本当に伝えたかったこと
ダンゴーンとマリーメイアの姿を見失って数時間が経過していた。
学校の校舎が土台から押し流されてしまったので、俺たちは比較的足場の安定している高台に集合している。
「……僕のせいだ、あの男を胡散臭いと思っていたのに本気で怪しまなかったから!」
「いえ、それを言い出せばわたくしもです」
アルファス君が自分の膝に拳を打ち付ける。
ジュリエッタさんも、彼を気遣っているわけでもなくただ自責の念に表情を曇らせていた。
「……あのおじさんが魔族だったなんて」
「というか上級魔族なんて、会うの初めてでしょ。私たちよく生きてるよね」
エリンとシャロンは一瞬で荒れつくした一帯に呆然としながらも、自分たちが生きていることにホッとしている様子だ。
「せんせい、大丈夫?」
みんなが無事であることを確認していると、いつになく真剣な表情で、ひょこっとクユミが顔を覗き込んできた。
「ああ、大丈夫だよ。クユミ、それにジュリエッタさん、さっきは助かりました」
メイドさんも含めて礼を言うが、二人は顔を見合わせて苦々しい表情を浮かべるばかりだ。
「ううん、あの女の人を持っていかれちゃったし……」
「マリーメイア様の身を守れなかったという一点で、我々の働きは最低の物でした」
そこまで卑下しなくても、と言おうとするが、俺に言えたことじゃない。
「いや……俺が対応を間違えました」
「……マリーメイア様ごと討つべきだった、と?」
ジュリエッタさんが無表情のまま問うてくる。
俺は首を横に振った。
「それだけはない。だけど、俺自身の行動の読み切られ方とか、勢いとか……全部を、相手が有利なままに進ませてしまった。前提の段階であの魔族が勝っていたんだ」
厳密に言えば、前提の段階でやつに勝たせてしまっていた。
入念に俺への対策を練り、マリーメイアに近づくことを許してしまっていた。
根本の原因は明白だ。
俺が彼女相手に、十分なコミュニケーションをとってこなかったこと。
それに尽きる。
「ハルート君、寮は無事でしたよ」
その時、確認に行っていた教頭先生が吉報と共に戻って来た。
良かった、不幸中の幸いってやつだ。
「分かりました。みんな、誰も怪我はしてないんですよね」
「あなた以外は無事です」
教頭先生は血まみれの俺の服を身ながら首を横に振った。
「テイル王国の軍は、避難が完了したあとに攻撃を開始する予定だそうです」
「じゃあ、少しだけ時間がありますね」
「すぐ行くつもりですね?」
「……早く片付けるべきだと思うんで、服着替えて装備補充したら追撃します。みんなをお願いします、先生」
俺はみんなに背を向け、そう言った。
背中に視線が突き刺さるのを感じたけど、どう反応すればいいのか分からないまま、俺は歩き出した。
◇
寮の自室で、血まみれになってしまった正装を脱ぎ捨てる。
これよく考えたら対魔法防御を貫通してたってことか……ああ回復だから弾く対象に引っかからないのか。
改めてタチが悪すぎるな、あの攻撃方法。
何が起きたのか一瞬分からなかった、攻撃されたという感覚もなかった。
となれば回復魔法なんだろうなと予想がつく。
マリーメイアの全力の回復を意図して上限値を答えた数値で叩き込み、過剰に回復させて逆に破裂させているのだろう。グロ過ぎ。
対策を頭の中で組みつつ、普段使っている、スーツに近い服装に着替えた。
訓練の時とかも使えるモデルで、十分動きやすいしな。
あとは剣を何本か用意すればいいんだが……
その時、部屋のドアがノックされた。
近づいてきた足音の静かさからして、クユミかエリン、ジュリエッタさんだろう。
「センセ、入っても大丈夫?」
「ああ」
ドアを開け放って入って来たのはエリンだった。
彼女はベッドにぽすんと座って、こちらを心配そうに見つめる。
「えっと、その、大丈夫? 今から、あの魔族を追いかけるんだよね?」
「戦闘に関しては大丈夫だ。さっきはこっちがダメージを負ったタイミングで逃げに徹されたけど、冷静に対応すれば勝てる」
マリーメイアの過剰回復も対策は思いついたしな。
後は、懸念事項と言えば。
「……センセは、ちゃんと戦えるの?」
「痛いところをついてくるな……」
さっきは動揺してたの丸わかりだったろうしな。
「あ、いや、ちがくて。なんかセンセって、さっき……動揺してたのに、でも剣筋が全然鈍ってなかったっていうか」
「そこは分けて動けるように……してるというかなってるというか」
パッシブスキルの効果で、精神的な不調やらデバフやらが、戦闘能力にマイナスの影響を与えないようになっているのだ。
