証明の一閃②

 見事な太刀筋だった。

 正中線をなぞるようにして放たれた『縦一閃』は、刹那のうちに教導部隊の男の意識を刈り取った。


 刃に魔力を使ったコーティングが施されているため命に別状はないものの、反応できずにぶっ倒されたというのは衝撃だろう。

 やっぱ凶悪だよなあこのコンボ。


「な、な……」

「な?」


 上からうめき声が聞こえた。

 顔を上げると、当主の奥さんが席から立ちあがり、顔を引きつらせている。

 そのまま彼女はガバリとこちらに振り向いた。


「何をッ!? どういうふうにッ!? 教えているのですかッ!?」


 混乱している様子だが……質問が要領を得ないな。

 アリーナでは困惑しながらも次の教導部隊の人が前に出て、開始と同時に縦一閃の直撃で沈んでいる。

 おっ、しっかり感覚を取り戻したようだ。決着あったな。


「教えたのは『横一閃』と『縦一閃』を連続で放つ場合の順番です」

「は……?」

「横から縦、縦から横とかだと速すぎて威力を載せきれないんですよね」

「違う違う違う! そういう話ではありませんッ!」


 もはやこうなってしまえばプライドも何もない。

 奥さんがこちらを見る視線には明瞭な怯えが宿っている。


「ゆ、由緒あるソードエックス家の奥義をなんと心得ているのですか!?」

「またまたあ、奥義はこれじゃないでしょうに」

「……え?」

「……は?」


 しばしの沈黙。

 アリーナから響くすさまじい打突音だけがしばらく聞こえた。


「あー……ちょっと……待ってくれ」

「……」


 俺は、何か、前提を違えている。

 致命的な見落としを発生させている気がする。


 ソードエックス家に伝わる奥義として、『2』のエリンが習得する大技。

 それは『横一閃ッ!』と『縦一閃ッ!』を、二振りの太刀を用いて同時かつ連続で放つ『縦横無尽ッ!!』である。

 もちろん最終奥義ではないものの、基本的には消費SPゲージ効率やスキル回しの速度も相まって、大体のユーザーがこれをエリンの必殺技として認識している。


 横一閃横一閃縦一閃縦一閃ゲージ溜まったので縦横無尽横一閃横一閃縦一閃縦一閃ゲージ溜まったので縦横無尽横一閃横一閃──

 エリンがこの繰り返しをしているだけで大体のボスを抹殺することができる。

 制作会社は本当にテストプレイをしたのか? このエアプ野郎共が……


「もしかして何も知らないのか?」

「……ッ!」


 明らかに地雷だったらしく、奥さんがキッとこちらを睨む。


「知らない……ええ、知りませんよ。あなたのように、戦いに長けた人間ならば簡単に分かることも知りません! ですが知らなくとも、価値があるということだけは分かっています!」

「…………」


 思えば、後妻であろう彼女は和装に近い服を纏い、強い印象を与える化粧を自らに施している。

 ソードエックス家が和風モチーフであるのはデザインからして明らかであるものの、後から嫁いできた人間がここまで家柄に寄せた服装を着こなすのは難しい。


 恐らく、彼女は必死にソードエックスらしさを身に纏わせている。

 いわば家を守るための、家の理念を揺るがないものであると外へアピールするための武器だ。

 知らないものを、守らなきゃと思って戦ってきたわけだ。


「じゃあ……当主は?」

「……もう顔も見ていません。前の妻は私の親友で、彼女が死んだ後は外に出ているかどうかも」


 えぇぇぇぇぇ…………

 自分の中のテンションが急激に低くなっていくのが見えた。


「……だとしても、エリンを縛り付けるのはやりすぎだ」


 返す言葉がないのか、奥さんが黙り込む。

 俺は彼女から視線を切ってアリーナを見た。

 エリンがちょうど十人目をぶちのめすところだった。


 想定よりめちゃくちゃ強いんだけど?




 ◇




 どよめく教導部隊から視線を切って、ザンバは客席で何やら義母と会話をしていたハルートを見やった。


(……教育者としても本物のようだな)


 確かにハルートが指摘した通り、『縦一閃』の動作をエリンへ見せたのはザンバだ。

 彼女に才能を感じ、ヒントになればと見せてやっただけのこと。

 しかし見とり稽古のみで習得できるとは、ましてやここまでの代物へ練り上げるとは思っていなかった。


(彼がここまで精度を上げたのだろう。序盤の動きは固いにも程があった、独力でたどり着けたのはあのレベルか)


 エリンの動きは途中で急激に良くなった。

 戦闘のさなか、教導部隊の一人に対して『縦一閃』を直撃させた瞬間からだ。


(そうか、なるほどなるほど。的確な攻撃を放つことをトリガーとして、理想の動きを思い出せるよう体に覚え込ませたのか)


