つくろう!同人誌
捕縛した三人組を教室に並ばせて、優しく見つめる。
即座に朝のHRから逃げ出そうとした剛の者たちだ。
てこずらせやがって、俺はここで力を発揮するために強く育ててるわけじゃないんだぞ。
「あんな本気で追いかけてこなくてもいいじゃん!」
「それを言ったら、あんな本気で逃げなくてもいいだろ」
それぞれの持ち味をしっかり生かしていたと褒めてやってもいい。
ただ今回はその持ち味の活かし方に問題があり過ぎる。
「今どこに住んで何をしてるのかは知らないが……自称吟遊詩人アイアスを放置しておくのはあまりにもリスクがデカい。っていうか既に不利益が生じている。よって俺はやつをとっちめなくてはならない」
「でもそれにクユミちゃんたちが巻き込まれるの、納得いかないですけど~?」
ズバズバっと三人を縛っていたロープが切られた。
クユミが袖の下に隠していた暗器を使って切断したらしい。
拘束を解かれた三人は立ち上がり、肩を回したり背伸びしたりしながらそれぞれの席へと戻っていく。
「はいはい、じゃあ話聞いてあげるから、結局何なの?」
シャロンの謎に上から目線の言葉に……いや今回は俺がお願いする側なんだし、上から目線でいいのか。
俺は黒板にオミケ当日までの流れをさらさらと書いた。
「順を追って説明するが、まず最初はシャロンが俺に教えてくれた、どっかの馬鹿が俺の恥ずかしい秘密をまとめた本をオミケで売ろうとしているという話からだ」
前提を話すと、そこでエリンが手を挙げた。
「あの、ごめんセンセ、みんな。オミケって何なの……?」
大前提の話を忘れていた。
俺はシャロンと視線を交わして、気まずい表情を浮かべる。
(説明頼めるか?)
(ふざけないでよね。先生って説明するのが仕事でしょ)
(いや、生徒を教え導くことが仕事だ)
(キメ顔で言いながら逃げんな!)
ヒイッ、今までと比べても一番ギャルっぽい感じでシャロンが激詰めしてきた。
無言で。怖いよう。
だってエリンはパツキンのアゲアゲなギャルである。
そんな彼女にオミケ、っていうか事実上のコミケの説明をしなければならないときた。
どういう拷問? オタクに優しいギャルじゃなかったら詰みなんだよね。
「オミケっていうのは、プロじゃない人たちが熱意のままに本を作って売ってる場所だよ♡誰でも本を出す側になれるし、それを買うことができるんだ♡」
「へぇ、面白そうだね。どんなのがあるの?」
「王都の全ての公園にあるベンチを模写したスケッチ集とかかな♡」
「えっ……怖い……」
俺とシャロンが役目を押し付け合っている間に、気づけばクユミが完璧な説明をしてくれていた。
しかし例が普通に酷かった。
あ、やっぱそういう変態いるんだ。
前世の知識でコミケについては十分知っている俺だが、残念なことにこの世界のオミケにはまだ行ったことがない。
いつかは行こうと思っていたんだが、時間が取れなかったのだ。まさかそれが自分の個人情報を守るために行くことになるとは。
「じゃあ、そのオミケにアイアスさんって人がいるってわけなんだね」
「そゆことだね♡」
納得した様子で頷いた後、エリンはこちらを見て、指をピンと立てた。
「本人に言えば? そういうのやめてって」
実に真っ当な指摘である。
俺も正直それで解決したい。
「さんざん言ったことがあるんだがやめてくれないんだよな」
嘆息しながら事実を伝える。
やつは自分の欲求を最優先にして生きているのだが、その過程で他人にどういう迷惑がかかるのかを一切考慮しない。
「とりあえず武力で制圧しておくと吉だな。武力で負けると意外と言う事聞くから」
「め、迷惑過ぎる……」
まあ、あの男に武力で勝つのはめちゃくちゃ難しいんだが。
普通にやっても半端なく強いが、その上で極限まで負けない力を持っているのがアイアスという男である。
