勇者の末裔VS不可視の衝撃騎士
アリーナにて視線と視線が火花を散らす。
聖騎士トップガン・ブレイブハート卿が、こちらを睨みつけながら、剣を構える。
ちらりと客席へ視線を飛ばした。
いきなり始まった戦いに瞠目するエリンたちの姿がある。
アリーナと客席を遮るシールドはビクともしていない。恐らく機密部隊の面々が全力で組んでくれている。
同窓生が『まったく仕方ないやつだな、我が
「流石は聖騎士、初動の威力じゃないだろ」
「先手必勝というより、貴公相手には何もさせずに勝ち切るのが一番だと判断したまでだ」
しれっとした顔で言い放ってくるブレイブハート卿。
先ほどまでの激情が嘘のように冷静な判断だ。
これができるから騎士ってやつは怖いんだよ。
初対面の時も思ったが、極まった騎士は挨拶の動作と抜刀の動作の区別がつかない。
感情と動作が切り離され過ぎているが故に、対応するこっち側がバグらされるのだ。
「で、初動がダメだった場合の考えは?」
「正面から切り捨てる」
告げた直後だった。
ブレイブハート卿の剣が俺の首目がけてすっ飛んできていた。
「……ッ」
のけぞるようにして回避、その場から飛びのく。
加速する前に爆発音が聞こえた。足元で衝撃を炸裂させているのか。
「っとっとっとっとっ!?」
たたらを踏むようにして後退した先、そこでも斬撃が飛んできた。
かわし、防ぎ、勇者の剣から光を放射して乱雑に打ち払う。
「その光! 迎撃にすらもってこいときたか……!」
危なげなく勇者ビームを回避して、黒髪をなびかせてブレイブハート卿が間合いを取り直した。
ふざけてる……なんだ今の一連の攻防、速すぎるだろ。
普通にザンバより全然速いじゃねーか。
いや最高速度は当然ザンバが速い。稲妻だし。
でも体感速度はこっちの方が断然上。
加速する方向や俺の意識が向いている先を使って調整しているのか。
「衝撃を加速に転用するだけでこれかよ……!」
「初見で防いでおいて、よく言えたものだ!」
叫んで、ブレイブハート卿が剣を振るった。
恐らくはストックしていた衝撃を刀身に載せて発射している。
俺は意識を集中させ、世界を停滞させた。
「……そこか!」
飛来してきた衝撃を、一閃で斬り飛ばす。
左右に分かたれた不可視の砲撃が、俺の背後のアリーナ外壁へ激突。
爆発じみた音と共に壁がひしゃげた。
続けざまに浴びせられる衝撃も次々に斬り捨てる。
こっちは勇者の剣なんだ、単なる衝撃ぐらいで軋むかよ。
「断ち切った!? 見えているのかッ……!?」
見えているわけではない。
微かな大気の歪みから逆算するにも限度がある。
だが、相手が聖騎士トップガン・ブレイブハートであるのなら。
最も効率よく、確実に俺へと直撃させるための配置と軌道を組んでいるはずだ。
だから賭けた。あんたなら最善の選択をして、実行してくれるはずだと。
「手品はこれで終わりか? だったらこっちの番だな!」
光を撒き散らしながら、間合いを詰めて剣を振るう。
放射される熱線を凝固した衝撃で受け止めたところ、渾身の一撃を叩き込む。
「……ッ!」
だが聖騎士は微動だにせず。
叩き込んだ際の衝撃が吸収・放射され、逆にそっくりそのまま返ってきた。
「まあそうなるよね~!」
分かっていたので、返ってきた衝撃を受け流して距離を取る。
近接戦闘だと、まずダメージを通すために工夫が必要になってくる。