 ザンバは微かな時間に拾った材料をもって、ハルートがどういう形で教練を施したのかを看破する。

 いわばそれは、無自覚の成功体験の蓄積だ。


 エリンの技量そのものは、確かにハルートの教えを受けて飛躍的に向上した。

 しかしそれはあくまで基礎固めが終わった後の応用編。

 問題は彼女が、その力を忌まわしい思い出を振り切って行使できるかどうかに尽きた。実際ザンバも、最大の問題点はそこにあると見ていたが。


(これは上手いな……一度正解の動きをすれば、そこからは自動的に体が正しい動きをし続けるようになっている。成功体験が次の成功体験を呼ぶ理屈を、体捌きに応用させたということか。この教え方は使えるな)


 次々に教導部隊の面々をなぎ倒していくエリンの姿に、ザンバは大きく頷く。

 聞いた時は半信半疑だった風聞も、妹の太刀筋を見れば本当だったのだと納得がいった。


(流石、見込んだだけはある。一介の町娘を大陸最強のヒーラーにまで育て上げたという噂、真実だったか)


 勝負あったな、とザンバは内心で独り言ちた。

 これで彼の目的は半分程度が達成されたことになる。

 あとは──……


「さて」


 既に見る価値はないと言わんばかりに彼は立ち上がり、席から離れていった。




 ◇




 果たして何人目だったか。

 少なくとも、もう二十を超えた数の教導部隊の人間が地面に叩きつけられた直後だった。


「──もういい」


 俺が声をかけて、エリンと教導部隊の人々が動きを止めた。


「決着はついた。認めてください」


 見やった先、当主の奥さんは既に席に座っていない。

 彼女は客席の上段から、俺のもとへゆっくり降りてきているところだった。


「教導部隊の皆さんの腕前を見れば分かる、均質化された兵士の量産という意味では、確かにソードエックスは優れている……でも、エリンを育てるのに適した場所じゃない」


 俺が少し手を加えただけで、既にエリンの才能は頭角を現しつつある。

 もはや教導部隊の面々が彼女を見る視線には恐怖すら込められているのだ。


「……そのようです。ですがもう一度だけ、私は食い下がりましょう」

「技術ではなく理念ですね?」


 問われそうだと思っていたことを口にする。

 的中したのだろう、奥さんは目を見開いた。


 ソードエックス出身の軍人が特徴的なのは、その腕前だけではない。

 彼らは徹底した『護国のための奉仕者』という意識を持つ。

 これは放っておいて芽生えるものじゃない、教育あってこそだ。


「身体と精神どちらも一流の戦士として成立させるのなら、確かに冒険者学校はヌルく見えるでしょう」

「……ええ。単なる腕前を育てるのならば、あなたに任せて問題はないと確認できました。しかし今は当主も、長男も次男もおりません」


 だから、と彼女は言葉を続ける。


「今は私こそがソードエックスの体現者であり、私がソードエックスを守らねばならない。あれを外に出すのならば、私が認める相応しき者のいる場所でなければなりません」

「……その通りだ」


 そして、彼女は俺が本当に相応しい者であると認められない。

 いや言葉が違うか。


 彼女は、相応しき者を見分けるだけの能力を有していない。

 なのに今は彼女以外に、その判断を下せる人間がいない。


 ……少し、ほんの少しだけ、自分を重ねてしまう。

 勇者の末裔だのなんだの言われてるのに、俺は世界を救う資格なんて持っていない。

 周りから生まれつきもてはやされて、立場を背負わされて、でも本当は俺に、みんなが求めることを成し遂げる能力はない。


「……だから」


 言葉の続きを彼女はもたない。

 本当に自分が判断していいのかと苦しんでいる。

 俺がすべての事情を知ることは難しいが、後妻である彼女にこの役割が回っているのは理不尽に思えた。


 何か助け舟を出してやるべきか。

 そう思って、俺は口を開こうとして──



 爆発音。

 いや、爆発じゃない。大規模すぎる破壊が、それに近い轟音を響かせた。



『……ッ!?』


 全員の視線が一点へと向く。

 アリーナへと入るための通路、その出口が破壊されている。

 あまりに大きな存在が無理矢理に通ろうとして、強引に踏破したせいだ。


 そいつは後ろ脚に、断たれた鎖を残していた。

 西暦世界におけるサイを巨大化させ、角を凶悪にとがらせたような外見。

 硬い皮膚と蹄は湯気を上げており、身じろぎするたびに大地にひびが走る。


 陸上で見かける魔物の中でも屈指の巨躯。

 攻略本に記載されていた討伐推奨レベルは55~65。


「訓練用ベヒーモス……!? 隣の練習場にいたはずでは!?」

「拘束が破壊されているのか!? 誰が!」


 まだ意識を保っている教導部隊の人が悲鳴を上げる。

 ベヒーモスは俺たちを見渡して、それから体を震わせ、こちらへと走り始めた。


「……! エリン、他の人を連れていったん退避!」


 指示だけ飛ばして、呆然としている奥さんのもとへと駆けあがる。

 幸いにも、やつの進路上には誰もいない。

 おあつらえ向きにも程があるというぐらい一直線に、奥さん目指して走っている。


