挑発は手短に

 授業を終えて、職員室でうんうん唸りながら授業の報告書を作成する。

 教頭先生へと提出するためのものだが、手は抜けない。

 何せOK出たら中央政府の教育担当のところへ送られるからな。


 俺が仮雇い同然の講師である以上、書類が甘ければ誰かが揚げ足を取りに来るのは容易に想像できる。

 勇者の末裔というのはそれだけ敵が多いのだ。

 原作ハルートが落ちぶれていったとき、誰も助けてくれなかったのが何よりもの証拠である。


「ふーっ……」


 生徒たちが帰宅し、既に日が沈んで久しい。

 悲しいほどに教師職はやりがいを感じる手前の段階で時間を消費されまくってしまう。


「教頭先生、そっちはどうです?」

「もうそろそろ終わりそうです」


 これでじゃあ終わったら二人で飲みにでも行きますか! とかできないのが田舎のつらいところだ。

 町へと繰り出してしまうと、結局就寝時間がバグってしまう。

 走ればなんとかなるとは思うんだがそこまでの気力がない。


 労働はクソ。

 好きなことをして生きていきてえよ。

 ……『1』と『2』のシナリオが終わってからだなあ。


「あっ」

「ん」


 俺と教頭先生が同時に声を上げた。

 誰かが校舎に近づいてくる。ご丁寧に、侵入者を感知する結界に触れたうえでだ。

 こちらの察知能力が高いからこそ成立するピンポンみたいなものである。


「これは……」

「俺が行った方がよさそうですね」


 結界に接触した後近づいてこない。

 まあ他人の家に勝手に入ってくるわけないか。


 俺は教頭先生が頷くのを確認してから、職員室を出る。

 冒険者学校は校舎二つと練習場、様々な備品を管理する倉庫がいくつかから成立する小規模な構造だ。


 生徒の使う正門は、出た直後に町へ向かう方向と寮へ向かう方向に分かれる。

 恐らくは町経由で来ているのだろう──馬車の音がする。


 駆け足に校舎を出て正門へと向かえば、こちらにスッとお辞儀をする男がいる。


「また突然のことですみません」

「いえいえ、全然……」


 ザンバ・ソードエックスと、家紋を刻んだ馬車があった。

 本当に来やがった。またこのメンツで遊ぼうねぐらいの口約束だと思ってたのに。


「本日はどういった御用で?」


 問いかけつつも、頭の中でいくつか推論を巡らせる。

 最も可能性が高いのは、この場でエリンを返せって言ってくること、か?


「先日いただいたレポートを確認したところ、ぜひ詳細を確認したいと仰る方がいまして」


 ザンバがにこやかな笑みを浮かべて言う。

 彼は俺よりは三つほど年上だろう。

 三つしか差がないとは思えないほど、ビジネススマイルの精度は段違いだ。


 成人して少し経った青二才である俺からすれば、社会で活躍するカッコいいお兄さんと言っても過言ではない。

 もろもろの事情全てに目をつむればの話だが。


「……そちらの馬車に?」

「ええ」


 ザンバがうやうやしく馬車のドアを開ける。

 そこから降りてきたのは、優美なドレスを見事に着こなした、妙齢の女性だった。

 え知らねえ。誰?


