久しぶりの再会、だったのに

 マリーメイアが辺境の冒険者学校を訪れる当日。

 職員室の扉を開けて中に入ると、先に出勤している教頭先生の姿が目に入った。

 何やら書類に視線を落として、ペンを軽やかに走らせている。


「おはようございます」

「ハルート君、おはようございます」


 鞄を床に置いてから、上着を椅子に掛ける。

 ネクタイを少し緩めて、着なれない服装に絞り上げられるようにして、息を一つ吐いた。


「聞きましたよ、今日はマリーメイアさんが学校に……」


 顔を上げた教頭先生が、俺の服装を見て固まった。

 何度か目を瞬かせた後で、ゆっくりと首を横へと傾げる。


「……受け取らないって言ってたのに、軍からの褒章を受ける気になったんですか?」

「違います、正装です」


 俺はベストもセットに入った、クラシカルなスリーピースのセットを着込んでいた。

 マリーメイアへと謝るのに、普段仕事用に着ているスーツっぽい服装では誠意がない。


「彼女に謝るために……引っ張り出してきました。俺本気です」

「君は形から入ることを重視し過ぎですね。まあ、似合ってるからいいんじゃないでしょうか」


 久々に出してみたが、まだサイズが合うようで良かった。

 なんか、確か俺を応援してるって言ってくれた知らない貴族がくれたんだよな。

 超一級品の魔法防御機能が織り込められてるとかなんとか。


 魔法使いは子供が作ったのかと半眼になっていたけどな。

 あいつの基準がバグっているだけだと信じたい。


「大事なのは雰囲気ではなく、真実ですよ?」

「分かってますよ。マリーメイアは俺たちと特訓した結果、洗脳とかそういうのに凄い強い耐性があるんです。真実を語るしかありません」

「いえ、ハルート君の中で真実を語らないことが即座に洗脳になるとは思っていなかったんですが……」


 何にしても、これで後はマリーメイアが来る放課後まで待つだけだ。

 俺は席に座り、今日行う授業のカリキュラムを確認して準備を始めるのだった。




 ◇




「センセ、さっきから穴埋めプリント3枚目なんだけど手抜いてるよね? マリーメイアさんが来るから集中できないのを見越して授業組んでるよね?」

「そんなことはないぞ」


 授業中、エリンから鋭い指摘が飛んできた。

 俺が座学を始めた瞬間から、三人とも『こいつ授業で省エネしに来たな……』と半眼になっている。


 一応これ、本当に学習カリキュラムは遵守してるんだけどなあ。

 迂闊にサボったらテストで酷いことになるやつだ。


「服装も……似合ってる、けど。明らかに気合が上滑りしてるように見えるわよ?」

「そんなことはないぞ」


 まあそれはそれとして普段よりちょっと省エネしてるのは言い訳できねえな!