 違うな。

 走ってるっていうか……逃げてる、が正解だな。

 恐怖からの逃走ならば、それを上回る恐怖で塗りつぶしてやるのが一番だ。


「【弾けろ】」


 単節詠唱と共に魔力を循環させ、詠唱を極限まで短縮した魔法を発動する。

 こちらへ突進してくるベヒーモスの前方にて、地雷がいくつも炸裂したかのように大地が爆ぜる。


『──……ッ!?』


 突然発生した爆発に竦み、ベヒーモスが慌てて地面に足を打ち付け急停止をかける。

 こっちに来なくとも、迂闊に走り回られたら、アリーナで伸びてる教導部隊隊員が踏み潰されてしまう。

 最悪の場合は足元を吹き飛ばして転ばせるつもりだったが、うまく止められたようだ。


「……ッ!? 何故庇うのです!?」

「何故!?」


 奥さんから思いがけない言葉をかけられ、思わず俺も大きな声を上げてしまった。

 いやここで俺動かなかったら普通にヤバいやつじゃない?


「ここで私が死んだ方が、都合はいいのでしょう……!?」

「いや……悪いですね……」

「え?」


 復活する魔王を殺すためなら。

 マリーメイアやエリンたち、みんながふざけた宿命に振り回されないためなら。


 俺は何だってやってやる。

 魔王討伐に邪魔ならソードエックスをぶっ潰す。

 でも、明らかにそうじゃない。


「少なくともソードエックス家は優秀な軍人を多く育てている。このやり方はエリンには合わなかったけど、実際問題、平均的な質と量を両立させようとするならいいんじゃないすか?」


 引き続きベヒーモスに注意を払いつつ、奥さんからの問いかけに答えた。

 一度立ち止まったベヒーモスだが、興奮状態は解かれていない。


「……勇者の末裔よ。あなたは、エリンを何にしようとしているのです? いや、エリンは、一体何になるというのですか?」

「魔王殺しの英雄だ」


 奥さんが息をのむ音。

 俺とソードエックス家では目標がまったく違う。


「できるのですか」

「俺が保証する、あの子はやるよ」


 俺っていうか製作スタッフとユーザー全員が保証する。


「……あの子を、エリンを信じてやれなかった私は、愚かだったのですか」

「見込みが難しかっただけだよ。あんたはよくやってる」


 そんなことはないと、彼女は俯いた。

 膝にぽたりと、両眼からこぼれたしずくが落ちるのが見えた。


「本音だよ。あんたは本当によくやってる。だから……最後まで見てあげてくれ」

「え?」


 彼女が顔を上げた瞬間だった。



「暴かれろ────ッ!!」



 ギシリと、ベヒーモスの巨体が制止した。

 まるで見えざる巨大な手によって掴まれたかのように、明らかに外部からの干渉で動けなくなっている。


 本来ならば複数名で役割を分割して対応するべき巨大な魔物。

 俺の生徒が一人で突っ込んでいくのが見えて肝を冷やしたが、しかし。


 今のエリン・ソードエックスならば、なんとかしてみせるだろう。

 ならなかったら俺が一瞬でビームで蒸発させる。


「このサイズ相手に使うのは、初めてだけど……ッ!」


 負荷に苦悶の表情を浮かべるエリン。

 だが今のお前なら見えるだろう。

 お前の魔眼は相手の核を正確に把握し、そこから伸びる、体を動かす各器官をすべて見抜くはずだ。


「戦えない人々を、あたしの目の前で殺させたりなんかしない!」


 自分を貫く意思の宣言。

 それを聞いて奥さんが目を見開いた。


「あたしは戦えない人が、理不尽に命を奪われるなんて見過ごしたくない! せめて納得のいく、人生をやり遂げた後の死であってほしい!」


 一度鞘へと戻した太刀を握って。

 エリンの瞳が魔の輝きを放ち、溢れる力が刀身に収束していく。


「そうでない死をもたらす存在を、あたしは認めない、許さない! 現実だろうとなんだろうとこの手で切り裂いてみせる! あたしという剣は──そのためにあるッ!!」


 …………あれ。

 お前それ、『2』中盤の、普通にシナリオムービーでのセリフじゃない?


 あっちょっと待って! 今チュートリアル前なの!

 待って早すぎる! ごめんなかったことにならん?



「ソードエックス流、剣我術式──縦一閃ッ!」



 放たれた一閃が、正確無比にベヒーモスの体を切り裂く。

 重要な臓器を損傷させることなく、後の治療が滞りなく完了するよう手配しつつ。

 それでいて行動不能へと陥らせるほどの激痛を与える、恐るべき刃の閃き。


 たった一太刀で、ベヒーモスは崩れ落ちてしまった。

 理想的な手加減だ。全然教えた覚えはねえけど。

 いや……さすがに予想していないシチュエーションだったし、これはベヒーモスを殺すのはやむなしかと思ってたけど。


「センセっ! 見てた、あたしの勝ちだよ!」


 ぶい、とピースサインを笑顔でこっちに向けてくるエリン。

 何度も何度も見た戦闘勝利後ポーズを見せられて、俺は乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。



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