後談③/少し過激な課外授業

 とりあえず学校ぶっ壊れたけど直した。

 そう報告したら冒険者学校連盟から『えぇ……』みたいなドン引きの声が返って来た。


 なんでだよ。

 ちゃんと修理して元通りにしたの、めちゃくちゃ偉いだろ。


「授業再開は来週からでいいそうですよ」


 連盟からの手紙を渡してくれた教頭先生が、苦笑いを浮かべて言う。

 復興直後だからと、こっちに気を遣ってくれているようだ。


「まあ、カリキュラムの進行度的には、卒業資格を与えるだけなら年単位で休んでもいいスけどね」


 座学の進行ペースは速いし、実技は想定されているレベルをほぼクリアしている。

 もちろん実際に冒険者として活動する上でのルールやら立ち振る舞いやらは教えなくてはならない。


 決してもう学ぶことのない子供たちではないのだ。

 ……そしてそれを踏まえても、年単位で休ませてもいいぐらいに余裕がある。


「それとハルート君、カデンタさんからもお手紙が来ていましたよ」

「カデンタから? ……あー、なるほど」


 一瞬ハテナが浮かんだが、すぐ納得した。

 差し出された封筒を受け取って、封を切って中身をパッと見る。

 やはり、そろそろ来ると思っていた手紙だった。


「魔族の領域の後始末ですね?」

「ええ……あ、そうだ」


 ピコン! と頭の上で電球が光った。

 これは三人の授業に活かせるかもしれない!




 ◇




「というわけで、今日は課外授業です」


 教頭先生にアイデアを話したところ、問題なく許可をもらえた。

 俺は制服姿のエリン達と共に、辺境からしばらく馬車で移動した先のド田舎へと来ていた。


「よし、全員揃ってるね」


 四人の少女たちの顔を見渡す。

 エリン、シャロン、クユミ、そしてマリーメイアだ。


「あっ、あの、本当にいいんでしょうか? ハルートさんの授業に私なんかがお手伝いできることなんて……」

「いやいやそんなことないって」


 本当にいてくれるだけで助かる。

 あのふざけた不死身魔法を展開してくれているだけで生徒たちは確実に安全なのだ、それなら危険な場所にだって連れていける。


「マリーメイアさんの力、見させてもらうわ」

「そだね、気になってたし♡」

「は、はわわ……」


 シャロンとクユミからじっと見つめられて、マリーメイアが俺の肘を引いて隠れようとする。

 どちらかといえば、その動作をした後の方が連中の圧が強まった気がする。


「馬車の中ではあんなに仲良かっただろう、よしてやりなさいよ」


 優しく注意すると、二人ははーいと返事をしてくれた。

 苦笑しながら見守っていたエリンも頷いている。


 思えばいつの間に仲良くなっていたのだろうか、マリーメイアは最初からエリン相手にはきゃいきゃいと雑談をしていた。

 どちらかといえば陰キャ側であるマリーメイアが楽しそうにしていたのは本当に嬉しいことである。

 俺が全然話に入れてもらえななかったことを除けばいい旅路だった。


 成長したものだなあ、とじんわり温かい気持ちになりながらかつての憧れの少女を見つめる。

 彼女は視線に気づいてじっと見つめ返してきた後、ハッとした表情になった。


「あっ……よく見るとハルートさん、先生みたいな服装してますね……!」

「先生なんだよ」


 こいつは俺のことを何だと思ってたんだ?

