肉弾加速加速加速

 視界を行きかう、白い残像。

 白を基調としたテイル王国騎士団の制服を纏い、体を丸めて跳びはねているブレイブハート卿である。

 名づけるなら『怪奇!殺人巨大スーパーボールの謎!』ってところか。

 悪夢みたいなタイトルだな。


「っとお!?」


 突っ込んできたブレイブハート卿の体を受け止める。

 だが接触の瞬間、こちらに衝撃を押し付けて彼はあらぬ方向へと跳びはね離脱した。

 ブチ転がされた俺は、自分で立てた砂煙の中でゆっくりと立ち上がる。


 今の感覚、明らかに物理法則を捻じ曲げている。

 衝撃を数倍に増幅させたうえで、俺には威力として放ち、向こうは推力に用いた。

 恐らくは衝撃、運動法則に関して介入する魔法術式を保持しているな。


「センセっ、大丈夫なの!? なんかモロに入ってなかった!?」

「今接触、したの? もう目で追えない……!」

「せんせいがあんな簡単に吹っ飛ばされるわけがない……戦闘用の魔法術式を使ってるんだと思うよ♡」


 離れたところで座って待機している三人。

 ブレイブハート卿が向こうへと跳ねていく気配は全くない。

 つまり無秩序に見えて、この悪質なスーパーボールみたいな軌道を、彼は完全に制御できているということだろう。


 時間が経過するにつれて、練習場を高速で跳びはねるブレイブハート卿は際限なく加速していく。

 なんて嫌な文章だ。


 だが、目で追うことはできている。

 速度だけで言えばザンバの『雷光の駆動刃ライトニング・ムラマサ』の方がずっと速いのだ。

 なら対応はたやすいのかといえば、まあ、こちらの方が格段に対応しにくい。


「チィッ……」


 右から接近。

 回避するが、余波だけで腕が捩じ切れそうになる。


 ザンバの雷撃放出能力または雷撃転換能力は、単純ゆえに強力だった。

 しかし、強力ゆえに単純でもあったとも言える。

 速く、鋭く、触れれば焼けるほど強い。

 ならば当たらないよう対応し続けて、懐に潜り込んでしまえばよかった。


 しかしブレイブハート卿は絶えず方向転換し、裏をかいてくる。

 切り払えず、弾き飛ばせず、潜り込む懐がない。

 あげくの果てには魔法術式の効果だろう、こちらの反撃を意に介さず一方的に威力だけ伝えてくる。


「方向転換が細かすぎる……! ドヒャドヒャしやがって!」

「ドヒャドヒャって何でごわすか!?」


 ぶつかってくるたびに体がぶっ壊れそうになる。

 完全に回避すれば際限なく加速される。

 止めようとすれば俺を壁に見立てて、ダメージだけ置いて跳ねまわられる。

 上手く受け流そうとすると、それはさせないと角度に変化をつけて弾き飛ばしに来る。


 飛んで跳ねて、本当に厄介だ。

 こちらから追いかけるという選択もないわけではないが、そのためには出力を上げたいところだ。

 だがそうすると練習試合の枠組みを超えてしまう。


 練習用に出力を制限していることが、単純な総合火力の低下ではなく、選択肢を根本的に削ってしまっている。

 ブレイブハート卿は恐らくこの展開も読んでるはず。

 つまりハメられたってわけだ。


「なるほど、総合出力が足りてない格下相手なら、あなたはただ飛んで跳ねるだけで何もさせずに完封できるってわけだ……!」


 初見殺しにして格下狩りの戦法だ。

 そして格上相手には、ここから色々と手札を切っていくのだろう。


 実によく組まれた戦術だと感心してしまう。

 騎士としてはどうなんだ、御前試合でこれやってんのか、つーかこんなんしてたら他の騎士にイジメ受けない? という点に目をつむれば合理的かつ厄介である。


