善悪のない戦い

「……分かりました、エリンの通学を認めます」


 訓練場でのひと悶着が無事に片付いた後。

 現当主の奥さんは教導部隊を含む一同の前で、そう宣言してくれた。


「当主代行、エスティア・ソードエックスの名のもとに、この結論を正式なソードエックス家の総意といたします」

「ありがとうございます」


 そんな名前だったんだ、と思いながら俺は頭を下げた。

 会話表示ボックスに『エリンの義母』としか表記されてなかったから知らなかったわ。


「やったねセンセ! 訓練のおかげだよ!」

「ああ、見事な太刀筋だった。奥義を修めるのも近いな」


 素直にほめると、えへへと照れたように頬を染めるエリン。

 奥義という単語に教導部隊の皆さんが目をかっぴらいていたが……


 ううん、これ俺が共有した方がいいまであるのかなあ。

 まあエリンが勝手に習得するだろうし、それを実際に見てもらった方が早いだろ。

 俺は『縦横無尽ッ!!』に近いことはできるが、ソードエックス式の代物はできないし。


「流石は勇者の末裔、刃を見せることすらしないまま、すべてに決着をつけましたね」


 流れる水のように穏やかな声が聞こえた。

 こちらに顔を向けて、開き直ったように微笑むエスティアさんだ。


「それを言うなら、そちらこそ。最後まであんたは当主代行だったよ……見事なもんだ」

「……まさか勇者の末裔にそう言ってもらえるとは」


 エスティアさんと少し話す、とアイコンタクトで告げるとエリンは頷いてくれた。

 そしてあろうことか、彼女は教導部隊の面々に話しかけ始めた。

 今までは恐怖の象徴であったろうに、本当に強い子だ。


「確認ですが……あの子が、本当に魔王を?」

「そう思ってる。他にもいるけど、俺は二人しか知らない」


 こちらのセリフを聞いて、エスティアさんが唇を結んで考え込む。


「ではますます、我らの手で育てることは難しいでしょう」

「多分そうだろうな。あっ、でも、ソードエックスの名を名乗れる連中は別じゃないのか?」

「今は……」


 あっやべ、この人が代行してるぐらいだしそりゃいないわけだわ。

 完全に話題をミスった。しかも避けるべき話題として見えていたはずなのに。

 コミュニケーション能力が低すぎるだろ。死んでくれよ俺。


 うなだれながらもなんとか切り替え先の話題を探している時。

 ふと、エスティアさんが口を開く。


「それにしても、随分とラフに話してくれますね。そちらが素ですか?」

「ヴァッ」


 自分がいつの間にか敬語を外していたことに気づき、変な声が出た。

 あまりにも謎の声だったせいか、エスティアさんが噴き出しそうになって必死に堪えている。


「ふ、ふふっ……一仕事を終えれば、あなたもまた人間ですか」

「……別に俺、ずっと人間なんですけどね」


 頭をかいた後、首を横に振った。


「まあ、まだやることあるんで、一仕事終わった感じはないですよ」

「……え?」


 眉根をひそめるエスティアさんに苦笑を返した後、俺は観客席へと視線を向けた。

 何事もなかったかのように席へと戻って来る男の姿がそこにはあった。


 視線を重ねて、剣の柄を、数度指で叩いた。

 それだけで伝わった。




 ◇




「じゃ、待ってるからねセンセ」


 ソードエックス本家を出て、馬車に揺られて学校へ戻ってくる頃にはすっかり日が沈んでいた。

 帰ると驚いたことに、シャロンとクユミ、そして教頭先生が俺たちを待ってくれていた。


「お祝いごとになると思って、料理用意してあるから」

「あんまり遅くならないようにね♡」


 なんと二人は俺とエリンがトラブルに巻き込まれ、それをいい形で解決すると予想していたらしい。

 今夜の夕食は豪勢なものを用意してくれたそうだ。


「ああ、すぐに帰るよ」


