久しぶりの再会、だったのに②
勇者の剣となった実剣を片手に、ダンゴーンを睨む。
誰だよ。マジで。
知らないんだけど。ネームドじゃないってことじゃん。マジでテメェ誰だよ。
パイルバンカーおじさんじゃないじゃねえか。
パイルバンカーおじさんはサングラスをかけた陽気なおじさんだし、ゴッツい巨大ユニットを抱えてるんだが?
同じおじさんでも全然違うんだが?
「上級魔族でまだ顔を合わせてないやつがいるとはな」
ちらりと他の面々が安全地帯へと退避した(ていうか、クユミとジュリエッタさんの手で退避させられた)のを確認する。
それから切っ先を突きつけると、肩をすくめてダンゴーンがへらりと笑った。
「この姿では初めましてになっちまうがな。こちとら、もうその顔見飽きたんだよ、ハルート君」
「……? 俺はお前なんて知らないが、いや、まさか」
首を傾げる暇もなく、間合いを詰められる。
飛んでくる拳。自分から攻めてきた?
剣で打ち払うが、相手の拳に付与された防御術式が刃を阻んだ。
いや、防御術式自体は破壊できているんだが、次から次へと新しいものに張り替えられているようだ。
……これは!
「見たことがあるぞ、その術式。攻防一体、魔力そのものを威力に転換し、時には盾、時には撃発させ攻撃に用いるそれは……!」
「我が戦闘用魔法術式、『キリングスター・インフェルノクラブ』ッ!」
ご機嫌な名乗りを聞いて、劇的に自分の表情が歪むのが分かった。
知っている。
俺はこいつの攻撃パターンを知っているし、相手も俺の攻撃パターンを恐ろしい精度で把握している。
「そう、オレたちぁ初対面じゃないぜ。もっとも前回の邂逅では口調が全く別物でしたし。そもそも毎回あたしって姿かたち違うし? いちいち覚えてないっていうのも分かるというか、僕を覚えたところで、同一存在とは思えないですからね、あはは……」
逐一声の調子を変えて、ダンゴーンがせせら笑いながら言う。
今の一連のセリフの中にちりばめられた口調、全部心当たりがある!
戦ったことのある、魔族が化けた人間体だ!
てっきり魔族の中でもこの戦闘用魔法術式、要するにアクティブスキルが共通して設定されてる連中かと思ってたわ。
まさか毎回毎回違う人間体を用意してた同一存在だったのかよ。
「何がしたいかは伝わったけど、全部オッサンの声でやってるから気色悪いんだよ!」
文句を言いながら勇者の剣を振るう。
受け止められ、神秘の火花と共に魔力がスパークする。
「で、俺と何度も戦ってきたってわけだ……でも毎回、最終的には蒸発させられてたよな」
「ああ、おかげさまで必死に溜めた魂のストックがどんどん減っちまうんだ、嫌になるぜ」
「御主人様はずっと眠り呆けてるっていうのに、健気な犬ころだな」
「そう言うなよ、主人が気持ちよく起きるために頑張ってる忠犬なんだからな」
少しは褒めてほしいぜ、と肩をすくめた後、彼は異形の瞳を釣り上げ醜悪に嗤った。
「だが成果はあった。オレは、正面衝突じゃ、お前には逆立ちしたって勝てねえってことが分かった」
「へぇ」
つまり、これから搦手を使いますよという宣言。
同時にダンゴーンがその左右の手を、パンと甲高く打ち鳴らした。
「ふぇ?」
途端、やつの腕の中に出現するマリーメイア。
彼女はクユミたちの手で、グラウンドを突っ切って校舎まで避難していたはずだ。
しかしどう見ても幻影ではなく、実体としての、何が起きたか分からず目を白黒させる、最も大切な少女がそこにいる。
「お姫様のいるべき場所は、自由な草原じゃなくて忌むべき鳥かごの中が相場だろう?」
「────テメェ」
あらかじめ彼女の体に転移魔法を貼り付けていたのだろう。
先手を取ったつもりだったが、仕込みは終わっていたか。
臓腑の底からせり上がって来る憤激とは別に、自分でも恐ろしいほど冷静に思考が加速する。
背後から近づいてくる気配。
恐らくマリーメイアが転移させられることを察知して、守るのではなくこちらの援護に駆けつけてくれている誰かがいる。
まあ、ジュリエッタさんとクユミだろう。
加速する思考は、現実時間においての一秒未満の消費すら惜しむ。
世界がスローモーションを通り越えた、ほとんど静止した状態へと突入する。
まずい状況──なわけがない。
上級魔族相手にマリーメイアが有効な攻撃を加えることはできないだろう。
しかし、たかが上級魔族如きがマリーメイアに傷をつけることも不可能だ。即座に回復されるから意味がない。
