後談④/或る少女の冒険の始まり

 例えばいかに優れた絵画であったとしても、キャンバスに描かれた以上は黒い絵の具をぶちまけて台無しにすることができる。

 エリンの目の前で起きている現象はそれに近いものだった。


 吹き荒れる破壊の嵐が何もかもを上書きする。

 単純に破壊しているのではなく、存在そのものを削り取っているかのような光景だ。


 これは違う。

 隔絶しすぎている。


 度を越えているから隔絶という言葉を用いるはずなのに、その上でもまだ度を越えている。

 理論的には、あの光は何なのかとか色々と疑問点や気になることがある。


 それらすべてをねじ伏せて、質問する気すら失せさせるほどの徹底的な暴力。

 竜種の幼体たちは爆発するようにして消し飛ばされていく。

 何かに触れたとかの明確なトリガーもなしに、ただ範囲に入った、光を浴びたなどの曖昧な理由で消えていく。


(……来る)


 絶対的な守護領域の中で、エリンはハッと顔を上げた。

 視線の先では、腹より産み落とした我が子らを殲滅された竜種の母体が、空からこちらを見下ろしていた。




 ◇




 この『アナイアレイション・メサイア』は、魔法使いが俺のアクティブスキルにマリーメイアの回復魔法の要素を組み込んで作った強化状態だ。


 内容を細かく作ったわけではなく、本人が生まれ持つ要素が勝手に当てはめられて形を得る、と魔法使いは説明していた。

 のちに女騎士や僧侶とも同様の魔法を作ってもらって発動したが、かなり別物になったのはこのためだろう。


 ともかく、結果として生まれたのは、マリーメイアによる回復を前提とした、自分と世界を巻き込んで行う敵に対する超過破壊攻撃連発形態。

 俺とマリーメイアは、これでいいのか……? とかなり真剣に思い悩んだものだ。


 ただ切れるカードが多いに越したことはない。

 この合体魔法だって、魔王を倒す力を生み出せないかと、事情はぼかしつつ魔法使いに相談した結果だし。


 それに『アナイアレイション・メサイア』は割とはっきりした強みを持つ。

 今回こいつを発動させたのは、撃ち漏らしがないという利点が状況にマッチしたからだ。


「マリーメイア、異常ないか?」

「あっ、大丈夫です! どの回復も問題ないです、いけます!」

「オッケー」


 剣を振るう、とかの動作をする必要すらない。

 一歩前に出るだけで勇者の剣が爆発したみたいに光を放つ。


 範囲を指定するわけではないが、広範囲へと破壊の光が撒き散らされる。

 木々が腐るというより生命力を一瞬で使い果たしたかのように砕け散る。

 羽根を動かして飛んでいた竜種の幼体が破裂するみたいに空中で消し飛ぶ。


 一体でも残せばそいつが新たな母体となる可能性がある。

 だから絶対に生かして帰さない。必ずここで殲滅する。


 ちなみに俺の体もその火力に周辺ごと破壊されている。

 自分で耐えられる限界を超えた出力を振り回しているので、仕方ない。

 だが痛みを感じるよりも早く回復の光が体を駆け抜け、何事もなかったかのように元通りになる。

 助かるー。


「思えばこれ、『セイントエンドサンクチュアリ』の力を一分引き出してたのかもな」

「そうですね、魔法使いさんもこの魔法が最終限界じゃないっておっしゃってましたし」


 自分の肉体も周囲の環境も、マリーメイアが治してくれる。

 そんな全幅の信頼とある種の思考停止が許すからこその『アナイアレイション・メサイア』。


 俺が死んでもマリーメイアがなんとかしてくれる。

 マリーメイアが俺をなんとかしてくれるから、俺はそれ以外の全てをなんとかすればいい。


『────ッ!!』


 空を砕くような咆哮が轟いた。

 視線を上げれば、子供たちを吐き出していた母体が怒りに震えながら、大きく羽ばたいている。


 口元に魔力が収束し、放たれるは収束熱線、神秘のブレス。

 輝きそのものを矢として凝縮したような一撃。


 それを剣を振るって真っ向から打ち砕く。

 貫通したこちらの光の波濤を浴びて、竜種の翼が一瞬でボロボロに溶解していった。


『────!?』


 悲鳴を上げて、竜種が俺の目の前に落下する。

 木々のほとんどが死に絶えて開けた視界の中で、翼が穴だらけになった竜種がもがき苦しむ。

 全身を走るヴァイオレットのラインを光らせ、瘴気を漂わせ、なんとか立ち上がる。


「……ッ! センセ、その子!」


 エリンが叫び声をあげた理由は分かっている。

 あれだけの数の幼体を産み落としておきながら、まだ腹部は膨らんだままだ。


「マリーメイア、やっぱりあれって」

「はい……います、子供がまだ中に」


 そうか、とだけ声を絞り出した。

 本当の自分の子供は、産み落とすことなく、まだ守っているのだ。

 母竜が再度魔力を収束させて、ブレスを放つのではなく瘴気の鎧を身に纏う。


 分かっている。

 瘴気による汚染がなければ、こんなことにはならなかったのだ。

 でもどうしようもない。瘴気によって変貌した生命が元に戻ることはない。


