後談②/或る友情の始まり
テイル王国の王城がそびえたつ首都。
行きかう人々にあふれ活気づくこの街にて、ある一角が沈黙に包まれていた。
通りに面したカフェテラスの一席。
二人分のカップを置かれたテーブルを挟んで、二人の少女が緊張の面持ちで座っている。
片や、王国屈指の名家の末娘であり現在はハルートの教え子、エリン・ソードエックス。
普段は制服姿であるものの、今日はプライベートとあって着飾った私服姿だ。
片や、勇者の末裔ハルートとかつてパーティを組んでいた大陸最強のヒーラー、マリーメイア。
現在は王都に宿を借りて、しばしの休息期間を過ごしている。
二人は先日、ある上級魔族が引き起こした、後の歴史書にも刻まれる大事件に当事者として関わっていた。
事件そのものは無事解決に至ったのだが──なんとなく、フィーリングと言うべきか、あるいは運命の渦中に位置する人間同士のシンパシーか、二人は後日の再会を約束して、こうして実現していた。
だが顔を合わせてみれば、話したいことはたくさんあったはずなのに口が動かない。
例えばまた冒険の旅に出るのかとか、その際にあの男を連れて行くのかとか。
例えば教師としての彼はどんななのかとか、何を教わっているのかとか。
たくさん聞きたかったのに、二人はちびちびと飲み物を進めながら、チラチラ互いに見るだけ。
彼女たちの脳裏には、いかなる感情が渦巻いているのか。
(マリーメイアさん……よく見たらおっぱい大きいな……!)
(うう……金髪の陽気で人懐っこそうな人だ……良く考えたら眩しい、怖い……!)
二人はセクハラ女と陰キャ女だった。
◇
カフェにて沈黙を続ける二人を見守る、怪しげな影があった。
「……さっきからずっと黙ってしまわれていますね」
通りを挟んだ建物の屋上にて、双眼鏡を片手にそう呟くのは、クラシカルなメイド服に身を包んだ謎の美女ことジュリエッタ。
「そりゃ、ロクに会話したことなかっただろ。確かにあんな騒動に巻き込まれはしたがな」
「ですがつり橋効果があるでしょう」
「お前それ恋愛に関するやつじゃないか?」
彼女の隣で貴族然とした、きっちりした服装に身を包んでいるのは、マリーメイアと共に旅をする青年アルファスだ。
「恋愛上等じゃないですか? 恋愛上等ですね。恋愛上等なのです!」
「分かんないまま勝手にブチ上がらないでくれ。何? なんでそんなテンション高いんだ、お前」
「何を隠そう……わたくしは美少女と美少女の絡みが大好きなのでございます!」
「せめてデートって言え!」
ジュリエッタのしょうもなさ過ぎる宣言に、アルファスが絶叫する。
「アルファス様、どうか声を押さえてください。尾行を感づかれてしまいます」
「仲間を尾行しようとか言い出したお前が衝動を抑えるべきなんじゃないか?」
「そんなぐうの音も出ない正論をおっしゃるとは、流石アルファス様。本当につまらないお方です」
「日頃こいつのお世話になってなかったら、とてもじゃないが受け流せないな、今のセリフ……」
領主の息子であり、日ごろから自分を厳しく律しているアルファスにとっては、色々な意味でフリーダム過ぎるジュリエッタの言動は劇薬に近いものがあった。
そんな二人の様子に苦笑する同類がもう二人その場にはいた。
「なんだかパーティとして愉快そうだねあっち~♡」
「そうね。騒がしいけど楽しい、ってところな気がする」
エリンがマリーメイアと二人で会うという話を本人から聞き、心配で様子を見に来たシャロンとクユミである。
特にクユミはサングラスまでかけてどこからどう見ても不審者だった。悪目立ちしている。
「でも静かってことは、エリンちゃんは悪い気はしてないってことじゃないかな~♡」
