修行の神殿にて
シャロンの衝撃的な宣言からしばらく。
外見など全て犠牲にしてもいいという覚悟を前に、ハルートも折れざるを得なかった。
修行の神殿に入ったことはこの世界ではないものの、ゲーム上では何度もお世話になっている。
内容をあらかじめ伝えたうえで、ハルートは引率としてついていき、修行が終わるまでは自身は外でキャンプをすることにした。
とはいえ、さすがに学校のカリキュラムだってあるので、即で連れて行くことはできない。
よって休日を待ったうえで、さらにエリンとクユミも含めた3人で向かう予定となった。
2人がついていくのは『当然自分も強くなりたいから』というとてもまっとうな理由である。
そうして準備を済ませた後。
「ここが……修行の神殿……!」
瞳にメラメラと炎を宿すシャロンが、石造りのいかにもな建物を見上げる。
3人組と引率教師の計4名は、無事に修行の神殿へと来ていた。
「久々に来たけど全然変わってねえな」
「確かに神殿っぽいけど……」
「中で修業できるようには見えないね♡」
「精霊が長く住み着いてるせいで外と比べて時空にゆがみが発生してるんだよ。空間的にも時間的にも現実とは違う。だから出たくなっても出られなかった、っていうケースをよく聞くぜ」
ハルートの説明を聞き、エリンとクユミは改めて神殿を見上げた。
並ぶ石の柱たちには長い年月が経った末の風化とは別に、苦しむ人々がかきむしったような跡がある。
「思ってたより、怖い場所なのかな……」
「心配にはなるよね♡」
それぞれの得物をそっと撫でつつ、二人が表情を曇らせる。
しかし一歩前に出たシャロンが、迷わず首を振る。
「でも、来たからにはやるしかないでしょ。私は一人でも行くよ」
決意のまなざしで言葉を発するシャロンが、己が武器である突撃槍をぐっと握りしめる。
その姿に、ハルートは腕を組み視線を落とした。
(……一応、マージンは取れているはずだ。修行の神殿で事故る連中は根本的にレベルが推奨値を満たしていないことばかり、3人がああなる可能性は限りなく低い)
今回も以前と同様に、中へとついていくことができないハルート。
それもこれもあの連中のせいだ、と毒づきそうになったその時。
『あははは』
『うふふふ』
朗らかで、優しくて、底抜けに光を感じる笑い声が響いた。
一同がハッと周囲を見渡せば、いつの間にか温かな光が三人を取り囲んでいる。
それは全身に光を帯びて浮遊する、小さな人型の精霊たちだった。
『ぼくとわたしは君たちを歓迎するよ』
『ぼくとわたしは君たちが好きだよ』
『ぼくとわたしは君たちを試練をもたらすよ』
浮遊する精霊たちが言葉を紡ぐ。
3人を歓迎し、中へと誘おうとしている。
空気を揺らす振動とは少し違い、もっと第六感的なところに語り掛けてくるような声である。
「ぼくとわたし……?」
「そいつらは人間がよく使う言葉を覚えてるだけだ、知性に似たものは持ってるけど会話ができるとは思わない方がいい」
ハルートの説明を聞いて三人が表情を引き締める。
「じゃあ……エリン、クユミ」
「うん!」
「行こっか♡」
いざ神殿へ入ろうとした時、精霊がふわふわとハルートの方へ寄っていった。
『ハルートだ』
『ハルートだね』
名を覚えられているのか、とエリン達が驚愕した直後。
『ぼくとわたしは君を歓迎しないよ。入ってくんなタコ』
「んだとテメェ、誰が入るかよボケナス」
ハルートと精霊は互いにブチギレた声色で罵り合い始めた。
ぎょっとしたシャロンが目を凝らせば、発光する精霊が侮蔑の表情を浮かべているのが見えた。
『どの面を下げてここに来たのかな』
『ぼくとわたしは君が嫌いだよ。どっかいって』
「本当に礼儀ってものを知らねえな」
