勇者の末裔のかつての戦い

 切られたスケジュールに従って、俺たちは同人誌制作に取り掛かった。

 俺の役割は持っている知識を体系化しつつまとめて整理することだ。

 意外でもないがこれが大変だ。


 もちろん教師として、生徒たちの様子にも目を光らせる。

 タスク管理はクユミに一任しているが、メンタルケアに関しては俺の仕事だ。

 まあ、クユミはそこも自分でやるつもりらしいが、俺がそこをサボっていい理由は一つもない。


 ゲームでは同人誌を出そうとすると、まあミニゲームというか同人誌作成パートが始まる。

 完全にこみっくパ……まあ既存のゲームに寄せた構成だったが、あれはあれで楽しかったものだ。


 ただし現実ではそうはいかない。

 実際に手を動かす必要がある。

 今回ばかりは、この世界に転生して最も原作知識が通用しない戦いとなる。


「平原地帯のくくりの中でもこんなに種類があるんだね……」

「ああ、国ごとに全然違うんだよ。当然戦い方も変わるんだ」


 伝えた情報を、エリンが分かりやすく紙面にまとめる。

 文章はほとんど俺が書いたままの時もあれば、エリンの手で9割がた修正されることもある。

 そのたびに彼女は目を皿にして、知識を頭に詰め込んでいた。


 小型~中型程度なら、今の三人でも(よほどヤバい場所に行かなければ)おおむね対処できるだろう。

 問題はパターンをいくつ網羅しているからだ。

 初見で対応できるというのは凄いことだが、生存率を底上げするのは突発的な対応力ではなく、切り抜け方を導き出す知識量に他ならない。


「……これは竜種に近いけど、違うのかな」

「レッドウイングは翼がデカいけど空を飛ばないからな。いや本当に飛ばないんだよ」

「じゃあこの翼は何のために……?」

「さあ……?」


 エリンから渡された各種魔物に、シャロンが頭を抱えながらイラストを作成していく。

 厄介なことに、これは明確に正解のある絵だ。

 個人的には最も心配していたところなのだが、彼女は俺の口頭説明や文章の情報を元に、見事に描きあげてくれている。


 写真の技術が存在しないこと、俺が念写を獲得していないことが悔やまれる。

 とはいえ、絵を描いている間のシャロンが楽しそうなので、これはこれで良かったのかもしれない。


「ん~、せんせいこの魔物の危険度って本当にBでいいの~?」

「Aにした方がいいか? 囲んで叩く戦法が通用するのは減点対象だと思ってるんだが」

「でも一対一だとかなりてこずる気がするんだよね~♡」

「クユミがてこずるならAだな」

「じゃあ修正しとくから♡」


 クユミはあちこちを見て回りつつ、必要だと判断したら適宜修正を入れてくれている。

 特に助かっているのは全体的な危険度のバランス調整だ。

 すべて俺の体感に基づいているところ、彼女は俺の説明を客観的な基準に照らし合わせて調整している。


 これができるというのは、彼女が自分の強さを客観的に把握している証拠だ。

 エリンとシャロンにはまだ荷が重いだろうし、俺は正直突き抜けすぎていてこの辺の調整が細かくはできない。

 本当に助かっている、クユミがいなかったら全体の精度が何段階も落ちていただろう。


「あ、せんせいそろそろ大型に入るけど、紙面は見開きでいいかな♡」

「その方がいいと思う、単純に情報量が多いからな」


 小型中型大型というのは完全にゲームシステム上の区分だが、まあ現実にも導入するべきだろうし今回は採用する。

 そのうえで大型となれば、一般的にはマップ単位でのボスに該当する。

 もちろんシナリオ上のボスにも大型はいるものの、それは例外みたいな連中ばっかりだしな。


「これ見たことないやつなんだけど……ペインフルジャイアント?」


 エリンが名前を挙げたのは、西の方のある国に出現し、俺が魔法使いと二人で討伐した大型の魔物だ。

 魔物と呼ぶにはこう、色々と規格外だったんだけどな。


