あれは私がおいどんになる前のこと……

「申し訳ない、ハルートさん、シャロン殿。私のせいで店を変えることになってしまったな」

「い、いえ……」

「別にこれぐらい、大丈夫です……」


 居酒屋が騒然としてしまったので、シャロンは撤退を選んだ。

 あまり人のいなさそうな店を当たり、今は静かなバーに来ている。

 バーカウンターに並ぶ俺たち3人以外は、この謎メンツを見ても眉一つ動かさず飲み物を出してくれたマスターさんしかいない。


 学生であるシャロンを連れてきてはいけなかったのだが、しれっと興味津々そうにしていたし、俺とブレイブハート卿を押し切ってこの店を選ばされた。

 まあお酒を飲ませなければ、一応は大丈夫か。


 冷静に考えると泥酔して酷い目に遭ったのにまた酒飲む場所に来てるの意味分かんねえな。

 まあ人生ってそういうものですからね。


「普段はこの姿ではないから、ああも注目されると少しばかり困ってしまうな」

「いや元の姿でも十分注目集めてますけどねあなた」


 この聖騎士がイケメン過ぎるのは事実だ。

 イケメン過ぎるばかりに店を変える羽目になったぐらいだからな。

 腹が立ってきたぜ。俺だって外見は完璧な王子様なんだぞ。


 隣でグラスを手に持つブレイブハート卿は本当に絵になっている。

 反対側の隣の席のシャロンだって、お嬢様の息抜きと言った具合だ。

 他に客がいたら、この二人に声をかけないことはないだろう。


「クソッ……俺だってモテるはずなんだよ……なあシャロン」

「ハァ??」


 本当に──本当に体が震えた。

 シャロンが出した声は地の底の底、地獄の最奥部より響いたかのような色合いを持って俺に恐怖と委縮を与えた。


「いや、なんでもないです」


 俺はカウンター席の上で身を縮こまらせて言った。

 隣のブレイブハート卿が、その秀麗な顔に苦笑を浮かべて、グラスの氷を鳴らす。


「くくっ、年頃の乙女相手では、かの勇者の末裔殿ですら手も足も出ずというわけか」

「揶揄わないでくださいよ……」

「おっと、ずっと言いたかったのだが、私などに敬語は不要だ。シャロン殿も、気楽にしてくれて構わない」

「いいの? じゃあ、そうさせてもらうわ」


 お前対応速いな……


「お、おう、俺もそうするか。だったらそっちも、おいどん状態の時から敬語外してくれよ」

「あの姿の時は私自身、言葉遣いをコントロールできているわけではないからな」

「強制ごわす状態だったのアレ!?」


 さっきから謎が深まるばかりなんだよ。

 いい加減聞くか。


「結局、ブレイブハート卿はつまりその、どういうことなんだ?」

「聞きたいことが多すぎて漠然とした質問しか出せなくなってるけど、私も多分同じ質問になりそう……」


 こんな簡単に人間の骨格は変わらないんだよ。

 挙句の果てに口調まで全部変更入りやがって。

 もう別キャラじゃねえか。


「ああ……普段のあの姿や口調は、いわば呪われている状態でね」


 聖騎士は視線を少し落としてそう言った。

 思っていたよりちゃんとした理由が出てきたな。


「で、今は呪いが解けている状態ってことか?」

「今回はちょっと自分でも想定していなかったというか……正直酔っていて、自分が解除トリガーを引いた記憶がないんだ」


 酔った勢いで解ける呪いって何だよ。


「その呪いって詳しく聞いてもいいやつか?」

「少し長くなるが、それでもいいなら」


 俺とシャロンは同時に頷く。

 さすがにこれを謎のままにしておくと夜眠れなさそうだ。


「発端はかの吟遊詩人アイアス殿だ」

「もしかして、先生の同級生の?」

「然り」


 原因、あの男なのかよ!

 俺の同窓生、本当に問題児しかいねえ……!