 まあいい。上着のポケットから、俺はカデンタから届いた手紙を引っ張り出す。


「今回みんなに見学してもらうのは、テイル王国軍から俺個人宛てに届いた依頼だ」


 手紙をひらひらとかざした後、魔力を流し込んでジュッと蒸発させる。

 既に内容は暗記した、機密保持のためには焼くのが手っ取り早く確実だ。


「ダンゴーンの野郎が逃げながら展開した魔族の領域のうち一つで、カデンタが生物の巣を発見したらしい。その巣の主を探し出すのが依頼だ」

「逃げ出したんじゃないの~?」


 クユミの質問は実に現場をよく知る人間の言葉で、俺は内心で舌を巻いた。

 魔族の瘴気に触れた生命体は、概ね身の危機を察知してその場から離れる。

 理性ある人間でなくとも、野生動物の防衛本能が働くのだ。


「もちろんその可能性もあるが、カデンタが発見した巣は大型の竜種のものだった」

「……ああ、なるほどなるほど、大型の竜種なら逃げる時に目撃情報があるはずってことか♡」


 本当に誰にも見られず、慌てて逃げていったのなら、それでいい。めっちゃ助かる。

 だが実際は違うだろうなと、俺もカデンタも、そしてマリーメイアも直感していた。

 この辺は場数を踏みまくって来たが故に備わる、経験センサーとでも言うべきものか。


「ねえ、それってまだ習ってないところ……だよね?」


 とその時、話に目を白黒させていたシャロンが尋ねてきた。

 最初に先生相手に聞けるのめっちゃ偉いな。


「ああ悪い、そうだったな。魔族が展開する瘴気についてはまだ座学で教えていないはずだ」


 他の二人が当然のように知っているのは、入学前の自学自習のたまものだろう。

 自学自習って言っていいのか分かんないけどな、実家での勉強というか訓練というか。


「魔族の瘴気は一般的に、魔族以外の生命体にして極めて危険だ。具体的な危険性……というか、瘴気に触れた生命体がどうなるか分かるか?」


 試しに話を振ると、エリンがしゅぱっと手を挙げた。

 俺は頷いてから、彼女に発言を促す。


「たいていの場合は死ぬよね」

「正解だ」


 たいていの場合、という言葉に思わず笑みすら浮かぶ。

 さすがはソードエックス家、教育が行き届ているな。


 魔族の領域から逃げ遅れ、瘴気に振れ過ぎた生物の末路はほとんどの場合が絶命だ。

 体が耐えられず、内部から壊死してしまうのだ。人間であっても例外なく、黒ずんでひしゃげた、かつて人間だった肉塊になるしかない。


「凄いですね、この辺をもう知ってるなんて……」

「マリーメイアさんだって知ってるみたいじゃん?」

「わ、私の場合はその、知らなかったんですけど、実物を何度も見る機会があったので……」


 あはは、と愛想笑いを浮かべるマリーメイア。

 しかし話を振ったエリンは、明らかにちょっと引いていた。

 そら十分に育った魔族の領域なんて普通は何度も遭遇しないからな。


「……ん、あれ、じゃあこれって何? 逃げた竜種の、亡骸を探すってこと?」


 内容を噛み砕いて理解した後、シャロンが首を傾げた。


「まあ死んでたらいいんだけどな。今回の依頼は、そうではなかった場合を見越している」


 死んでるのならいい、弔ってやるのみだ。

 だが、何事にも例外はある。


「瘴気に触れたうえで、その瘴気を逆に取り込んで凶暴化することがあるんだ。痕跡やら何やらを見ていくと、今回はこっちだろう。放っておくと人間を積極的に襲い始めるから処理しないといけない」

「……!」


 魔族が保有する因子に適合すれば、疑似魔族とでも言うべき存在になるのだ。

 性質も似通っており、率先して人間を襲う。

 だから一刻も早く、目の前に広がる山々の中で対象を探し出さなくてはならない。


「気配察知系の魔法は久々なんだが……」

「アッチだね♡」


 俺が何かする前に、クユミが山奥を指さした。

 木々が鬱蒼と茂る中に獣道が続いていく、暗い道だ。


「えぇ……? その辺も得意なの? もうできないことないじゃん」

「できないことぐらいたくさんあるよお♡ できることを増やしてきたっていうだけ♡」


 なんか世の真理っぽいことを言われた。


「じゃあ移動するか。マリーメイア」

「あっ、はい。【行くは旅路】【人々のよすが】【我は永久なる先導者】【紡がれた希望に集うがいい】、発動drive


 フオーンと結界が展開され、生徒三人とマリーメイアを守護する。

 ……二周目限定技をこんな風に使っていていいのだろうか。

 いやコンセプト上は正しいんだけど、その、二周目じゃない俺たちがねえ?


