同窓生たち

 オミケ当日へと、着実に日々が過ぎ去っていく中。


「ふーっ……」


 俺はクユミから渡された進捗メモを片手に、夜の職員室で一息ついていた。

 既に三人は下校している。今日も同人誌制作と実技指導を無事に終えることができた。


 三人は寮に帰った後、俺が話した内容について、三人で討論を交わしているらしい。

 より良い立ち回りはないか、効率のいい戦い方にアップデートできないか……といったところか。

 徹夜しての作業なんてもっての他だと言い聞かせているのだが、まあ夜更かし程度なら目をつむろう。


「お疲れみたいですね」

「あ、ども」


 湯気を上げるカップを俺の机に置いて、教頭先生が微笑む。


「進捗はよさそうですね」

「クユミの計算だと80%を超えました。今日、俺の役割が終わりましたからね」

「知り得る限りは話しましたか」

「まあ」


 魔物から魔族にかけて、一通り知っていることは共有した。

 あとは三人が仕上げるのを監修するだけだ。


「懐かしいですね……君が学生だった頃も、何か本を作っていたでしょう」

「アイアスのやつの詩集ですね。俺は当日参加してないですが……」


 アイアス・ヴァンガードという男は常に一貫している。

 女にふらふら、金にふらふら、とひどすぎる私生活ではあったものの、根っこは通っている男だ。


「あいつが詩を作らなくなるのは想像できないですね」

「イグナイト君も、そういう長いスパンで意志を貫けるのが彼の美点だとほめていました」

「また懐かしい名前を……」


 イグナイト・バーンエンド。

 五人しかいない同窓生のうち一人であり、アイアスとは違って天然のキザな男だ。


 卒業と同時に祖国へと帰ってしまったので、これまた卒業後は顔を合わせていない。

 そもそも俺の代は進路というか、学生でなくなったらやることが定まっているやつしかいなかったからな。


 カデンタとイグナイトは軍人に。

 俺は偽勇者に。

 アイアスは吟遊詩人に(こいつは自分の意思だけど)。

 後はお姫様だ。


「寂しいですか?」

「ええ、集まろうともしてもなかなか集まれないやつばっかりですからね。どうせ会うならこの学校で会うのがいいでしょうけど」

「それはダメです」


 教頭先生は微笑みを浮かべていた。

 多分、都市を焼く天使はこんなふうに笑っていたのだろうと思える笑顔だった。


 あれだけ校舎を破壊しておいて通るわけねえよな、と俺は納得しつつ、恐怖に身を縮こまらせるのだった。




 ◇




 オミケで出す同人誌は、基本的には原本を印刷所へと持っていき、それを複製して数を用意する。

 ハルートが出すものは部数が部数であるために、シャロンのツテを用いて特例で大きな印刷所へと紹介された。

 普通のサークルが用いるのはもっと小規模で、ロットも小さい場所だ。


「ふぃー、疲れた」


 まさしく先ほど、印刷所に原稿を渡して複製依頼を出してきた男、アイアス・ヴァンガードは自宅に帰るや否やジャケットを脱ぎ捨てた。

 乱暴にベッドへと投げ捨てた後、椅子に座って天井を見上げる。


「今回は僕にしては早い入稿だった、偉いじゃないか」


 うんうんと頷いた後、彼は窓辺へ視線を送った。

 パチンと指を鳴らせば、閉まっていた窓が自動で半開きになる。


「そう思うだろう? 我が友もさ」


 開かれた窓から入って来たのは、凛々しく雄々しい鷹だった。

 器用に隙間から部屋に滑り込んだ後、鷹がその嘴を開く。


『入れてくれてありがとう、感謝するよ。不躾な来訪ですまないね』

「僕と君の仲だろう? 気にすることはないさ」


 見る者が見れば、鷹は魔力を編み込んで構築された使い魔であると看破できるだろう。

 超長距離を力強く飛ぶことのできる鷹を使い魔として形成できる人間は限られる。だがアイアスからすれば見知った姿だ。


「で、今日はどうしたんだい、イグナイト」


 名を呼ばれ、かつてハルートやカデンタ、アイアスと同じ教室で学んでいた男は使い魔越しに低い声を響かせる。


『テイルの催しに、我が好敵手ハルートも参加すると聞いたのさ。貴重な機会だったが、残念なことに私は立て込んでいて顔を出すこともできないだろう』

「だろうな。君はカデンタに負けず劣らずの現場働きじゃあないか」

『彼女は部下を抱えている、比較するのもおこがましいよ』


 よく言う、とアイアスは頬をひきつらせた。

 祖国に帰った後の彼の動向は知らない。だが表舞台に立てば国家を代表するであろう男が、軍で働きながらもその名を轟かせていないとなれば、事情はある程度推測できる。


「……ま、感動の再会はまた今度というわけだ。それまでにはちゃんとお金を作っておかないとなあ」

『言ってくれれば、私の方から多少は金子を貸し出せるというのに。当然、無利子無期限でね』

「よしてくれ、友達から金は借りない」


