人を救う資格
トップガン・ブレイブハート卿の進退に関して、騎士団は決定を下した。
彼の聖騎士としての席は──剥奪とする。
しかし、直後の次の聖騎士候補から彼を排除することはしない。
西暦世界で言う、出直し選とでも言うべき折衷案を取ったわけだ。
一回辞めてもらうことでとりあえず禊は済ませた扱いにするってことだな。
この辺は俺との戦いを見て、随分と感じ入ってくれた幹部陣が多かったとか。
意外と涙もろいらしいからな、騎士団上層部。
『適当に感動の試合を演じることができればいいんじゃないか? きっといたく感動して涙を垂れ流しながらヌルい判断をしてくれるに違いないさ。我が
同窓生が皮肉たっぷりに情報を与えてくれたのだが、あれは正しかったようだ。
俺ならできるというのはなんでだよという感じだが……任務は完了できたと思っていいか。
ともかく、彼の名誉は守られたと言っていいだろう。
俺は別に聖騎士の座から降ろされることが問題だとは思っていない。
後見人がロクでなしだったというだけで、彼の騎士としての資質まで否定されるのが我慢ならなかったというだけだ。
だから。
結果としてトップガン・ブレイブハート卿が聖騎士に復帰せずとも。
さらには、あろうことかテイル王国の騎士としての資格を自ら返納したとしても。
俺にとっては、まったく問題ないのである。
「運転免許じゃねえんだからさ」
「うんて……? 何でごわすか? それは」
思わずぼやいたら拾われてしまった。
冒険者学校までわざわざ顔を出してくれた元聖騎士は、しばらくその身一つで諸外国を巡り、見分を深める旅をするという。
なんでもない、と肩をすくめて、隣に立つシャロンへと顔を向ける。
「ま、聖騎士の座はともかくとして、騎士までやめることはないんじゃないかって話だよ。な?」
「うん、それは超思った」
真面目な顔で頷くシャロンに、ブレイブハート卿……あ、もう卿いらなくなっちゃったのか。
ブレイブハートは苦笑しながら、頬を指でかく。
「やはりハルート殿との戦いを通して、おいどんに足りないものが見えてきたでごわすからな」
「足りないもの?」
「人を救う存在として……そもそもおいどんは、救いを求める人々のことを知らなさ過ぎるでごわす」
ああ、それは結構あるかもしれない。
「知らないものを助けることは、できないもんね」
「シャロン殿の言葉がすべてでごわすな。そしてハルート殿はそれを知っている、だからこそ主義や主張に力強い根が張っているように感じたでごわす」
「それは騙されてるんじゃない? この人、言ってること結構ふわふわしてるよ」
生徒からの辛口批評は何度受けてもキくなあ……!
先日の戦いが終わった後も『場所に対する迷惑を考えて』『参考にしようという気概が感じられない』『コメントの必要あるのかな♡』とか散々だったし。
「……で、精霊の呪いも解けないままでいいのか?」
丸っこい姿のブレイブハートは、まあ強そうには見えない。
行く先々でナメられそうだ。俺が山賊ならカモだと思って襲っちゃう。
まさかこの外見から聖騎士やってたとは想像できねえよ。
「悪いことばかりではないでごわすよ。騎士として各地を巡回している時も、このナリだと異様に人々に優しく接していただけることがあったでごわすからな」
「それ絶対におじいちゃんおばあちゃんがおにぎりくれただろ」
「……!? な、何故詳細まで分かったでごわすか!?」
どう考えてもそういう外見だからな。
俺は肩をすくめた。
「あんたの判断なら、応援するよ。一つ言えるのは……あんたという聖騎士を失ったのは、テイル王国にとっては間違いなく損失だったって言うことだな」
「過分のお褒め、痛み入るでごわす」
結構素直な感想なんだけどな。
「騎士じゃなくなって……それでも、変わらないんだね」
