直接対決の日に向けて
ソードエックス家の奥さんと、エリンを育てるのにどちらが相応しいのかを決めようと明確に約束をした。
決め方は……後日改めて設定するということになった。
俺がソードエックス本家を伺う形になる。
敵の本拠地へと乗り込み、堂々と勝って帰る。
それで、エリンを育てる権利を獲得することになる。
エリン自身の意思を置き去りにはしてしまったが、今回ばかりはこれでよかっただろう。
向こうの奥さんは『手紙を送れば彼女自身が退学を申し出る』と言っていた。
ソードエックス家が、エリンの意思決定能力に対して重大な干渉を行う権限を持っているような物言いだった。
端的に言えば、あんまり逆らえないように育てているんじゃないだろうか。
確かに『2』のシナリオの感触も、喧嘩別れというよりはエリンが勝手にするのを容認したというスタンスで、どうでもいいからこその放任になっていたという記憶がある。
厳しい修行を課しながらもドロップアウトには寛容であるというアンバランスな……いや、まあ、使えるやつだけは逃がさないというひどい仕組みだなと感じたものだ。
ただこのやり方をするのなら、本当に優秀な奴を逃がした瞬間にマジで意味がなくなる。
ゲームやってるときも、エリンの才能を見抜けないの本当にしょうもなさすぎだろ……とあきれ返ってしまった記憶がある。
でも『2』だと才能はあるけど気分屋だから落ちこぼれみたいな扱いだったからなあ。
微妙なところだ。まさか本当に世界最高峰の才能を有しているとは思わないだろう。
「では」
硬い声で一言だけ残して、奥さんを乗せた馬車は見る見るうちに小さくなっていった。
その場に残されたのは俺と、にこにこ笑っているザンバ。
「いいんですか? 行っちゃいましたけど」
「まあ、僕は後からでも追いつけますので」
ああ……そういえばそうだった。
「じゃあまだ話があるということですか?」
「ええ」
彼は微笑みを崩さないまま俺を見た。
その表情に──俺は舌打ちして天を仰いだ。
絶対に、厄介事を押し付ける時の表情だったからだ。
◇
エリンに関する取り決めを交わした後。
あれから数日ずっと『縦一閃』を撃たせている。
「これで三十回目だな、エリンは休憩に入ろう」
「はあ、はあ……は、は~い……」
最後の一撃をパシと受け止めた後、休憩を告げる。
だんだんと精度は上がってきたように感じている。
いい傾向なんじゃないだろうか。
「あ、エリン」
「ん?」
「お兄さん……えっと、長男と次男にあったことはあるか?」
確認しておかねばらないことを尋ねると、エリンは少しの間視線を宙にさ迷わせて考え込んだ。
「う、う~ん……ちらっと見たことは、多分。でも話したことは全然ないかな」
「そっか」
なら原作通りっぽいな。
長男と次男が姿すら見せないのは、興味がないからだ。
やつらは自分こそがソードエックスであり、この名前の全てが自分によって価値を持っていると本気で信じている。
今回ばかりは都合がいい。
仮に決め方が、直接戦闘によって実力を測る形だった場合。
教導部隊がいくら薙ぎ払われようとも、長男次男は関与してこない。
むしろブチ転がされた連中が悪いとさえ言ってくるだろう。
実のところ『2』本編でソードエックス家の長男と次男はちらっとしか出てこない。
我々プレイヤーは、二人がテイル王国を代表する二大剣客であることを知りつつも、その実力を見ることはかなわない。
何故なら……二人は魔物に体を乗っ取られた後、ザンバの手によって討たれるからだ。
ソードエックス家は最終的にほぼ壊滅状態となり、エリンが頑張って再興していくこととなる。
「あ、でも二人とも、めったに帰ってこないし、今は他の国にいるから……」
「ああ、今回は顔を見せないだろうな」
俺の言葉に対して、エリンはきょとんとした様子で首を傾げた。
「……センセって、今度その、あたしと一緒に行くわけじゃん?」
ソードエックス本家からは、本人であるエリンを連れてくるようにと言われている。
なので、勝負に勝ったら俺が後見人となることもエリンには伝えた。
「あの人たちと……戦ったりするのかな?」
「どうだろうな。やり方は向こうが決めるわけだから」
「ま、負けないよね?」
不安そうにこちらを見てくるエリン。
幼いころからの訓練の影響か、恐らく兄たちの実力が絶大なものであると印象づいているのだろう。
俺は彼女の不安を払拭すべく笑みを浮かべる。
「ああ、俺がかちゅさ」
めちゃくちゃ普通に噛んだ。
「…………」
「…………」
エリンは半笑いになってから、そっと後ろへと下がり、シャロンと交代すべく立ち去って行った。
入れ替わりにやって来たシャロンが、鼻息荒く突撃槍を砲撃モードに移行させる。
「先生、今日こそ防御魔法を木っ端みじんにしてあげるから!」
「はい……俺は生徒を気遣うことすらうまくできない虫けらです……」
「……なんで何もしてないのにプライドが木っ端みじんになってるの?」
不思議そうに首を傾げるシャロン。
人間にはこういう日もあるんだ。ためになったかな?
◇
そうしてやって来た、直接対決の日。
「方法は簡単です。その子が、あなたのもとでどれだけ強くなったのかを証明すればいい」
戦うのは俺ではなかった。
戦うのは、太刀を携え、死人のように青ざめた表情で歯を震わせるエリンと。
彼女の目の前に並ぶ、十数人のソードエックス教導部隊。
「一人で彼らを倒せるようになっているのならば、あなたは確かに教師として優秀でしょうね」
見物席の上段に座る当主の奥さんが、こちらを見下ろして唇をつり上げる。
……色々と言いたいことはあるが一つ。
「あの」
「なんでしょうか」
「エリン、ちょうど昨日、『縦一閃』を俺に当てられましたよ」
「はあ……?」
開幕の号砲が響いた。
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