つくろう!同人誌②
同人誌を作る、といってもそれが魔法のようにさらっとできるわけじゃないのは知っている。
世間一般で脅すように言われている『同人誌を出すのは戦いである』とまでは言わない、結局は期日内に原稿を仕上げて、それを提出すれば本そのものはできる。
しかし、それが簡単にできるなら苦労はしないのだ。
この戦いに勝利するため必要なのは、計画性だ。
「……というわけで全体のスケジュールを切ってみたよ♡」
いの一番に進行管理役をかって出たのはクユミだった。
なんでも器用にこなすイメージがあるので、こういうマネジメントを任せるのに文句はない。
「意外と余裕があるんだね?」
「シャロンちゃん、その言葉、絵を描くのに比べればってだけだよ♡ ナメてると死ぬから♡」
「死ぬんだ……」
何故眼鏡をかけて、マネージャーとしてノリノリになっているクユミ。
どこからともなく持ってきたスーツにも着替えて、気合入りまくりだ。
「クユミちゃんたちが一番強いのは、この同人誌作成を『学校の課題授業』として扱うことで、毎日きちんと時間を取れることだよ♡ 他の人たちは本業がありつつ作成してることが多いから、ここまでうまくはいかないかな♡」
マネージャーが黒板をコツコツと叩く。
分かりやすく図解された入稿までの流れを何度も見返して、エリンが不思議そうに首を傾げる。
「あたしたちが毎日5時間ぐらい作業して、少しの余裕がある程度で作成完了……え、他の人死ぬんじゃないの?」
「そゆことだねっ♡」
いや本当にそれはそうなんだよな。
話を聞くと、知識層だけではなくごく普通の平民も熱意と執念を材料に本を出しに来ているらしい。
「他の人たちと比べれば、クユミちゃんたちは本当に恵まれた環境で作業できるんだよ♡」
「なるほどねえ……じゃ、あとは出す本の内容についてかな」
そういってエリンが俺に顔を向ける。
教壇から降りて教室隅っこの椅子に座っていた俺は、深く頷いた。
「当然、出すからには本気だ。手を抜くつもりはない。俺が知る上級魔族を全員載せたい」
「えっガチじゃん」
シャロンが呆然とした声を上げた。
え、ガチって言ったじゃん。
「……センセ、ごめん、ちょっといい?」
「うん?」
「多分、魔物の生態とか、それに合わせて使うべき武器とか……そういう内容だと思ってたんだけど、合ってる?」
「その通りだな。出現しやすい地域とか、有利な属性とかいろいろ載せたい」
作りたいのはまんま攻略本なのだ。
それも上級者向けではない、初心者が安全に冒険を進めていくための入門書。
最大の目的は、冒険の中で命を落とす人々の数を減らすことにあるのだから。
それはそれとして魔族連中の能力もバラし倒したいが。
あと、三人に知識のインプットをしてもらうというのもある。
俺が話す内容をただ聞いてるよりも、同人誌として作って売る方が頭に入りやすいだろ。
「とりあえず教科書とかにもう載ってる話はカットしようと思ってる」
「えっ? ……あ、あー……そういえばセンセの話とか知識とかが教科書載ったりしてるんだっけか……」
「なんか忘れがちだけど、この人ってそういう方向の功績もすごいんだよね……」
エリンとシャロンが、二人そろってこちらを不気味そうに見てくる。
明らかに彼女たちの視線は『普段の言動と功績が釣り合ってねえんだよ反省しろ』と物語っていた。
「じゃあ魔物と魔族で二部構成になるイメージかな?」
「そうだな。合間合間にも、冒険に役立つコラムとか載せちゃったりしてな」
具体的なイメージを膨らませていると、だんだんと楽しくなってきた。
本を作るの、どう考えても楽しいからな。
アイアスだって別の内容で作っているのなら喜んで買いに行ってやるのに。
「コラムって例えば?」
「そうだなあ、北の人類到達限界点付近に行くときの話とかかな。マジでヤバい魔物がいて、魔力が凍るんだよあのへん」
「参考にするの? 誰が? いつ?」
質問してきたシャロンが半眼になってしまった。
「……まあ読み物としては面白そうなんじゃないかな~♡」
俺が身を縮こまらせていると、マネージャーが助け舟を出してくれた。
助かる、どうしようかと思った。
「ともかく、基本的にはせんせいが本の内容を作成して、それをエリンちゃんシャロンちゃんが本の形式に落とし込んで、クユミちゃんは全体を管理する……って感じでいいかな♡」
「いいと思うよ! 確かシャロンって絵得意だよね?」
「実家にいたころ、少し習ってたけど。目の前にあるならまだしも、口頭で伝えられた内容をスケッチするのは初めてね……面白そうじゃない」
それぞれに役割があてがわれ、やる気を出し始めている。
おお、こっちから働きかけるまでもないとは。
「あの調子だと普通に超絶技巧を前提にしてきそうだし、ちゃんと見ないとね」
「マネできるはずないことを書いてきたら一発ずつシバく?」
「さんせ~♡」
……これ、俺に合法的に嫌がらせをできるからやる気出してるとかじゃないよね?
「別にそこは俺だってちゃんと気を付けるさ。両断したら死ぬとか、蒸発させたら死ぬとか、そんなん書いても意味ないし」
「ちゃんとこの辺は分かってるのに授業ではなんでアレなの?」
シャロンからありえないぐらいの火の玉ストレートが飛んできて俺は泣いた。
だって……君たち三人なら将来的にはできるはずなんだもん……!
◇
当然といえば当然だが、情報は漏れる。
今回は事情を知るのがハルート本人と三人組、そして教頭先生のみのはずだった。
しかし──授業として扱う以上は、これをやりますという報告を冒険者学校本部にして許可を取る必要がある。
許可は無事に出た。作成物をオミケにて販売し、得た収益は募金に回すと言えば問題はないと認められたのだ。
それはそれとして勇者の末裔ハルートがオミケにサークル側で申し込みをしたというのは王都で爆裂話題になった。
社交界で全員それしか話さなくなったりした。
当然だが、彼を知る者たちへもその情報は伝わる。
カラスが鳴いて空を飛ぶ王都、『本気』の人々は眼光を鋭くしている。
「……こんなにも早く戻ってくる羽目になるとは、予想外でごわすよ」
ローブで身を隠す放浪の元騎士がぼやく。
「我が
燃ゆる紅髪の狂犬が皮算用を始める。
「
「元からオミケには興味があったからね。取材も兼ねて、顔を拝みに行ってやろうじゃないか」
「了承だ。サイン用の色紙も用意してあるぞ」
「……君、元パーティメンバーのサイン、欲しいのかい……?」
王国最強の僧侶と女騎士が、二人で乾杯しながら当日の予定を詰めていく。
そして、事態の発端となった
「……へえ、ついに来る覚悟を決めたんだね、我が親友」
酒場で詩を謳い上げた後に、人々の喧騒の中からハルートの噂が耳に入った。
白髪の青年は、親友との再会を予期して唇を歪める。
果たしてまずハルートたちは抽選に受かるのか、本を完成させられるのか、発禁にならないのか。
問題は山積しているものの、それらすべてを踏破してくる人間が相手なのだと彼は理解している。
「面白い。向こうはとっちめる気満々だろうが、僕にだって最大手の意地がある。彼に捕まることなく、当日は新刊を全部売り切って堂々と打ち上げに行ってやろうじゃあないか!」
オミケ当日、嵐の吹き荒れる予感を誰もが抱いていた。
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