「先生。もしかしてこのためだけにマリーメイアさんを呼んだの?」


 余りに都合の良い利用の仕方をしているからか、シャロンが難色を示す。

 そんなわけはない、と首を横に振った。


「いやいやまさか、元から二人で行くつもりだったんだよ。カデンタだって、王都にマリーメイアがいる間に行ってこいって書いてたし」


 せっかく久々に会ったんだから、というのもあるけど。

 やはりマリーメイアがいるかいないかでは、効率が段違いだからな。


「あっ……」


 と、その時一同の足が同時に止まった。

 進んでいた獣道に何やら黒いものが落ちている。影になっていて見えないが、動物にしては結構大きい。

 遭遇した瞬間に死を覚悟する猪、ぐらいの大きさはある。


「……せんせい♡」

「手伝わなくていい、三人とも結界から出てこないように」


 目を凝らせば、その影が血の池の中に沈んでいた。

 体中に穴が空いている。野生動物にできることじゃない。


 気配が膨れ上がる。

 森のあちこちから視線が突き刺さり、直後にすっ飛んできた。


 現れたのは──小学生ぐらいの大きさしかない、竜種の幼体たち。

 しかしその体には禍々しいヴァイオレットの光線が刻まれており、瘴気の影響を受けた個体だと分かる。


「子供……!?」

「そっか、巣があったっていうことだから、子供まで……!」


 背後でエリンとシャロンが推測を口にする。

 引き抜いた剣で幼体たちの首を刎ね飛ばしながら、その感覚に確信する。

 ──違う、幼体が瘴気に適合したわけじゃない。


「マリーメイア、アレの準備を。その結界を維持しながら、できるか?」

「あっ……は、はい!」


 こいつらは、いいやこいつは、効率のよい殺戮が何なのかを、理解している。

 それは群れることだ。


 その瞬間、ひときわ大きな影が地面に広がった。

 視線を上げて、生徒たちが言葉を失い、マリーメイアが風圧に乱れる髪をわたわたと直す。

 発見された巣の主であっただろう大型の竜種。身長は30メートル近い。


 だが何より目を引くのは、その腹部から絶えず産み落とされている先ほどの幼体だ。

 戦力の手っ取り早い拡充能力を手に入れたようだ。


 瘴気を取り込んだ際に、恐らくは妊娠していたのだろう。

 だから子供を産む機能が大幅に拡張された結果、こうなっている。


 必要なのは単なる駆除ではなく、一匹たりとて残さない殲滅に変わった。


「ハルートさん!」


 マリーメイアが、結界の内側から俺に手を伸ばす。

 あふれ出る幼体が嵐となって襲い掛かって来る中で、俺も彼女に向かって手を伸ばした。


 手と手の間で光が生まれる。

 力と力を互いに参照し、組み換える。


 ……勇者の末裔としてやれることを突き詰めていく中で、理解したことがある。

 ハルートの体のスペックは、どこまでいっても自己完結しているということだった。


 武器は自前でいくらでも用意できる。

 火力は出せるからバフ要らん。デバフ弾ける。

 独りで敵陣に突っ込んで剣振り回すのが最適解。


 正直虐められているのかと思った。

 普通に連携技撃ちつつノーブルリンクするのが最高効率で火力を出す方法なのに連携技ができねえ。

 っていうかなぜかノーブルリンクもできねえ。


 だが、何事にも例外はある。


 後からあーだこーだしようとするのだから、後付けだから上手くいかない。

 最初から、二人で魔法を組んで、二人ですべてを片づける前提で能力を作ればいい。



 そう言って魔法使いが一晩で組んでくれました。




 ◇




 エリン達の視線の先で。

 無数の竜種の幼体に覆いつくされようとする空の下、勇者の末裔と運命の少女が手を伸ばし合い、意思を重ねる。



「【進むは修羅場】」


 マリーメイアが詠唱と共に魔力をハルートへと送り出した。

 彼女から受け渡される魔力を体内で構築し、ハルートもまた返す。



「【覆滅の呪詛】」


 かつては単なる作業であると自分に言い聞かせてきたこの手順が、今のハルートにとっては軽やかな会話のように心地よい。

 きっと考え方が変わったからだろう。



「【汝は善意の虐殺者】」


 マリーメイアがハルートを呼ぶ。



「【我は悪意の救世主】」


 ハルートが呼びかけに応える。



「【鋼の意思を完遂するがいい】」


 宿命の渦中に佇む少女が、至高の戦士へと力を与える。



「【そのために、どうか祝福を捧げてくれ】」


 ならば向けられた期待と祈り、それらすべてに応えよう。



「「──連理発動link driveッ!」」



 発動するは二人がかりの戦闘権能。

 ハルートの『救世装置(偽)』を限定的に機能拡張した強化状態。


 手に持つ剣が勇者の剣と転じ、そこを起点として光が広範囲へと撒き散らされる。

 あらゆる生命を焼き尽くそうとする正体不明の光が、草木を壊死させ、飛び回る幼体たちを破壊・蒸発させた。


 ハルートの肉体すら巻き込んで、世界そのものが深く傷つけられていく。

 無事なのは、マリーメイアが発生させた結界に守られている4人と上空で叫びをあげる竜種のみ。

 だが一秒にも満たない刹那を挟めば、ハルートも世界も、マリーメイアの手によって修繕されている。


 慈しみが尽きぬ限り、彼女の光は彼を逃がさない。

 討つべき敵がいるのなら、彼の剣は彼女のために在り続ける。


 悪に酔う者。

 魔に連なる者。

 貴様らすべての死神は、既に刃を解き放っているぞ。



 複合連鎖アクティブスキル『アナイアレイション・メサイア』、起動。


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