「そうなのですか?」
ジュリエッタに水を向けられ、クユミがにひと笑う。
「あの子って楽しくなくても喋れちゃうけどさ、喋らないってことは自分が頑張らなくてもいい、って安心してるんだと思うよ♡」
「なるほど……マリーメイア様はいつも通り、コミュ障をこじらせて黙っているだけだと思いますが。エリン様は陽キャなのですね」
「今あり得ないぐらい仲間の悪口言ってなかった……?」
納得したように頷くメイドの姿に戦慄するシャロン。
この女どうなってるんだよ、ともう一人の仲間に尋ねようとしたところ、そのアルファスは何やら真剣な面持ちでこちらを見ていた。
「……何? どうかした?」
「あ、あーいや、こんな時に言うことじゃないのかもしれないんだが」
「ナンパなら別の子にしてね♡」
「アルファス様にそのような度胸はございません」
「黙ってろ話が進まん!」
無意味にディスられ倒して半泣きになりながらも。
アルファスは一つ咳払いをしてから、真面目な表情でシャロンとクユミを見やる。
「その……すまなかったな。一緒に冒険している我々が気づけなかった結果、君たちや、君たちの恩師を危険な目に遭わせてしまった。エリン・ソードエックスさんには直接謝ったんだが、お二人とはなかなか話す機会が持てず、謝れないままだった」
申し訳ないと謝意をあらわにするアルファス。
目を丸くして、シャロンはワタワタと手を振った。
「そ……それを言ったらこっちこそ、大事な仲間のマリーメイアさんを危険な目に遭わせたでしょ。ごめんなさいって言いたいのはこっちだよ」
「いやしかし……」
「でも……」
アルファスとシャロンの謝罪が激突し、拮抗する。
互いに譲らない、いわばお人よしの決闘を眺めて、残された二人は肩をすくめた。
「申し訳ありませんクユミ様。アルファス様はああなると曲げない、真っすぐなお人なのです」
「それ本人に言ってあげなよ~……ま、シャロンちゃんも似たようなものだけどさ♡」
二人は言葉には出さない。
だからこそ、自分たちは、その人をとても大切に想えるのだと。
今まで自分たちが身を置いていた、人を人と思わないような地獄の業火では絶対に育たない人間としての善性。
それを持つ人々だからこそ、好きだ。守りたい。
一緒にいたい。陽だまりの中に、仲間として受け入れてほしい。
きっと優しく受け入れてくれると、もう知っている。
言葉を交わさずとも、お互いを理解しているクユミとジュリエッタは、意図を理解して優しく微笑み合えた。
──そんな資格ないクセにね♡
──ええ、まったくその通りでございます。
◇
別の建物の屋上でそれぞれの仲間同士がわちゃわちゃしているとはつゆ知らず。
「え、じゃあセンセのあれって魔法じゃないの?」
「そう聞いています。ソードエックス家さんは戦闘用魔法術式がありますけど、あれに近いけど別物だと言っていました」
「うへえ何それ。要するに正体不明ってことじゃん……」
「あっ、まあ、触れたものを勇者の剣に上書きする現象、逆に魔法じゃなくて良かったですよね……」
「それは確かにそう。簡単にまねされたら酷いことになるもんね」
少女二人の会話は、共通の知り合いであるハルートに関する話題に着地していた。
何を隠そうエリンが切り出した話題である。
(流石にセンセの話題を頼るのは最終手段だったっていうか、事情を知ってる身としてはリスクあるな~って思ってたけど、全然食いつきいいなあ……最初からこうすれば早かったかも)
雑談の組み立てを計算して、きちんと相手をおもんばかるエリン。
彼女からすれば、そりゃこれなら盛り上がるだろうと確信すらあった。
(や、やった、エリンさん結構ハルートさんのこと話せる……! 楽し~……!)
