本当に伝えなきゃいけないこと

 絵本の中から飛び出てきたような、茶色の髪のかっこいい王子様。

 彼の前にいるのもまた作られたように可愛らしい、黒髪赤目の女の子。


 そうやってハルートと意識のないマリーメイアが、静かに対峙する中で。

 ダンゴーンは羽虫のように群がって来る人間たち相手に激怒していた。


「お前たち如きが、思い上がってんなァ!」


 策を講じ、対策を練った末に勇者の末裔を追い詰めた。

 誰がどう考えても、魔王復活、並びに復活後の世界侵略を考えるうえで最大の障壁はあの男だ。

 ならば自分こそが偉大なる陛下のために大仕事をやってのけると、そのための準備は十分にしたと自負していた。


 しかしダンゴーンが置かれている現状は違う。

 自分が1つのパーツとして見ていた少女がハルートと向き合い、自分は取るに足らない雑魚に囲まれ足止めを食らっている。


「邪魔をするなっつってんだよッ!」


 腕を振り回してダンゴーンが攻撃を散らす。

 彼の戦闘用魔法術式『キリングスター・インフェルノクラブ』は攻防一体の汎用性が魅力だ。

 対単体攻撃、対複数攻撃、一転防御、範囲防御、これらを何かの切り替えなしに感覚操作のみで実行できるこの力は、総合力を担い手の技量に依存する。


「強い……!」


 無作為に見えてすべてが計算された攻勢。

 回避先を的確に潰されながらも、エリンは決して強引に動かず、間合いを維持して守り続ける。


「あたしたちを利用して、黒幕気取って!」

「ああそうだぜ嬢ちゃん! まんまと利用されてくれてありがとな、それでお役御免だ!」


 自分がダンゴーンの口車に載せられてマリーメイアたちを招待したこと、ハルートは『いや普通に考えて騙した側が悪いだろ……』と言っていたものの、エリンは自分にも責があると思っている。

 だから、ここで役割を果たして、少しでも汚名を濯がねばならない。


「センセのところへは行かせない!」

「ほざいたな嬢ちゃん! 実力の差ってやつを教えてやらあ!」


 二人の攻撃が交錯する。

 攻防が成立しているということ自体が、エリンの異常な強さを物語っていた。

 もちろん離れたところから的確に砲撃を撃ち込むシャロンやジュリエッタたちの援護あってこそではあるが。


「どうする? 時間稼ぎ、今のところエリン頼みだけど」


 砲撃モードの得物を構えて援護砲撃を放ちながら、シャロンは戦闘に参加していないクユミへと問いかけた。

 珍しく真面目な表情のクユミは、そのまま普段とはまったく別の、暗く冷たい声でつぶやく。


「……あいつ、せんせいにこだわり過ぎてるよね」

「え?」

「魔族の最終的な目標は人間を滅ぼして魔族の世界を創ることなんだから、マリーメイアさんを従えた段階でそこらの都市で適当にあの過剰回復魔法をバラまけばいいと思わない?」

