友情のぶつかり合い 同人誌制作編

 同人誌を作成し始めて数日。

 オミケの抽選にも申し込んで、あとは結果を待つだけだ。


「だから、この魔物の対抗策は懐に潜り込むことだと思うんだってば」

「ちょっと待ってって言ってるでしょ。冒険者になりたての人だって手に取る可能性のある本に、そんな博打みたいな手を載せて良いわけがない」


 そんな中、教室にて同人誌作成を進めていた俺たちは、いったん手を止めていた。

 机を挟んでエリンとシャロンがにらみ合い、火花を散らしている。


 エリンが文章を整形し、シャロンがイラストを作成している途中のことだった。

 取り掛かっていたのは中型魔物『ラフライフイーター』のページだ。

 どうも説明文に関して、二人の意見が食い違っているらしい。


 ちなみに当然ながら、誰もが知っていたり、あるいは極端に遭遇率が低かったりする魔物はイラストを省いている。

 全部描いてもらったらシャロンの腕がちぎれそうだしな。


「間合いを取っていると突進にびっくりして、動けなくなっちゃうかもしれないでしょ? だったらこっちから距離を詰めた方が……」

「それは本当にマニュアルでしかないじゃない。相手の外見を考慮すると簡単にできることじゃない……それををさも正攻法のように乗せるのには反対」


 確かにシャロンの言う通り、『ラフライフイーター』の外見は、大きな球体にグロくてデカい口がくっついたとしか言いようのないものであり、大変凶悪である。

 しかし実際はクソザコだ。ちょっと魔物相手の立ち回りに慣れた冒険者なら、単純な突進と噛みつきを連打してくるこいつはカモ以外の何物でもない。


 二人はあくまで、自分たちよりレベルの低い冒険者が読んだ場合を想定している。

 言い方はもっと選べると思うが……俺には正直分からない。

 まったく理解できないというより、細かい想定ができないというか、多分そのレベルの低い冒険者たちの中にもいくつかレイヤーがあるところを、俺は一緒くたにしてしまうと思うのだ。


「クユミはどう思う?」


 第三者視点のバランサー役がすっかり板についたマネージャーを見やる。

 彼女はエリン達の言い争いを最初から静観していた。


「うーん……ほんっとーにきわどいところだと思うんだよね~♡」

「判断は難しい?」

「難しいね♡ シャロンちゃんが言ってる見た目での威圧って分かりはするんだけど、クユミちゃん的には『そこで躓くなら冒険者辞めた方がいいよ』って感じだしぃ~?」


 久々にクユミの口から、俺以外に対する辛らつな言葉を聞いた気がする。


「だがあくまで、この本は全体の生存率を底上げすることを目的として制作している……」

「だったらシャロンちゃんに分があるように思えるね~♡ もっとも、対処するためというよりはうまく逃げるための方法になりそうだけど♡」


 それは意外と大事……だと、僧侶から聞いている。

 ハナから逃げるという選択肢を取るつもりのない俺なんかは、レベル差があろうとも素体のスペック差で強引にダメージを押し付けて潰して勝つという無法プレーをしてきたのだが、流石にこれを他人にやれと言うつもりはない。エリンだけはやってほしいけど。


「なるほどな……二人とも、ちょっと落ち着いて整理しようか」


 手をパンと叩いて注目を集める。

 クユミの言葉を聞いて、なんとなく着地点は作れそうだと判断した。


「まず前提を確認しよう。俺たちが作っているマニュアルは、戦闘マニュアルだ。だが上手く戦うことが目的なわけじゃない。エリン、この本の目的を確認してみよう」

「……冒険者たちの、生存率の底上げでしょ」


 理念に照らせば分が悪いと理解したのか、エリンはバツの悪そうな顔になる。

 シャロンは腕を組んでそれ見たことかという表情だ。


「じゃあシャロン、『ラフライフイーター』の項目に関して、内容の代替案は考えられるかな?」

「それは……距離を取っての攻撃か、あるいは正面でない方向に回り込むとか、かな」


 うん、ちゃんと考えられている。

 さすがと褒めてやりたいところだ。


「だったら、どうしてエリンは正面から潜り込むことを提案したと思う?」

「え?」

「回り込んでの攻撃が有効であるのなら、普通にそれを書くだろ? そうできない理由があるんじゃないか?」


 慌てて文章を読み返すシャロンは、ハッキリ一つ見落としている。

 それは『ラフライフイーター』は全身を用いて敵を噛み砕くため筋力が非常に発達しており、体の表面も分厚い筋繊維に覆われ刃が非常に通りにくいという点だ。


「側面、背面からの攻撃は弾かれやすい。だから口の中が弱点なんだ」

「……何それ、趣味悪い敵」


 顔を引きつらせて呟くシャロン。俺もそう思う。

 とはいえゲームとしてプレイする分には、キショいなと思いつつも淡々とカウンター気味の攻撃を撃ち込むだけで沈められていた敵である。実際、慣れた冒険者はみんなそうする。

