公式のものだ。


 うーん、聞いてなかったけど、本当に急遽迎えに来てくれたのだろうか。

 でも変な気配とかも感じない。

 少なくとも、こう、害意がある敵じゃない。


「荷物は持ったよな?」


 確認すると、三人とも頷いてくれた。


「じゃあ早速移動で大丈夫ですかね?」

「ええ、こちらへどうぞ」

「ウス」


 俺は先陣を切って馬車の中へと入った。

 やはりおかしなところは見受けられない。

 奥に詰めると、三人も遅れて入ってくる。



 その瞬間のことだった。


 フッと視界が真っ暗になり、俺たちは馬車のソファーごと、見知らぬ雑木林の中に投げ出されていた。



『…………ッ!?!?!?』


 三人それぞれが瞬時に武器を手に持ち、周囲へ視線を巡らせる。


「前方後方左右上下クリア!」

「えっ!? セ、センセどこに目ついてるの……!?」

「後方も大丈夫! ……って、先生がもう見たんだっけ」

「……敵の気配はしないけど、人の気配はするね~♡」


 俺たちの体に異常はない。

 おかしくなっているのは世界の方だ。


 視線を巡らせると、雑木林の中に次々と人影が現れる。

 どいつもこいつも何事かと周囲を観察し、訝しげな表情を浮かべていた。

 恐らく、俺たちと同じように強制ワープを食らったんだろうな。


「シャロン、これって!」

「分かってる! 転移魔法を起動されたんだ……!」

「クユミちゃんたちを対象としてじゃなく、ソファーごと弾いて飛ばすイメージで構築されてたのかな~? 気づけないなんて不覚すぎ♡」


 俺も発動直前まで気づかなかった。

 これだけ大規模かつ高度な仕込みができるやつとなれば、候補は絞られる。

 その中でも、俺たちを会場に近づけさせないことにメリットがあるやつとなれば……


「突然の転移、失礼しました、皆様」

「誰だ!?」


 試作装備5号を構えながら、振り向く。

 飛ばされた先であらかじめ待ち構えていたのであろう、別のオミケ職員が木の上に立っている。

 なんで素で忍者みてえな挙動が出来てるんだよこの人は。


「今年のオミケは、平年とは異なった趣向を凝らす運びとなりました」

「……それって?」

「オミケのサークル参加者様たちには、設営をしていただく前に、障害を──試練を突破していただきます」


 は?

 何言ってんだ?


「いたって単純、オミケ会場の方角は向こう側です。道中にいくつもある試練を乗り越えた人だけが、サークルとして出店することが可能なのです」


 普通に意味が分からなさすぎる。

 チラリと見ればエリンたちもあっけにとられていた。

 これそうだよな? 明らかに言ってることがおかしいよな?


「ふざけるな! こっちは本を売りに来てるんだぞ!」


 良かった、他のサークル主さんたちも怒号を上げてくれている。

 この調子で運営側に非を認めさせることができれば、なんとかなるだろう。


「そうだそうだ! こんなところで時間を食っていられるか!」

「私は先に突破させてもらう!」

「推して参る!」


 えっ?

 ……えっ?

 我先にと走り出す他のサークル主さんたち。なんか侍がいた気もする。


「ちょっ、待って……待ってくれよ。おい、みんな、これはさ」

「センセ! ぼうっとしてたら出遅れる!」

「行こう、私たちも負けてられない!」


 三人はやる気満々や様子で走り始めていた。

 結果、最初の雑木林に俺だけがぽつんと取り残される。


「ど……どういう状況?」


 オミケは入場する前から始まってるとは言ったけど。

 確かに、そう言ったけどさあ!

 こういう物理的に始まってるって意味じゃね~~から!!



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