「……思いついても口にしちゃいけないやつだと思うけど、それ」


 シャロンがちょっと引いているのに構わず、クユミはじっと怒れる魔族を見つめた。


「何回も何回も何回もせんせいと戦って負けて、次のためにって何か持ち帰って……優先順位が変わっちゃってるんだと思う」

「……執着してるってこと?」

「さっきからあれ、せんせい用に調整してある気がするんだよね」


 そう言ってクユミが走り出す。

 ちょうど、至近距離の殴打を刀で防ぎ、エリンが吹き飛ばされた瞬間だった。


「ちょこまかと、王道には敵わない暗殺者がうっとうしいなァ!」


 振るわれる両腕が、跳躍したクユミを逃すまいと魔力の網を形成する。

 しかし体を丸めて網をすり抜けて、逆にワイヤーアンカーを展開したクユミがダンゴーンの手足を拘束する。


「こんな玩具で!」


 引きちぎろうとした刹那、しかしシャロンとアルファス、ジュリエッタの援護砲撃が着弾し、ダンゴーンはよろめいた。

 直撃したにもかかわらず血の一滴どころか、皮膚のひとかけらすら傷ついていない。

 傷ができた瞬間から、マリーメイアから供給される回復の力で再生しているのだ。


 理不尽過ぎる強さ──しかし。


「あは♡ やっぱり過剰回復の魔法って、おじさんじゃなくってマリーメイアさんの体じゃないと使えないんだ♡」

「……ッ!」


 今の攻防、過剰回復の魔法を使うべき瞬間が山ほどあった。

 それが使われた際に仲間を避難させるべく、クユミとジュリエッタは積極的に戦闘に参加していなかったのだが。


「あれがないんだったら、時間の稼ぎようはいくらかあるかな~」


 ビキリと、ダンゴーンの額に青筋が浮かぶ。


「ハルートでないお前たちに、時間を割いている暇など……!」

「……センセのところには、絶ッッ対に通さないって、言ってるんだけど?」


 クユミの隣で、太刀を構えなおして立ち上がるエリン。

 取るに足らないはずの存在たちを前にして、ダンゴーンが憤激のまま破壊の嵐を巻き起こす。




 ◇




 背後で激しい戦闘が始まっているのは分かっていた。

 俺はマリーメイアの前で、静かに口を開く。


「……マリーメイア」


 刹那、彼女の右手がこちらへとかざされ、身体の内部が破壊される。


「ぐっ……!」


 慌てて勇者の剣で右肩から腹部をばっさりと斬り、回復の力をそちらに流させる。

 彼女の瞳には何の光も宿っていない。

 ただ俺のことを、撃滅すべき敵だと思っているんだろう。


「聞いてくれ、マリーメイア」


 過剰回復が通用しないことを察して、彼女が放ってくるのが普通の攻撃魔法になる。

 とはいえ、普段全く使わない魔法だからか、精度は低い。

 グサグサと俺の体に突き刺さり、血が噴き出る。


 いや精度低くないなこれ。

 無尽蔵の魔力量で無理矢理威力を引き上げているようだ。


「……っ、すまなかった、謝らせてくれ!」


 激痛に視界がにじむ中で、必死に叫ぶ。


「俺は、俺は君のことを、君がどう感じるかとか、何を考えてるのかとか、真剣に考えたり真剣に向き合おうとしたりしていなかった!」


 攻撃が、ピクリと数秒止んだ。


「君ならって、無条件で全部決めつけて。君なら大丈夫とか、君のためだからとか、そうやって表面のことだけでずっと止まっていた!」

「…………」


 攻撃が連続ではなく、散発的なものになっていく。

 突き刺さるたびに落ちていく血。パッシブスキルによって自動で治っていく体。

 床に赤いカーペットを作りながら、一歩ずつ距離を詰める。


「君と向き合うのが怖かった……! 嫌だった……! 自分でスカウトしておきながら、本当に最低だよな……!」


 君は推しだから。

 それだけで、その理由があるだけで、俺はずっと君を応援していたし、君のために何かするのが苦じゃなかった。

 そんな自分であると信じていたかった。でも本当は違ったんだ。


「俺は、本当はッ」


 言葉が出てこない。


「俺は……」


 本当の気持ちを、本当に伝えなきゃいけないことを伝えるのが、怖い。


「俺は────」


 だけどもう、勝手に納得して終わったつもりにするのは、ここでやめなきゃいけない。



「──本当はずっと、ずっとずっと、君が羨ましかった!」



 びっくりするぐらい情けない声が出た。


「君は俺にない力を、資格を持っていて……でも、そうやって君を、寄りにもよって君を妬む自分が許せなかった……!」


 あれほど最初は詰まっていたというのに。

 話し始めると、坂道を転がり落ちるみたいにして、言葉が次から次へと飛び出ていく。


「魔王を殺すのは俺でいい、世界を救うのだって俺でいい! その方がずっと効率的で、犠牲が少なくて、君だって巻き込まれないんだから! でもそうならなかった、俺はただ、現状が効率面で最悪なのにイライラし続けていて、その矛先を、君に向けないよう必死に我慢して、でも内心では君を妬んでた……!」


