騎士道とは

 ブレイブハート卿の襲来をなんとか乗り越えた週末。

 報告書の提出も平日中に終えていた俺は、午前中は惰眠を貪るつもりだった。

 彼から連絡が来たら動くがそれまでは待機しかやることないし。


「先生、起きて」

「はい……」


 しかし安寧の眠りは引き裂かれた。

 具体的に言うと、朝イチでシャロンに襲撃されていた。


 おい。本当に俺の部屋が好きだなお前。

 昨晩も髪乾かしてやっただろーが。

 おやすみとおはようを連続して言うのはもう付き合ってるんだよ。


「どうしたんだ?」


 手触りで寝癖がついていないか確認しながら、俺はベッドの上であぐらをかく。

 王子様外見でそういう動作はするなと女騎士から怒られたことがあるが、今あいつはいないのでセーフ。


「親から手紙が届いて、王都に来いって」

「え、今日?」


 無言で頷き、シャロンは物憂げな表情を浮かべる。


「うん、なんか……親が、ブレイブハートさんと会っておけって」

「ふーん」


 相槌を打ちながら、内心では舌打ちが出そうになった。

 縁談を進めたがっているという前情報を踏まえると、結婚相手と仲良くしておいてねという意思が透けて見える。


「先生も来てくれないかな……二人だとやっぱり、怖いっていうか」

「いいのか?」

「そっちこそいいの? 先生をデコイにしようとしてるんだけど」

「分かってはいたが明言されると傷つくわ」


 担任を堂々と囮って言うなよ。

 まあ生徒のためならやぶさかではないんだけどな。

 ここは当然俺が囮になる。


 ……後でエリンとクユミに何か言われそうだから、お土産用意しとかないとなあ。




 ◇




 顔を洗い私服に着替えた後。

 俺はシャロンと共に馬車を乗り継いで王都へ来た。


 エリンと違って、流石に慣れた様子で彼女は人混みにひるまずスイスイと進んで行く。

 普段は冷たいギャルといった感じのシャロンだが、品のいい服を切ればお嬢様に早変わりだ。

 人々は俺たちを『いいとこのお嬢さんと護衛かな』と一瞥して道を開けてくれる。


「目的地は?」

「ウチが持ってる屋敷だって」

「邸宅とは別に屋敷を持ってるのか? 王都に?」

「うん、人と会う時用に建てたの」


 バケモンみたいな実家だな。

 ソードエックス家も大概だったけど、俺の生徒の実家が太すぎる。


「あ……あれか」


 見えてきた大きな屋敷が、恐らくはピール家が所有する物件なのだろう。

 その正門入り口には、見おぼえるのあるリーゼントもどきの丸っこい男が、知らない紳士と二人で立っていた。


「おっ、シャロン殿にハルートさん、よくおいでなすった」

「先日はお世話になりました、シャロン・ピールです」

「どうも」


 礼儀正しく挨拶をするシャロンの隣で、ずぱっと手を挙げてあいさつする。

 特注としか思えない騎士団制服姿のブレイブハート卿はニコニコで手を挙げてくれる。

 彼に何か話していた紳士も恭しく挨拶してくれた。


 で、この人は誰だ?

 服装や雰囲気からして貴族だが。


「そちらの方は?」

「おいどんが昔お世話になっていた孤児院の後見人さん、ジルベルト・アークライト卿でごわす」

「初めまして、ジルベルト・アークライトです」

「お、おお……」


 知らん情報が出てきた。

 えぇ? お前孤児院出身だったの? 超絶たたき上げじゃん、凄っ。


「アークライト卿は孤児院を運営したり、冒険者や騎士のための装備開発を行ってくれている凄い方でごわす。彼がいなければ、おいどんが騎士として叙勲を受けることもなかったでごわすよ」

「ははは……トップガン君、よしてくれ。私はしがない研究バカだよ」


 アークライト、聞いたことがあるな。アークライト研究所っていう機関があったはずだ。

 画期的な発明をいくつか出していると、噂は聞いたことがある。

 だが俺がその存在を知った時には、既に……


「昔は公認の研究機関を持っていたんですが、随分と前にギルドとの連携が満了してしまいましてね。元々趣味でやっている面もあったので、今はこじんまりと個人発注だけ受けているんですよ」


