飯を食わせる②
ワイヤーコンドルの卵は、幸いにも地面へ叩きつけられる前にすべてを回収できた。
一つだけは腕に抱え、他はすべて巣に戻してそそくさと退散する。
「あの鳥さん、追いかけてこないよね……?」
「いきなり魔力反応があって木が倒れたから、恐慌状態になってしばらくは戻ってこないよ。他の卵は野生動物に見つからないよう葉っぱで隠したし、これでお暇させてもらおう」
「えっ……あの鳥さん、魔力感じ取れるの……?」
そういう動物もいる。
「怖いね~……ま、無敵のせんせいがいるから大丈夫か♡」
クユミはきゃぴっと笑って、俺の片腕にしがみついてきた。
「いざという時は守ってくれるもんね♡」
「いざという時以外でも守るけど……?」
「…………あっそ♡」
生徒を守らなくていい時間って逆に何だよ。
そんな時間は存在しねえよ。
「ひとまずこれで卵は確保できたから、次は肉だな。肉」
「……」
「こないだ粗食って言われてから考え直したんだが、仮にも食べ盛りの三人を相手にするなら、確かに味付けを見直すべきだと思ったんだ。考え方はこれで合ってるよな? ……クユミ?」
「ふえっ!? あ、ああうん、そだね♡」
そっぽを向いて黙り込んでいた彼女は少し慌てた様子で頷いてくれた。
俺だってこの世界に転生してくる前は濃い味付けを好んでいたものだ。
塾の帰り道ではマックに立ち寄ったりとか超してた。
「えっと、次はお肉なんだよね、ということは……?」
「ああ、狩りの時間だ」
恐る恐ると言った様子の質問に正面から返事をする。
流石のクユミもかなり嫌そうな表情を浮かべた。
「えぇー……なんかクユミちゃん、自然社会の厳しさを教え込まれてる感じがするんだけど~?」
元々お前がついてくる予定じゃなかっただけなんだよな。
まあでも、ちょうどいいかもしれん。
「シーフ系統のジョブを目指すのなら、いい経験になるんじゃないか」
◇
日が昇ってしばらく経った後。
俺たちが今いるのは、今回狙うゴールデンラビットが生息する、開けた荒野。
そこで迷彩魔法を身に纏い、地に伏せて、俺とクユミはじっと息をひそめていた。
「いい経験って、これが~……?」
器用にも小声で問うてくるクユミ。
というか潜伏が俺より普通にうまかった。
隣にいるのに気配を全然感じ取ることができない。
「ああ。対象が来るまでじっくりと待つんだ。ピカピカ光る兎が必ずやってくる」
「先に潜伏する意義が全然感じられないんだけど♡」
ゴールデンラビットは美味しすぎて全身がピカピカ光る。
これは一般的に、うまみ成分があまりにも濃縮されているから起きる発光現象ではないかと言われている。
ハンターたちは日夜、超高額で取引されるその輝く獣を探して荒野を駆けるのだ。
「要するにはさ~、潜伏して一気にバッサリいく練習ってことだよね~?」
クユミはけだるげな表情で立ち上がった。
迷彩魔法が解除される。声をかける暇もなかった。
「それはもういーかな~」
つまらなさそうな声でそうつぶやいた後、クユミがちらりと視線を横へ向けた。
見れば太陽の光の中でも燦然と輝く、黄金色に輝く兎がじっとこちらを見ている。
「げっ」
「あれを仕留めれば万事解決ってことじゃんね♡」
弾むような声と同時に、クユミの姿が消えた。
最高速度で移動を開始した彼女は、地面を蹴って、獲物の斜め上方を位置取っている。
「早く帰りたいから死んでね♡」
可愛らしい声と共にクユミの両腕がブレる。
彼女は多方向からのダガーの投擲とワイヤーによる拘束をゴールデンラビットに仕掛けた。
──そのころにはもう、ゴールデンラビットの姿はそこにはない。
「…………はえ?」
自分の仕掛けがすべて回避された──と、クユミは着地してから気づいた。
今のを回避できるのは凄腕の冒険者の中でもスピードに長けたやつだけだな。
普通は回避できない。もう受けてからなんとかするしかない。
「えっ、ちょ、どこ? どこいったの!?」
「多分だけど、さっきから首重いし俺の頭の上じゃない?」
「は? ……ちょっせんせい本当に頭の上にいるんだけど!? 何!?」
ゴールデンラビットは極端に敏捷性が高いステータスを保持する。
先手を取れることはほぼない。
そして敏捷性と同様に幸運値が異様に高い。
つまるところ。
超高速で移動するもんだからまぐれ当たりしか期待できない。
でもめっちゃラッキーな体質だからまぐれ当たりが成立することはほぼない。
何よりも──魔法使いが動物言語理解魔法を使って会話したところ。
各地で噂されているゴールデンラビットとはこの一個体のみ。
他にも個体がいるわけではなく、ゴールデンラビットとは彼女が大陸中を暇を持て余して駆けまわったがゆえに生じた架空の種族。
お前は何のために食事可能モンスターとして設計されたんだよと開発チームごと問い詰めたくなる謎の存在。
それが食材ランク最上級品7つのうち1つ、ゴールデンラビットなのである。
……いやゲーム上で倒したら撃破じゃなくて逃走モーションするなあとはユーザーみんな思ってたけど本当に死んでなかったしお前だけだったのかよこの種族!!