 いつしか攻撃はやみ、彼女は光のない瞳でじっとこちらを見つめていた。


 俺の視点からすれば、魔王殺しの資格を有するにふさわしいのは、少なくとも彼女よりは俺だ。

 もちろん世界中を探せば俺を上回る存在だっているかもしれない。


 だけど、少なくとも、マリーメイアじゃない。

 彼女がそんな運命を背負うのはかわいそうだから。

 俺が運命に立ち向かうことすらできないのは、おかしいから。


 ……言葉にするとなんて傲慢なんだろう。

 でもずっと思っていた。

 どれだけ手を尽くしても、強くなっても手に入らないものを、君は主人公として生まれたという一点だけで持っていた。

 そのせいで、救えない人が! 踏みつけられる人が! 間に合わなかった人が!


 そのすべての責任を、俺は自分で拾い集めて、勝手に背負っていた。

 マリーメイアに早く覚醒して世界を救って、俺を解放してほしかった。

 マリーメイアが覚醒しなかったら自分というイレギュラーのせいだと確信していた。


 毎日毎日気が狂いそうだった。

 ハルートとして生まれたのならと自分で始めたくせに、耐えるだけでギリギリだった。


「……君ならなんとかなるだろうって、そう思って追い出した。パーティから追い出したのは、本当に必要なことだった、誓っていい。だけど俺は君が何を考えててどう感じてるのかなんて、どうでもよくなっていた、俺はとにかく君を送り出し……いや違う、君から逃げたかった……! 一緒にいるだけで、自分が惨めだった……! いつか全部上手くいったら分かってくれるかもって、そんなことばかり考えてた……!」


 どれだけ強くなっても、俺は魔王を殺せない。

 棒振りが上手くなるだけで、世界を救うには至らない。


 マリーメイアは違うと知ってしまっていたから。

 育てて、強くして、世界を救ってくれと祈りを捧げて。

 そうした行為をずっと続けた果てに──だけど俺は最後まで、君への妬みを捨てられなかった。


 原作があるのだから、シナリオ通りに進めば世界は救われるのだから。

 だから俺の出番は終わったのだと自分に言い聞かせて、何かやり遂げた気になっていた。




「俺は君のことが大好きな俺を盾にして、君という人間を全然見ようとしていなかったんだ! 本当に、本当に最悪だ、君に殺されたって文句は言えない……!」




 深紅の瞳に、俺が映し込まれる。

 彼女は静かに右手をかざしたまま、俺へと向けている。

 言葉は果たして届いたのだろうか。


「……マリーメイア、俺を許さなくていい。ここで殺したっていい、それが君の結論なら。でもこれだけは、嘘に聞こえるかもしれないけど、信じてほしい。俺は、君の力を、強さを、心の底から信じている。そして君は最高の仲間だと、今でも思っている」


 言った直後。

 マリーメイアは静かに目を閉じて、左手もこちらにかざした。


 …………?

 何だこれは。すし屋さんの社長みたいになってるぞ。


「これはハグ待ちです」


 今、なんて言った?


