飯を食わせる

 平日を終えた週末。

 リミットは二日間のみだ。


 俺は生徒3人のために、最強の料理を作る。

 であるなら、材料の段階からこだわらなくてはならないのは当然だ。


「行くんですね」

「ええ」


 まだ日の昇っていない早朝。

 装備を整えた俺は寮を玄関から出るところだった。

 見送りに出てきてくれた教頭先生は呆れた様子だ。


 エリンたちは休日でも当然のように俺を叩き起こして遊びに付き合わせようとしてくる。

 俺に対する気遣いはうれしいが、今日だけは一緒に遊べないことを許してほしい。

 っていうか教師の部屋に勝手に入ってくるのをやめてほしい。お前のことだぞシャロン。


「料理の材料を集めに行くそうですが、どこまで?」

「国外には出ないつもりです、時間かかりすぎちゃうんで」


 生徒と共に移動するときなんかは、社会経験も兼ねて馬車を使う。

 だが今回は、俺が短い時間で国内をびゅんびゅん飛び回らないといけない。

 申し訳ないのだが、勇者の末裔のスペックをフル活用させてもらう。


「まったく……変なところでこだわりが強いのも考え物ですね」

「昔から僕はそうだったでしょう?」

「ええ、もちろん。なんて面倒くさい人なんだと何度も思いました」


 流石にそこまで言われると傷つく。

 とても悲しい。


「じゃ、じゃあ行ってきますね……」

「ええ、気を付けてくださいね」


 そう教頭先生と会話をした後、ふと視線を感じた。

 顔を上げると、寮の二階の廊下からこちらを見下ろすクユミの姿があった。


 げっ見つかった……と思ったが、彼女は笑顔で手を振ってくる。

 どうやら今回は見逃してくれるらしい。


 手を振り返した後、俺はその場でカバンを背負いなおすと、息を吐いた。

 全身に軽く魔力を循環させる。


 それから地面を蹴って走り出し、スピードを上げていく。

 一歩で田畑を超えて、一跳びで山を越える。


 勇者の末裔の体は、身体能力に限れば全人類の中でも最高峰に位置する。

 当然魔法に関する適性も抜群の高さを誇り、戦闘に活用するステータスの中で低かったり平均値に近かったりするものは一切ない。

 この血を引いて生まれた時点で、世界最強を名乗ることがほとんど確定したと言っていいレベルだ。


 ……まあ、そういう体なので。

 魔法までフル活用して全力疾走すると余波で町が吹っ飛びかねない。

 今回はマラソン気分で、足を使い移動するつもりだ。

 大体時速300キロぐらいが目安かな。


 昔のパーティだと移動する時、マリーメイアが来る前はみんなして走って移動してたなあ。

 あふれ出る神秘の力を転用するだけで音速の壁を越えて移動していた僧侶。

 魔法とか使わずに純粋な身体能力のみで俺の最高速に平然と追いついてきた女騎士。

 空間そのものを歪ませて移動先を寄せている、とかなんとか言って下手すりゃ俺より速く動き回っていた魔法使い。


 バケモンしかおらん。

 というか、勇者の末裔っていうロジックがある俺が一番マシなんじゃないの?