 そう言って、寮への帰路に就く三人を見送る。

 俺は正門付近にしばし立ち尽くした後、教頭先生に振り向いた。


「良かったんですか、安請け合いして」


 教頭先生が呆れた様子で声をかけてくる。

 彼女が何を言いたいのかは、分かっていた。


「まあ大丈夫っすよ、多分。先生はすぐに帰りますか」

「いえ、職員室で書類を片付けます。なのでその間は、何が起きているのかを感知しません……くれぐれも、校舎は壊さないようにしてくださいね」

「……善処します」




 ◇




 人気のない、というか俺以外には誰もいない別校舎を一人で歩く。

 怪談の舞台になるのも頷ける。普段の明るさとのギャップがひどい。

 まあ今回は、幽霊が出てくる暇はないけどな。


「出て来いよストーカー」

「そんなつもりはないんですがね」


 薄暗い校舎の闇の中から、ぬうと男が姿を現した。

 俺たちの馬車を追ってここまで来たザンバ・ソードエックスだ。


 彼はソードエックスが所有する、魔法で強化した特殊な馬を持っている。

 遠方への移動を気軽にこなしているのはそのおかげだ。

 ちなみにバグらせると99体所有できる。それでいいのか。


「……こっちから先に話をしてもいいか」

「どうぞ」


 廊下に緊張感が走る。

 俺は腰に刺した訓練用の剣の柄を指で叩いた。


「あの時、突然出てきたベヒーモスは隣の練習場で管理していた個体だったらしいな」

「僕もそう把握しています。管理がずさんだったこと、お詫びしますよ」

「鎖は引きちぎられていたが、よく見ると、力で無理矢理ちぎられる前に傷ついていた。剣で少し斬ったみたいにな」


 エリンや、ソードエックスの面々には聞かせたくない話だった。

 だからアイコンタクトで、決着をつけてやるからついてこいと伝えた。


「あの個体は、何かに怯えて逃げ出しているようだった」

「確かに、僕にもそう見えましたよ」

「けしかけたな?」


 ザンバはまさかと首を振った。


「僕といえども、流石に……遊び半分、実力試し半分で行動しているのは確かですが、あそこまで危ないことはできません」

「違う。お前には明確な目的があったはずだ」


 すべては、俺への印象付けだったのではないか。

 王城で抜刀し、こいつは危ないことを平然とやると思わせた。

 確かな意思や目的がなくとも、ただ気分やノリだけで危ない橋を渡る人間だと。


 だからベヒーモスをけしかけたって、不思議じゃない。

 大きな理由がなくともやってしまうんじゃないかと。

 ……俺がそう考えることで、本当の目的を隠したかったのだとしたら。


「本当はエスティアさんを殺そうとしていたんじゃないか?」


 三男坊は、武骨な手をゆっくりと持ち上げた。

 それからぱちぱちと拍手をしてくる。


「勇者ではなく探偵になった方がいいんじゃないですか? ああ違いますか、こういう時は小説家になった方がいいと言うのが礼儀でしたっけ」

「昔のパーティには今作家やってるやつと、俺の百倍ぐらい探偵に向いてるやつがいた。どっちもなろうと思えないな」

「それは残念です」


 首を振った後、ザンバは笑みを浮かべる。


「……ソードエックスがそんなに嫌いか?」

「僕にとっての価値を失って久しい、というだけです。エリンだってあなたの方が上手く育てられると、王城で確信しました」


 やはりあの段階から仕込みは始まっていた。

 こいつはバトルジャンキーだが、頭の回るバトルジャンキーだ。

 自分の望みを叶えるため、自分の思い通りに事を運ぶために手を尽くすタイプだ。


「ヒーラー役について追放を言い渡したという噂を聞いていましてね……あれが本当ならば、あなたはエリンを預けるには値しないと思い、そこだけ確認したかったのです。だがどうやら違ったらしいですね、あなたは情に厚い男だった」