「えっ……」

「でも待っててもだめみたいですね」


 踏み込んできて、マリーメイアがふわりと俺を抱きしめた。

 刹那に全身を覆う温かく、底知れない神秘の感覚。

 負っていた傷の全てが、治るなんて生易しいものじゃなく、なかったことにされていく。


 桁違いの神秘の出力だった。

 明らかに、周囲一帯を自分の制御下に置いている。


 一方、背後ではすべての戦闘音が止まっていた。

 多分何を見せられているのか分かっていないのだろう。一番分かっていないのは俺だけど。

 まあ、今だ! って叫んでワイヤー展開してるやついがいたけど。


「……本当にハルートさんは、しょうもないことばっかり黙ってるんですから」

「マリーメイア、意識が……」

「憧れの人がめっちゃくちゃ情けないこと言ってるから、見るに堪えなくて起きちゃったんです」


 俺の胸元に頬を擦り付けた後、彼女はぱっとこちらを見上げた。

 この距離や角度は初めてだったし、それより何よりも。


 本当はそんなこと、あるはずがないんだけど。

 俺とマリーメイアはお互いに、初めて、相手の顔をじっと直視したような気分がしていた。


「ハルートさんって、人間だったんですね」

「……そりゃ、そうだよ」

「ええ、はい。ごめんなさい、多分……最初に間違えていたのは私です」


 君が謝ることは、と言おうとして、微笑みながら唇に指を当てられた。


「私も、あなたは間違えない、あなたは正しいって、そればっかりに縛られていた気がします。だから、そんな人のところに戻るためには、自分をもっと厳しく律さないといけない、そうしていればいつか、いつかまた戻れる、いつかって……」

「……そんなことはないよ。俺は明確に間違えることがある、特にここ最近は酷かった」


 マリーメイア本人と話していると、過敏になっていた神経が落ち着いていく実感があった。

 すべてを吐き出して、聞かれてしまって。

 それでも抱擁してくれたからなんだろう。


「でも、パーティを追い出す時、あれは本当に酷かったんですからね! 私がどれだけ不安だったか、寂しかったか……」

「うっ……本当に、ごめん。目的が達成されるなら、君がそうなってもいいと俺は思っていたんだ、言い訳の余地もない」

「いっつも説明下手で! 急に変な笑い方して! 時々早口で何言ってるか分かんなくて! 私たちがうまく馴染める場でなぜか馴染めてなくて!」


 急に悪口のフルコースを爆速で提供され、俺は半泣きになった。


「うぅ……その、通りだ。俺を許す必要はない、好きに言ってくれ」

「はい、ぜえええええええったい許しません。だから……あっ、ちょっと待ってください」


 今の今までずっと、彼女は俺を抱きしめたままだった。

 頬を少し赤くして離れたマリーメイアが、表情を真面目なものにする。


「……ハルートさん、私の懺悔も一つ聞いてください」

「え?」


 マリーメイアは表情を暗いものにして、小さく呟く。


「私、急に追い出されて、つらくて、悲しくて。なのにどうしても、あなたへの憧れを捨てられなかったんです。多分これを捨てさせるために、あなたは私を追い出したはずなのに」