「そもそも、最後に会ったのはいつなの?」
シャロンが首を傾げる。
「あー……卒業式の日かな」
「全然会ってないじゃんッ!」
エリンが机をぶっ叩いて吠えた。
言われてみたらそうだな。
「もうちょっとこう、感動の再会〜みたいなやつじゃなくていいのかな〜……?」
「えぇ……? うーん……」
若干引き気味にクユミが優しい提案をしてくれた。
俺は腕を組んで、唸った。
「あのさセンセ、冷静に考えてみてね。卒業以来、会ってなかった友だちと会うんだよね?」
「ああ」
「じゃあお互いにさ、積もる話があるっていうか。多分先生だって、報告したいことたくさんあるんじゃないの」
「ああ」
「じゃあオミケのサークル同士の挨拶なんかで再会するのはどうなのかな〜? 考えてみてよせんせい、目の前にアイアスさんが出てきたら……♡」
「殴る」
だめだこりゃとクユミが椅子ごとひっくり返った。
音一つない状態で背もたれから床に落ちていったな。
なにげに高等技巧。
「じゃ、じゃあさセンセ! 当日オミケに行くだけでいいのなら、どうしてあたしたちでその……同人誌を作ろうとするの?」
「至極まっとうな質問だな。それにはちゃんと理由がある」
俺は咳払いをしてから、キッと視線を鋭いものにする。
「どうも俺の本──マジで人気らしい」
「……つまり?」
「オミケの一般入場が開始された段階で並び始めたところで、間に合わないと見ている」
要するには、なのは完売である。
アイアスのことだ、売るものを売り切ったら、さっさと撤退するだろう。
俺たちが一般入場をした場合、サークルスペースへたどり着くころには、既にアイアスは一人打ち上げで肉を焼いているかもしれない。絶対に許せない。
つーか一般入場時にほぼ売り切れ確定って、人気過ぎない?
売られてるの、俺の個人情報ですよね?
普通に町とか歩くの怖くなってきちゃうんだけど。
「つまり、センセがその人をとっちめようとするのなら、必要なのは……」
「ああ、サークルチケットってわけだ」
だから選択肢は他にないのだ。
俺は同人誌を作って、サークル主としてオミケに参戦しなければならない。
まず抽選に受かるという超難関ミッションもあるが、そこは幸運の女神に愛されている我が血筋を信じるしかあるまい。
「……流石に、こう、特権でサークルの人たちが入るタイミングで入らせてくれたりしないのかな」
シャロンが恐る恐るといった様子で口を開く。
要するには、権力を用いた圧殺の選択肢である。
それもまた当然検討したのだが。
「運営委員会からそんな個人的な理由では例外扱いできませんってしっかり断られた」
「う、ううん……」
正攻法以外が八方ふさがりとでもいうべきだろう。
俺のプライバシー権はどこにいったんだと泣き叫びたくなるものの、今の『勇者の末裔ハルート』って生きた人間というよりは漫画のキャラクターみたいな需要のされ方な節があるので仕方ない。
ただ学生時代をよく知る男に秘密暴露本を作られるのは普通に無理。
一般客が入ってくる前にあいつを壁のシミにする。
「じゃあ先生、どういう同人誌を作るの?」
「決まっている。俺たち冒険者学校の教師と生徒が作るんだからな」
ついに観念した様子で、エリンは作る本の内容を尋ねてきた。
これしかないと俺は思っている。サークルとして出るからには、本そのものは手を抜きたくない。
ならば最大の得意分野で責めるのみ。漫画作れって言われたら終わりだけど寛容なのがコミケと共通しててよかった。
俺は胸を張り、黒板にチョークを走らせた後、バンンッと叩いた。
「超実践的な、対魔物・対魔族の戦闘マニュアルを作って売るぞ!!」
──その回のオミケの合計入場者数は、2位にダブルスコアをつけての第1位になった。
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