「事実だぞ」


 自分でも憮然とした表情を浮かべている自覚があった。


「何か事情があったのでしょう?」

「まあ……あったけど……いや違うなかったなかった! ちょっ待っ! ……クハハハッ! 勇者の仲間にあの女は相応しくなかったということさ!」

「演技の下手な人ですねえ。お遊戯会以下だ」


 さっきより激しめにぱちぱちぱちと拍手をされた。

 こいつむかつく。ぶっ飛ばしていいかな。


「今はそんな話、どうでもいいだろ。エスティアさんを狙ったのが、ソードエックスを変えたいという理由なら、もうその必要はなくなったはずだ」

「僕はそう思いません。僕自身の望みが、強き者と殺し合いたいという願望が、今のソードエックスでは叶えられない。むしろ今日、それをあなたがはっきりさせたでしょう」


 最終的には、理由はそこに着地する。

 ソードエックス家は、エリンのような天才ではなく強き兵士たちを育てる機関として集約された。

 だからこそ、ザンバの狂った衝動を発散させられる場所ではなくなった。


「……なぜエリンを逃がしたんだ」

「育ち切っていないからですよ。早く、早く育ててください。彼女が剣の道を究めた時、そこに立ちふさがるのは僕でありたい」

「お前みたいな異常性癖者と生徒を関わらせるわけないだろ」


 冷たい声で吐き捨てた後、俺は剣を抜いた。


「だが、その願いを肯定する。今ここで俺が望みを叶えてやる」

「……! 話が早いですね。今日は機嫌のいい日ですか?」

「御託はいい。持ってるんだろ、使えよ。ソードエックスの人間なら、一人につき一つ保有する戦闘用魔法術式」


 『2』のシナリオでエリンが語っていた、個人で開発し研鑽する戦闘術式。

 エリンの場合は魔眼がこれに該当し、シナリオ後半で魔眼を用いた完成形へと到達することになる。


 では遠慮なく、とザンバも抜刀した。

 彼の体に魔力が満ちていく。



「【轟くは勝鬨】【第三の魔刃】【なめらかな断面に我が身を映し】【罪業と共に絶たれるがいい】! ──発動driveッ!」



 知っている。

 ザンバ・ソードエックスが保有するアクティブスキル。

 その名も『雷光の駆動刃ライトニング・ムラマサ』。


 単純極まりない雷撃生成能力だ。

 天より落ちる裁きの稲妻、それを無際限に生み出し、己が武器として用いる力。


「我が雷が勇者の速さにどれほど追いつけるか、見せてもらいましょう!」


 ザンバが剣に雷撃を纏わせ、こちらへと放った。

 小手調べと言わんばかりの一発を、訓練用の剣を振り抜いて消し飛ばす。

 切り裂いたというよりは、ぶっ叩いて潰したというべき感覚だ。


「ならば!」


 一発では終わらない、終わるはずもない。

 立て続けに飛来してくる稲妻が視界を埋め尽くす。


「時間考えろよ、迷惑だぞ」


 余波に廊下のあちこちが破壊される中で、雷撃の網をかいくぐる。

 ステップを刻むようにして体をずらし、避けて避けて避け続ける。


「まだまだ、雷霆の裁きは何者も逃さないッ!」


 無傷の俺を見て、さらに密度を高めた稲妻が放たれる。

 今度は完全回避を目指すことなく、命中コースの雷撃をすべて刀身で絡めとるようにして受け流す。

 踊るようにして攻撃を捌いて、踏み込み、捌いて、間合いを詰めていく。


「……ッ!」


 突っ切るわけではなく迂回するわけでもなく。

 ただゆっくりと、正面から近づいていく俺を見て、ザンバが頬に汗をにじませた。


「つ……使っていない!? 魔法も、勇者の力も!?」


 そう、今はまだ使っていない。

 ていうか流石に使う羽目になると思っていただけに拍子抜けだ。


「単なる技術だけで、なぜ稲妻をいなせるんだ……!?」

「単なる稲妻だけで、なぜ技術を無効化できると思ったんだ?」


 バックステップで間合いを取りなおそうとするザンバ。

 雷撃の密度が下がった瞬間、刹那に距離を詰めた。


「ぐ……!?」


 俺の正面からの斬撃を、雷を巻き付けた刀でザンバが受け止める。

 互いの得物がぶつかるたびに火花が散る。

 至近距離で四方から稲妻が俺を狙うが、自分への直撃を恐れてか確実なコースでしか迫ってこない。


「幼稚な使い方だな! その程度でよく喧嘩を売ってきたなあ、オイ!」


 渾身の一撃で、防御ごとザンバを吹き飛ばす。

 転がっていくザンバは信じられないという顔をしていた。


「分かるだろう。お前のすべてが、何一つとして俺には通じない」

「し、かし……! 稲妻の速度に、どうやって……!」

「お前はそれなりに速いけど、最速には程遠い」


 倒れ伏すザンバに、切っ先を突き付けた。


「これが結果だ」

「…………」

「結局お前は、強いやつと戦いたいっていう願望だけが先行していて、誰に迷惑をかけるのか、どんな犠牲が出るのか想像できないだけだったのか? それらをすべて踏まえてでも戦いたいんじゃなかったのか?」