SAN値チェックを無条件でパスできる、みたいな認識でいいと思う。
なので問題はないと安心させたかったのだが。
クユミは逆に表情を曇らせていた。
「それは……逆に、大丈夫なのかなって……」
「…………」
「立場とか、力とか。センセは色々持ってるから。だから個人の都合を全部なかったことにして戦えちゃうんじゃないかな、それで、拾ってもらえなかった都合が、ずっとセンセの中には壊れた状態で残っちゃうんじゃないかな……とか、心配したりして」
あはは、とエリンが頭をかく。
……本当に、人をよく見ている子だな。
「エリン、君が正しいよ。結論としては──正直全然戦いたくない……!」
「ま、まあそうだよね……」
なにせ元仲間なんだもんね、とエリンは言葉を続けた。
「いや、元仲間とかじゃなくて、マリーメイアが相手だから、だとは思うんだけど」
「え、そうなの?」
自分でも、彼女相手と他の人相手では思考が違うと自覚している。
マリーメイアが絡んだ際に、合理的な判断を下せないことが多い。
「じゃあやっぱり、特別な存在なんだね」
「ん、ああ……そうだな。あの子は俺にとって特別な存在で、いつも応援していて、うまくいってほしいと思ってる相手だよ」
推しって言葉だと通じないだろうけど。
そう思って明確な言葉を選んだつもりだったのだが。
「…………」
エリンは呆気にとられたような顔をしていた。
「ん、どうしたんだ?」
「あっ、いや、ええと……」
逡巡する様子を見せた後に、彼女は恐る恐る問うてくる。
「でもセンセの顔、今……すごく、苦しそうだったよ?」
「……え?」
思わず自分で頬を触った。
そんなはずがない。見間違いだろう。
俺は転生する前からマリーメイアのことが好きだった。
転生した後に出会ってからも、マリーメイアが推しだった。
彼女を追放する原作シナリオの遂行を、なんとかやってきた。
「あの、さ、センセ」
言いにくそうに彼女は逡巡する。
「センセって……本当に心の底から、マリーメイアさんのこと好きなの?」
「…………」
普段なら、コイバナをしてる時間はないんだけど、とか茶化して流してしまっていたかもしれない。
でもエリンの問いかけに、俺は突っ立ったまま黙り込むことしかできなかった。
「なんとなく、今の顔は……苦しそうっていうか、嫌そうっていうか」
「そんなことは、ないと、思うんだけど」
「……誤魔化そうとしてるだけじゃないのかな、それは」
違う、と即答したかった。
エリンにこちらを責めているような様子はない。
むしろ気の毒そうにしている。
「センセは、こう思ってるんじゃないの。マリーメイアさんに対して、マイナスの感情を持つなんて一切あってはいけない、って」
「…………!」
図星だった。
だって、ずっと好きで、嫌いなところなんて一つもない。
今だって断言できる、本当に彼女に対して嫌いとかうざいとか、考えたことはない。
……だけど。
「俺は、そういうのは、考えたこと、ないけど」
後ろによろめいて、椅子に座り込んだ。
視線が勝手に床に落ちた。
「じゃあ、別のことはどうなの?」
「別のこと……?」
「嫌いとか、そういうのじゃなくても、マイナスの気持ちってあるよね」
エリンの言葉に、ぐっと奥歯をかみしめる。
自分では考えたことなんてなかったし、他の人もわざわざ聞いてきたりしなかった。
だからたどり着けなかった自分の胸の内を、エリンの問いかけが明確に照らしている。
「俺は……」
「……うん」
決して急かすことなく、ただエリンは同じ部屋の中で、座って言葉を待ってくれていた。
「俺はずっと────」
手で顔を覆いながら、ずっと抑えてきた感情を口にする。
エリンは静かに、俺がすべてを吐き出し終えるまで黙って聞いてくれた。
「……はは。そうか、だから俺は、マリーメイアを……」
そして胸の内を明かし終わった後。
自分でも頬が引きつっているのが分かった。
最悪。最低最悪だ、俺。
今日、自己評価の最低値をずっと更新し続けているんだけど。
「ちゃんと言わなきゃだめだよ、それ」
エリンは立ち上がり、俺の手を取って言う。
「マリーメイアさんもそうだけど……何よりも、センセ自身が、自分のことを勘違いしたまま進んでたってことじゃん」
「……だけど、今解決すべき問題とは」
「関係あるよ! マリーメイアさんをちゃんと助け出したいのなら、これを言わないとだめだよ!」
視線をさまよわせる俺の前で。
立ち上がったエリンが、どんと自らの胸を叩いた。