ダルいし間合いを取って乱反射レーザーを打ちまくるのは一つの手だな。
とはいえ向こうだってそれは分かっている。
俺がそうしたら、逆に衝撃とレーザーの撃ち合いで膠着させてくるだろう。
お互いに活路が近距離戦闘にしかないわけだ。
……まあ、厳密に言えば、撃ち合いになれば有利なのは俺なんだが。
しかしこれは貪欲に勝利をつかみ取るための戦いではない。
ブレイブハート卿の願いに応えるための戦いだ。
「その衝撃吸収能力、破られたことは?」
「現状、ない。不敗の盾だ」
「そうか。じゃあ今日を記念日にしてくれ」
剣をゆっくり構えて、息を吐く。
それから顔を上げる。キッと正面から騎士を睨みつけた。
「刮目しろ、トップガン・ブレイブハート! あんたの盾が無敵だっていうなら、それすら突き破る究極の矛を見せてやるッ!」
「……!」
正面から踏み込み、間合いを詰める。
何かを察知したのか、ブレイブハート卿はその魔法術式をフル活用して俺の行動を妨害しに来た。
ストックされていた衝撃が形を変え間合いを無視して俺に襲い掛かる。
それらを避けて、切り裂き、拳で砕いて迫る。
「な……これで止まらない!? 化け物か!?」
驚愕に歪んでもなお綺麗な顔だ。
吹っ飛ばしてやる。
「この……まだまだあッ!」
ついに剣域へと踏み込んだ。
待ち構えていたブレイブハート卿がその剣を振りかざす。
見なくても分かる、衝撃を多層的に放射する、加速しつつ対象を破壊する一撃だ。
それに対して真っ向から、カウンターの一閃を放つ。
互いに振るった斬撃が、片や俺の体を掠めて、片やブレイブハート卿の体を打ち据えた。
「だから! それでは私は倒せないと──!?」
衝撃を吸収した騎士のがギョッとしたものになる。
体勢を崩しながらも、俺は既に二の太刀を放っていたからだ。
「防御は捨てたとでも!?」
俺の斬撃が直撃し、それでもやはり揺るがない。
聖騎士が至近距離で剣を振るう。衝撃を分散させて逃げ場を潰した、こちらを仕留めるための攻撃だ。
「てい!」
真正面から、崩れた姿勢で、俺は頭突きでその衝撃を打ち消した。
「は、ァッ……!?」
馬鹿にしてくれる、分散した衝撃で仕留めようとは。
こっちは腐っても勇者の血を継ぐ人類最高峰の戦士なんだぞ。
舐めてもらっちゃ困るよ。
「一点集中で今の一瞬に賭けてたらまだ分からなかったかもなあ!」
両足を地面に突き刺し、踏ん張って姿勢を起こす。
その勢いも利用して斬撃を放つ。
「何度やっても無駄だと分からないのか!」
こちらの連撃を、ブレイブハートはきちんと防御しながら次々に吸収していく。
衝突音が響くことはなく、火花も散らず、ただ一方的に攻撃を無効化されていく。
「……ッ」
受け止め続けるブレイブハートの顔が歪んだ。
放射して返す暇を与えない連撃、ストックは一方的に増えるばかり。
しかも、単純に吸収できてしまうからこそ、威力の大きさは把握しきれていないだろう。
俺の一撃一撃は今、城門ぐらいなら正面からぶっ壊せるぐらいの代物だ。
「ま、さ、か……!」
どこまで的確に処理できるのかは知らないが、気軽に放出している以上、すぐ取り出せる場所でストックしているのだろう。
間違っても次元の裏側とか、そういうややこしいところではないはずだ。
だったら、無制限ではないよなあ?
お前の衝撃吸収ストック、上限があるよなあ?