「…………!」

「私はあなたの意図が少しだけ分かっていた。なのに、そうじゃなければいい、って縋りつこうとしてたんです」


 なんだそりゃ。

 そんなの、謝ることなんて全然ない。


「だから、改めて確認したいです。ハルートさんは、私のことを追い出したんじゃなくて」

「旅に出てもらいたかったんだ、俺と一緒だと目覚めない力に目覚めてほしくて」

「……それって私本人に言っちゃっていいやつですか?」


 不安そうに問いかけてくるマリーメイア。

 その疑念が俺に何もさせなかったと言ってもいい、だけど。


「ああ、言ったうえで目指してもらおうと思う。君とすれ違ったままの状態に耐えられない、本当に悪かった」

「……ッ」


 かあっと彼女が頬を朱に染めて、そっぽを向いた。


「……もとはと言えば、お互いに、自業自得なんですからね」

「ああ……いやそっちは自業自得なのか? その、俺が悪かったと思ってる。本当にごめん」

「いえ、こうして最後に言ってくれたじゃないですか」


 頭を下げようとする俺を制止して、マリーメイアが微笑みを浮かべた。


「だから私、それだけで全部許せ……まあダンゴーンさんは、ちょっと恨みますけど……」


 ですよねー。

 スパイとしてもぐりこんで人の傷ほじくり返して精神制御下に置いてきたやつは、そりゃいくらマリーメイアでも無理だよね。

 視界の隅ではクユミのワイヤーをついに素手で引きちぎる、怒り心頭の魔族の姿があった。


「大丈夫だったか? こっちに連れ去られた後……」

「あのおじさん、勝手に記憶の中を覗き込んできたんです、本当にそれが怖くて」

「マジか。あいつ絶対に殺すわ」

「あ、でもおかげで、こっちを見てきた時に、あのおじさんの魂のストックを逆探知できたんですけど」

「マジか……」


 そんなことできるんだ。初めて聞いた。

 別次元に格納してるとかなんとか聞いた気がするけど、気軽に探知してやるなよ。


「だからその、多分私、あのおじさん相手ならこういうことができて──」

「ん? えっ? ヤバ、すごっ……流石マリーメイア。天才だわ」

「え、えへへ、それほどでも……」


 ごにょごにょと耳打ちされた内容に感心している、その時だった。



「いやなにやってんだテメェらァァァァァッ!!」



 明らかにブチギレているダンゴーンの怒声が響いた。

 今の今まで足止めされていたのだろうか。

 直後、やつが放ったであろう魔力の槍が、俺とマリーメイアをまとめてブチ抜いた。


「うおっ」

「あうっ……」


 腹部を二枚抜きされてしまい、一人家出した三食団子みたいになっている。

 あっこれ俺たちの気が一番抜ける瞬間を待ってたっぽいな。

 本当にこの辺上手だなこいつ。


「このオレを完全に放置してどういう了見だァッ!」


 キレ散らかしながら、やつは俺たちへと追撃を放とうとする。


「センセッ!? このッ──」


 俺とマリーメイアが見事なバーベキュー状態になったのを見て、エリンがとっさにダンゴーンの気を引こうと間合いを詰めた。


「邪魔だ死ねェッ!」


 だが振り向きざまに、やつは腕へと収束させていた魔力を、『キリングスター・インフェルノクラブ』の効果で刃へと形成して投げ放った。

 回避は間に合わない。


「しま……ッ!?」


 明確に、ダンゴーンの魔力の刃がエリンを真っ二つに斬り捨てた。

 ギロチンみたいな大きさで三日月状のそれが、腹部を貫通したのだ。

 すぐにでもエリンの上半身がぼとりと落ちるのが道理だろう。


「エリン────!」

「貴様ァッ!」


 シャロンの甲高い悲鳴と、クユミのドスのきいた声が響いた。

 しかし二人は武器を構えた後、倒れたエリンをちらっと見て、二度見して動きを止めた。

 慌てて動き出そうとしていたアルファス君とジュリエッタさんも同様だ。


「は……? え? 見間違い……?」

「いえ、わたくしも確かにこの目で見ましたが」


 ギロチンが貫通したはずのエリン。

 ぎゅっと目をつむっていた彼女は、恐る恐る瞼を開く。


「あ、あれ……あたし、なんで死んでないの……?」


 五体満足の無傷で突っ立っている自分の体を確認して、本人が首を傾げる。

 同様に、攻撃を放った側のダンゴーンもまた、異常事態に目を見開いていた。


「馬鹿な! 直撃したんだぜ、なんで真っ二つになってねえんだよ!」

「人間はこういうマジック得意だからな……っと」


 こちらもまた、腹部に突き刺さった魔力の槍をゆっくり引き抜いて握りつぶす。

 大穴が空いているはずの俺とマリーメイアの体だったが、やはり無傷。


「何を……何をしたハルゥゥート……ッ!?」

「俺じゃないよ」


 肩をすくめて、隣で照れ臭そうに微笑むマリーメイアを指し示す。


「お前自身も最高のヒーラーとして見込んだ彼女がいる場所で、傷が不自然に治ってるんだぜ? 下手人が誰かなんてわかるだろ」

「あの、ハルートさん、もう少し言い方なかったですか?」


 まったくもう、と頬を膨らませるマリーメイアを中心として展開される結界。

 その内側にいる俺たちは揃って、傷を何一つとして負っていない。負うことはない。


 発動している魔法は恐らく──『セイントエンドサンクチュアリ』。

 二周目以降のプレイ時、時短攻略のためスキルポイントを消費して解禁されるマリーメイアのアクティブスキル。


 ……明らかにこのタイミングで覚醒してるのはおかしい技なんだが。

 まあウチのマリーメイアは最強だからな! ヨシ!