「そいつは数年前までは、魔族の瘴気が濃い地帯なんかで見かけたんだ」

「へえ、クユミちゃんたちで勝てる~?」

「勝てるには勝てる、と思うんだけど……個体に寄るかな」

「どんなやつがいたの?」


 シャロンの問いかけに、俺は作業の手を止めて腕を組んだ。


「属性ごとにいたんだよ、火水風土……特殊個体として、毒ガスを撒き散らすやつもいたな。その時は市街地が近かったから強引に押し切って仕留めたんだよ」

「強引に押し切った?」

「ガスを突っ切って死にかけながら相手を先に殺した」


 当時は、魔法使いから二度とやるなと怒られたものだ。

 そして今、三人からの視線にもまったく同じ意思が読み取れた。


「っていうか、センセがその自爆特攻みたいなことするしかなかったって、どういう相手……?」

「自爆特攻じゃないぞ。ちゃんと勝算があったからダメージレースに持ち込んだんだよ」

「減らず口を叩かないで」


 ピシャリとシャロンに言われて、俺は椅子の上でひざを抱えて縮こまった。

 日数が経過するたびに俺の地位が下がっている気がしてならない。


「参考にだけど、どういう感じで勝ったのか聞きたいな~♡」


 クユミが俺の肩に手をのせて、頬が擦れるような距離に顔を近づけてきた。

 吐息が肌を掠める。ちょっ近い近い!


「あ、ああそれぐらいなら別にいいぞ。まだパーティ二人だけだったんだけど」


 彼女の小さな体を引きはがしながら、当時を思い返す。

 西の……今はもうない国。

 そこに出現したペインフルジャイアントの特殊個体に、魔法使いとの二人パーティで応戦した。


 俺はあの時、地獄があるのだとしたらここなんだろうな、と思った。




 ◇




「【拉げ】」


 魔法使いの単節詠唱が空間を捻じ曲げ、巨人の掌から放たれたブレスを遮断する。

 だが完全な無効化には至らない。

 世界そのものを腐らせる眩い焔は、位相をズラされて発生した『無』の空間すら侵食して焼き尽くす。


「あと15秒」


 どれくらいもつか、声に発して尋ねるまでもない。

 こちらの意思を先読みして魔法使いがリミットを告げる。


「了解した」


 十分すぎる。

 15秒間かけて、聖剣に神秘の極光を充填していく。


「【護れ】」


 魔法使いが敵の攻撃を遮断するのとは別に、俺が放つ一撃の反動を防ぐ結界を展開した。

 同時に15秒経過、ありったけの神秘を叩き込んだ剣を振るう。

 放たれた光の波濤は魔法使いの位相変換結界を貫通して、そのままペインフルジャイアントの片腕へと殺到した。


 相手のブレスを一方的に押し返して到達した果て、やつの片腕が根元から消し飛ぶ。

 だが瞬きをすれば、その腕は元通りになっていた。


「そろそろ、毒に市民が耐えられないか?」


 俺の問いかけに、魔法使いが頷く。

 炎に包まれた王都。息も絶え絶えの兵士と俺たちが偶然出会ったのは不幸中の幸いだった。

 即座に駆けつけたが──これはもう、国が成立しないレベルの損害を受けている。


 それでも。

 今ここに生きている、涙して、悲嘆にくれ、絶望し、それでも生きたいと叫んでいる人々だけは。


「悪い」


 魔法使いが戦闘開始前にかけてくれた、俺を毒から守る防護結界を破壊する。

 単なる毒なら効かない体であるものの、この巨人から放たれるのは世界そのものを腐食する代物だ。

 内臓が軋みを上げ、骨が先端から溶けていくのがわかる。


 それよりも早く、速く、疾く決める。

 魔法使いが絶句している気配を背後に感じつつ、俺は疾走を開始した。


 夜空を赤く照らし上げる、破壊と滅びと殺戮の炎の中で。


 まだ俺は明日を夢見ることもできないまま、目の前の敵を倒し、人々を守るためだけに、剣を振るうことしかできなかった。



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