「このまま打ち込み続けるつもりか……!? そんなことを!」
「できるさ! 現にお前放出できてないだろうが!」
吸収と放出は同時にできない。
見ている限りではそうだ。
……厳密に見ていくと、衝撃は単に消えているというよりは一度分散され完全に分解されたうえで取り込まれている感覚がある。
それだけの過程を経て吸収するのなら、確かに並行して放出するのは難しいだろう。
「ぐ、うううっ」
連続攻撃の手は緩めない。
やつの表情が苦悶に歪んでいく。
こちらの斬撃を防御した瞬間、彼の足元の砂が飛んだ。
殺し切れない、吸収しきれない衝撃をなんとか逃がしたらしい。
ニヤと笑えば向こうはキッと視線を鋭くする。見落とすわけないだろ。
「どうした腹一杯か!? もっとたらふく食えよ、立派なお相撲さんになるんだろうが!」
「何を言っているのか分からないが、オスモウサンではなく私は騎士だッ!」
叫びと共に、ブレイブハート卿は衝撃の吸収を諦め、激突の瞬間に衝撃を放射して相殺しに来た。
西暦世界で言う、リアクティブアーマーの要領だ。
それだよブレイブハート卿。
お前ならそれができると思っていた。
取れる選択の中で最善を選ぶ、そうすると思っていた。
「止まったな」
大上段から振り下ろした斬撃をブレイブハート卿が受け止め、鍔迫り合いの形になる。
吸収は発生せず、衝撃と衝撃がぶつかりあい、火花が散る。
その中で、俺は唇を釣り上げた。
ここまで技術だけで対応してきたのはこの瞬間のため。
ほんの一度の攻防だけでいい、彼の脳裏から、極光の残影が消えるのを待つため。
「しまっ────」
「吹き荒べ、涜神の嵐ッ」
極光が俺の剣から解き放たれた。
超至近距離、逃げ場はなく、衝撃波を凝固させる暇もない。
まんべんなく全身へと浴びせられた破壊の輝きが、聖騎士の体を吹き飛ばす。
明確なクリティカルヒットに客席がどよめいた。
そりゃそうか、さっきまでモロ直撃してんのに微動だにしてなかったわけだし。
防御の思考を吸収との天秤にかけさせるのは我ながらいい判断だったな。
それによって、物理攻撃なのか勇者の光の攻撃なのかという読み合いから意識を逸らさせた。
「今のはいいのが入っただろ」
そうだよな? と倒れ伏す騎士の方を見やる。
「……ッ! これぐらいで!」
勢いよく立ち上がられた。
えええええ……? モロに入ったじゃん。
「まだ私は! 私は、何を捨てたっていい……! 自分の愚かさを、醜さを! それを乗り越えるためには!」
地面を叩いて起き上がり、ブレイブハート卿が猛スピードで間合いを詰めてくる。
「私は騎士として必要なものを取り戻さなくてはならないッ!」
もはや吸収など切り捨てたのだろう。
振るわれる一撃、それから発せられる威力にギョッとした。
「私は誰かの幸せのために戦う資格などない! 自分の幸せと欲求に目がくらんだ亡者なのだから!」
受け止めるたびに地面が軋んだ。
無作為に勇者の光を撒き散らすが、ブレイブハート卿は衝撃装甲を身に纏い無理矢理突っ込んでくる。
こいつ! 全攻めの方がはるかに厄介じゃねえか!
さっきまでのお高くとまった戦い方の方が百倍ぐらいやりやすいわ!
「だから妬ましい羨ましいと、騎士にあるまじきことばかりを……! 失墜しろと、その輝きがくすんでしまえばいいと思っていたッ」
剣の一振りごとに、数十数百と数えるのが馬鹿らしい回数の衝撃が炸裂している。
スピードも威力も今までとはまったく違う。
これが、なりふり構わなくなった聖騎士の全力……!