「彼とは酒場で面識があってな」

「確かにあいつなら、どこの酒場でも生えてきそうだな」


 くい、とグラスを傾けてブレイブハート卿が物憂げな顔になる。


「私はその時、だいぶん追い詰められていたというか……余裕のない時期でね、彼に気遣われてしまってな」

「あいつ人を気遣うことなんかできたのか……」

「さっきから思っていたけど、先生からアイアスっていう人への評価低すぎない?」


 シャロンの指摘に思わず真顔になる。

 やつのことを詳しく知らないからそんなことが言えるんだ。


「いいかシャロン。あいつは人への思いやりに欠け、自分本位で、金と女と自分と自分の詩が大好きで、週8で合コンに行っていて、聞く限りでは今は俺の個人情報を切り売りして金に換えている男だ」

「……褒められるところはある?」

「顔」

「最悪」


 そんな男が原因となればもう嫌な予感しかしない。


「はは、流石は長い付き合いだ。彼もあなたのことをかなり好き放題言っていたよ」

「へいへい、お互い様だろうからな……で、やつに何を吹き込まれたっていうんだ」

「精神を鍛えなおすために何かしたいと相談したところ、精霊が棲むという修行の神殿を紹介されたのだ」


 あー、あのレベリングマップね。

 無限湧きする敵と経験値効率の良さから、修行の神殿にこもるプレイヤーは多い。

 しっかりマージンを取って安全に進めていくプレイスタイルなら、絶対にお世話になる場所だ。


「先生は知ってるの?」

「行ったことあるよ。俺は精霊に門前払いされたけど他の仲間たちは修行をクリアしてた」


 貴様のような存在が神殿に入ってはならぬってクソ怒られたんだよな。

 ふざけやがって。理由教えてくれねえし。


「……で、仲間たちは普通にやったっぽいんだけど、何をどうすればおいどんになるっていうんだ」

「私は精霊に最も厳しい修行を要求し、そしてクリアした。クリアしたら精霊の機嫌を損ねてしまったんだ」

「滅茶苦茶じゃん……!」


 絶句するシャロンだが、かつて出禁を食らった身としては苦い表情が出る。

 あいつらの価値観って人間と本当に別物だから、急に意味不明なキレ方したりするんだよなあ。


「まず私は背丈を奪われた」

「ガチの嫌がらせじゃん」

「次に声と言葉遣いを変えられた」

「これ本当に修行の神殿の出来事か?」


 どう考えてもタチの悪い悪魔と契約を結ばされている途中にしか思えないんだが。


「最後に見た目をなるべく面白い感じにしてやると弄られた」

「待ってくれ、もしかして二段階目だと、お前この外見であの背丈でごわす口調になってたのか?」

「然り」


 だったら二段階目が多分一番面白い感じだったと思うよ。


「そうして私は1.5頭身のごわす口調にされたのだ。最初は死のうと思った」

「いや、本当によくそこからあそこまで強くなったな……」

「ウム。聖騎士試験に外見評価がなくて助かった」


 あの体形になってから聖騎士になったんかい!!


「じゃあ、転がってたあの戦い方は、呪われてから開発したってことなの……?」

「然り。死に物狂いで手に入れた、見苦しいが最適化された我が剣さ」


 イケメンが真顔であの肉弾ごろごろ戦法を我が剣って言ってる……


「えーっと、ちょっとまとめさせてほしんだけど」


 丁寧に話してくれた経緯を、整理してまとめる。

 時系列準にすると……


 ①ブレイブハート卿、修行したくなる

 ②ゴミクズ吟遊詩人が修行の神殿に行くよう唆す

 ③ブレイブハート卿、修行の神殿を踏破する

 ④精霊がブチギレて呪いをかけてくる

 ⑤呪われておいどんになったブレイブハート卿、聖騎士になる


「お前のスペックがひたすら高い話じゃない? これ」


 正直な感想を告げるとシャロンもうんうんと頷いた。

 だって呪われて体の形全部変えられて、その上で聖騎士になってるじゃん。

 普通にヤバ過ぎ。


「いやいや、それはない。もちろん普段の姿より今の私のほうが強いんだが」

「あ、やっぱそうなんだ」

「しかしかつての私の愚かさは本当に救いがたいものだったからな。自らの浅ましさに気づくことにすら、鋼の如き光機を直視しなければならなかったのだから本当に救えない……」


