飯を食え
エリンが学校に通い続けることをソードエックス家に認めてもらって、しばらく。
早朝の寮の厨房にて、土鍋を火にかけてじっと見守る。
中には丁寧に洗った白米が四合ほど詰められていた。
この『CHORD FRONTIER』の世界には稲作の文化がある。
剣と魔法のファンタジー世界なのに米が食える。
最高だ。スタッフが時代考証やら世界観やらを投げ捨ててでも白米を食べられるようにしてくれたこと、本当に感謝している。
そもそもゲームシステム上の食事は、主にキャンプ設営時に所有しているレシピと材料を参照しつつ作ることのできるバフアイテムだった。
食事を取ることで一定時間のバフを取得することができるため、ステータスが足りないタイミングなどで重宝したものだ。
この手のシステムの宿命というべきか、後半になるとレシピコンプ用にしか作らなくなってしまっていたけども。
ちなみにキャンプ以外でも、携帯できる食事はアイテムと同じ扱いでいつでも食べることができた。
具体的な例を挙げると、おにぎりを食べると体力が20回復する。
あとチキンの甘辛煮は攻撃力のバフがついた。
なんで辛い食べ物って攻撃力アップ効果を持ってることが多いんだろうな。
そんなことを考えてるうちに鍋が湯気を上げ始めた。
生徒たちが食堂へとやって来るころにベストな状態で出せるよう、時間も計算している。
「よし……」
網の上に今朝釣れた魚を敷き、じっくりと焼き目をつけていく。
山を一つ崩してしまった際は大いに焦ったものの、幸いにも近所の清流に影響はなかった。
罠を張っておくとまとめて十数匹ぐらいの魚が獲れるので、そいつらを生け簀に放って順次食べさせていただくのがこの学校の習慣である。
並行して別のフライパンに卵を落とし、目玉焼きを作る。
エリンとシャロンが半熟、クユミはしっかり火の入った固めの焼き加減を好む。
俺と教頭先生はなんでもいいので今日はクユミに合わせる。
隅っこの鍋も火にかけて、みそ汁を温めなおす。
ダシから引いた自慢の一品だ。
というか顆粒ダシの類がないからそうしているだけではある。
「なんでクソ忙しいのにこんな手間暇かけてるんだ俺」
気づきを得てしまった。
趣味として突き詰めているわけではなく、料理の世界で科学が発展していないから、省略できない手間が発生しているという事実に頬が引きつる。
誰かめんつゆとか開発してくんねーかな。
何はともあれ、これで献立は揃った。
本日の朝食。
白米、焼き魚、目玉焼き、みそ汁。
「異世界感がなさ過ぎる……まあいいか」
元日本人としては和食を定期的に食べられるのは本当にありがたいことだ。
前のパーティで旅してる時も、調理番のたびに和食を作っていたものである。
てきぱきと全員分の食事を器に盛りつけて、エプロンを脱ぐ。
厨房を出て食堂に顔を出すと、椅子に座って足をブラブラさせるクユミの姿があった。
彼女は毎朝欠かさず自主練をしているらしく、いつも一番に来ている。
「あっ、おはよ~せんせい♡ 今日は可愛いエプロン着てないんだ?」
「お前に散々からかわれたから、調理終わったらすぐ脱ぐようにしたんだが……」
いい加減買い替えてほしいんだけどあれしかないんだよな。
成人男性が着るべきデザインではない。
「校舎壊しちゃったから、今週は給食もトイレ掃除も全部せんせいの担当なんだっけ♡」
「ああ、完全に俺が悪かったからなあ。仕方ないよ」
ザンバも校舎の再建は手伝ったし、放課後には雷速で来て掃除を手伝うことになっている。
あいつ早馬を持ってる利点を完全に自分で潰したんだよな。
潰したというか使う必要なくなったというか。
「でもさ……せんせいたちって、どうやって校舎直したの?」
クユミが探るような視線を向けてきた。
確かに、半壊した別校舎の完全再建には三日ほどかかった。
業者を頼ればまあ……一ヵ月、で直るわけもない、のかなあ……
「この学校の校舎ってさ」
「うん♡」
「俺が学生の頃に二百回ぐらい全壊させてるんだよ」
「は?」
そりゃもう最初の頃の校舎は酷かった。
木造なのは仕方ないにしても、対魔力コーディングすらしてない普通の建物だったからな。
勇者の剣を三回ぐらい振るうと更地になってしまう有様だ。
俺以外の生徒同士の戦いでもぶっ壊れるし。
建てては壊して建てては壊しての繰り返しをやっていた。
「だからだんだんと、壊れにくい素材を使ったり、すぐ組み立てるだけで元通りになるような構造にしたり、色々と改造していったんだよ」
「……へ、へ~…………」
明らかにクユミの視線に困惑と恐怖が混ざっていた。
こいつは何を言っているんだ、と目が雄弁に語っている。
