吟遊詩人はかく語りき

 それはある夏の、葉が焦げてしまうのではないかと心配になるほど暑い日のことだった。


「ハルート君、特別課題はとてもいい出来でしたよ」

「ありがとうございます」


 冷却魔法の効いた職員室には、茶髪碧眼、絵本から飛び出てきた王子様のような外見の生徒が静かに佇んでいた。

 彼と話す担任教師は、ウェーブのかかった髪をかき上げて、提出されたレポートを手に持つ。


「『特殊な環境でのみ生育する魔物を生成する行為の戦略的目的分析』……学生レベルではない、貴重な意見でした。王都の戦略研究会に送付したところ、大変好評でしたよ」

「それはよかったです。少しでも王国の騎士さんたちの役に立てばいいのですが」


 キラキラとした笑顔を浮かべる生徒に対して、先生もまた微笑む。


「……で、調査中に重要遺跡付近で大規模戦闘を展開し、遺跡に損傷を与えたことに関する謝罪には行ってきましたか?」

「行ってきました、その節は大変申し訳ありませんでした」


 男子生徒ハルートはその場で即座に土下座した。


「まったく、確かに駆除しなければならない相手だったのは分かりますが……! もう少し被害を抑える戦い方を覚えてください! というか、私があれだけ教えていますよね!?」

「いや、本当に手が滑って、こう、剣からビームがズバズバっと出ちゃって……」

「ズバズバと出ちゃって、じゃあないんですよ!」


 先生が半泣きで机をバンバンと叩く。

 ちらと顔を上げて、相変わらず可愛い人だなあとハルートはほんわかした。


「……! 反省していないようですね」

「いっ、いやそんなことないですよ!」


 どうやら内心を少し見透かされたらしい。

 先生は嘆息して、彼に立ち上がるよう促した。


「君は十分に立場を理解し、そして今後はそれを武器にしようとしているようなので、色々と教えているんです。つながりを広げていくのであれば軽率な行動は慎んでください」

「はい、もちろんです」


 真剣な表情で頷くハルート。

 彼の様子を見て、先生はふっと表情を和らげる。


「……変わりましたね、いい方向に」

「え?」

「入学したばかりのころは、他のみんなが何を言ってもほとんど返事をしてくれなかったでしょう?」


 言われれば心当たりがある。

 必死で、全力で、他に何かを見たり聞いたりする余裕なんてなかったから。

 でも今は違う。諦めずにしつこくドアを叩き続けてくれた友人たちのおかげだ。


「……そうでした、っけね」

「そうですよ、先生とは話してくれていましたけどね」

「それは先生が美人だからです」


 間髪入れない返しに、先生はハルートに微笑む。


「あらもう……ほんッッとうにアイアス君からロクでもないことばかり学んでいますね」

「自覚はあります」


 悲しい自覚だった。

 友人たちのおかげで人間味を取り戻したという自覚はあるが、明らかにいらないものまで手に入れてしまっている。


「ほどほどにしてくださいね、ほどほどに……あと校舎を壊すのもやめるようにしてください」

「それはあいつらが悪いんです」

「君たち、この話題に関してだけは他責をやめませんね……!?」




 ◇




 職員室を出たハルートは、放課後をどう過ごすか悩みながら廊下を歩いていた。

 毎日のように級友のカデンタが合同勉強会を開催しており参加を義務付けられているが、今日はサボりたい気分だ。

 自己鍛錬に費やしてもいいが、いかんせん暑すぎる……と考えていると、ふと足が止まる。


 廊下の先、随分と大きなカバンをいくつも抱えて、えっちらおっちらと歩いている男子の姿が見える。

 白い髪を見れば一瞬で分かる、級友の一人だ。


「アイアス、何運んでるんだ」


 早足になって追いついた先にいたのは、同じクラスに所属するアイアス・ヴァンガードだった。


「ああ、親友じゃないか。見ての通り、インスピレーションのままに詩を書き連ねていたらとんでもない量になってしまってね」

「これ全部手書きかよ……いつもの倉庫に運べばいいんだろ? 貸してくれ、いくつか持つ」


 ハルートは手を差し出した。

 学校に五人しかいない生徒のうち、問題児筆頭は全員だが、設備の私物化という常識的に考えればあり得ない暴挙に走っているのがこのアイアスだ。


 いくつかの倉庫は彼の手によって改築され、見た目の数十倍の広さを誇る生活空間兼物置となっている。

 当然ながら、先生や学校関係者が扉を開いたところで、普通の倉庫の中にしか入れない。

 次元の位相をズラしているのさ、簡単なことだよとドヤ顔で言われた時はムカついたので四人で囲んでボコボコにした。


「いいのかい?」

「こういう時は手助けを求めてくれ」


 ハルートの言葉に、アイアスはうっとうしいほどキラキラとしたエフェクトのついた笑みを浮かべた。

 先ほどの職員室にいたハルートより百倍ぐらいは胡散臭い笑みだ。


「おいおい親友、分かっていないな。こうしていると誰かが助けに来てくれるんだよ。で、仲良くなってゴハンにいって、あら不思議、僕と彼女は朝焼けを見ながらコーヒーを一緒に楽しんでいるってワケ」

「……そのフルコースを俺にやろうとしてるのか?」

「違う違う、なァンにも分かってないじゃないか。これは男女どっちも使える方法なんだ、君相手に仕掛けてくる女なんて世間に出たらごまんといるんだぜ。困ってる人を見かけたからってホイホイついて行っちゃあだめなんだ、勉強になったかい?」

