同人誌ってレベルじゃねーぞ

 西方にかつて存在したとある国。

 石造りの建物が並び、その美麗さで有名だったはずの首都は、今や炎に飲まれていた。


 血のように赤く染め上げられた夜空の下。

 闇そのものを凝固させたかのような、おぞましい巨人が人類の営みの場を睥睨する。

 ともすればこれこそが神なのだと、無力な人々は信じてしまうかもしれない。


「チッ……」


 防護を解いて踏み込んだ途端、俺の体を毒がむしばみ始めた。

 スキル『光輝輪転体躯』が発動して腐食した箇所を片っ端から再生していくものの、毒を有する空間の真っただ中にいる状況では再生が間に合わない。


 だが、時間的制約が発生したことは別にどうでもいい。

 そもそも魔法使いがかけてくれた防護を解除したのは、ここから先の行動をすべて攻撃に全振りするためである。

 王都の人々は、全域に魔法使いがかけた対抗魔法のおかげでまだ死なずに済んでいるが、それは時間の問題となりつつある。

 だからこの場で、さっさと仕留める。


「炸裂しろ、破神の光」


 聖剣から解き放たれた極光が巨人へと襲い掛かる。

 大気中に漂う毒素が光を蝕もうとするが、片腹痛い。

 でくの坊が発する薄汚い煙なんかで、世界を救うための光が霞むものか。


 大して減退しないまま突進していった勇者ビームが、ペインフルジャイアントの頭部を消し飛ばした。

 だが数瞬後には元通りになっている。

 再生したというよりは、フィルムを千切って繋げたみたいな感覚の光景だ。


「その再生力──この国の守護精霊を取り込んだな?」


 既に、馬鹿げた再生力の原因にはあたりをつけていた。

 今まで遭遇したことのあるペインフルジャイアントと比べても明らかに異質なこの個体は、国家を鎮護してくれていた守護精霊の性質を併せ持っている。

 そして、俺たちにこの惨状を伝えてくれた兵士の言葉が正確なのであれば、単に取り込んだのではなく、文字通りに食らったのだ。


「環境改変侵略型は伊達じゃないな」


 答えを返さない巨人を相手に、俺はかつて攻略本で見た分類を思い出した。

 瘴気で周囲を覆いつくしてしまえば、そこはもう人が住める環境ではない。

 ただ前進し、その場に居座るだけで侵略を確定させてしまう恐るべき存在。

 それが環境改変侵略型大型魔物、ペインフルジャイアントである。


「ハルート……また無茶して」


 遠く離れた場所にいる魔法使いの言葉が耳元に響いた。

 彼女は空間に対する干渉を多用する、これぐらい造作もないだろう。


「守護精霊を取り戻すことは可能だと思うか?」

「明らかに、無理……もういない」


 いない、か。

 目の前の巨人を見上げる。

 そのおぞましき異形が、しゃがむように体を倒して、俺を覗き込んでくる。


 底の見えない双眸から発せられる、無数にも近い数の呪詛を折り重ねて織り込んだ禍々しい悪意の放射光。

 回避という概念がなかった。相手を見ていたというだけで、魂そのものを砕くような呪いが俺に降りかかってきた。


「ぐぶっ」


 膝をつくと同時、耳やら鼻やら鮮血が噴き出た。

 今の俺の外見めちゃくちゃキモいな。


 口の中の血も吐き捨てた後、顔についた血を服で拭い取る。

 さすがリジェネが間に合わないレベルの損耗を受けたな、これは。


「……なめるなよ」


 俺は『光輝輪転体躯』の出力を引き上げた。

 勇者の剣の光が極小にミクロ化され、体内へと流し込まれる。

 体内で各部を腐食させている毒素や呪詛を一気に焼き払う。


 やったことなかったけどできた。

 今までは『光輝輪転体躯』のことよく分からないまま頼ってたけど、なるほどこういう感じか。


「ハハハハッ……こういう土壇場の覚醒って、勇者の血筋のおかげなのかな」


 ゆっくりと立ち上がる。

 分泌されるアドレナリンが痛みを消し飛ばしていた。


「反動結界、さっきより大きく固く」


 返事よりも先に、魔法使いが展開した防護結界が輝きを放つ。

 それらは俺と巨人を囲み、人々を守るような位置取りをしている。

 細かい指示をせずともこれだ、流石は最高の相棒だよ。


 聖剣を大上段に構えて、息を吐く。

 敵が保有するのは単純な再生能力、しかし出力は絶大。


 それを正面から粉砕する必要があるのだ、出し惜しみはできない。

 発動するは、『救世装置(偽)』のフル出力用拡張詠唱。

 原作に登場した巨大な戦闘要塞の主砲を再現した一撃。



「【我は愚かな殉教者。輝かしき神秘の時代に歯向かう、錆びた刃】」



 背後に人々がいる。

 俺が何とかしなくちゃ犠牲になる人々がいる。

 だったら、やるまでだ。



「【旧き秩序よ、真実の希望が来る前に朽ち果てろ。零落を嘆くがいい】」



 拡張詠唱完了。

 限界寸前まで光を貯め込んだ聖剣を、思いきり振り下ろす。

 指向性を持って解き放たれたエネルギーは、余波に大地を蒸発させながら真っすぐ巨人へと突き進んだ。


 赤く染まっていた夜空が、一瞬だけ真っ白に染め上げられた。

 それはペインフルジャイアントの身体に俺が放った砲撃が直撃し、火花を散らしつつ爆発が発生した時の輝きだった。


 ドーム状に火球が膨れ上がり、弾け飛ぶ。

 爆風に目を細めながらも、結界の内側で残心を取る。

 視線の先、シルエットで分かっていたが、そこには上半身を丸ごと消し飛ばされた巨人がいた。