『ゴミクズ存在。息をするな』
「いい加減にしろよカス共」
ハルートの額にビキバキと青筋が浮かんだ。
もうマスクメロンみたいになっているレベルの血管の浮き上がりっぷりだった。
「え……仲悪っ。悪いどころじゃないかも」
「悪意満載のせんせいのキレ顔って新鮮♡」
「……た、確かに、あれはあれで……アリだね」
「わあ、エリンちゃん性癖ちょっと見直した方がいいかも♡」
ちょっと顔を赤らめるエリンの姿に、クユミは微かな危機感を抱いた。
級友の性癖が明らかにねじ曲がっている。
これはどうにかしないと、将来本人が困ってしまう。
「……二人とも、行こう」
一方で、シャロンは頭を振って視線を神殿へ戻す。
あらかじめハルートが精霊に嫌われていることを知っていたから、予想できた光景だった。
「ん、そっか。じゃあ行ってくるねセンセ!」
「いい子で待っててね♡」
今にも精霊とつかみ合い(?)の喧嘩を始めそうなハルートだが、生徒たちには手を振った。
彼を外に置いて、三人は神殿の中へと入っていくのだった。
◇
俺は一つ息を吐いた。
シャロンを先頭にして三人は神殿の中に消えていった。
ある程度は中身というか、やるべきことは教えた。
準備段階ではこう、俺も不本意ながら極めて意味不明な説明をせざるを得ない時があった。
三人は首を傾げ、こちらがおかしくなったのではと疑い、罵倒すらしてきた。
しかし最終的には信じてくれたので、本当によくできた子たちである。
俺なら無視して学校サボってたわ。
『ハルートだ』
『ハルートだね』
ぼうっと突っ立っていると、精霊が顔に触れるか触れないかのところを行き来してくる。
完全な嫌がらせだ。
「ウゼー。どっか行けよ」
生徒の前では浮かべないようにしている嫌悪の表情をモロに出す。
さっきはちょっと出ちゃってたけど。
鏡で何度確認してもクズ勇者特有のゲス顔過ぎて嫌いなんだよな。
『ここは美しさを得るための戦いをする場』
『ここは本当の強さを得るための場』
『ここは御神の聖なる光を正式に授かった種族が暮らす場』
精霊共は勝手な言い分を並べ立てる。
相変わらずこっちの話を聞きやしない。
『というわけで失せろ』
「失せねえよ。三人が出て来るまではキャンプするから」
『ぼくとわたしは君に失せろと言っているよ』
感情の弾数が少なすぎるだろ。
っていうかもはや感情ジャムってるぐらいだな。
『ぼくとわたしからすればアイアスの言葉は正しいよ』
急に顔見知りの名前を出され、俺は瞠目した。
「あいつと仲いいのか」
『アイアスは言ってたよ、君がいつまでも勇者をやっていたところで、君が解決したい問題は解決できないって』
精霊が俺の周囲を飛び回る。
そこでやっと気づく、こいつらの顔には侮蔑以外にも、微かな憐憫の色があることに。
『君は選ばれなかったおとぎ話』
『君は朽ち果てることを定められた装置』
『ぼくとわたしは君が嫌いだよ』
『ぼくとわたしは君が終わるのを見たくないよ』
投げかけられる言葉の全てが、胸の奥の柔らかいところをえぐる。
ああ、前回も、こういうこと言われたっけな。
『ぼくとわたしは君の在り方を認めないよ』
「……知ってるよ」
吐き捨てて、俺はいい加減キャンプを始めるべく持ち込んだ器材を広げるのだった。
◇
神殿に入ったエリンたち三人は、既に得物を手に持っていた。
周辺に散らばる獣たちの死骸。
血を撒き散らすことなく、それらは透けるようにして消えていく。
「確かに存在したはずなのに、殺したら消える……?」
「訓練用の存在ってことだね♡ 魔力とは別のものを編み込んで構成してるみたい♡」
神殿の中は、一歩踏み込んだ途端にネバつく空気に満たされ、明らかに切り離された空間となっていた。