「センセ一人だったら敵を倒せると思うけど。でも今回は、あの魔族に勝ってマリーメイアさんを助けるためには、それだけじゃだめだよ! あたしたちの力を使ってよ!」
力強い瞳。
映し込まれている俺の顔の、なんと情けないことか。
……そうだよな。
逃げ続けているわけには、いかないもんな。
「ツケの支払いに生徒を巻き込んで悪いな……」
「大丈夫大丈夫! あたし多分、そういうの平気だから!」
「あんま平気じゃない方がいいかもね、それ。今回はありがたいけどさ」
ちょっとヒモ育成の才能あるなって思ってしまった。
◇
いくつかの移動を挟んだ後、ダンゴーンは強く展開した魔族の領域の中で休憩をとっていた。
彼が休んでいる場所は、天を衝かんとばかりにそびえたつ、再生する魔力を用いて建てられた疑似魔王城である。
巨大な建造物自体が瘴気を垂れ流す源であり、放置しているだけで人類の生存圏は削り取られていく。
そんな一種の要塞を気軽に建設した後、ダンゴーンは地上を見渡すテラスで、椅子に座らされたマリーメイアの隣に立っていた。
「なるほど、パーティを追い出された後は説明もなく、フォローもなくか」
ダンゴーンは制御下に置いたマリーメイアの記憶を確認していた。
何かハルート攻略の手掛かりが増えないかと思ってのことだったが、出て来るのはハルートや以前の仲間たちとの思い出ばかり。
最近の冒険もそれなりに大事に思っているようだったが、やはり原因を知らされることなくパーティを脱退させられたことが尾を引いているのだろう。
「優しいっつーよりは残酷な男だなそりゃァ……マリーメイア、アンタ男を見る目がないな」
せせら笑って、ダンゴーンは肩をすくめる。
「あいつがなぜアンタを追い出したのかは分からんが、もしアンタを大切に想っているのなら、事情があるにせよある程度の説明をしてあげるべきだよなァ。勇者の末裔様の考えは、凡俗には分からんっつーことかね」
意識のないマリーメイアは、その揶揄に対して何も答えない。
「とはいえアンタの人格も理解出来てきた、力の使い方の副産物だがな。この調子なら、ハルート相手でも十分有利に……」
そこで、言葉が止まった。
勢いよく振り向いたダンゴーンの視線の先。
人間の肉眼では見えないほどの遠方で、チカッと光が瞬く。
「……ッ!?」
刹那のことだった。
解き放たれた魔力が、濁流となってダンゴーン目がけて殺到してきた。
強力な魔力砲撃は、展開している魔族の領域を粉砕しながら疑似魔王城へと突き進んでくる。
その威力の高さだけではなく、予想していた輝きでないことにダンゴーンは目を見開いた。
「勇者の剣の解放じゃない……!?」
ダンゴーンは戦闘以外の面でもハルートの分析を行っていた。
人間への擬態を使い分けることで、何度も何度も天敵の人格を分析し、行動の予想精度を向上させてきた。
マリーメイアに対する屈折した愛情。
他者全体に対する博愛の心と、同時に存在する無関心さ。
そして何よりも、効率面を取っての単独行動率の高さ。
「一人で来ると思っていたんだがなあ……オレ如きじゃ、やはり人間の心は読み切れんっつーことか」
直線状に伸びてくる極光の奔流を、両手をかざして展開した防御魔法で受け止める。
マリーメイアから供給される無限に等しい魔力を用いれば、戦略級と言ってもいい魔法が相手でも余裕で耐えられる。
だが──接触した瞬間に、防御魔法が砕け散った。
「あ?」
極光の奔流が内側から弾ける。
砲撃が防御魔法を砕いたのではない、接触の刹那に、砲撃の内側から新たな攻撃が飛び出てきて、防御魔法を破壊したのだ。
「こいつはまさか……!?」
狼狽するダンゴーンの視線の先。
光の中に潜んでいた人影たちが、散らばるようにして魔王城へと取り付く。
「ぶ、ぶっつけ本番でやらせないでよね……!」
「ごめんねシャロン! でもやっぱこれが一番上手くいくかなって!」
「エリンちゃんそれより着地見た方がいいよ~!」
「うわわわ……!」
極光の奔流は、魔力砲撃ではなかった。
それは突撃槍を、砲撃モードではなく槍モードのまま発動した、莫大な魔力をすべて推力に転換した突撃だったのだ。
慌ててマリーメイアを立たせ、冷や汗を浮かべながらダンゴーンが戦闘モードに移行する。
油断しているわけではなかったのに、警戒範囲外から一瞬で距離を詰められ、侵入を許してしまった。
(砲撃に誤認するほどの魔力量で加速して飛んできたってのか!? しかもハルートの魔力とは違う感じじゃねえか、別の人間がやったとでも!? どんなバケモンだよそいつは……!?)