 なるほど初心者だと外見でビビって飛び込めないか。それは俺もエリンに説明する時に抜けていた視点だ。


「ごめんエリン、確かにこれなら正面から駆け引きするのは、大事な選択肢だ」

「う、ううん。あたしもムキになって、説明雑だったね」


 良かった、二人とも納得がいったようだ。

 クユミが隣で小さく拍手してくれた。俺を賞賛しているらしい。照れるぜ。


 ……今のは少し、面白いやり取りだったな。

 実のところ、俺を含まない三人組の中でも、初心者の気持ちをどれくらい考慮してやれるかに差があるというわけだ。

 シャロンよりエリンが、そしてエリンよりもはるかにクユミが、初心者の気持ちを理解してやれていない。


 だが普段は、この最も共感能力に欠けているクユミが他人をおもんばかり、場を回しているのだ。

 改めてギャル三人組の中の構図を確認し、俺は嘆息する。


 ここはやっぱり原作と変わらない。

 クユミにバランサーとしての働きを求め続けるのであれば、いつかこのパーティーは崩壊の危機を迎える。

 今はまだ、そんなことを考えなくていい段階なんだけどね。


「じゃあ、ここどうしよっか」

「とりあえず回り込みが有効じゃないことと口の中が弱点なのは書くとして……」

「距離取って砲撃しても、弾かれちゃうってことだよね」


 にらみ合いをやめた二人は、今度は額を付き合わせてムムムと悩み始めた。

 うんうん、こうして自力で考えてみるのが後々の糧になるんだ。


「せんせい、なんか案ないの~?」


 クユミがこっちに水を向けてきた。

 俺は数秒、どうヒントを出したものかと考える。


「弱点は口の中だろう? だったらどうにかして、口を開けてもらうのが早いんじゃないかな」

「……せんせい、答え知っててこっちに考えさせてるでしょ♡」


 肩をすくめるマネージャーに、俺は苦笑する。

 一応これ授業だからね。


「口を開けさせる、か……何かを噛み砕かせるってことだよね」

「あっ、そっか」


 シャロンの呟きを聞いて、ピンときた様子でエリンが手を打った。


「自分を狙わせればいいんだ」

「え? でも、間合いを詰めると……」

「だから、突進がギリギリ届かない距離に位置取りして、口を開けて突進してきたら後退しつつ矢や魔力砲撃を叩き込めばいいんだよ!」


 目を輝かせて、次代の主人公が正解を口にする。

 それを聞いてシャロンも納得した様子を見せた。


 さすがはソードエックス家で教育を受けてきただけあるわ。

 ゲームなんてしたことないだろうに、自分の思考力だけで『引き撃ち』の概念にたどり着いてみせた。

 普通にエグい。投石が最初に来ると思ってたけど、あの魔物はあくまで食事のために敵を噛み砕くから、効果薄いんだよね。


「俺が考えてたのも同じことだよ。じゃあ、後はそれを文章にまとめるだけだね」

「はーい。じゃあ、先にやんない方がいいことを書いて……」


 再び作業の手を動かし始める二人。

 それを見て、俺をクユミは揃って息を吐いた。


 マジでこれ色々と勉強になってそうだな。

 俺の授業より同人誌作る方が有意義だったりする? だとしたら俺、教師の才能なさすぎない……?




 ◇




「委員長無茶です! 勇者の末裔ハルートがサークル参加すると噂になってから、賄賂や脅迫を用いてサークル抽選に自分を受からせようとしてくるケースが多発しているんですよ! 一般入場だって抽選式にしないと、会場で何があるか……!」

「ダメだ! オミケはハルート殿のためだけにあるのではない……急遽抽選にしてしまえば、本が本来届くはずだった読み手の元に届かん……!」

「しかし! 他国の機密部隊とか来まくるらしいですよ!? 下手したら死人が出る!」

「むう……」


「お困りのようだね」


「何者だ!? いや、あなたはッ」

「おっと、僕の顔はここにまで知られていたのか。なら手っ取り早い、実はその混雑を解決するアイデアを運営員会の皆さんに提案しに来たのさ。この舞い降りた救い手こそが、美しき詩を詠い、世界の理を語り伝える男。王国一の吟遊詩人、アイアス・ヴァンガードとは僕のこと……」

「方々に借金をし過ぎていてオミケ会場に借金取りの一団を呼び寄せたことのあるアイアス殿か!」

「ええっ!? ある貴族の悪口を本に書いたせいで、この人を殺すためだけの社交界を開催されたことのあるアイアス殿ですか!?」

「僕の印象悪すぎるなあ!」



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