 自嘲するような笑みを浮かべた後、彼はグラスの中の液体をぐいと飲み干した。

 ……確かに修行の神殿に行こうと思った理由は聞いていない。

 だがそれは、少しばかり踏み込み過ぎだろう。


「…………」


 そう思って言葉をつぐむ俺だったが、シャロンがなぜかこっちをガン見して来ていた。

 なんというか、こう、事件の犯人を睨む刑事みたいな顔だった。

 何だよ、何もしてないぞ俺。


「あっそうだ、呪いが解かれるトリガーって何だ?」

「騎士道を捨てた時さ」

「確かに、さっき吐きに行く時言ってた。騎士道を捨てるって」

「あれで解除されるのかよ!?」


 精霊の呪いって本当にランダム性が強すぎるなあ……!

 ゲーム上もバフなんだかデバフなんだか分からなかったし、変な縛りを入れてない限りはアイテムを用いた全解除が安定だった。

 もしかして何度も試行してたらごわす口調の呪い引けたりしたのかな。


「ん……これは……」


 と、そこでブレイブハート卿がグラスをカウンターに置いた。

 それから立ち上がり、彼はすっと笑みを消す。


「どうした?」

「あっごめんちょっと太る」

「は?」


 いきなりの出来事だった。

 目の前できゅぼん! と音を立ててブレイブハート卿が縮んだ。

 顔が見慣れたいなかっぺ大将のものになり、騎士団制服が収縮して丸いラインを描く。


 その服が謎過ぎるんだよ。

 どういう技術?


 さすがに目の前で意味不明な変化を見せられては、呆気にとられるしかない。

 彼は髪をぴちっとリーゼントもどきに整えた後、ふうと息を吐く。


「時間切れでごわすな」

「これだよこれこれ!」

「あー今すっごい安心した!」


 ごわすを聞いて俺とシャロンが喝采を上げる。

 マスターは数秒こちらをみて硬直していたが、すっとグラス磨きに戻った。

 何も見なかったことにしたんだろう。気持ちは分かる。


「正直あんなイケメン騎士と話してたら緊張しちまって仕方なかったからな」

「本当にね」


 呪われた姿を歓迎している俺たちに、ブレイブハート卿が苦笑する。

 彼はそれから、自然な動作でシャロンへと視線を向けた。


「どうでごわす? さっきまでのおいどんなら、縁談を進めてもよかったりするでごわすか?」

「あー……そうね、もっと前に出会ってたら、きっと夢中だったかもね」


 彼女は苦笑しながら返事をした。


「たたは、ありがたいお言葉でごわすな」


 ぺち、と自分の額を叩いてブレイブハート卿が笑顔を作る。

 俺は自分のグラスを持ったまま、その様子を眺めていた。




 ◇




 おいどん状態に戻ったブレイブハート卿と別れ、辺境の寮まで戻ってきた後。

 俺は食堂の椅子に座り、アルコールのせいでぼやける視界の中、机に突っ伏していた。


「もう、二人で出ていったと思ったらセンセが酔っ払って帰って来るってどういう状況?」

「肝臓ざーこざーこ♡ はいお水♡ 自分の愚かさをかみしめながら翌朝の頭痛に震えてね♡」


 俺たちを出向かてくれたエリンとクユミも呆れかえっている。

 そりゃそうだな、教師としてはマイナス五億ポイントぐらいある。


 差し出された水を飲むも、確実に翌日は死亡確定だ。

 酒を飲むとなんで酔っ払ってしまうんだろうな。


「先生……ちょっと、いい?」

「ん?」


 ぼんやりしていると、声をかけられた。

 顔を上げると、向かいの席に座っていたシャロンがこちらを見つめている。

 その真剣な表情に、俺も居住まいをただした。


「どうしたんだ」

「あのさ、私……修行の神殿に行きたい」


 な……!?


「シャロン、お前……!」


 思わず椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。

 突然発生したシリアスな問答に、エリン達が目を丸くする。


 あのブレイブハート卿の話を聞いたうえで、シャロンは言っている。

 覚悟の重さは推しはかれる、しかし。


 だとしても、どれほど本気だとしても。

 俺はシャロンに問わねばならない。



「1.5頭身のごわす口調面白女になってもいいのかよ!?」

「1.5頭身のごわす口調面白女になったっていい……!」

「二人はどういう会話してるの!?」



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