 朝だって意味もなく早起きしてしまったし。

 今もちらちら窓の外確認しちゃってるし。


「せんせいってば面白くてカッコいいよね~」

「そんなことはないぞ……あっごめん今のは違う」

「ううん、そんなことはないと思う♡」


 …………。


「あっ、センセ、泣いちゃった」

「こらクユミ、先生を泣かしちゃだめでしょ」

「は~い」


 悲しいことに、本当に頭が回らず、ご覧の有様が一日続いた。




 ◇




「今日のセンセ、酷かったね~」

「あれは後日でいいから、教頭先生に怒られないとダメじゃない……?」


 冒険者学校の正門前にて、エリンが苦笑いを浮かべて、シャロンが肩をすくめる。


「恋煩いって言われたら納得しちゃうな♡」


 二人の間に挟まったクユミも、一日中ダメだったハルートの様子を揶揄する。


「ま、それは本人が強めに否定してたけどね」

「そだねー。どっちかっていうと触れられたくない的な? じゃあそうしてあげたほうが──」


 話がそこで途切れた。

 三人の優れた感覚が、近づいてくる足音を鋭敏に察知したからだ。


 やがて姿を現した、少女を先頭とした一向。

 エリンは笑顔を浮かべて、大きく手を振る。


「久しぶり、マリーメイアさん!」

「え、ええ。久しぶりですね、ソードエックスさん」

「やだなあエリンでいいですよ、ソードエックスなんてたくさんいるしダッサいじゃないですか!」

「あ、やっぱりそういう認識でいいんだこの名前……」


 瞬時に間合いを詰めたエリンに手をブンブンと振るわれるマリーメイア。

 困惑交じりの苦笑を浮かべながらも、気はすっかり許している。

 この辺りは誰でも受け入れるマリーメイアと、誰とも打ち解けるエリンの見事なかみ合いだった。


「そちらはアルファスさんとジュリエッタさんね。話はエリンから聞いてるわ」

「あ、ああ。まさかピール家のご令嬢とここで出会うとは……」

「マリーメイア様のために諸々取り計らっていただき、本当にありがとうございます」


 後からやって来たシャロンが、領主の息子とメイド、つまり初期メン2人に話しかけた。


「知っているみたいだけど、一応。シャロン・ピールよ、よろしく。今ノコノコ来てるのがクユミ・ランガンね」

「うひー、シャロンちゃんってば手厳しいよ~」


 のそのそとシャロンの後ろについてきたクユミ。

 だが目を見開き驚愕するジュリエッタと視線が重なった刹那、クユミの動きが止まった。


「…………ほお」

「……ふーん」


 ジュリエッタがその瞳を輝かせ、対照的にクユミが静かに昏い炎を宿す。


「なかなかやる……いいえ、素晴らしいですね、感服いたしました」

「そっちこそ。ま、どーでもいいけどね。ここではやめてよ」


 普段とは変わって嬉しそうなジュリエッタと、機嫌悪そうに彼女を手短にあしらうクユミ。

 異様な雰囲気を放つ二人だったが、すぐにどちらも元通りの空気へと戻る。


「……では、今回はマリーメイア様のお供をさせていただきますので」

「それがいいと思うな~♡」

「いやいやいや今更普通の感じ出しても無理だろ! お前ら明らかに、何か力量を見抜き合って認め合ってただろ! 血なまぐささが消えてないんだよ!」


 たまらずアルファスが絶叫する。

 エリンとシャロンは『あ、この人こういうツッコミ我慢できないタイプなんだ……』と気の毒そうに首を振った。


「馬鹿野郎アルファスお前」

「うおっ」


 なおも叫びを続けようとしたアルファスだが、仲間に乱暴に髪をかき混ぜられてキャンセルを食らう。

 音もなく彼の背後に忍び寄った白髪のナイスガイ、ダンゴーンの仕業だ。


「な、何するんだよダンゴーン!」

「イイ女ってのは秘密がつきものなんだよ。考えてみな、マリーメイアにジュリエッタ、そしてエリンたち三人、どっからどう見ても全員訳ありだ」

「だったら何だっていうんだよ」

「秘密を秘密のまま楽しめよ、世の中は悪が勝ったり、欺瞞が真実として認められたりするんだぜ? 秘密を秘密のままにしておくのが利口だと思わないか?」


 それっぽいことを言うダンゴーンだが、アルファスは胡散臭そうに彼を振り払う。

 流れの魔導拳士である彼が語る恋愛指南、雰囲気だけは無駄にあるのがタチが悪い。


「ったく、最近の若い奴は気難しいねえ……っと、金髪の嬢ちゃん、あんたはこの間遭った……」

「うぇーい」

「おっ、やるな、覚えててくれたのか」


 突き出されたエリンの拳に、ダンゴーンも拳を合わせる。

 ノリのいい人間同士が行う気楽なコミュニケーションだ。


「久しぶりだねおじさん。こっちはもう準備できてるよ!」

「そりゃ助かる。んじゃ、早速で悪いが、お邪魔させてもらおうか」


 そう言ってダンゴーンは、パーティのリーダーであるマリーメイアに振り向く。

 しかし彼女は少し前方にそびえたつ学校の正門を見つめて、浮かない顔をしていた。


「……本当に良かったのでしょうか、ダンゴーンさん。私、もう少し落ち着いてからでも良かったんですが」

「馬鹿言っちゃいけねえ、こういうのはなるべく早く片付けるモンさ。今持ってる揺らぎとか激情とか、そういうのが案外大事だったりするんだからな」