 もう再生することなく、巨人はそのまま砂のように細かい粒子に分解されていく。


「……今の、サウザンドアイズの主砲をパクったやつ?」

「ああ……はあっ、そうだよ……」


 いつの間にか隣に来ていた魔法使いが、手に持ったごつい杖を軽く振るった。

 分解されていく巨人の体、その粒子一握りほどが彼女の手元へと吸い寄せられてくる。


「特殊な個体だったから、もしかしてと思ったけど。うん、人為的に仕込まれてるものがありそう」


 むむむ、と唸りながら、どこからともなく取り出したルーペで粒子を観察する相棒。

 血まみれで魔力使い過ぎでぶっ倒れそうでゼエハア言ってる俺のことは気にならないらしい。


「あの、回復魔法とか、してもらえたりとか、しないんですかね……」

「やだ。ハルートの体に任せた方が早い、魔力の無駄」


 にべもなく断られて、俺は頬をひきつらせた。


「文句、あるの? 一人で突っ込む危険性は、痛みで覚えるべき」

「はいはい、悪かった、悪かったよ……」


 聖剣の切っ先を地面に突き刺し、それを支えにして周囲を見渡す。

 ペインフルジャイアントを撃滅したため、瘴気は徐々に薄れていく途中だった。


「……ッ」


 そんな中に、見えた。

 俺は聖剣を鞘にしまい込んで、断絶寸前の両足を必死に動かして、瓦礫の山の中を駆ける。


「君──」


 崩れた家屋のすぐそばにしゃがんでいる女の子がいた。

 恐らくはここに住んでいたのだろう。


「君大丈夫か!? ご両親は……!」


 肩を掴んで声をかけた途端、ビクっと俺の肩が跳ねた。

 彼女の体にはまったく力が入っていなかった。

 目や耳から出血しながら、彼女は既に絶命していた。


「…………」


 家屋の隙間に肌色が見えた。もう息をしていない。少女のご両親だろうか。

 俺は黙って彼女の瞼を下ろさせると、息を吐く。


 立ち上がり、他にまだ手当てが必要な人はいないか、と視線を巡らせる。

 そこで体が止まった。

 視界に広がる光景の意味が、数秒分からなかった。


 人々が膝をつき、こちらに向かって、地面に額をこすりつけている。

 何をしているんだ、と困惑に息がこぼれる。

 戦闘直後でハイになっている脳みそは、たっぷり十秒以上の時間をかけて、感謝と信奉を捧げているのだと意外にも明晰な回答を叩きだしてくれた。


 そんなことしないでくれ、と言えばいいのか。

 だがそれを行動に移す前に、誰かが言った。


「救世主さま……」


 その言葉が聞こえた瞬間、サッと頭の中が冷たくなった。

 すぐそばで息絶えている少女が見えないのか、と叫びそうになった。


「……ッ」


 違う、俺は救世主なんかじゃないんだ。

 これは感傷だとか絶望だとかではなく、単なる事実だ。


「ハルート、聞かなくていいよ」


 か細く小さい声が隣からした。いつの間にか相棒の姿があった。

 だけど俺のことをよく知り、俺もまたよく知る声。

 その心地よい声が、人々の言葉よりずっと大きく聞こえた。


 一つ息を吐いた。

 魔法使いと視線を重ねる。俺の肩よりずっと低い背丈の少女はこちらを心配そうに見ていた。


「大丈夫だ、背負わないよ。俺は自分が偽物だって知ってるから」


 それだけ言って、俺は人々に声をかけ始める。

 もう大丈夫ですよ。

 少し休んだら避難しましょう。

 あっちの、日が昇る方角へと。


 ……俺は知っている。

 助けてと叫ぶことに意味はない。

 祈りの言葉は質量を持った武器にはなり得ない。


 叫びは意味を持たないから、誰かが意味を持たせてやらなきゃいけない。

 祈りの言葉は武器になり得ないのだとしても、それを燃料にして立ち上がる人がいればいい。


 それができるのが、救世主なのだと思う。




 ◇




 ……とまあ、要らないことまで思い出してしまったか。

 討伐した後の話はカットして、俺はペインフルジャイアントをなんとか倒したところまでの話を三人に語り聞かせた。


「魔物と魔族の対応マニュアルに載せる規模感のエピソードじゃなくない?」


 話し終えた直後、エリンは真顔で言い放った。

 他二名も、冷や汗を垂らしながら頷いている。


「まあ特徴とかを並べつつ、先生の場合はこういうことがあった……みたいなのをコラムとしてまとめるのがいいんじゃない」

「それ賛成~♡」


 シャロンの提案にクユミが乗っかる。

 それからマネージャーさんはスーツを翻して俺に振り向くと、ずいと顔を寄せてきた。

 距離が近いというよりは、間合いを詰められたという印象を受ける接近だった。


「あと今話してくれた、拡張詠唱ってクユミちゃんも知ってる拡張詠唱で合ってる~? 詠唱本体を薄く引き伸ばして下地にして要素を加算する形式? それとも後付けでブーストかけた感じ? せんせいが拡張詠唱を組んだの? 具体的な効果は?」

「質問が多い多い多い! 後付けブースト形式で拡張詠唱は自分で組んだ! 効果は出力の乗算的向上!」


 クユミは顔は笑っていたが目がガチだった。

 鬼のように連打された質問を一つ一つ答えていく。


 あれ。

 なんかこれ、授業の時より質疑応答が成立している気がするんだが……ッ!?



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