「随分と嫌な学びをさせてくるな、お前……」


 受け取った荷物を両腕に下げて、ハルートはアイアスと共に二人で歩き始めた。

 渋面を浮かべる勇者の末裔に、吟遊詩人志望はそう拗ねるなよと笑いかける。


「僕なりに親友のことを心配してるのさ。君、人間っぽくなったのはいいけど、いくらなんでも身内に甘すぎだ。このままだと卒業した時に五人でシェアハウスしようなんて言い出すんじゃないかとヒヤヒヤしてるよ」

「……交友関係を狭く深く作りがちな自覚はある」


 アイアスの倉庫は校舎を出てすぐのところにある。

 二人はドアを開けて中に入ると、広大な空間にカバンを置いた。


「入学当初なんて僕らのことガン無視だったっていうのに、随分な変わりようさ。目の前で花火をしても無視されたぐらいなんだぜ。僕らの繊細な心がどれだけ傷ついたことか」

「繊細な心……?」

「ハイ今も傷ついたー」


 手をあげておどけるアイアスは、それからにじりよって、なれなれしくハルートと肩を組んでくる。


「だが感謝するべきだぜ、実際。君のゴミカスみたいな人付き合いのスキルを最低限には押し上げてやったんだからさ」

「否定できないんだがその言い方やめろ」

「特にカデンタなんて入学当初から君に猛アタックしてて……僕はもうてっきり付き合うところまでいくんじゃないかと思ったけど」


 何気ない指摘に、勇者の末裔は憮然とした顔になる。

 無論、アイアスの声のトーンが少し変わっていたことには気づいていない。


「級友をそういう目で見るな」


 にべもない言葉で切り捨てられては続く言葉がない。


「チッ。人間辞めますルートを突っ走ってたバカ男と立場に縛られ過ぎなバカ女をくっつけようとするのは楽じゃないな……もうちょい股の緩い、唆したらガンガン行く女なら楽だったんだけどなァ~」


 聞こえないよう小声でぶつぶつ言った後、アイアスは諦めた表情で床に寝ころんだ。


「まあ、それはいいさ。せっかくだし涼んでいくとしよう」

「お、それはいいな。今日はここでゆっくりさせてもらおうぞ」

「どういう口調なんだいそれ」


 肩を回して、ハルートもまた置かれていたソファーに寝そべった。

 それから目を閉じて、頭の中で魔法術式の構築を始める。


「オーイ、構築研究してるのバレてるぞー。それ休みって言わないから」

「はいはい……」

「隣でいつまでも研鑽されちゃこっちが休めない。ゆっくりするとしようぞ」

「どういう口調なんだよそれ」


 うるさく話しかけている男がいる空間では流石に無理らしい。

 軽く笑って、ハルートは久々に何もしない時間を過ごそうとしたのだが。


 スパーン! と勢いよくドアが開かれた。

 アイアスが許可した生徒しか開けられないドアだ。


 二人が同時に跳ね起きる。

 闖入者はこちらを睨む、燃え盛るような赤髪の女子生徒だった。


「ほお! 二人してサボりとは随分と立場だな、我が同胞はらからたちよ!」

「やっべ狂犬が来た! ハルート逃げるぞ噛み殺される!」

「クソ……! ちょっと考えたらバレるような場所に逃げ込むんじゃなかった……!」


 広い空間は、魔法ありの鬼ごっこにも非常に適しているということを二人は思い知るのだった。




 ◇




 今日は懐かしい夢を見た。

 多分、人生の中で、一番全能感があった時期。

 こいつらと一緒なら何だってできるんだと、思い上がっていた時期。


「…………」


 俺は朝のホームルームをしに教室へと歩きながら、ふと廊下を見渡した。

 何度も何度も立て直しているから、思い出のある校舎ってわけじゃない。

 でもこの空間にいると、時々無性に、一緒に学んでいた連中の顔を思い出す。


「……出戻りだとこの辺がキツいな」


 息を吐き、頬を張ってから、俺は教室に入った。

 三つしかない並んだ机には、それぞれ派手な外見の生徒たちが座って俺を待っていた。


「おはよーセンセ!」

「おはよ」

「おっはよ~♡」


 元気のいい返事をしてくれた三人に、俺も微笑みを返す。


「ああ、おはようみんな」

「うっ……あの笑顔はヤバいんじゃない?」

「まずいね。変な授業をしてくる時のやつだ」

「逃げよっか♡」

「コラコラコラ」


 三人は荷物を手に取って、窓やらドアやらへと移動し始めようとした。

 こいつらしれっと分散行動して追跡を振り切ろうとしてたな……


「別に変なことをするわけじゃないって」

「本当? じゃあ、何も話とかない?」

「特にないよ。ただ課外授業としてみんなで同人誌を作ろうって提案を」

「散!!」


 クユミの掛け声と同時、三人の姿が消えた。

 エリンはソードエックス家の移動法、シャロンは魔力噴射であらかじめて開けていた窓から、クユミは純粋な技術だけで、一瞬で教室から逃げ出したのだ。


「……俺たちも問題児だったけど、こいつらも大概だろ」


 力なくうなだれた後、俺は息を吐いた。

 追いかけられる側だったこの俺が追いかける側になるなんてな。


 まあ、カデンタに情けなく捕まった俺とアイアスの悲鳴を再演させてやるだけだ。

 出席簿を教卓に置くと、俺はそれぞれが逃げていった方向を確認して、迅速に捕縛へと向かうのだった。


 ──最後まで粘ったクユミ相手には、誠に遺憾ながら、この間見て盗んだ衝撃放出魔法を使った反則っぽい加速で捕まえざるを得なかったことだけ記す。

 精度低いし今度会ったらごわす卿に一回感覚とか聞いてみようかな……



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