俺とブレイブハートの会話を聞いて、シャロンがふわりと微笑んだ。
その顔を見て、騎士だった男は照れ臭そうに手を振った。
「そんな……とんでもないでごわすよ。それに、心意気だけは常に騎士でごわすからね! また資格が必要となったのならもう一度取るだけでごわす!」
「……ああ、そうだな」
世界を救うためには資格が必要だ。
でも人を救うために必要なものは資格じゃない。
俺は彼に向かって拳を突き出した。
トップガンはにこっと笑い、自分の右の拳をあり得ない勢いで服のすそで磨き始めた。
その勢いで磨いたらピカピカもピカピカだよ。鏡代わりになっちゃうよ。
「おいどんも、ハルート殿を見習うでごわす。勇者の末裔の剣技と心意気、確かに見せていただき申した」
「馬鹿言うなよ。あんたは元々勇敢な心を持ってたじゃないか」
ピカピカになった拳がこつんとぶつけられた。
できたばっかりの友達が旅に出るのは少し悲しいけど、多分今はこれでいい。
彼の旅路にあらん限りの祝福があればいいと、俺は心の底から祈った。
◇
ブレイブハートを見送った後。
冒険者学校の屋上で、俺はコーヒー片手に黄昏ていた。
少し前の時間、校門にてシャロンに背を向けて立ち去っていくブレイブハートの姿を、俺はここから見ていた。
空気を読んで先にこっちに戻ってきたのは、しばらくシャロンとブレイブハートが二人で話せるようにするためだった。
婚約者になるかもしれなかったけどならなかった、というなかなか謎の関係だがな。
しかしシャロンは彼の人となりを知ったからか、よくなついていた。
そしてブレイブハートは……
「あのごわす騎士さん、結構本気でシャロンちゃんのこと好きだったんじゃないかな~♡」
横を見ると、陽気に手を振って来るエリンとクユミの姿があった。
俺はクユミの言葉に、少し悩んだ後に頷く。
「ん……まあ、そうかもしれないよな」
「えっ。センセってそういうの察知する能力あるの……?」
「そこまで言う?」
エリンと、言い出したクユミですら目を見開きこちらをガン見していた。
なんて失礼な奴らなんだ。
「なんか分かんないけど……あいつが騎士として振舞おうって時に、シャロン相手にはなんか、態度が違うな~って気がしたんだよ」
「それって、具体的には……?」
「こう、なんていうのかな。あっこいつ、俺に突発的に攻撃仕掛けられたとしても対応できるけど、シャロン相手だとちょっと警戒抜けてないか? って感じで」
「ウワ、気づき方がソルジャーすぎ……サイテー♡」
なんか結局株が下がったっぽい。
なんでだよ。
「だから二人きりにさせたの?」
「余計なお世話なんじゃないかな~♡ 喜んでるかどうか分かんないよ♡」
「え……そ、そうだったかな。言われてみたら自信ないな……」
「最後まで付き添ってあげた方が生徒視点だと安心かな。まあ、シャロンの場合は心配いらないっていうのは分かるけど」
ちょっと選択を間違えたかな、と生徒二人相手に反省会を開いていたその時。
「ん」
顔を上げた。
エリンとクユミも気づいている、屋上へと階段を駆け上がって来る革靴の足音。
「先生、大変!」
ドアを開けて屋上へと入ってきたのはシャロンだった。
その手には便せんが握られている。
「それは?」
「しゃ、社交界で会ったことのある人なんだけど、王都の噂を教えてくれて……!」
噂?
何の話だ、と訝し気に見つめていると、息を整えてから彼女は叫ぶ。
「次の王都最大規模の同人誌即売会……王都マーケット略してオミケで、センセの恥ずかしい秘密を集めた本が販売されるって噂になってるんだって!」
…………。
十秒ぐらい、たっぷりの沈黙が流れた。
「あ、あんんんんんの馬鹿野郎が────────!!」
絶対に
もういい加減にしろボケ!
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