 どうやらダンゴーンが上手く働いて、しり込みするマリーメイアを連れてきてくれたようだ。

 エリンは誰にも見えないよう、小さく彼にウィンクした。


「……っ。ここが今の、ハルートさんの居場所なんですね」


 そうこうしているうちに、学校の正門をいつしか一行は潜り抜けていた。

 ここまでくればマリーメイアとて引き下がることはできない。


 明らかに怯えの表情を浮かべるマリーメイア。

 エリンは息を吸って、彼女の肩に手を置く。


「久しぶりの対面になるから、緊張するかもしれないけどさっ。センセ……ううん、あなたの仲間のハルートさんだよ」


 そう言ってエリンは、校舎前で待機しているであろうハルートへと視線を移す。

 あんな正装姿でどんだけ緊張してるのって話だよね、とでも言って、緊張を和らげられるだろうか。


 そう思いながら見た先で彼の片手にはいつの間にか剣がある。



「【瀆すは神代】【赤子の祈り】【我は愚かな殉教者】【零落を嘆くがいい】発動drive



 一瞬で爆発的に増大した神威が、戦闘者の顔になっているハルートを照らし上げた。




 ◇




 正装姿で校門入り口に立ち、正門を眺め始めてしばらく。

 やることないのに他のことをやることもできず、数メートルの空間を右往左往していた。


 だがついにエリンたちが動き、迎えに行くように外へと出ていく。

 しばし待てば、人数が増えた状態でこちらへとやって来た。


 こちらからはもう、マリーメイアの姿が見えていた。

 遠いけれど、お互いにお互いを認識している。

 ビビる、体が震える、とかは一切ない。


 とにかく素晴らしい……! 最高の気分だ! 逆に手が震えてる!

 まさかこの目で『CHORD FRONTIER』パーティを拝むことができるなんて……!


「フーッ……」


 ……いやもちろん、最優先事項は忘れてはいない。

 というかここでただはしゃぐだけだったら、いくらなんでも俺が馬鹿すぎる。


 今はきちんと、マリーメイアと向き合わなくてはならないんだ。

 俺の具体的な目標が離せないのは、もう仕方ない。どこから情報が洩れるかも分からないし。


 ただ、彼女を不要と切り捨てたのは本意ではなかったこと。

 まだ俺は彼女のことを仲間だと思っているが、一緒に旅はできないこと。


 心を砕いて、話せないことを詰問されても。

 クズ演技で回避するのではなく真摯に謝りたい。


「よし……やるぞ……!」


 頬を張って、目を凝らす。

 エリン達3人と、マリーメイアと、マリーメイアの仲間3人。

 計7人がグラウンドを突っ切る形でこちらへと歩いていた。


 とりあえずは来賓用の部屋に連れて行くのがいいだろうか。

 マリーメイアを囲んでいる仲間は、領主の息子であるアルファス君とおもしろメイドのジュリエッタさんと知らない男「【瀆すは神代】【赤子の祈り】【我は愚かな殉教者】【零落を嘆くがいい】発動drive」誰だよテメェ。


 簡易召喚魔法を発動して倉庫から実剣を引き寄せ加速。

 誰も反応できない速度の世界で距離を詰めた。

 誰も反応できていない速度の世界の中で、知らんオッサンがこちらの動きを目で追うのが分かった。


「初めまして」

「じゃあ死ね」


 手を挙げて挨拶してきたオッサンへと勇者の剣を叩きつける。

 やつが身に着けていた革製のグローブが一瞬で融解するが、その下の素手が、光の剣を受け止めた。

 あらかじめ戦闘用の術式を貼り付けていたか。


「……ッ!!」


 一瞬の拮抗、出力を引き上げて無理矢理押し切る。

 逸らし切れなかった神秘の輝きがやつの顔左半分の擬態を焼き切って、漆黒の表皮をあらわにした。


「お前魔族か? 上級だろ」

「行動が認識に先行するとは、恐ろしいねェ」


 片足で地面を叩きつけ、小石たちを勇者の剣に変換。

 俺と男を周囲から切り離すように、射撃と隔離を兼ねて射出する。

 しかし魔族の男は首を傾げ、体はステップを刻むような最小限の動きで回避を成し遂げた。


 チッ──厄介だな。

 能力や全体の出力が上級に匹敵するだけではなく、技量も相当に高いらしい。


 まだエリンたちは事態を理解できず動き出せていない。

 だが、こっちの2人はクユミが、マリーメイアとアルファス君はジュリエッタさんが既に抱えて退避運動に入ろうとしていた。

 こういう人たちがいると、本当に助かる。


「まずは他人を巻き込まないように、か。勇者の血を引く者は優しいねえ」

「死ねって言ってるだろ」


 勇者の剣から光の斬撃を放った。

 魔族の男は手元に半透明のヴェールを形成すると、それを用いてこちらの攻撃を逸らすように受け流した。


「おっとぉ! 気を付けてくれよなハルート君、そんなの直撃したら、か弱いオレは消し飛んじまうんだぜ?」

「消し飛ぶで済むと思うなよ害虫」

「害虫呼ばわりは酷いな」


 両手を広げて、顔半分に異形を晒した男が嗤う。


「魔王陛下より寵愛を享け賜り、人類に対する敵対行動を生業として生み出された存在──我が名はダンゴーン・ペリゼフォルス、どうぞ名前だけでも憶えて帰っておくれ」


 いや帰るのはお前なんだよ。



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