ハルートは試作装備を手に入れた

 同人誌作成、順調。


「進捗は全体の50%を超えたかな♡ ちょうど折り返しだね~♡」


 スーツ姿のクユミが、眼鏡をくいっと指で押し上げる。

 手に持ったバインダーには、魔力を用いて印字された進捗管理表が載っている。


 同人誌も原本を印刷所へと入稿すれば、魔力を用いた出力機械を用いて印刷される。

 部数はクユミに相談したところ『理想を言えば……10万部かな♡』と言われた。

 ベストセラーかよ。


 まず根本的な話として、10万部を刷るだけの費用はない。

 学校の授業なのである程度予算を使っていいとは教頭先生から言われているものの、足りない部分は俺のポケットマネーで補うしかないのだ。

 で、俺はまあ金が全然ないわけではないものの、ポンと10万部分の費用を出せるほど余裕があるわけではない。つーか普通に無理。


 冒険者時代に金を稼いだわけではないし、特許的な概念もこの世界にはないし。

 本当にこう、人並みよりちょっとは貯金がある程度なのだ。

 そうクユミに言い聞かせてたら教頭先生にチクられて予算増えて10万部刷ることになった。

 だからベストセラーかよ。


「普通に緊張してきたぜ……これ在庫抱えることになったら死ぬんじゃないの? 学校のどこに置くんだよマジで……」

「大丈夫だよ♡」

「いやこういうのを根拠なくデカい数字で動くのは本当にヤバいんだって。会場のキャパとかもあるわけだしさ。そういう無計画さで爆死する人とかめっちゃ見……いるらしいじゃんか」

「大丈夫だよ♡」


 クユミはもはやこちらを一顧だにせず、淡々と同じ言葉を繰り返してきた。

 お前の言葉なんか取り合う価値ねえよと言わんばかりだった。


「売れた時の利益を計算してからちょっとあたしたちも怖くなってきたからね……」

「もしかして私たち、とんでもないことをしちゃってるんじゃないかって気になるよね」


 部数を確定させたので出費やら売り上げの予測やらの概算をクユミがはじき出したらしく、その結果を見てエリンとシャロンが震えている。

 なんかエグい数字が出ているようだ。


「まあ、二人が現実を受け入れるまではいったん作業ヤメだね~♡」

「あ、あぁ……そんなに凄い額になるのか……?」

「売上を学校の設備に回していいんだったら、ビル建てたいね♡」

「そんなに!?」

「そんなに~♡」


 ぐっと背伸びをして、ツンツンと頬をつついてくるクユミ。


「もっと客観的に価値を判断できるようになってね、せんせい♡」

「は、はい……」


 それを言われると弱い。

 アイアスの野郎には、客観的な認識能力を育てるか、その気がないのなら突っ走るだけの傍若無人さを身につけろと言われていた。


「せんせいは大事な生徒のためにでも世界のためにでも命を投げ出しちゃうかもしれないけど、クユミちゃんたちはそれ全然嬉しくないから最後までなんとかなる方法考えてね~♡」

