修行の神殿にて②
湧き出る敵を順次破壊していく。
周期的に出現する大型の敵は即座にリズムを取りつつ包囲して殲滅する。
確かにどんどん、奥へと進むたびに敵は強くなっていく。
数も増えていくのでエリンとクユミがフル参戦する頻度も上がって来た。
しかしやることは変わらない。
本当に変わらない、ずっと変わらない。
エリンは無心に太刀を振るって出現した獣を両断し、クユミもダガーを曲芸のように飛ばして回して敵を仕留めていく。
神殿を進み、進み、階段が出てきたので地下へと下り、進み進み……
ペースを落とさないまま、実に三度は階層を降りた。
「これ本当に強くなるのかなあ!?」
十数度目のゴーレムを撃破した後。
さすがにエリンが大声で叫んだ。
地下の空間に甲高い悲鳴が響き渡り、反響していく。
やっていることがほとんどルーティーンと化しつつある以上、当然の疑問だ。
しかしそれに対して、先頭を歩くシャロンが振り向いた。
「……いやでも、どう? 何かこう、体感では強くなってる気がするんだけど」
「えっ嘘、あたし全然何も感じてないんだけど!?」
シャロンに予想外の指摘を受けて、思わずエリンがたじろぐ。
確かに彼女が最前列に立ち最も多くの敵を屠っているが、やっていることはほぼ同じだ。
そもそもこの程度の連戦では技量が向上することなどありえないのだが……
「ん~、この場所でやってるっていうのが大事なんじゃないかな♡」
指を一本立てて、クユミが周囲を見渡す。
つられて視線を巡らせると、神殿内部の荘厳が造りが目に入った。
「外と空気が違うよね、多分だけど魔力……ううん、精霊さんたちの言葉を借りるのなら、神秘の濃度が違うよね♡」
確かに異様な空気は感じていた。
対処しなければならない敵が弱いので気にならなくなってきていたが、体を動かすたびに何かがまとわりついている。
「この濃度の空間で戦闘行為を継続しているだけで、魔力の扱いだったり、体の機能だったり、そういう基礎的なところが引き上げられていくんだと思う♡」
クユミの推測は当たっている。
そもそも三人組は平等は強さではない。
学校へと来る前に積んでいた修練の差は、三人の総合的な習熟度──ハルートが意識しているところのレベル差に直結する。
ゲームシステムに則る表現ならば、経験値を蓄積してレベルを上げていくという作業。
それは人々が生きる世界として表現するならば、通常の行動にも負荷がかかる空間で戦闘行為を継続し続け体の機能を拡張するという作業になる。
「せんせいは修行の神殿のこと、説明するのは簡単だけど理解するのが難しいって言ってたでしょ? 多分やってみて、実際に強くなって初めて分かるんじゃないかな♡」
「なるほど……?」
元々単純な戦闘なら可能だった三人。
その中でも最も経験の浅かったシャロンがまず、実感できる成長を始めたということになる。
「……私だけが今強くなってる実感を得られているのは、今まで一番弱かったからってことね」
納得した様子で、微かに悔しさをにじませるシャロン。
「だったら、ここからだ」
槍を構えなおして、魔力砲撃を放つ。
出現しつつあった獣が、四つ足の先端だけを残して丸ごと蒸発させられた。
「わーお♡ 威力上がってるね♡」
「あたしも底上げできるのかな……」
他二人も、自分たちが恩恵を受けられるかどうかが気にかかって来た。
ペースを上げて進もうとしたとき、地か天上近くをふわふわと光が揺蕩う。
「あ、精霊さんだ」
『ぼくとわたしは君たちを見守っているよ』
『ぼくとわたしは見ているよ』
頭の中に直接語り掛けられているような感覚にも慣れてきた。
ふと、エリンはぷかぷか浮かぶ精霊に顔を上げた。
「あのゴーレムってあなたたちが作ってるんだよね? 名前は?」
『ワガママばっかりのボンクラ』
「名付け親の適性なさすぎ♡」
「先生相手じゃなくて基本的に口が悪いんだ……」
あんまりな名前に一同微妙な表情になった。
自分たちが今まで倒してきた相手の名前が『ワガママばっかりのボンクラ』だったのだ。
『ぼくとわたしは君たちに加護を授けられるよ』
「あ……」
その時、それっぽい言葉を言われて、三人は顔を見合わせた。
脳裏をよぎるのは練習場をすさまじい勢いで跳び回るボール状の騎士。
「これ頷いたらヤバイやつ、ってことだよね」
「先生も契約っぽいものを持ちかけられたら断れって言ってたね」
「じゃあ無視しておこっか♡」
そう話し合いつつも、足を止めた少女たちはそわそわしていた。
加護の内容は気になる、とそれぞれの顔に書いてある。
強さを求めてここを訪れたのだから仕方ない。
「えーっと、ちなみに、内容とかって聞けるのかな」
『ネコミミとかつけられるよ』
「「「は?」」」
三人組がスッと真顔になった。
先例を見るに、ここで頷いたら、下手すれば一生猫耳だ。変な形で売り出されようとしている。
「ネコミミって……そういう欲求持ってるってこと? あいつやってない?」
「これ確実にやってる」
「やってるね♡」
ハルートのいない場所での三人組は地味にあたりが強い方向での団結力があった。
精霊の話に聞く価値がないことを確認して、再び進み始めるエリン達。
「……出てこないね」
だがいつまでたっても、次の敵が出てこない。
縦にも横にも広い廊下には、ひたすら革靴が地面を叩く音が響いている。
「でも、空気が少し変わってきた気がする」
「濃度が上がってるね、ってことは~……」
そこでシャロンが足を止めた。
見れば目の前の空間は今までの廊下ではなく、先の見えない闇となっている。
トントン、とクユミが靴のつま先で地面を叩いた。
「……音の反響から推測する、すっごい広いアリーナみたいだよ♡」
「助かる、ありがとう」
「そ、そんなことできるんだ……凄いね……」
あっさりと暗闇の構造を把握したクユミに、シャロンが感謝してエリンがちょっと引いた。
「じゃあ、これが多分……」
シャロンが槍を握りなおして歩き出す。
事前にハルートから聞いていた説明が脳裏をよぎる。
『ある程度進んだら開けた場所に誘導されると思う。で、三人のままならゴーレムがデカくなる。これはリズムで対処してくれ。そして別パターンがあって、三人が分断されたら──』
闇に覆われた空間、どれほど広いかも分からぬ中で、三人がアリーナの中央にたどり着く。
直後、大地が裂けた。
突然飛び出した石壁が、エリン達3人を完全に分断する。
「シャロン、クユミ!?」
「これは……!」
「……二人とも、来るよ」
分断されたパターンならば、ここからはタイマン勝負。
少女たちそれぞれの前で、地面に広がる影から異形が姿を起こす。
「う……」
エリンの眼前に、故郷を焼き払った魔族が。
「やっぱり、これか」
シャロンの眼前に、かつてハルートたちと共に打倒した魔王の影が。
「……あは♡」
クユミの眼前には、光のない瞳で、返り血まみれで、聖剣を片手にぶら下げている勇者の末裔が。
『三人が分断されたら──それぞれが最も恐れるものが姿を現す。そいつをぶっ倒して修行は終わりだ』
神殿での修業の最終ステージが幕を開けた。
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