広大な廊下を進んで行くと、数歩ごとに獣が姿を現す。
「シャロンちゃん、どうしたい?」
「……二人は私のフォローをしてほしい」
「オッケイ、任されたよ!」
「後ろは任せてね♡」
今回はシャロンが強い意志で希望した訓練である。
主軸に槍を振り回し、至近距離で砲撃を放つシャロンを配置。その斜め方向で全体をエリンとクユミで見る構えだ。
『魔力なんてものは、人類が縋る零れ火だよ』
『ぼくとわたしは御神の聖なる光を正式に授かった種族だよ』
『ぼくとわたしは聖なる光を息吹と編み、空に流れ、地を満たすよ』
天井近くを舞う精霊たちの声が降って来る。
どうやら魔力とは違う、もっと純度の高い神秘そのものを用いているようだ。
(単なる魔物より、斬りにくかった)
(動きが単調過ぎてすぐ終わったけど、生物としてのスペックはすっごく高そうだね……)
サムライと暗殺者が冷徹な思考を回す。
修行の神殿と名乗っているだけあり、小手調べから始まっているのは間違いない。
ならばここから敵の強さも引き上げられているということで──
「……来る」
シャロンが呟くと同時だった。
三人が進む先を遮るようにして影が広がり、ぬるりと地面の裏側から異形が這いあがる。
「これって!」
「せんせいが言ってたやつッ♡」
巨大な体は二足歩行。
ビル一棟分はあろうかという大きさの、漆黒のゴーレムだった。
『俺は君たちのことを、修行の神殿で死ぬかも……なんて低レベルな心配はしていない。問題は変な呪いを受けないかっていう点、これはまあ策がある。そしてもう一つ心配なのが、果たして本当に強くなれるほどの経験値を稼げ……経験を積めるのかっていうところだ』
3人の脳裏を、同時にハルートの言葉が駆け抜けた。
『時々厄介な敵が出てくる、そいつをいかに効率よく倒すかがカギだ。だから、修行のための修行を始めるぞ』
そう言ってハルートが自分たちに課した訓練。
最初は何を馬鹿なことをと思っていたが、今はもう体に染みついている。
「行くよエリン、クユミ」
シャロンの呼びかけを受けて、二人が陣形を変える。
素早くゴーレムの足元を駆け抜けて背後へと回る。
ちょうど三角形を描くようにして、ゴーレムを中心に取り囲む形だ。
それからゴーレムの両眼が輝いた瞬間。
エリン達は唇を開き、異口同音に叫ぶ。
「「「ワン・ツー! ワン・ツー!」」」
ゴーレムの全身から放たれる神秘の弾丸。
それに対して、3人は一斉にリズムを取り、合わせて武器を振るい始めた。
リズム通りに飛んでくる神秘の弾幕が、鋼の一閃で打ち払われる。
全方位へと逃げ場なく飛んでくる攻撃にひるまず、むしろ知っていたとばかりに対応。
弾幕を押しつぶすようにして前へ前へと突き進んでいく。
「「「ワン・ツー! ワン・ツー!」」」
そしてリズムを守りながらすべての攻撃を突破した後、間合いがゼロになる。
太刀が閃いて切断。ダガーが関節部を破砕。
最後に突き込まれた突撃槍の穂先が、ゴーレムの核を完膚なきまでに破壊した。
ズン……と音を立てて崩れ落ち、透けて消えていく巨大な敵。
息一つ乱さずに対処しきれたことを確認して、3人は顔を見合わせて頷く。
『お前たちが身に着けるべきはリズム感! 何故なら修行を効率化していけば、神殿での戦いは弾幕を打ち払って距離を真っすぐ詰めていく音ゲーとなるからだ!』
『センセ何言ってんの?』
『適当なこと言ってないで早く説明して』
『えっ……これ本当のこと言ってる時の拍動なんだけど……』
先生の妄言を信じてよかった──3人は心の底からそう思うのだった。
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