「初めましてですね、勇者の末裔ハルート」

「あ、はい、どうも」

「エリンは元気にしておりますでしょうか?」

「ええ、もちろん」


 俺は曖昧にほほ笑んだ後、ザンバへと視線を向けた。

 誰なんだよこの人。


「こちら、僕の母です」

「……なるほど」


 確かソードエックス家は……当主の最初の奥さんは前に亡くなっている。

 それはシナリオでちらっと触れられていた。

 じゃあ後妻さんってところか。


 確かザンバもまた、エリン同様に剣の才覚を見込まれて拾われた身。

 血のつながらない母親ということになる。

 うわソードエックス家の嫌なところ全部出てるな。


「あのレポートを拝見させていただきました。そこで確認を取りたいのですが、あれが習得していたのが、縦の斬撃というのは間違いないのでしょうか?」


 奥さんは丁寧な言葉の調子で尋ねてくる。

 しかし声色は非常に高圧的だ。

 お前が誰であろうとも、嘘をつくことは許さないと目が言っている。


 こんな性格悪そうな……まあ、うん、気の強そうな感じなんだな。

 出てくるの一瞬というかシルエットしか出てこなかったんだよなあ、現当主の奥さん。

 確かに髪を上品にまとめて優雅なドレスを着た姿は、輪郭は見覚えがある。


 ヤバ、世界で俺だけがキャラデザ知ってるってことになるじゃん。

 テンション上がって来たな。


「はい。エリンは縦の斬撃を習得していましたよ」

「ザンバ。これはどういうことですか」

「いやあ、『縦一閃』は『横一閃』よりも難しくて難しくて……僕もまだ完璧とは言えないから、毎朝棒振りのついでに練習してましてねえ」


 多分そこを見られたんでしょうねえ、とザンバが笑った。

 違和感。わざわざ当主の奥さんが聞きに来たのだから、異常事態なんだろう。


 だというのにザンバは1ミリも動揺していない。

 ……見られたんじゃなくて、見せたんじゃないか、と聞きたくなる。


「あれに習得が可能だったと? ならば上がっていた報告と、あれの価値が随分と違うようですね」

「未熟なのは確かですよ。僕と打ち合えば十合もたないでしょうし」

「ではソードエックス家のカリキュラムに適していなかったとでも?」

「恐らくはそうですね。なので、彼女が家を出て冒険者学校に行くことに、僕は賛成したわけです」


 ザンバを奥さんが数秒にらみつける。

 話を聞きながら、頬がひきつりそうになるのを自覚した。

 これ、なんか、想像していたのと背景事情やらキャラの立場やらが全然違え……!


 王城での面談で、俺は彼女を庇った。

 それはザンバが思っていたより血気盛んであり、雑な判断でも刃を抜ける男だったから──では、ない!

 こいつ俺が庇うかどうかで、エリンを預ける先として問題ないか見てたのか!?


「ですが評価が覆ったのならば、あれ専用にカリキュラムを組みなおしましょう。呼び戻しなさい」


 しかし奥さんは無慈悲な宣告を下した。

 えっ俺の存在なかったことになってる?


「あの、呼び戻しなさいっていうのは、つまり退学するということになりますが……」


 確認のため一応問いかける。

 奥さんは胸の谷間から扇子を取り出すと、口元を隠して俺を見やる。


「書類の処理は後日でも構わないでしょう?」


 うわー、なんか決定事項になってる。


「申し訳ないですが、即座にというわけにはいきません。何より当人の意思も確認できていないので」

「あれの意思は私たちの意思です」


 力強い断言だった。


「我々ソードエックス家は大義によって振るわれる刃に過ぎません。我々の生活は自らの鋭さを限界まで高めることを意味します」

「……いざという時、自らが武器として本領を発揮するときまで刃を研ぎ続けるためには、この学校だと不満だと?」

「当然です。誤ったやり方で育てられた刀身には歪みが生じます。戦場を支配する絶対的な剣となるためには不要な手順です」


 俺は奥さんと視線を重ねた。

 彼女の眼はまっすぐだった。


「……俺、こう見えて最強の冒険者なんですよ」

「当然知っておりますわ。ですがあなたが最強の指導者であると聞いた覚えはありません」

「彼女は順調に育っていますよ」


 単なる教師として、どこまで踏み込んだことを言っていいのか分からない。

 だけど、やっぱり、相手の言葉に同意するのはどんなに頑張っても無理だ。


「話を聞いていると……あなたたちはエリンを育てたいのではなく、エリンが本当に強くなった時、自分たちの手で育てたんだという事実がなければ困ると言っているように聞こえます。あなたはエリンよりも家名を貶められるのが嫌なんじゃないですか?」