「ハルートさん……」


 マリーメイアの、遠慮がちな声が聞こえる。

 敵に情けをかけるなんて時間の無駄かもしれない。

 だけど本当は敵じゃなかったことを考えれば、きっと仕方ない。


「大丈夫。一瞬で仕留める」


 そう言った直後。

 母竜に対して間合いを詰めて、一刀を振り下ろす。

 今まで余波だけで大地を死滅させていた剣の、直接攻撃。


 それは瘴気の鎧を引き裂いて、母竜の頭部から腹部にかけてを刹那で切り裂いた。

 切断面に付着した光が爆発するようにして体を砕き、苦痛を感じる暇すら与えず神経を死滅させた後に体組織を破壊。

 母も、胎内にいた子供も、何が起きたのかすら分からず絶命した。


 ……『アナイアレイション・メサイア』の、第二の利点。

 それは敵に対して、痛みのない死を与えることだ。


「幼体の気配は」

「ん~、なくなったみたいだね♡」


 振り向けば、生徒たち三人はまっすぐに母竜の亡骸を見つめていた。

 予定とは違ったが、いい経験にはなったのだろう。


「マリーメイア」

「あっ、はいっ」


 息を吐いて『アナイアレイション・メサイア』を解除する。

 ここら一帯は完全に死滅させつくした。

 何もしなければ、十年単位で一切の生命が寄り付かない不毛の地になるだろう。


 だがマリーメイアが回復の力を行使した途端、一帯の植物たちがよみがえり始めた。

 豊かな緑に包まれ、花々が咲き、崩れ落ちた母竜の亡骸が彩に囲まれていく。


「せめて安らかに……」


 そう呟く俺の隣で、マリーメイアとエリンたちもまた、無言で目を閉じるとそれぞれのやり方で弔いのしぐさをするのだった。




 ◇




 そうして依頼を達成した俺たちは、夕焼け空の下で帰路を歩いていた。


「久しぶりにやったけど、『アナイアレイション・メサイア』、前より明らかに強くなってたよな……?」

「ですよね……」


 隣を歩くマリーメイアが、苦笑いを浮かべていた。

 魔法使いが組んだ合体魔法だが、余白があるとは聞いていた。

 とはいえ本当に成長してるとビビる。


「前に使った時ってなんだっけ? カースペインゴブリンの巣穴……?」

「あー……出力上げ過ぎて巣穴を壊して生き埋めになりかけた時の」

「本当に悪かったとは思ってる」


 もうこの力は屋内とか地下とかでは使っちゃだめだな、と身に染みて理解した。

 これを構築した魔法使いからは、当然だろうと呆れられたが。


「そもそもこれって、なんだっけか。もっと絆が深まった先に得られるであろう力を先取りして構築したとかなんとか」

「そんなことを言ってましたよね。何言ってるのかさっぱり理解できなかったですけど」

「あいつの言葉は理解しようとするだけかなり無駄だからなあ」


 魔法使い曰く、別に今すぐじゃなければ、後々自然と発現する力ではあったらしい。

 それをあっさり前倒しにしてしまえるんだから、本当に恐れ入るよ。


 その時、俺たちの会話を聞いた途端、後ろの三人組が顔を寄せあった。

 声を潜めて、何やらひそひそと話している。


「ねえねえ二人とも、今のってさ、魔法使いさんが……」

「多分だけど本来はもっと苦労して、っていうか関係が成就して習得するのを先取りしたということよね?」

「つまり短期的にはお得なんだけど、事実上、ゴールを奪い取ってることになるね♡」


 どうしたのだろうかとマリーメイアと顔を見合わせる。

 カァ、と鳥の鳴き声が響いた。


「……あの、ハルートさん」

「うん?」


 またしばらく歩いていると、マリーメイアが口を開いた。

 彼女ははじっと、真っすぐに前を見ている。


「追いついてみせますから。胸を張って、私自身が、私があなたの隣にいられることを認められるようになりますから」

「……そうか」


 冒険に、戻るのだろう。

 俺を誘ったりするんじゃないかと心配していたが、杞憂だったようだ。


「あの、本当は、また皆さんと旅したいんですけど……今始めた旅を、途中で投げ捨てたくないですし、やっぱりまだまだ修行が足りないって分かりましたし」


 その瞳には、まだ見ぬ明日への希望が宿っていった。

 俺が知っていて、一緒に旅をしていて、そして──羨ましいと妬み、美しいと憧れた少女の貌だった。


「……前に言った、旅を通してお前に新たな力に目覚めてほしいって話、あれはあんまり意識しなくていいからな」

「あっ、大丈夫です……分かってます、いつも通りにやりますから」


 えへへ、と笑う彼女に気負った様子は見られない。


「その日を楽しみに待ってるからな……いや楽しみとか言ってる場合じゃないぐらいに待ってるからな……」

「あれ!? なんか思ってたよりしっかりと圧かけに来てません!?」


 きっとしばらくは声を聴くこともないだろう。

 だからこそ今は、彼女が歩いて行く先にある苦難を乗り越えられるように、その先で祝福を得られますようにと、そう祈るのだった。



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