事実、やつはマリーメイアを腕の中に収めながらも、全ての注意力と即応力を俺へと割り振っている。
俺がマリーメイアを助けようとヌルい動きをした刹那にブチ抜くつもりなんだろう。
ならば俺がこの瞬間に選ぶべき行動はただ一つ。
「クユミ!!」
現状でマリーメイアの次に信頼できるやつの名を叫ぶ。
やつの気を引かせるためだ。
ほんの一瞬でも俺に向けられている注意力が逸れたら。
マリーメイアは無傷のまま、お前の首から上を蒸発させてやる。
俺の呼びかけを受けて、背後から近づく気配が加速した。
ダガーなどの暗器類を構える音。
その瞬間にダンゴーンが笑みを深めた。
「……チェックメイトだ、ハルート」
全ては刹那のことだった。
俺は勝つために、正しい選択をした。
だから、俺は間違えた。
◇
……あ。
やっぱり、私じゃ、ないんだ。
◇
「やっと開いたな」
ダンゴーンが右手をこちらへかざす。
氷の中へと突き落とされたように冷たい感覚が全身を走った。
それが防衛本能の叫びだと瞬時に気づいた。
「クユミ伏せろ!」
「えっ!?」
援護を要請した相手にかける言葉ではない、だが事情が変わった。
急ブレーキをかけてその場から撤退するクユミ。
彼女を庇うようにして、俺は両手を広げて立ち塞がり──
ダンゴーンの瞳が怪しく輝くと同時。
すさまじい激痛と共に喉奥から血が噴き出て、俺は膝をつきそうになった。
「ごぽッ……!? が、ふっ、ふー……ッ!?」
体の内側のすべてが破壊された。
即死しなかったのはパッシブスキルがあったおかげだ。
「マリーメイアの力さ。お前を殺すに、これ以上はない」
見ればダンゴーンが右手をかざしているのと同じようにして、マリーメイアもこちらへ右手をかざしている。
これは、まさか、精神を完全に制御下に置かれているのか!?
あり得ない!
それだけは最も集中して対策を講じて、彼女自身で身を守れるようにしたはず!
「あり得ない、それだけは……って顔をしてるな?」
「……ッ!」
「実際、お前は見事だったんだぜ、ハルート。お前がマリーメイアに施した教育は、はっきり言って完璧だった。オレたち魔族に付け入るスキをまるで与えなかったんだから」
マリーメイアの瞳からは光が抜け落ちていた。
自らの意志では体を動かせない、というよりは意識を喪失している状態なのだろう。
「だがなあハルート……オレには分かってたぜ。この子の傷がな」
ダンゴーンは両手を広げてこちらをあざける。
「お前さんだよ。かつての仲間の中でも、お前が、お前だけが唯一の傷だ。お前を利用するのが唯一にして正道の、史上最強のヒーラーを堕とす方法だった」
なるほど──何を言いたいのかは分かった。
「マリーメイアの精神防御は完璧だった。正直俺が出会った時、心がボロボロなのに精神制御が効かなくてビビったぐらいだぜ。だが……お前に認められないまま、精神が不安定なまま再会すれば。そしてお前が確実にマリーメイアを助けるため、信頼できる仲間の名前を呼べば。ほころびは必ず生じると確信していた──賭けにしちゃ、分が良すぎたかもなあ!」
すべてを仕組んでいたということだ。
俺とマリーメイアが再会するその時に、狙いを定めて。
俺の命を狙うのではなく、マリーメイアの精神に介入する隙を生み出すためだけに。
「……ここまでしてでも手に入れたいほど、マリーメイアの力に価値を見出していたってことか。だが、何のために」
「そこはそのピカピカ光る玩具で試してみろよ! 人類の守護者サマならさあ!」
言われなくたって。
全身からダラダラを血を流しながらも、剣の柄を握って構えなおす。
だがその刹那、ダンゴーンの手のひらから放たれた魔法が、迎撃と先制攻撃を兼ねて向かってくる。
「こいつ……!?」
合わせて剣を振り下ろして光の波濤を放つが、振り抜けない。
威力が拮抗し、余波に大地を砕きながらも、俺たちの中間地点で空間を軋ませ続けている。
「素晴らしい! お前さんが育てた力だぞ、見ているかハルート!」
出力が同等になっている? だが、魔力はどこから引っ張ってきている?
何より、なぜそれほどの威力を使い、やつの体は反動に砕けていない?
説明できる要素はただ一つだけ。
俺は目を見開き、叫ぶ。
「──マリーメイアの力を使って、消費した魔力と過負荷に砕ける体を再生しているのか!」
「ご名答ゥ! オレが振るう力とは、有限の世界の中で限りなく無限に近しき場所ッ!」
こいつ……!