 あいつら全員、なんとなくできる気がしたからやってみたらできた、みたいな感じだったぞ。


 まあ便利ではあったんだけどな、そろっての移動がすぐに済むから。

 一番最初に目的地に着いたやつが俺の肩を揉み一晩共に過ごすように、なんてクズ勇者らしい命令を下したら……あっこれ思い出したくない記憶のやつだった。

 マリーメイアが加入してからは、そういう競走はやらなくなって、持ち回りで彼女を抱えて移動していたものだ。

 お姫様抱っこで運ぶことになった時なんて失神するかと思ったよ。


「っと、ここか……」


 かつての仲間たちに思いをはせていると、危うく目的地を通り過ぎるところだった。

 町を十個単位で通り過ぎた場所、神秘の濃度が高い山奥。

 ここでは人里に降りてくることのない、普通は目にかかれない野生動物たちが暮らしている。


「はいはいちょっとごめんね~」


 小さな動物たちをどかして、大きめの木の根元にリュックサックを置く。

 それから顔を上げて、少し離れたところにある巨木を視認した。

 まだ日が昇っていない以上、闇の中に輪郭が溶けて目で見るのは難しい。


 夜でも平気で見通す勇者の体で良かったよ。

 全長20メートルはあろうかという巨木の上部に、目的のものがあるのが確認できる。

 それは木々を組み合わせて作られた鳥の巣だった。


 最初に集めようと思っていたのはワイヤーコンドルという鳥の卵だ。

 ワイヤーコンドルは翼を広げた際のサイズが10メートル近くあり、個体によってはワイバーンを正面からぶちのめしてテリトリーを守ってしまうほどの鳥である。

 その巣から、人間の赤ん坊みたいなサイズの卵をいくつか拝借させてもらう。


 当然ながら素人が手を出せる代物じゃない。

 美食と名高いがゆえに、無謀な挑戦を行い醜態をさらす冒険者は毎年のように発生する。

 だが俺は素人ではない、プロだ。

 このミッション、必ず完遂する。


 ワイヤーコンドルの気配はない。今のうちにさっさと卵をいただくとしよう。

 俺は卵を保護するクッションをカバンから取り出すべく、ジジジ……とファスナーを開ける。

 バッグの中では、器用に体を丸めたクユミがにひひと笑いながらこちらを見上げていた。


「あーあいけないんだ♡ 大人のくせに子供を誘拐しちゃって♡」


 俺は無言でバッグを閉めた。

 どうか見間違いであってくれ。

 ファスナーを開けると、クユミがぽーんと勢いよく飛び出してきた。


「もう、一回閉めるなんて信じられないんだけど♡」

「そりゃ閉めるだろ」


 移動している間ずっと体を丸めていたからだろうか。

 クユミはその場でうんと伸びをして、張り詰めていた体をほぐし始める。

 私服というよりは、運動用のスポーティな格好だ。


「お前、二階にいただろ。アレは……」

「残像だよ♡」


 んなわけねーだろ魔力で編み込んだ分身体だろ。

 意趣返しに全力すぎだ、と半眼になる。


「クユミちゃんたちのために料理を作ってくれるなんてせんせいってばカッコつけすぎなんだから~♡」


 こちらの表情などお構いなしに、間合いを詰めてきたクユミが頬をつんつんしてくる。

 クソッ、反省の色がないうえに距離が近いし、距離が近い……!


「って待ってくれよ、カバンに入れてた道具はどうしたんだよ」

「え? せんせいの部屋に置いてきたよ? このクユミちゃんがいたら要らないよああいうの♡」


 ああ、確かに鱗剥いだりとか解体したりとか、そういうのは一任してもよさそうだな。

 言われてみればやれることの幅が広すぎるだろ。


「まあ、ついてきたものは仕方ないか」

「うんうん♡ こっちもこっちで、色々と勉強させてもらうつもりだったからね♡」

「勉強ってなんだよ……」

「今度知り合いが同人誌即売会でせんせいの本出したいんだって♡」

「本人に言うな!」


 本人に言うな!

 いや……本人に言うな!


 同人誌即売会があるのは知ってるから別にいい。

 サブクエで目当ての本をお使いで買いに行かされたり、場合によってはサークル側で参加することになったりするし。


「生ものジャンルは本当に細心の注意を払わないと駄目なんだぞ。ファン界隈の治安がどうこうとか以前に、そういうジャンルに手を出す時点でみんなやっぱり一線を越えてしまった人が多いんだ。ただでさえ理解を得にくい場所で活動しているっていうのに火種の一つや二つを置いてみろ、他ジャンルよりあくまで傾向としてだけどひどいことになるのは目に見えているだろう?」

「えっ……急に早口になってキモ……」


 し、しまった。オタク早口が出てしまった。

 しかも愛を語るとかじゃなくて普通に自治厨っぽい発言で早口になった。

 もう生きていけない……


「ごめん今のは忘れてくれ……まあ、俺も忘れるから……」

「ふーん。でも聞いた話だと、せんせいに直接聞いた話をまとめてる超大手サークルなんかもいるらしいよ?」

「なんだそりゃ。騙ってるだけなんじゃないか?」


 カバンの中、恐らく偶然だろうが卵を保護するクッションは残っていた。

 とりあえずこれで卵は何とかなるか。


「なんか、本業は吟遊詩人? っていう話だったかな♡」


 クッションを確認する手が止まった。

 俺は一つ息を吐いて、クユミに視線を向ける。


「……多分それマジの知り合い、っていうか同窓生だ。アイアスっていう名前じゃないか?」

「うーん、名前は覚えてないけど心当たりあるならその人じゃないかな♡」

「吟遊詩人志望で、女好きのクズで、大体ヒモで、働いたら負けだってよく叫んでるアイアスだろ?」

「流石に知らないっていうか知りたくないかも♡」


 クユミの態度は明らかにドン引きしていた。

 俺もそう思う。っていうかアイツ、俺の学生時代のエピソードを切り抜いて本にして売ってるってことか? 普通に友達やめてえ……


 かつての同級生の名前を意図しないタイミングで聞いてしまい、げんなりしていた時のことだ。

 ばっさばっさ、と翼のはためく音が響いた。

 見上げれば、夜闇の中に混じらぬはっきりとしたシルエットが空をすべっていく。


 この山の主──ワイヤーコンドルだ。


「あの鳥さんを食べるの?」

「いや、ワイヤーコンドルの方は過食部位が少ないうえに味も絶品って程じゃない」

「へえ~、食べたことあるんだ♡」


 冒険の旅をしてたら女騎士が首引っ掴んでずるずると引きずってきたことがあったからな。


「チッ、予定変更だ」

「あ、そっか、親が帰ってきたからこっそり盗めなくなったもんね……どうするの?」

「まず木を倒す」


 俺は学校から引っ張ってきた訓練用の剣を勇者の剣に変えて、ブンを振るった。

 飛んでいった光の斬撃が、ワイヤーコンドルの巣のある木に直撃、根本をブチぬいた。


「……せんせい?」

「よし! ここからはスピード勝負だついてこい! 地面に落ちる前に卵を拾うぞ!」

「……せ、せんせいが勝手にリミットを設定しただけじゃない? ちょっ、いきなり始められても……計画性なし♡ 情報共有へたくそ♡ デート絶対うまくいかない♡」


 並走してきたクユミの囁き声がめっちゃくちゃ酷くて、視界がにじみ始めるのだった。



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