 だが──そろそろ見切った。


 チリと首筋を電流が走った刹那、体の向きを変える。

 すっ飛んでくるブレイブハート卿を、完璧に真正面に捉えた。


「うおらぁっ!!」


 剣を振り下ろし、ブレイブハート卿の体を地面へ叩きつけようとする。

 地面にめり込ませればもう動けないだろ。


 だが接触の寸前、聖騎士の体が神秘を推力代わりに噴射して空中で急制動。

 勢いはそのままに、体当たりではなく斬撃へと攻撃が変化した。


「……ッ!?」

「そろそろ見切られると思っていたでごわすよ!」


 今まで方向転換に使っていた黄金の剣が、ゴルフスイングのように振り上げられる。

 甲高く、空間そのものを余波で拉がせる激突音。

 飛び散る火花が視界を焼き、衝撃に腕が持っていかれそうになった。


「ぐうううっ……!?」

「ふんんんっ!!」


 二振りの剣が互いを食い破ろうと猛りを上げ、鍔迫り合いのボルテージを引き上げる。

 フルパワーじゃないとはいえ、勇者の剣を真っ向から受け止めやがった!

 強いとは分かっていたが、ここまでやれるのか!


「頭一つ抜けて強いとは思っていたが、あなたの比較対象は騎士というよりは他の聖騎士たちだな!」

「まさか! おいどんとは違うやり方で彼らもこれぐらい耐えるでごわすよ……!」


 脂汗を浮かべて、苦悶に顔を歪めながらも、ブレイブハート卿が唆してくる。

 もっと本気を出したらどうだ、と。


「チィッ……」


 バヅン! と鈍い音を上げて神秘が炸裂し、ブレイブハート卿が鍔迫り合いを弾いて距離を取る。

 崩されそうになった体勢をこらえた時にはもう加速が始まっている。

 転がってる状態からシームレスに斬り合いもできるのは反則だろ。


 頭を振る。

 視界の隅でエリン達が不安そうな表情を浮かべているのが見える。

 このまま再現性のない攻防を授業として見せ続けるのは、ちょっとアレだな。


「ふうっ……」


 息を吐いて、警戒を緩めないまま思考を加速させる。

 類似の敵を探す。

 対峙した過去の敵たちの中でも、人ならざる者を参照する。

 何せ文字通りに人間離れした動きなんだ、対人戦の経験は役に立たないと言い切れる。


 人型の魔族よりは、魔物たち。

 体当たりを仕掛けてくる猪型の連中や、地面を高速で滑って来るヘビ型。

 そういう手合いの強みだけを抽出し、複合させて仕上げたとでも考えるべきか。


「どうしたでごわすか! まだまだ、あんたさんの強さを見せてもらいたいところでごわすよ!」

「……ああ、その願いを肯定する」


 望み通りにしてやる。

 カチリ、と体のギアを一つ上げた。

 背後から襲い掛かって来るブレイブハート卿に、振り向きざまの剣を見舞う。


「……ッ!?」


 とっさの反応で、彼も剣を構えて斬撃を受け止めた。

 先ほどとは真逆にこちらが剣を振り上げた姿勢だ。


「炸裂しろ、破神の光」

「ぬ……!?」


 変則的な鍔迫り合いの最中。

 危機を察知して向こうが離脱するよりも早く、勇者の剣の光を放出する。

 刀身ならば峰に該当する内側の刃より、極光が地面目がけて爆発的に迸る。


「ふおおおおおおっ!?」


 勢いづけたフルスイング、ホームラン狙いのマン振りに近い軌道。

 それがブレイブハート卿の丸々とした体を、天高くへと打ち上げた。


「今年のホームラン王は俺だ!」


 叫びながら、魔力を凝固させ足場を作り俺も上空へ駆けあがる。

 壁や地面を使って方向転換をするのは慣性移動頼みだからだ。

 空中なら逃げ場はない、確実に叩ける!