一方マリーメイアは話題選びの能力とかがないのでシンプルに喜んでいた。
「そうだ、あたし今敬語外しちゃってるけど、こっちが年下だよね?」
「あっ……いえ……敬語なくて大丈夫です」
「でも、そっちは敬語だし」
「あ、私のこれは、もう癖と言いますか」
恥ずかしそうに、マリーメイアは頬を赤くして微笑む。
「ハルートさんにも要らないって言われたんですけど、どうにも抜けなくて」
「そっか。じゃ、楽ならお互いにそれでいこっか!」
ちょうどそのタイミングで、追加注文したケーキが席へと運ばれてくる。
マリーメイアがフルーツタルトを、エリンがショートケーキである。
「あの……ご相談が、あるのですが」
フォーク片手に早速ケーキに挑もうとした瞬間だった。
エリンはちらりと視線だけを向け、酷く申し訳なさそうな表情のマリーメイアを見つめる。
(来た)
「ハルートさんの今後というか、それについてなんです」
「……うん、それは、話さないといけないよね」
きっと本当はこれを話したかったのだろうな、とエリンは予想がついていた。
誘いに応じてくれた時から、この話題に触れないはずがないと思っていた。
(あっぶない! さっきまで忘れてた……良かった~思い出せて。来る途中、あっそうだ今日話せばいいんだって思いついたけど、やっぱりどこかにメモしておかないと忘れちゃうなあ……)
マリーメイアは全然そんなことはなかった。
◇
そうして時間が経ち、空が夕焼けの色に染められたころ。
「じゃあ、そういう感じだね」
「はい。ハルートさんにはまたお会いしに行きますけど、よろしくお伝えください」
「オッケー」
赤く照らされる雲の下で、二人のお茶会はお開きとなった。
「……じゃ、お迎えの人と合流しようか」
「え? あっ、ついてきてるんですね……」
エリンがパチンを指を鳴らせば、物陰からのそのそと四人分の人影が出てきた。
「おやクユミ様、わたくしどもとしたことが、潜伏がバレバレだったようです。腕が落ちましたね」
「棒読みやめて♡ ってかお店出てきてからは意図的に気配出してたでしょ♡」
「あの、シャロンさん、今度そっちの社交界にうちの両親が行くらしくてさ。失礼な事したらごめんっていうか……」
「親に伝えとく、友達の親が来るって……そんな顔しないでよ、別にいいでしょ。根回しっていうか、れっきとした特権っていうか、ズルしてるわけじゃないんだし」
どうやら向こうは向こうで四人とも仲良くなったらしい。
マリーメイアは口元を手で覆い、くすくすと笑った。
「皆さん、楽しそう……いい人たち、というかご友人なんですね」
「うん、そっちもいい仲間なんだね」
マリーメイアとエリンの視線が重なる。
きっとそこには、過酷な運命を定められた少女同士のシンパシーがあった。
「……マリーメイア様、では宿へと戻りますか」
邪魔するのは悪いと思いつつも、無限に見てられるな今の光景と本気で歯がゆく思いつつも、ジュリエッタは自身の仲間へと声をかける。
それから、残念そうに苦笑するエリンへと視線を滑らせた。
「せっかくできたご友人ですし、このまま夜を語り明かすのも藪嵩ではありませんが……」
「も、もうやめてくださいよジュリエッタさん。友人なんて、勝手に……」
「えっ!?」
思いがけないところを否定されて、エリンが素っ頓狂な声を上げた。
数時間ぐらい喫茶店で二人きり、しかもかなり楽しく時間を過ごしたのだ・
これで友人判定されていないのだとしたらもう書面を作成して申請するしかなくなってしまう。
「えっ……ゆ、友人、で、いいのですか……?」
途端に自信なさそうにしてくるマリーメイア。
上目遣い気味にこちらを見る赤目に、なるほどとエリンは内心で納得した。
これは可愛い。ハルートが骨抜きにされるわけだ。
「あはは、一緒にお茶したんだしもう友達じゃない?」
「……ッ!」
マリーメイアは目をキラキラと輝かせ、こくこくと頷いた。
一つの友情を結ぶのにきっかけは必要なく、ただ共感と笑顔だけあればいい。
ただまあ、これだけ友達と言う言葉を神聖視していると、それとなく不安になる。
大丈夫かなこの人、とエリン達三人は訝しんだ。
「あのさ、マリーメイアさん」
「はい? なんでしょう、エリンさん」
「聞いていいのか分かんないけど、センセ以外の他のパーティメンバーは友達じゃないの?」
「え、もちろん友達です、本当に。でもあの三人はそれはそれとして常軌を逸して異様なほどに強いので……」
仲間絶対死なせない結界を展開するやつに言えたことではないだろ、と指摘するほど、エリンはまだマリーメイアとは仲良くないのだった。
「いや仲間絶対死なせない結界を展開するやつに言えたことではないだろ」
「いえ仲間絶対死なせない結界を展開するお方が言えたことではないかと思われます」
「わーん! あの人たちと同類扱いされるのは、光栄だけどなんか嫌ですぅー!」
それはそれとして仲のいい仲間には容赦のない指摘を浴びて、マリーメイアは泣きながら叫ぶのだった。
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