防御魔法を破壊した際の余波で疑似魔王城のあちこちが崩落する中。
ダンゴーンが佇むテラス席に、複数の人影が飛び込んでくる。
「やはり来たかッ」
正面から姿を現したハルートに対して、ダンゴーンが指を向ける。
数時間しか経過していないが、精度は飛躍的に向上した。
「そりゃ来るよなあ、愛しのお姫様を攫われて黙っていられねえよなあハルートッ」
「…………」
マリーメイアの魔法『セイントデッドコーラス』がハルート目がけて発動する。
身体内部を過剰に回復させることで内側から破裂させ殺傷するという、攻撃の回避やデバフの耐性などの全てを無視して作用する反則技。
「今度こそ即死させてやろうッ!」
前回の交戦時はハルートのパッシブスキルによって致命傷にはならなかった。
だが今回は、精度を向上させ確実に重要器官の全てを同時に破壊する、絶命必至の一撃になっている。
「それが今の、マリーメイアの魔法、か……!」
マリーメイアを介してダンゴーンが放った過剰回復魔法を、ハルートは正面から受け止めた。
瞬時にハルートの体内で回復魔法が限度を超過して過剰回復を始めようとする。
だからその前に、ある種の有言実行として。
「あぎっ! ふ、ぎぎぎぎぎぃぃっ……!」
ハルートは、まず腹を切った。
勇者の剣を自分の体に突き立てて横へと引き裂き、彼は自分の血を地面にぶちまける。
「えっ……? あ、ぁ……?」
常軌を逸した光景に、ダンゴーンの思考が停止する。
事前にこうすると聞かされていた仲間たちですら、ショッキング過ぎる光景に絶句した。
だが──結果は明白に出た。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ……! よし上手くいった!」
彼の体が内側から破裂することはなく、たった今自分で生み出した致命傷が瞬時に治療されていく。
回復が過剰であるというのならば、その過剰な回復を受け止めるだけのダメージがあればいい。
敵からの攻撃を無効化するために自分の体を傷つけるという、対マリーメイア専用の発想だ。
「そんなやり方……しかしまだァッ!」
「おじさんの相手はこっち!」
別の攻撃を放とうとするダンゴーンだったが。
直後、間合いを詰めてきたエリンの太刀が閃く。
ダンゴーンは舌打ちをしながら反撃しようとして、シャロンの魔力砲撃とクユミの暗器が自分を狙っていることに気づいた。
「は────?」
それだけではない、アルファスとジュリエッタの攻撃もこちらへと飛んでくる。
どれもこれも、余裕をもって対応できる代物だ。
仮に本気でダンゴーンを仕留めようとするのならば、むしろハルート単独で踏み込んできた方が圧倒的に話が早い。
「ふ、ざ」
だからこんな光景が生じている理由は明白。
同時に、ダンゴーンにとって絶対に許容できないもの。
勇者の末裔は、上級魔族の相手を、仲間たちに任せようとしているのだ。
「ふざ、ふざけるなよハルゥゥゥト! このオレの相手を、こんな雑魚共に任せるつもりか!? 冗談じゃァないッ!! オレはお前を倒すために今まで────」
「お前はもうどうでもいいんだよ! 喋りかけてくんな! 用事があるのはこっちだけだ!」
ダンゴーンはエリンたちの猛攻を捌き、余裕をもって無傷を保つ。
しかし彼女たちの連撃はもとよりダメージを与えるためではなく、ハルートがフリーでいる時間を稼ぐためのもの。
勇者の末裔は、上級魔族などから視線を切って、テラスをゆっくりと歩く。
「……あー、久しぶりだなマリーメイア」
囚われの身となっている仲間であり、そして憧れの少女。
ハルートは勇気を振り絞って、声をかける。
「…………」
光を失った瞳がほんの微かに動いた。
彼女は黙したまま、かつてのパーティリーダーを見つめるのだった。
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