「つまりな、みんなももっと学校壊してもいいんだぞ」
「そんなことするわけないじゃん!?」
「冗談だよ」
からかわれたのだと気づき、クユミはむっと頬を膨らませた。
クユミにやり返せる貴重な機会だったから、つい舌が躍ってしまったな。
「……もうせんせいなんて知らな~い」
「はいはい、悪かったよ」
と、その時食堂へと近づいてくる足音が二人分聞こえた。
エリンとシャロンが起きてきたのだろう。
「あ、トレー運んであげるね♡」
さっきまでの不機嫌さはどこへいったのか。
クユミはぴょんと椅子から降りて、鼻歌交じりに厨房へと歩いていく。
「毎朝一緒に運んでくれるけど、別に手伝わなくてもいいんだぞ」
「好きでやってるだけだから気にしないでいいよ♡」
振り向いたクユミの服の袖からダガーが飛翔してきた。
それを指でパシと受け止める。
「やってて楽しいか?」
ダガーを返しながら問いかける。
実際、本当に不思議なのだ。こうして不意打ちをしかけてくる日とそうじゃない日があるから、隙をうかがっているわけでもなさそうだし。
彼女は顎に指を当てて少し考えこんだ。
「ん~……夫婦で食堂を切り盛りしてるみたいだからかな♡」
「はいはい……」
にひ、と笑うクユミの言葉に俺は肩をすくめた。
教師と生徒なのに夫婦に見えたら問題だろ。
「あはは、せんせいってば耳赤いよ?」
「お前のせいだよお前のなあ!」
畜生! また勝てなかったよ……
◇
朝の和食セットを食べ終わった後。
エリンは丁寧に手を合わせた後、ふと呟く。
「センセが担当してる時のごはんって粗食感が強いよね」
すさまじい暴言を食らって俺は膝から崩れ落ちた。
「分かる。素材の味で直球勝負って感じ」
完食したシャロンまで乗っかってきてしまった。
そ、そんな……前の仲間たちは嬉しそうに食べてくれていたというのに……!
いやもしかしてあいつらも思っていたのか?
言うに言えなかったのか? お前の作る飯って貧乏くさいとか言ったら気まずすぎるからか?
「せんせい、クユミちゃんは分かってるよ♡」
顔を上げると、クユミがぽんと肩に手を置いてきた。
「十分な食料が調達できない時のための訓練だよね♡」
「え……違うけど」
「……フォローやめとこっかな~」
数秒だけ味方をしてくれたクユミは即座に俺を見限った。
さすがだ、状況判断能力に長けている。
「で、でも栄養バランスはいいし、味だってそりゃ素材の力だが、美味しいだろう!?」
「あっ……センセ、悪口言ってるつもりじゃなかったんだよっ!?」
慌てた様子でエリンが立ち上がる。
「全然、毎日食べたい! うん、このお味噌汁とか毎日イケるねうん!」
「……そうすか」
俺は顔を手で覆って天を仰いだ。
ナチュラルに生徒に口説かれていた。
そして誉め言葉自体は非常に嬉しく、自分の顔がにやけまくっているのも分かった。
チョロ過ぎる。
俺はあまりにも、チョロ過ぎる。
「……先生、いい大人なんだから、褒められるたびにマジ照れするのなんとかしたほうがいいよ」
シャロンが半眼になって俺を睨む。
まったくもっておっしゃる通りではあるんですが、じゃあどうすればいいんですかね。
「ま、エリンちゃんも言葉遣いは改めるべきかもしれないけどね♡」
「えっ? あたし、なんか変なこと言ってた?」
きょとんと首を傾げるエリンに対して、やれやれとクユミが肩をすくめた。
このメンバーの中で最も肩をすくめるポーズが似合わなさそうで似合うのが腹立たしい。当然、メンバーという枠の中に俺も入れた上での話だ。
「はいはい。せんせいは素敵なお嫁さんになれるみたいで、良かったね~♡」
「俺自分の力制御できない頃に包丁握ったらぴかぴか光り始めてさあ」
「……制御できるようになって本当に良かったね~」
クユミは気の毒そうな顔になった。
まな板ごと厨房を丸ごと両断してたからなあ、あの時期。
「……とにかく、私たちは先生の料理、好きだよ」
「お、おお。ありがとな」
上品に口元をナプキンで拭った後、シャロンは柔らかく微笑む。
「家にいたころは一人でずっと食べさせられて、味も分からなかったし」
「あー分かる! あたしも体づくりだとかなんだとかで全部管理されてた」
「そだよね~。まずくても食べなきゃダメ、ってよく言われたし吐いても許されなかったもん♡」
決めたわ明日からめちゃくちゃ豪勢な料理作りまくる。
こいつらの人生に俺が彩りをもたらしてやる。
勇者の末裔としては難しいかもしれないが、ここのコックとして俺はこいつらを幸せにしてみせる……!
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