「──ッ!?」


 こんなやつのために、エリンは過去の恐怖と向き合わされたのか。

 こんなやつのために、エスティアさんは命の危機にさらされたのか。


「がっかりだな、ザンバ・ソードエックス。お前じゃ三男坊すら荷が重いかもしれない」


 切っ先を下げて、俺は彼に背を向けて歩き出した。

 さて晩飯だ。豪華なものを用意したって言ってたけど何だろう。

 肉も魚も大好きだ、っていうか嫌いな食べ物とかない。全部うまい。

 ヤバい腹減って来たな。もう帰ろう。


「……まって、ください」

「なんでだよ」


 面倒くさい声が聞こえたので振り向く。

 剣技で圧倒され、自慢の稲妻も届かなかったザンバは、剣を支えにしてゆっくりと立ち上がっていた。


「あなたの言う通りです、僕は、妹や家族を捨ててでも、強い人と戦いたかった」


 雰囲気が変わった。


「あなたに言われて、目が覚めた……」

「え?」

「そうだ。犠牲を生み出してでも戦いたかった、それは単なる衝動なんかじゃない……!」


 ぎゅっと自分の胸元を掴んで、ザンバはその両目に火花を散らす。

 えっ、あ、ちょっと待って。


「思い出した……! 僕は、僕は自分が最強だと証明したいッ! 目の前の敵に勝ちたいんじゃない、この世界の全てに勝ちたい! そうすればきっと変えられる、悲嘆に暮れた顔も、居場所がなくて泣いてしまう子供も、全部を……ッ!!」


 そう宣言したザンバの体から、過剰な魔力が稲妻となって放たれた。

 今までの彼とは何もかもが違う。

 目の前で、壁を乗り越えてみせたんだ。


 えぇ……?

 なんでお前が決意を改めてるんだよ。

 おかしいだろ。


「だからそのためにも、今はただ、あなたと戦いたい……自分の全てを懸けて……!!」

「…………」


 まっすぐな言葉が胸をついた。

 それはきっと、場所が場所だったからだ。


 フラッシュバック。

 この学び舎で、勇者の末裔たる俺相手に、同級生たちは同じようなことを言っていた。


 だからだろうか──普段ならにべもなく拒絶して終わりなのに。

 今は、今だけは乗ってもいいと思えた。


 もう帰ってこないあの思い出たちに囲まれるこの場所で、誰からの挑戦も捨てることなく、その全てにおいて高らかに勝利を宣言したい。

 そうでなければ、みんなは、友たちは納得してくれないだろうから。


「いいよ」

「……ッ!!」

「こっちも使わせてもらうから……改めて、ちゃんとやろうか」


 もう様子見とか省エネとかはしない。

 真っ向からぶつかって、潰す。


「【瀆すは神代】【赤子の祈り】【我は愚かな殉教者】【零落を嘆くがいい】──発動drive


 アクティブスキル『救世装置(偽)』を発動させた。

 握った剣に、勇者の象徴である神秘の光が流れ込んでいく。


 ……こっちも、と言いつつ。

 実のところ『救世装置(偽)』は魔法術式に含まれるようで含まれない、少し別の代物なのだが……

 まあ今はいいか。


「一瞬で終わるなよ!?」


 予兆もなく剣を振るった。

 放った光の斬撃が廊下をぶっ壊して突き進み、ザンバがいたはずの地点をえぐり取る。


「……ッ!?」


 瞬時に剣を引き戻して背後へと防御を固める。

 同時、俺の体を上下に両断しようとした斬撃が飛来し、防御と激突し火花を散らした。


「はあ!?」

「これを防ぐか、やはり……!」


 前にいたやつが急に後ろから襲ってきた! 何!?


「この力、そうか、こんな使い方が……!」


 ひっきりなしに四方八方から斬撃が飛んでくる。

 雷撃が襲ってくるんじゃない、ザンバが直接襲ってくる!

 威力も速度も桁違いだ、これはまさか……


「自分を雷撃に変換しているのか!? 今、自分の戦闘術式を進化させた……!?」

「そのとォォりィッ!!」


 おい知らねーぞなんだそのスキル!?

 別物じゃねえか! ふざっ……ふざっけんな!

 エリンはともかくとしてお前まで覚醒してんじゃねーよバーーーーカ!!


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