 こちらの表情から察したのか、先んじてアークライト卿が説明をしてくれた。

 かつて冒険者ギルドと連携していた研究機関、か。


「すみません、聞き覚えがあったもので」

「いえいえ、お気になさらず。むしろ、かのハルートさんが名前を憶えてくださっていただけでも感激ですよ」


 アークライト卿から手を差し出されたので、握り返す。

 経歴からして老年に差し掛かっているはずなのだが、若いな。

 髭は綺麗に剃られ、白髪はオールバックにまとめられ、顔にはシワ一つない。


「あ、連携機関ってこの間授業でやった……」


 俺たちの会話を聞いていたシャロンが納得の声を上げる。

 そう、ギルドを成立させ、冒険者たちの生業をサポートする機関だ。


 その中でも、既製品とは異なった先進的な装備を開発してくれる研究機関がいくつか存在する。

 アークライト研究所は、かつてはその中の一つだった。


「おっと、私はお邪魔かな。すまないねトップガン君、忙しい中」

「いえいえ、アークライトさんの頼みでしたらどんとこいでごわす」


 頼もしい、と笑ってアークライト卿はハットを片手に一礼した。


「では失礼させてもらうよ。縁談だったか、上手くいくといいね」

「……はは」


 ブレイブハート卿がチラとシャロンを見た。

 彼女はそっぽを向き、無表情ながら全身から不機嫌そうな空気を放出している。


 では、と立ち去っていくアークライト卿を見送った後、俺は聖騎士に顔を向けた。


「じゃ屋敷入りましょうか」

「ん、実はシャロン殿のご両親が急用で不在らしく、屋敷じゃないところで面会してもいいと言伝をいただいているでごわすよ」


 えぇ……?

 ご両親不在って、孤児院出身ならそっちも付き添いいないだろうし、マジで二人で放置されたってこと?