 アイアスはぴしゃりと言い放った。

 たびたび、というかしょっちゅう借金取りに追われる生活へと転がり落ちているアイアスだが、彼なりのポリシーがあるらしい。


『君は変わらないね……我が好敵手の方は、どんな様子だい』

「僕は顔を合わせていないよ。ただ、噂を聞く限りは……随分と良くなったようだ。何せ今や、僕らの母校で教鞭を執っているぐらいなんだから」

『ああ、私も聞いた時は驚いたよ。彼は人並みの幸せの価値を理解していても分かっていないと思っていたからさ』


 友人の言葉に、アイアスは苦い表情を浮かべた。


「……どうだろうね。あいつ、バカだから」

『はは、流石に親友ともなれば手厳しいな』


 きっとイグナイトも理解している。

 ハルートは、教師になったところで、心の底から変わったわけではない。


 明日世界が危機に陥れば、彼は戦場へと向かうだろう。

 それが当然だと、やるべきことだと、ふざけたことを言いながら平然とした表情で行くだろう。


(…………)


 その光景を想像するだけで、アイアスは下唇を強くかんだ。

 使い魔越しにも彼の気配を察したのか、イグナイトはそれとなく次の話題を切り出す。


『カデンタの方はどうなんだい? 君はプリンセスではなく彼女の恋路を応援していたが……』

「いつも通りさ、あいつの愛情表現ってなんで出血を強いるんだろうな」

『それもまた一つの形ではあるだろう。私は恋する乙女に理想の姿があるとは思わないよ』

「……アレ、乙女って年齢かねえ?」

『心に花を持つ女性はいつだって乙女さ。女好きを気取るのならそこから学びたまえよ、我が友』

「チッ、天然モノのモテ男は言うことが違うね」


 舌打ちをして、アイアスが肩をすくめる。


「ま、今となっては自由なのは僕の方だからね。君は学生時代にもっと遊ぶべきだったと後悔しながら働きたまえよ、悔しかったら仕事を辞めて……」

『ああそうだ、それについてだ』

「ん?」


 突然、イグナイトがアイアスの言葉を遮った。

 それが何を指すのか分からず言葉に詰まる吟遊詩人だったが。



『今となっては最も不自由な立場に置かれている我が友への伝言だよ。テイルもそろそろ感づくだろうから、手を引きたまえ。私は君とカデンタが殺し合うのを見たくはない』



 続いた言葉を聞いて、顔色を変えた。


「……おいおい、君、ちゃんと国に帰ったんだよな?」

『我々の方が先に気づいたのは偶然だった。故に、近々テイルの方も、君が隠したがっているものたちを見つけるだろう。どうなるのかは想像に難くない』

「…………」


 友人からの言葉に、詩人の頬を冷や汗が伝う。


「しかし、分かっているだろう。僕はこういう時、退けと言われたら退きたくないのさ」

『我が好敵手に相談するなら早めにしておきたまえ』


 強がりを、最悪の言葉が切って捨てた。

 対面していたらきっと相手の胸ぐらをつかみ上げていただろう。


「…………しないね。これは僕の問題さ」

『そうかい? だが彼はどう思うかな……親友の問題は自分の問題だと思うんじゃないかな?』

「簡単に想像できるね。だからこそ──」

『そう、嫌だろう。気持ちは痛いほどに分かるよ』


 そこで言葉を切ると、鷹はひょいとアイアスに背を向けた。


「もう帰るのかい? 一杯ぐらいどうだい、鳥用のジョッキがないのは悪いけど……」

『アイアス、私の考えはあの頃と変わっていない』


 瞬間、二人の脳裏をよぎったのは同じ光景。

 友と本気で殴り合ったあの日。

 ハルートだけが知らない、アイアスとイグナイトにとって、人生一番の大喧嘩。


『私の考えは変わらないよ。ハルートは、我が好敵手は人類を救う決戦の場においてこそ本当の価値を発揮する男だ。私の望みはその時、彼と肩を並べるにふさわしい戦士であり続けることだけだ』

「……まだ言ってんの? その世迷言をさア」

『これを世迷言にしてくれるほど、世界が優しくないのさ』


 それだけ言って、鷹は夜空へと羽ばたいていった。

 撃ち落としてやろうかと悪態をつきながらも、指を鳴らして窓を閉じる。


 どいつもこいつも、と吐き捨てそうになった。

 友人は友人だ。同窓生五人は、何にも代えがたい、大切に想っている人々だ。

 しかしハルートのことに関して、アイアスとカデンタ、そしてイグナイトともう一人は意見を異にしている。


「友達に、普通に幸せになってほしいなんて、なんで思っちゃダメなんだよ……」


 椅子から立ち上がり、ベッドへと自分の体を投げ出す。

 仰向けになれば、汚れ一つない天井がいやに白く見えた。




「……いやまあ、アイツの個人情報切り売りしてる僕が言えたことじゃないか」


 本当に言えたことではなかった。



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