「お前急に芯を食ったこと言って来るじゃん」


 魔法使いからもまったく同じことを言われた記憶があるわ。

 俺どんだけ同じ心配されてるんだ。流石にそれは状況次第過ぎるよ。


「センセ、ちょっと休憩してきたいんだけど~」

「昼休憩を前倒しにしてもいい?」


 クユミの相手をしていると、普通に顔色を悪くしたエリンとシャロンに声をかけられた。

 お金のことを考え過ぎて体調を崩してしまったらしい。


「お、おう、気をつけてな……」


 二人は気を取り直そうと早足に廊下を去っていった。

 本当にどんな試算だったんだろうか。気になって来たよ。


「クユミは休憩に行かなくていいのか?」

「う~ん……せんせいと話したいかも♡ 魔物がせんせいにはどう見えてるのかなあ~とか?」


 何なんだよその禅問答みたいな質問は。

 目の前にあるがままだろ……いや俺の回答まで禅問答っぽくなっちゃったな。




 ◇




 しばらくクユミの禅問答だか取材だか分からない話に付き合った後のことだった。


「ねえねえセンセ! これ何~!?」


 教室へバタバタと戻ってきたエリンとシャロン。

 何故かキラキラと目を輝かせているエリンは、その手に大きな剣を持っている。


「こいつは……!」


 思わず目を見開いた。

 見覚えがあるなんてものじゃない。


 俺がこの学校に学生として在籍していたころ、仲間たちと作った代物だ。

 いや仲間たちと作ったっていうか、仲間たちが俺のデータをもとにして勝手に作ったっていうか。


「なんか倉庫? に入ったらやたらと広くって、これが飾ってあったんだよね」

「アレ、絶対に秘密の部屋なんだけど……先生何か知ってるんじゃない?」

「……俺の親友が作った、秘密基地だよ」


 俺はエリンが持ってきた剣を手に取った。

 四人が好き勝手に趣味やら最高峰の技術やら魔法やらをつぎ込んで作成した──『疑似聖剣』とでもいうべき代物。


「試作装備5号っていうんだ。うちの実家に代々伝わる聖剣を超えてやろうぜというのが最初の目標だったらしい」

「センセが使うの?」

「その想定だったからな」


 詠唱を破棄した『救世装置(偽)』を発動。

 勇者の剣の光を疑似聖剣へと流し込む。

 変化は劇的だった──剣のあちこちに仕込まれた噴射口から光が線となって放射され、あちこちへと伸びる。


「ふええっ!?」

「な、何これ……!?」

「うわぁ…………」


 勇者の光を束ねて凝固させた無数の線が、意思を持ったようにうなりを上げる。

 すべて俺の思うがままに操作可能。一応自動操縦モードもある。俺が自分で操作した方が早いから使うことないけど。


 これこそが、アイアスが『実物を見ると、これって女の子を辱める触手みたいだよね(笑)』と発言して他四人から顔の形が変わるまでボコボコにされたウィップモードである。

 汎用性は本当に高いんだけどなあ。


「なんで勇者ビームがびゅんびゅん曲がるのぉっ!?」

「ハッハッハッハッ」


 悲鳴を上げるエリンの前で、光の触手……あっ違った触手じゃない、ウィップを自在に操る。


「この剣は勇者ビームに拡張性をもたせることを想定していてな。目標とした剣が『勇者の光を蓄積・放射』するという一点に特化した剣だったから、別の角度からアプローチをしてみたらしい」


 びゅんびゅんとしなる光の鞭。

 どう考えても悪役が使う武器なんだよなこれ。


「確かに、凄いけど……持って行かなかったの? 卒業するときに」

「記念に飾った方がいいと思ってな。思い出だし」


 使いたくは、なかった。

 勇者の力をあれやこれやと遊びに使える時代の象徴として、大切に思っていた。

 だから密かに、五人であの秘密基地へと隠したのだ。


「でもこの剣、なんか色々、今使ってない機構とかあるみたいだけど~?」

「これ以外にも、勇者ビームを完全に不定形の出力とみなして、指向性を与えて放射し推力に転換する高機動型ハルートモードとかあるぞ」

「高機動型???」


 指摘してきたクユミがフレーメン反応を起こした猫みたいな顔になった。

 そら意味わからんよな。


 高機動モードは本当に意識が飛ぶかと思ったから二度と起動しない。

 同級生連中はあのモードで抱えて空飛ぶとえらく喜んでいたが……冷静に考えると、アトラクション扱いされてたなあアレ!!




 ◇




「というわけで、危険物が出てきてしまいました」


 生徒たちを帰らせた後、俺は教頭先生に試作装備5号を見せていた。

 そもそもエリンたちがどうして秘密基地に入れたのかは謎だが……アイアスのことだ、俺たち五人に限定するのではなく、若くて才能のあるやつなら入れるように縛っていたんだろう。


 要するには、未来に入学してきた若者たちにもちょっとカッコつけたかったわけだ。

 いかにもエセキザ野郎に相応しい発想である。

 学生時代は、同期にいたもう一人の男子生徒、本物にして天性のキザなモテ男相手に意地を張っていたものだ。一度も勝ってるところ見たことねえけど。


「これどうしましょうか。使いようによっては危険なんで、封印処置でもします?」

「使えばいいんじゃないですか?」


 教頭先生の言葉に、俺は目を見開いた。


「あの時君たちは……いつかこれを取りに来て使えばいいと言っていました」

「え、隠すとき見てたんですか」

「秘密基地はすべて把握していますから。七つも作って、よほど暇だったんですねみんな」

「…………」


 返す言葉なく、俺は沈黙を選んだ。

 つーか七つって何? いくつか俺の知らんやつがあるぞ。


「思い出を思い出としてしまっておくのは、美しさを守るためには必要ですが……まだそうするには、君は若すぎるでしょう。今度会う時に、それで思いきりブン殴ってあげたらどうです」

「はは……それ、超ナイスアイディアっすね」


 剣の身に自分の顔を映しこむ。

 血筋なのか老化が極端に遅い俺の体は、学生時代とさして変わらない顔立ちのままだ。


 毎度毎度、あいつらと一緒にふざけていた日々。

 我が同胞はらからだの、我が親友だの、我が好敵手だの、我が愛だの……俺のことを好き勝手に呼びやがって。


 思い出の中でさえ多すぎて重いのに、こうして物質としても出てくるのかよ。

 手の中で、試作装備5号は何も言うことなく、ただきらりと光るのだった。



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