 俺が困惑していると、シャロンがすっと前に出る。


「両親がすみません。ブレイブハート卿にお越しいただいたというのに」

「いえいえ。それでせっかくですし、ご飯だけでもどうでごわす? もちろん縁談とは関係なく、三人で親交を深められたらという意味でごわすが」

「……それなら、こちらは構いません」


 シャロンの返事を聞いて、ブレイブハート卿がいい店を知っとりますと笑顔を浮かべた。

 率先して歩き出す彼の背を追って歩き出すシャロン。


 後でカデンタに連絡を取って、アークライト卿の孤児院に関する情報を集めてみるか。

 このゲームで孤児院と研究機関がセットで出てきた時、大体ヤバい研究をしてるもんな……




 ◇




 王都をちょっと歩いて、ブレイブハート卿おすすめの店にたどり着いた。

 混雑した店内は、休日とあって昼間から赤ら顔の人々が多い。

 騎士団制服の聖騎士は一瞬視線を集めたが、常連のようですぐに場に馴染んだ。


 居酒屋である。

 いや、本当に居酒屋なのだ。


「ひ、昼からお酒を飲むつもりじゃないよね……?」


 引きつった表情で指摘するシャロン。

 だが俺とブレイブハート卿は既に麦酒をなみなみと注いだジョッキを手に持っていた。


「いや飲むが?」

「いや飲むでごわすが?」

「なんでよ!?」


 絶叫するシャロンの前で、俺は聖騎士とジョッキをぶつけ合った。

 ぐいっとジョッキを呷れば、キンキンに冷えた麦酒が喉を通って体にしみわたっていく。


「ぷはーっ! 昼間から飲む酒最高ッ!」

「いい飲みっぷりでごわすな! 負けていられないでごわす!」

「完全に私を放置してるでしょ? 飲みたかっただけでしょ?」


 お嬢様モードを捨てたシャロンが冷たい声を出す。


「いやあ吟遊詩人殿がいるかもとは思っていたのでごわすが、今日はいないようでごわす」


 あ、ここにあいつ来てるんだ。

 顔合わせたら数発ブン殴っておこうかな、勇者の剣で。どうせ死なないだろうし。


「っていうか本当にいいわけ? 聖騎士を付き合わせて昼からこんな……」

「ま、騎士道で酒を禁じてるわけじゃないのなら、この辺は自由なんだよ」


 ジュース片手にこちらを睨むシャロンに、苦笑しながら語る。


「騎士道って、騎士はかくあるべしみたいな?」

「それもあるでごわすが、テイル王国騎士団の騎士は、叙勲を受ける際に己の騎士道を一つ定めるのがならわしなのでごわす」


 聖騎士が入れてくれた説明に、少し納得がいったようにシャロンが頷く。


「……なるほど、人によって違うってことか。ブレイブハート卿はどういうものを?」

「おいどんにとっては、おいどんのような子供が生まれないために戦うことこそ騎士道でごわす」


 麦酒のジョッキを片手に、正式は少し恥ずかしそうにはにかんだ。

 めちゃくちゃまっとうな言葉に、問いかけたシャロンが感心したように頷く。


「ハルートさん、あんたさんはどうですか。騎士道みたいなもんを、持っとりますか」

「俺? 俺は……」


 顎に指を当てて、数秒うーんと唸る。


「まあ、誰かにつなぐこと、ですかね……」

「つなぐ? ……ハルートさんが誰につなぐと? あんたさんから、一体誰がつなげられると?」


 意外そうな表情を浮かべるブレイブハート卿に、俺は肩をすくめた。


「本物の人たちですよ。俺は本物じゃない」


 俺が単体戦力としてどこまで高みに至ろうと世界は救えない。

 だから他人に任せるしかない。


 それが嫌で嫌で仕方ない時期はもう終わった。

 資格のないものに恋い焦がれ続けるより、自分にできることをやるしかない。

 ……それが空回ってマリーメイアにひどいことをしてしまったのは本当に反省だけどな。


「……相変わらず偉ぶらないお方でごわすな。あんたさんがそうだったからこそ、おいどんも……」


 嫌な言葉が聞こえた。

 相変わらず? 会ったことあんの?


 ていうかなんかおいどんもとか言ってたな。

 嘘だろ、俺のせいだっていうのか?


 いや……別にこう、心を入れ替えました、だけならいいんだよ。

 お前がクズじゃなくなったのなら、シャロンと無理矢理嫁がせようとするとか、シャロンの実家に嫌がらせをするとか、魔族に情報をリークするとか、そういうダルいことしなくなったってことだから。


 でもお前の骨格が変わったことについては知らんぞ。

 本当にそればっかりは俺は知らんぞ。


「まあ、問題ないのは分かったけど。昼間なんだし、二人とも飲み過ぎないよう気を付けてね?」


 シャロンが心配そうに見てくる中、俺とブレイブハート卿はいたって真面目な顔で首を振る。


「分かってるって。もういい年なんだ」

「ええ、おいどんも酒のたしなみかたぐらい分かっているでごわすよ」

「「そういうわけで! カンパーイ!」」

「本当に大丈夫かなこれ」




 ◇




「オェ……」


 吐きそう。


「うぷ……」


 聖騎士も顔面蒼白だ。


「本当に大人ってサイテー」


 今までで一番の冷たい表情を浮かべるシャロンが、お冷を入れたジョッキをテーブルに置く。


「す、すみませぬ……おいどん、限界でごわす……」


 ブレイブハート卿が、よたよたと席から立ち上がる。

 向かう先はお手洗い。明らかに、二人して飲み過ぎた。

 もう店の外、日が落ちてるし。どんだけ飲んでたんだ俺たち。


「聖騎士ってそういうことしていいんですか? 大丈夫です? 魔法使って見えないようにしましょうか?」


 シャロンが気遣うも、既にブレイブハート卿はそれを聞いている余裕がない。


「吐くことが騎士道に反するというのなら、おいどんは……騎士道を捨てる……!」

「絶対に今言う台詞じゃないですよね!?」

「よく言ったァ、ブレイブハート卿ッ!」

「先生もなんで乗っかっちゃうの!?」


 キリッと決め顔になった聖騎士は、そのままお手洗いへとスライド移動していった。

 ふーっ、俺も何か一つ間違えたら同じコースだな。

 ギリ耐えられている今のうちに水をガブ飲みしておこう。


「なんで大人の人ってお酒飲むの?」

「そこに酒があるからだよ」


 俺はぼやける視界の中でジョッキを指さした。


「そこには何もないけど」

「…………」


 バシバシとテーブルを叩くようにして、手探りで自分のジョッキを探す。

 シャロンがすっとジョッキを差し出してくれた。


 ごくごくごく……水だコレ! 美味しい!


「いやあ本当に……本当に酒が水だな……」

「先生、もう帰って寝よう」


 その時だった。

 つい先ほどブレイブハート卿が消えたお手洗いのドアが開く。


「ん、もう戻って来たのか、早……」


 そこで俺の言葉は途切れた。

 姿を現した男は、190センチはあろうかという背丈の美しき偉丈夫だったのだ。


『────────!?』


 場が静まり返った。

 衝撃のあまりに誰もが言葉を失った、というほうが正しいか。


 腰まで届こうかという黒髪は一つに束ねられ、酒場の証明に艶やかに照り返す。

 ぴたりと体を覆う騎士団制服には高貴な輝きすら宿っている。


 え? ブレイブハート卿じゃん?

 いや……その、さっきまで話してたブレイブハート卿じゃなくて、『CHORD FRONTIER2』に出てきたブレイブハート卿じゃん?


 え?

 だれ?


「だれ……?」


 シャロンがまったく同じ思考を呟く。

 美しい騎士は頭を振った後、俺たちの席へとやって来た。


「失礼、待たせてしまったな」

「誰、ですか……?」

「あ、すまない。吐いたから痩せたんだ」

「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!」


 一撃で酔いがさめた。

 つーか口調も違うじゃんッ。


「う、うわあああああああああトップガン・ブレイブハートだあああああああ!」

「最初からそうなんだが?」


 ごわすは!? ごわすを返してくれェッ!



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