「お久しぶりです、ラビットさん」
挨拶すると、彼女は俺の頭からぴょんと飛び降りた。
またお前かよみたいな表情でわざとらしく嘆息すると、こちらをじろっと見てくる。
「クユミ、ちょっとこっち来い」
「え? あっ、え……?」
「すみません、こっち今、俺が世話してる子でして。クユミって言うんです、顔だけでも覚えてやってください」
「あ、はい、どうもクユミです……?」
俺はカバンから取り出したニンジンをクユミに握らせた。
「え? え? え?」
「それ渡せ。賄賂だ」
「え? ちょっとごめんね、せんせい、今クユミちゃん本当に追いつけてない」
クユミが完全に壊れてしまった。
仕方ないので彼女の手を引っ張り、ラビットさんの口元へとニンジンを差し出す。
二人羽織に近い姿勢だ。
差し出されたニンジンの香りを確かめた後、目にもとまらぬスピードでラビットさんはニンジンを平らげた。流石は教頭先生印、一級品だ。
常人の動体視力では、一瞬でニンジンが根元以外を消し飛ばされたようにしか見えないだろう。
「どうやら気に入ってくれたみたいだ」
「はあ……えっと、せんせい?」
クユミはニンジンを俺に渡した後、恐る恐るラビットさんを指さす。
既にラビットさんは高速で左右への移動を開始している。
「このラビットさんを、捕まえるんだよね……?」
「いや違うぞ。捧げものをしたラビットさんは、高速で反復横跳びすることで位置座標の指定が間に合わなくなり、ラビットさんの意識のない分身体を生み出してくれるんだ」
俺の説明を聞いて、クユミはこちらへと、狂人を見る目を向けてきた。
もはや恐怖すら混じっていた。
「……何言ってるか本当に分からないんだけど?」
あっやべ、そうかゲーム的な説明だと伝わらないか。
見ているだけでも分かってくれるとは思うが、流石に説明なしで放置はかわいそうか。
「要するに、ラビットさんは意識のない状態の肉体をコピーできるんだ。俺は前にラビットさんと知り合ってて、こうして時々体を分けてもらってるんだよね」
「えぇ……?」
そうこうしているうちに、ひと汗かいたぜと言わんばかりに気持ちよさげなラビットさんの隣には、意識なく白目をむいているラビットさんの肉体が転がっていた。
何度見ても最悪な絵面だ。幽体離脱にしか見えない。
「ラビットさん、ありがとうございました」
魂の入っていない肉体を手早くカバンに詰める。
ラビットさんは一つ頷くと、俺とクユミにパチンとウィンクして、そのまま消えた。
高速でどこかへ行ったのだろう。
「……せんせい、クユミちゃん、寝てたかも♡」
「あれは現実だ」
クユミは笑顔を消してものすごく嫌そうな表情を浮かべた。
ネタ枠で作られた存在ではあるんだが、そのスペックを実際に反映されるとこうなるんだよなあ。
魔法使いもあの速度だと広範囲殲滅魔法でありえないぐらいの犠牲を払わなければ仕留めきれないと言っていたし。
……でも不思議なことに、ラビットさんって速度出てるのに、あれでぶつかっても痛くないんだよな。
攻撃性能が設定されていないからという説が有力だ。
なので害のない存在として、積極的に討伐する理由がない。
体も話して機嫌取れば増殖して分けてくれるし。
「えっと、せんせい、させたかったいい経験って……?」
ラビットさんがいなくなったのを改めて確認した後、クユミがこちらに振り向く。
「どんなに頑張っても、不意打ちっていう概念が根本的に通用しない存在がこの世界にはいる。シーフ職の人間は必ずその壁にぶつかるんだ」
俺は粛々と語った。
正面からの戦闘を避けた方が無難なステータスになってしまう人は確かにいる。
しかしそれは結果論に過ぎない。
理想の形として狙って構築することは推奨できない。
「だから心苦しいけど、こうして実際に壁にぶつかってもらおうと思ったんだ。その上で君がどう考えるかを聞きたい」
「……」
クユミは心の底からあきれ返った様子でまなじりをつり上げる。
なんだ、俺としてはかなり会心の校外学習だったんだが。
困惑する俺に対して、ずいと顔を寄せて彼女は唇を尖らせる。
「もうせんせいっていう大きすぎる壁にぶつかってるんだけど~? こっちはさ~?」
「あっ……」
あっ……
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