「…………」


 奥さんは信じられないものを見るような目で俺を見てきた。

 ああ、多分だけど、ここまで突っかかられたことがないんだろうな。


「保護者の意向を無下にすることはできませんが、しかし生徒自身が望んできた場所がここです。彼女自身の意思を確認しなければなりません」

「……明日にでも、エリン本人にこちらから手紙を出します。彼女は退学を申し出るでしょう」


 それだけ言って、奥さんは馬車へとさっさと戻ろうとした。


「本気でやるつもりですか?」

「ええ。結果は変わりませんが、あなたは私を怒らせてしまいました。説得の余地を自ら消したと後悔しなさい」


 ぐ、ぐえ~……もともとなかったものを取り上げたような感じ出すのズルいだろ~……

 ザンバをちらりと見ると、彼は無表情のまま、こちらを見つめている。

 えっ……何、怖いんだけど。


「ではごきげんよう。もうお会いすることはないでしょうけど」

「あ……」


 奥さんに声をかけようとするも、どこ吹く風とばかりに彼女は馬車へと片足をかけた。

 どうしたらいいんだ?


 教師としては、そりゃ、保護者と生徒が自主退学を申請してきたら……意見を譲らなければ、認めるしかないだろう。

 でもこれは、あんまりじゃないか。


 俺は勇者の末裔だ。そして冒険者学校の教師だ。

 しかし今、できることは何があるのだろうか。

 このままエリンが、自分で退学すると言い出した時に、俺は。


 沈黙をしている間に、奥さんは哀れむような眼でこちらを一瞥した。

 呆れかえった様子で溜息をつき、彼女は呟く。


「愚かですね。最強の冒険者と聞いていましたが、これではあなたが率いていたという最強のパーティの実態も知れるというもの……」




 あ!?!?!?!?




 テメッ、おい、お前今何!? マリーメイアのことを!?

 マリーメイアのことを馬鹿にしたの!? お前オイブチ殺すぞお前お前お前!!