「チッ……」
防御の腕が弾かれる。
回避を主軸にしようにも、単純な攻撃範囲が広く逃げ切れない。
至近距離での応酬に付き合いながら、必死に致命傷になりかねない威力だけ捌き続ける。
「何度も! 何度も! お前さえいなければ! 私は屑として、塵として……! 何も考えずに、誰かを踏み台にして、自分さえ幸せならそれでいいと思えていたのにッ」
圧縮した台風の中に放り込まれたように、全方位から衝撃波が俺をなぶる。
骨の髄までが軋みを上げた。
剣戟を繰り広げながらも、余波だけで肉体が削り取られそうになる。
「お前さえいなければ! お前さえいなければァァッッ」
痛みと苦痛の中。
客席から悲鳴が上がる。ブレイブハート卿の渾身の一撃が、俺の横っ面を捉えようとしている。
モロに受けたら首から上なくなっちゃいそうだ。
そうだ。
他人を否定してでも自分の価値を守りたい。
それこそが、あんたが見たくなかった自分の醜い面だ。
「そうだよな」
今までで一番の衝突音。
それが響いてから、静寂が訪れた。
「あんたは楽になりたいんだ。前の方が楽だったからだ。他者を踏みつけてハリボテの自分を誇らしげに見せびらかす方が、ずっと楽だからだ」
振るわれた聖騎士の剣が、俺の手の中で光っている。
直撃の寸前に素手でつかみ取った。五本の指から肘にかけて、あまりの威力に骨が砕かれてしまっている。ここまでの重傷は久々だな。
しかし、避けたくなかった。
彼の叫びは、俺こそが真っ向から受け止めなくてはならないと思ったから。
「……ッ!?」
「だが、あんたはもう逃げられない。なぜならもう、楽じゃない方の道を選んでいるからだ。正しさを知ってしまったからだ」
間違っていると、このままじゃいけないと。
そう思ったからこそ神殿に向かったし、要らないものを全部捨てようとした。
「だから賞賛して、少しだけ同情してやる。あんたは──戦い続けるんだ。騎士であり続けるためにできること、それは騎士であろうとし続けることだ」
握り込み、鋼のこすれる音を響かせて。
渾身の力を込めて、聖騎士の剣を握り折った。
「は……」
「つまり俺がいるからじゃねえんだよ! 自身の正しさが! 自分の中にある光が! そいつらがつらい道を進ませてるんだ、つらくて苦しい正解を選んだんだ! 今更逃げようとするな、醜さを振り切ることなく、走り続けろ!」
甲高い音を響かせて剣が半ばで断たれ、切っ先側が地面へ落ちていく。
俺は自分の剣を捨てると拳を握りしめ、一歩前に踏み出した。
腰のひねりから力を伝導させて、拳に全部のせて、そのまま打ち抜く!
「これから歯を食いしばって走り抜くためのエールだ、受け取れッッ!」
拳がブレイブハート卿の鼻っ面へと吸い込まれ、直撃。
衝撃の吸収へ切り替えるのは間に合わず、確実に威力を伝える手ごたえと同時、思いきり弾き飛ばした。
すっ飛ばされていった聖騎士の体が、アリーナを囲む外壁にぶち当たる。
吹き上がった砂煙の中に聖騎士の姿は消えた。
さっきみたいにまた立ち上がったりしないか心配だが、流石にもう終わっただろ。
客席の人々が立ち上がり、ざわめく。
結果は明瞭に示された。
……騎士の証明、それに足りたかどうかは、人に寄るだろう。
まあその辺の判断は任せるしかないが。
「……おっ」
シルエットが見えた。それだけでもう結果は分かった。
噴煙晴れた先、そこには、美しき聖騎士ではなく丸っこい小さな男がいた。
彼は一歩だけこちらに歩き出して、二歩、三歩と歩いてくる。
数えて五歩目で、そのまま彼は前のめりに倒れ込んだ。
「……完敗で、ごわすな」
あっぶねえ、正直そっちが第二形態として襲い掛かってきても不思議じゃなかったよ。
近づくと、彼はこてんと転がるようにして仰向けになる。
「どうだった? 気は晴れたか」
「キツいことを、言われただけでごわすよ。醜いままで走り続けろだなんて」
「でもそっちの方がかっこいいよ。断言する、今の悩んでるあんたが一番かっこいい」
そう言うと、彼は数秒黙った後、へにゃと笑った。
「……100点でごわすな」
「だからそれ、何点満点だよ」
そう返すと、男は寝ころんだまま笑った。
果たしてどっちに対する100点なのかは、まあ、どっちでもいいか。
……本当は採点するのは俺の仕事のはずなんだけどさ。
やっぱ、おかしいよなあ?
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