「どう、いう、なんだ、何なんだこれは……」

「説明が必要ならしてやるよ。この結界内にいる限り、俺たちは傷つくよりも早く回復してるんだ」


 攻撃に転用された『セイントデッドコーラス』は、過剰な回復量を身体を破壊するシステムとして構築していた。

 絶対的な防御である『セイントエンドサンクチュアリ』は、過剰な回復量をあらかじめストックしておくことで、ダメージを相殺できる。


 ゲームシステムを踏まえて、現実的にどう処理されているのかを考えると、多分こうなる。

 合ってると思う。多分。

 ……これ原理上はレーザービームとかで蒸発しても再生できるやつだな。


 つまりは、ルールを定めるとかそういうレベルではなく。

 マリーメイアが指定した相手を害することが物理的に不可能である空間が、この魔法だ。


「あー疲れた」

「…………」


 俺は大陸最強というか宇宙最強っぽいヒーラーの隣で、肩をぐるぐる回す。


「ありがとな、ダンゴーン。俺今回でめちゃくちゃ懲りたっていうか、自分の欠点自覚して、これから直していこうと思えたよ」

「…………」


 恐らく今回で、因縁に決着をつけたかったのだろう。

 歯痒そうに、ダンゴーンは屈辱に身を震わせながらこちらを睨む。


「……ハッ、いいぜハルート、今回はオレの負けだ、殺せよ。だが忘れるんじゃねーぞ。いつかこのオレが、お前を……ッ!」

「それっていつだよ」


 勇者の剣を乱雑に振るう。

 敗北を確信していたダンゴーンは防御せず、されるがままに、首から上を吹き飛ばされた。



 ──そして二秒とかからず再生し、目を白黒させ立ち尽くしている。



「……は?」


 何故ここにまだいるのか分からないんだろう。

 俺とマリーメイアは顔を見合わせて、薄く笑った。


「俺とマリーメイアは、お前から大切なことを勉強させてもらったんだよ」

「はい。いつか、いつかまたって後回しにするのは、やっぱり良くないんです」


 勇者の剣を構えなおす。


「『セイントエンドサンクチュアリ』の効果を、一部だけあなたにも反映させました。致命傷を負った際にのみ、体を復元し、場所が分かったので別次元にストックされてある予備の魂も呼び出してあげますね」

「……は、あ?」

「俺を倒したいんだろ、その願いを肯定する。だからいつかなんて言わず、ここで決着つけようぜ。安心しろ、死んだらすぐにマリーメイアが再生させてやるからさ」


 当然ながら。

 そんなことをすれば、行きつく先は、魂のストックをゼロにまで減らされたうえで訪れる、不可逆的で最終的な──二度とよみがえることのできない、死だ。


 抜け穴はたった一つ。

 俺を相手に、正面衝突で勝てばいい。まあ回復するんだけどさ。


「あ、あぁ……」


 事態の理解が進んで行き、ダンゴーンが目を見開き、肩を震わせ、首を横に振る。


「い、やだ、いやだ……いやだああああああああああああああああああああっ!! や、めろやめろやめてくれ! いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!! オレは、オレはまだ! なんでだよぉっ計画は完璧だったのに、準備をちゃんとしてたのにいっ……!」

「気持ちはちゃんと伝えないとだめだからな、俺の殺意を受け取ってくれ」

「あああああああああああああああああああああああっ!!」


 最期の言葉を考える暇も与えることなく。

 斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃殺害殺害殺害殺害殺害殺害殺害殺害。


 ストックが合計いくつあったかはしらないが──ダンゴーンは最終的に復活しなくなり、人類の前から消え去ったのだった。



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