「それぐらい想定済みでごわすよ!」


 しかしブレイブハート卿の体が空中でピタリと静止した。

 身に纏う神秘が出力を上げて、宙に不可視の壁を生成しているのだ。

 それを起点として再び彼の体が空中で跳ねた。


 俺を振り切るようにして、更に高度を上げていく。

 だが見失うことはない。

 彼の体とは、黄金の輝きの線が繋いでくれているから。


「……!?」


 聖騎士が驚愕に表情を凍らせる。

 先ほどの衝突の際、その白い騎士団制服の一部を勇者の剣に変換させてもらった。

 俺と彼とつなぐ黄金の線は勇者の剣が持つ神秘の輝き、俺が自在に操る極光。


「この使い方は、生徒の戦い方を見ていて思いついたんですがねえェッ……!」


 参考にしたのはクユミのワイヤーアンカーだ。

 神秘のワイヤーを巻き取って一気に距離を詰める。

 確かに空中でも跳ねまわれるんだろう、でもそれぐらい、こっちだって想定済みでごわすっつーの!


 追いつかれると察知したのか、ブレイブハート卿が静止して剣を振るう。

 ここだ、瞬間火力の差の勝負なら負けない。


「堕ちろ聖騎士ッ!」


 追いつくと同時にワイヤーを切り離して、太陽を背負う形で上を取った。

 満身の力を込めて、剣を振り下ろす。


 拮抗は刹那に満たず、衝突音だけが残る。

 盛大に火花を散らすと同時にブレイブハート卿が地面目がけて叩き落とされた。

 墜落と同時に派手な砂煙が吹き上がる。


「……ま、こんなもんかな」


 滞空をやめてそのまま自由落下し、俺も練習場に着地する。

 生徒たちが駆け寄ってくる中、砂煙の向こう側で、せき込みながら立ち上がるシルエットが見えた。


「いやあ、完敗でごわす。お見事でごわした」


 姿を現したブレイブハート卿は、やはり無傷。

 墜落の時にダメージを逃がしたんだろう。

 とはいえ授業の範疇であれば、有効打を一発入れた側の勝ちでいいか。


「初見殺しに初見で対応させられたのは久しぶりでした、完成度の高い戦術ですね」


 手を差し出しながら、忌憚のない意見を返す。

 彼は俺の手をじっと見つめた後、自分の手を制服でごしごしをこすり始めた。


「あっ、ちょっ、すみません手を洗った後でもいいでごわすか……?」

「同じようなものでしょう……」


 呆れながら、半ば強引に彼と握手をする。

 数秒間の接触だったが、彼は「オッフ」と呻いてヘブン状態に突入した。

 

「さて、ちょっと最後の方は上空での戦闘になっちゃったけど、見てくれていたかな」


 聖騎士の醜態から顔を背け、俺は生徒たちに向き直る。

 三人の表情は──恐ろしいほど冷たい真顔だった。


「……え、えっと」

「ん、どうしたでごわすか」


 たじろぐ俺と現実に帰って来たブレイブハート卿に対して、エリンが口を開く。


「センセたちさ」

「う、うん?」

「今の、あたしたちはどう参考にすればいいの?」


 ……あっ。


 俺とブレイブハート卿は顔を見合わせ、互いに気まずく視線を落とした。

 やべえ……出力縛りの中で対応するの楽しくて夢中になってた……参考にならんわこれ……


 だんだんと場の空気が重いものになっていく。

 エリンとシャロンの視線が『こいつら途中から授業ってこと忘れてたな』と冷たいものになっていく。


 その時、パンとクユミが手を叩いた。


「ワイヤーアンカーは便利ってことだね♡」

「そ、そう! そういうことだよな!」

「そういうことでごわすよ! 理解力のある生徒さんでごわすなあまったく!」

「は? エリンちゃんとシャロンちゃんが参考にできないからダメに決まってるでしょ♡」


 凄い勢いではしごを外され、今度こそ俺と聖騎士は沈黙した。

 実技授業の勝者、クユミ。



 ブレイブハート卿は本当に申し訳なさそうにしながらも、『まあ実技試験楽しかったので30000点加点でごわすな』と言い残して王都に帰っていったのだった。



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