「……スーッ」


 落ち着け。

 俺は社会人だ社会人なので怒りを制御できるアンガーマネジメントというやつだ息を吸うのだ。


 酸素を確保したので喋れる。

 馬車に乗り込もうとする奥さんに努めて無礼な声をかける。


「ソードエックス家ってさ」

「はい?」

「ダッサイ名前だよな、いつ改名すんの?」


 ブチッ! と奥さんの額に青筋が浮かんだ。


 クズ勇者ハルートは誰が相手でも、礼儀を知らないし上から目線だし、最低のカスそのものの言動をするのだ。

 昔取った杵柄ってやつだな。


「ぶふっ……ははははははははっ!!」


 ザンバが爆笑している。

 お前は笑っちゃダメだろ。


「何を……言っているのですか……?」

「この俺が、勇者の末裔ハルート様がエリンの後見人になってやるよ。そしたらソードビーエーの皆さんが何を言ってきても関係ないだろ」


 完全にキレ過ぎて、逆に頭が回り始めた。

 そうだ教師だから親の言うことは聞かなきゃとか思ってたけど違うわ。


 俺、最強の冒険者。

 じゃあエリン、最強の冒険者の弟子。

 ソードエックスより強い。

 完璧。お前たちは額を地面に擦り付けて詫びる。


「本気で? 本気で言っているのですか?」

「四の五の言うより早いだろ。お前たちソードケーエー家が束になるより俺の方が優秀なら、エリンをより強い存在にできるのはこっちになる」


 お互いに潰し合うわけじゃない。

 エリンを育てていく上でどっちが優秀なのか、あくまでその一点を決めればいい。


「……理解できません。あなた、そこまでする理由があるのですか?」

「あるさ。血がつながっていなくとも、迎え入れた子供をアレ呼ばわりするやつに、俺は自分の生徒を預けたりなんてしない」


 奥さんをキッとにらみつけて、俺は粛々と告げる。


「あんたたちにエリンは渡さない。あの子が力強く育つのを、せいぜいほえ面かいて遠くから見ているがいいさ」




 ◇




「わー、様子見に来てみたら超大変なことになってるね♡」

「エリンを勝手に連れて帰ろうとするなんて、あんまりでしょ……ねえエリン、エリン?」

「え、えりんはわたさない……えりんはわたさない……」

「ダメみたい♡」

「そだね……まあ、気持ちは、分かるかな……」










~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

あとがき

増えてきたので登場人物の簡易なまとめをここに載せます。


・ハルート

 主人公。

 かつて魔王を一時的な休眠状態まで追い込んだ初代勇者の一族の末裔。

 その実態は自己評価どん底陰キャ転生者。

 大好きなゲームの世界に転生したけど戦闘システムが違いすぎて泣いている。

 『1』と『2』のシナリオに出てこなかった上級魔族を積極的に潰していたため、魔族たちからは死神として忌み嫌われている。

 ジョブはブレイバー。レベル101相当。


・エリン

 メイン三人組その1。

 金髪で明るい性格。お洒落にも気を遣っている。

 幼少期にソードエックス家に拾われて以来、訓練漬けの日々を過ごしてきた。

 その反動で家を出て冒険者学校に入学し、無事にギャルデビューした。

 刀を用いた戦闘において天性の才覚を持つ。

 レベル48相当。


・シャロン

 メイン三人組その2。

 黒髪のクールな女子。暑がりなので制服の着方はだらしないことが多い。

 貴族の家の出身だが、身に宿す莫大な魔力に目をつけられ幼いころから優秀な戦士を生み出す母胎としての将来を求められていた(ハルートが色々あってそれを台無しにした)。

 砲撃魔法を用いた殲滅攻撃を得意とする。槍を槍として扱うのもある程度はできる。

 レベル39相当。


・クユミ

 メイン三人組その3。

 ピンクミニツインテ。ヒソカみたいなメスガキ。別名猛者ガキ。

 8本のダガーを自在に操り、不意打ち目潰しなんでもありの暗殺術を用いる。

 普通にダガーは8本以上持ってるしワイヤーアンカーとかも仕込んでいる。

 冒険者学校への入学以前に、対人並びに対魔族の実戦経験がある。

 レベル66相当。


・教頭先生

 冒険者学校の教頭先生。校長が基本的に不在なので事実上の責任者。

 教員2名、生徒3名の廃校寸前の学校を必死に回している陰の功労者。

 かつてハルートが学生だった頃の担任でもある。

 レベル88相当。


・カデンタ

 学生時代の友人。

 ハルートと共に馬鹿をやっては当時の担任(現在の教頭先生)に怒られていた悪友。

 卒業後は王国軍に入り、機密部隊の隊長にまで上り詰めた。

 冒険者学校に入ったのは勇者の末裔ハルートとつながりを持つためだったので任務自体は成功したが、他の色々なところで負けた。

 レベル90相当。


・ザンバ

 エリンの兄。

 原作ではシナリオ終盤へと入る段階での敵キャラ。

 人型な上にスピードが速く、挙句の果てにはHPを全損させると二段階目に覚醒してくる。

 『2』の難ボス打線でよく一番を任されている。

 レベル75相当。


・僧侶

 冒険者時代の仲間その1。

 二番目に仲間になった。

 現在は王都の屋敷を丸ごと一つ借りて、趣味の文筆業に時間を費やしている。

 地上に存在するアンデッドたちから死の象徴として恐れられている。

 ジョブはハイエストプリーステス。レベル90相当。


・女騎士

 冒険者時代の仲間その2。

 三番目に仲間になった。

 現在は一人で旅をしつつ活発化している魔族たちを殲滅して回っている。

 格闘と剣術だけで上級魔族をズタズタにできるバーサーカー。

 魔族の血が流れているため体が大きいことを気にしている。

 ジョブはハイエストナイト。レベル95相当。


・魔法使い

 冒険者時代の仲間その3。

 一番最初に仲間になった。

 現在の動向は不明。

 マリーメイア追放によるパーティ一時休業~現在に至るまでの全ての出来事を把握済み。

 二匹のカラスを使い魔として行使している。

 ジョブは魔法使い。レベル100相当。


・マリーメイア

 冒険者時代の仲間その4。

 一番最後に仲間になった。

 現在は領主の息子君と、行き倒れていたメイドさんの三人で旅に出でている。

 過剰に回復させて敵を殺傷するアクティブスキル『セイントデッドコーラス』を多用するアタッカー。

 ジョブはハイエストヒーラー。レベル85相当。

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