マリーメイアの力を純粋な戦闘用に構築した場合の危険性、もとい余りの万能性に気づいて、それを自分のものとすべく計画を練っていたのか。
そのために、彼女の仲間になったふりをして。
「擬似魔王形態とでも呼ぶべきかァ!?」
バチン、と音を立てて、視界が一瞬だけ真っ白になる。
拮抗していた俺の剣とやつの魔法が同時にかき消えたのだ。
そうだ、ダンゴーンの言葉は的を射ている。
倒せても倒し切れない、殺しても殺し切れない、何故ならば相手の無限のリソースを削り切る資格を、俺は有していないから。
今のたった一度の攻防で、俺は先日魔王の影と戦った際の無力感を再度味わっていた。
……いや、違う、違うだろ。
「だとしても、間借りした力を使うテメェじゃ無限に近しいだけだ! リソースが有限なら全身全霊で上から押し潰してやる!」
マリーメイアごと死なせるかもしれない、とかヌルいことは考えない。
余波など発生させないレベルで、勇者の剣の出力を収束させる。
普段は剣を振るたびに光の波濤となって放たれる神秘の輝き。
それを剣に纏わせ、塗り込み、本来の刀身を蒸発させてでも形成させる究極の一振り。
「……ま、そうするだろうな、お前さんなら」
何度か見たことのある現象を見て、ダンゴーンは鼻白んだ。
それから、信じがたい言葉を続ける。
「今はまだそれに対応できる自信がねーわ、だからこの場は逃げさせてもらうぜ?」
「ハァ!?」
驚愕の声がこぼれた。
しかしやつは、当然だろうと言わんばかりに呆れかえった顔をする。
「今は単なる出力差だけで圧倒しちゃいるが、力勝負になるとわけの分からん逆転を起こすのがお前さんだろう? 相手したくないんだよなそういうの」
それは俺に何度も敗北をしてきた男だからこそ言える経験論だ。
確かにそうだ。力勝負になれば、俺は数段階にわたって出力を全力のその上へと引き上げることができる。
「だからここは逃げる。この力の使い方を熟知し、単なるゴリ押しではなく、お前を完璧に、理論的に抹殺できるように習熟してからまた来る……ああ、愛しのマリーメイアには傷一つつけないから安心しろ」
「信じられるはずがないだろ!」
俺の言葉に、しかしダンゴーンはぱちりとウィンクを返してきた。
「行き倒れてるところを拾ってもらったってのは本当だからな。恩は忘れねえのがイイ男ってもんだろ?」
「逃がさない、ここで死ね……!」
輝きを収束させ切った剣を掲げる。
存在するだけで周囲の地面が融解を始めるほどの高出力。
それを振るおうとして、ダンゴーンがぽんと地面を蹴った。
刹那、隆起した大地が一つの山となって立ち塞がる。
冗談抜きで、冒険者学校の校舎を全部横倒しにして、木々を吹き飛ばし、土石流をあちこちにばらまきながら、一つの山が出現したのだ。
恐らくは、大地に対する回復だ。
土の中の生物たちや草木を過剰に回復・成長促進させて、数秒で山を作り上げたのだろう。
「……ッ!!」
関係がない。
山を、一振りで根こそぎ蒸発させた。
一振り分の時間を使わされた。
それだけで、山が消えた先に、ダンゴーンとマリーメイアの姿は消えていた。
「…………」
そして──蒸発させたはずの山を起点として、大地を忌むべき気配が汚染していく。
「ク、ソッ……」
無力感に打ちひしがれている暇すらない。
無限の魔力を用いることができるのならば、そりゃやつらは大規模な魔法を行使するだろう。
血みどろになったスーツの上着を脱ぎ、柄しか残っていない剣を放り捨てる。
静かに息を吐いた。
先ほど山が出現して蒸発した際、教頭先生がみんなを守ってくれたのは把握している。
だったら俺は、やつの置き土産に対処する。
「クユミ、俺が使う剣を補給してくれ」
「……せんせい、これは」
こっちに来てくれていたクユミ、そしてジュリエッタさんの二人が眼前の光景を見て絶句している。
魔王直轄の魔族たちが用いる儀式魔法は、極まりに極まった場合、魔王城を再現する。
土地を汚染し、人々が生きられない瘴気で満たしてしまう。
「魔族たちが世界をこれで満たしたらゲームオーバーの、カスみたいな空間だよ」
クユミからダガーを受け取ってから、俺はネクタイを緩めた。
まだ発生して間もない。
この程度なら即座に対処を始めればなんとかなる。
……これもまたダンゴーンに誘導された思考であることなと理解しつつ。
俺は空間を形成する核を破壊すべく、魔族の領域へと踏み込んだ。
◇
辺境の冒険者学校にて発生したごく小規模の魔族の領域は、俺が中心地点の仮核を破壊することで終息した。
しかし移動した先々で、ダンゴーンは次々とその領域を展開している。
幸いにもマリーメイアがともに移動しているとの報告は上がっていないようだが……
なんにしても結論は明白だ。
マリーメイアは敵の手に落ちた。
俺は原作主人公の、無限に最も近き無敵の力相手に、戦いを挑まねばならなくなったということだ。
……やだあああああああああああああああ推しと戦いたくないやだああああああああああああああああああ!!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます