勇者の末裔VS第三の魔刃

 激突の余波で校舎を軋ませながら、俺とザンバが剣戟を繰り広げる。

 刃と刃が火花を散らす。


「楽しい、楽しいですねえハルゥゥトオオオオオオオッ!!」


 ザンバが歓喜の叫びをあげる。

 裂けてしまうのではないかと心配になるほど口を大きく開けていた。


「僕はどこまで行ける!? 僕はどこまで高みへ至ることが出来る!?」


 一秒ごとに速度が上がって、一秒ごとに威力が跳ね上がる。

 刹那の積み重ねで経験を得て、俺から技術を盗み、飛躍的に成長しているのだ。

 いや、もうここまでくると進化と言った方がいいだろう。


「最高の時間だ……! セックスの一千倍は快楽物質が出ている……ッ!」


 比較対象が分からんから伝わってこねえ。

 ていうか戦いを気持ちいいなんて思ったことないんだけど、じゃあセックスって全然気持ちよくないんじゃん。

 童貞から夢を奪ってんじゃねーぞタコ!


「うっさいんだよ! お前さっきから!」


 力一杯に剣を振るい、光の斬撃を飛ばす。

 校舎を貫通して空へと打ちあがる輝きの波濤は、しかし高速で移動するザンバを捉えられない。


 衝突のたびに微かな傷が刻まれ、即時治療されていく。

 直撃コースの攻撃を捌いているからか、飛び散るような余波の雷撃を避けきれない。

 こういう時は自分の体に感謝だな。


「恐るべき回復能力──生来のものですかッ」


 半身を雷撃に転換したまま、ザンバが前方に降り立ち俺を凝視する。


「ズルって言われたら立つ瀬がないんだよな。悪いね」

「いいえ、持っているカードを使わずして戦士は名乗れないですからね」


 俺が保有するパッシブスキル『光輝輪転体躯』。

 世界を救うまで駆動を止めない体。

 ゲーム的に言えば常時微かな回復効果を保持するリジェネスキルだ。


「ならば直撃させるしかないということ!」


 やつの両腕が雷撃となって伸びる。

 片方は剣を保持して真っすぐ、もう片方は教室の窓を破り、交錯しながら俺の背後を取る。

 前方からの攻撃は防ぎ、背後からのは避ける。


「よく見切れますね! 人間の反射神経ではない……!」

「もっと複雑に動かれたら読みを入れていくけど、直線運動だけだから、今のお前」

「……なるほど」


 途端、飛んでくる攻撃の質が変わった。

 直前で鋭角にターンして方向に変化をつけたり、やつ自身が空中で分裂して左右から挟撃して来たり。

 そのカラクリは、雷撃同士が絡みつくようにして移動方向を変えていることから見て取れる。


「雷撃の体を鎖状に展開させたのか!?」

「ご明察ッ!!」


 単純に稲妻となって疾走する、だけではなくなった。

 これ俺が要らん事言ったからやり方をどんどん更新している節があるな。


「まだァァ──曲げるコツがつかめないのでねええええッ!」

「だからって物質として硬化させてまで曲げるかよ……!?」


 土壇場での適応力と学習能力が高すぎる。

 ターン制バトルじゃ見れなかったけど、この男はここまで戦闘IQが高いのか……!


 何がバトルジャンキーだよ、ここまでロジカルに戦えるやつはジャンキーではないだろ。

 どっちかっていうとインテリバトルゴリラだな。


「これでも仕留めきれませんか……!」


 焦りをにじませるザンバだが、ここで優勢を確信しないあたりも流石だ。

 単純に速度域が違うので、実際は互いに剣一本なのに、結果として手数に差が出ている。

 俺が一手打つ間に向こうは三手四手と行動している、と言えば分かりやすいか。


 だから、俺が防戦一方になっているのはごく自然な成り行きなのだ。

 それでも大きくは崩させない。

 回避と防御の判断を誤らなければ、ほぼ同時に全方向から雷の速度で攻撃されても対応できる。


「……チッ」


 思わず舌打ちが漏れた。

 あの速度で移動するのなら、直撃させるためには出力を引き上げる必要がある。

 でもこれ以上は相手をブチ殺してしまうし、多分、校舎が消えてなくなる。

 だったら俺が取れる手は……


 俺はキッと顔を上げた。

 四方から飛び掛かって来るザンバを見据える。


「お前の戦いぶりは見事だよ、ザンバ・ソードエックス! だがここで終わりにする!」

「フハッ──望むところ! あなたを倒し、僕は証明してみせる……!」


 やつは同じことを考えているはずだ。

 余波による微かなダメージの蓄積では、自動回復を持つ俺を倒せない。

 互いに狙うは、絶命すらあり得る直撃のみ。


「俺は晴れの日が好きなんだよ、ゴロゴロうるせえ日は部屋にこもるに限るな!」


 吐き捨てながら、剣を体に寄せた防御の構えを取る。

 純粋な剣技に関する知識・経験は、体系的に学んでいるザンバの方が上だろう。

 戦えば俺が勝つだろうけども、剣術全体に対する理解度で優っているとは思わない。


 だから、俺如きが取る構えの狙いなど、一瞬で見抜いているはずだ。

 この構えは守りやすいものの、回避のための動きが利かない。

 つまりはもう、退いたり逃げたりしないという意思表示だ。


「カウンター勝負……! 面白い、乗りましょう!」


 前方に稲妻が落ち、体のほとんどを雷撃に転換させているザンバがこちらを見る。

 喜びに唇を釣り上げたその貌、やはり見覚えがある。

 俺と戦う同級生たちは、ああいう表情をしていた。


「往きます!」


 一直線、最高速度。

 と見せかけて、ザンバが瞬時にターンをかける。

 俺の背後へと抜けたうえで死角を突く、と見せかけて斜め上方からの振り下ろし。


 回避を捨てた俺は、それを防ぐしかない。

 分かっている、ザンバの狙いは俺に防御させた後、高速で放つ二の太刀だ。


 だからそんなもの打たせない。

 お前の計算はすべて俺に追いつけないと証明するために、この一発目で、潰す!


「……ッ!?」

「捕まえたぞ」


 振り下ろされた渾身の斬撃を、俺は剣を持たない左手で受け止め、刀身をつかみ取っていた。

 掌からブシュッと血が噴き出す。


「何を──何を、して……ッ!?」

「分かんねえのかよ、プレゼントだよ」


 握り込んだ、ザンバの得物。

 俺は『救世装置(偽)』を発動して、彼の刀を勇者の剣へと上書きした。


 変化は劇的だ。

 神秘の光を放つ、光輝の聖剣となったザンバの刀が──その膨大な出力を発動しようとして、主によるコントロールのない無制御状態となり、暴発する。


 結果は簡潔だ。

 逆流した神秘の光がザンバの体を駆け巡り、雷撃状態であろうとお構いなしに、内部をズタズタに破壊した。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 悲鳴を上げて、雷撃状態を強制解除されたザンバが廊下に落下する。

 苦悶の表情を浮かべてのたうち回る彼に、俺は今度こそ切っ先を突き付けた。


「どうした? 笑って喜べよ、勇者の剣だぞ。エリンに自慢できるだろ、良かったな」


 勇者の剣は普通の人間には扱えない。

 それはあまりにも単純な話、使い方が分からないからだ。


 使い方が分からない超兵器ほど怖いものはない。

 俺以外の人間からすれば、絶えず神秘の光を破壊の権化として垂れ流す危険な装置に過ぎないのだ。


 武器としては確かに優秀なんだけどね。

 まあ、赤ん坊にいきなりピン抜いた手榴弾を握らせれば、ロクでもない結果になるのは明白なのと同じだ。


「ぐ、うう……っ!」


 激痛に悶えるザンバの手から刀を引きはがす。

 神秘を流し込まれなくなり、彼は荒い呼吸をしたまま、こちらを見上げた。


「お前の敗因を教えてやる。総合出力が低いんだよ」

「……!」

「上級魔族を相手取って勝つつもりなら最低でも今の数十倍、いや百倍ぐらいの出力を出せるようになれ。そうすれば、俺も真っ向勝負しか選べなくなり、そっちの勝ち筋が生まれるだろう?」


 正直、相手の武器を上書きして自爆させるやり方、同格には通用しないんだよな。

 あと普通に使いこなし始めるケースもある。


 女騎士は勇者の剣を初見でブンブン振り回して、譲渡したエネルギーが切れるまで暴虐の嵐と化していたしな。

 結局近づいて斬ったほうが早いから要らないって言われたけど。


「簡単に、言わないでくださいよ……そんなこと……」

「だがこれを聞いた以上はやるしかない。お前はそういう男だ」


 まあ上級魔族の中でも、相性面で有利取れたら雷撃状態でいい勝負できると思うけどな。

 あんまし推奨はできないけど。


 ともかく、決着はついた。

 俺は剣を腰に差すと、寝転がるザンバの隣に座り込んだ。


「……殺さないんですか」

「頼みがあるからな」


 視線を重ねた。


「ソードエックスを見限らないでほしい」

「……それを言うとしたら、僕の方じゃないんですか?」

「あの家にはお前が必要だ。お前の義母さん、エスティアさんを支えてやってくれないか」


 魔王が復活すれば、魔族が生み出され人類を襲い始める。

 復活の場に居合わせて即時討伐するなら話は違うが、それは難しいだろう。

 だからこそ、人々を守るための剣と盾が多いに越したことはない。


「俺たちは一緒だ。お前の個人の願望は違うかもしれないが……戦う人間は、戦えない人間の代わりに頑張るものだろ。なら、人々のために力を合わせたいじゃないか」


 そう言い終わった後に、馬鹿みたいなセリフだよな、と思わず自嘲の呟きがこぼれた。

 それができるなら苦労はしない。みんなそれぞれの利益と損害の計算があって、全てがかみ合うことなんかあるはずがない。


「……それを、真正面から言えるからこその勇者……か」


 寝転がり、半壊した校舎の天井を見つめながら、ザンバは呟いた。


「僕の負けです。そして」

「いつかは勝つ、だろ。待ってるよ」


 笑いながら返すと、彼もまた笑った。

 積み上げてきたものを否定したわけじゃない。

 だけど、進んで行く先は明確に示したつもりだ。


「また、剣を合わせていただけますか」

「当然だろ。頼み事する側なんだからさ、こっちが」

「……分かりました。ソードエックス家を、エスティア義母さんを、なんとか支えていきましょう」

「ああ、頼んだよ」


 これですべてが、やっと解決した。

 俺は息を吐いて、周囲を見渡した。


 風通しのよくなった廊下。

 星空を直接見ることのできる教室。

 台風が通った後みたいな光景だ。


 やべえ。

 殺される。


「……じゃ、じゃあ俺晩飯あるから」

「ハルート君?」


 絶対に聞こえてはいけない声が聞こえた。

 俺は錆びた金属みたいな動きで、ゆっくりと声のした方へ振り向く。


「ハルート君、これは?」


 廊下の向こう側、突き当たり。

 満面の笑みを浮かべた教頭先生の姿があった。


 顔は笑っているが、それ以外の全ては怒りを表している。

 ブチギレていた。激おこだった。


「ザンバ……ちょっと怖くしておしっこ漏らしそうなんだけど」

「勝手に漏らしてください」

「お前も一緒に怒られるんだぞ」

「はい…………」


 いい年した成人男性二名は、数時間にわたって正座でお説教を受けた後、粛々と校舎の修理に励むことになるのだった。



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