俺がサンドバッグになる②

 さて、とりあえずエリンに対する指導は終わった。

 指導と言っていいのかは微妙に怪しかったのだが、まあ、終わったという具合でいいだろう。


「じゃあシャロンとクユミだけど……」

「私の場合はどうすればいいわけ?」


 以前余波で訓練場の設備を破壊する寸前までいったシャロン。

 不安そうにしている彼女に、俺は力強く親指を立てた。


「大丈夫だ、今回は先生が受け止めるから」

「……全力でいいんだよね?」

「もちろん。あっ、だから二人はさっきよりも遠くに離れておいてくれ」


 俺の注意を聞いて、青ざめるエリンと面白そうにするクユミがすたこらさっさと離れていった。

 練習場の外壁を背にシャロンと向き合う。

 彼我の距離は、有視界戦闘において斬撃と砲撃が交じり合う間合い。


「【鎖すは鋼】──っと」


 詠唱の四分の三を省いた形で防御魔法を展開する。

 一応、分類としては上級防御魔法だ。


 タチの悪い上級魔族連中にブチ破られて体をズタズタにされた記憶ばかりなので信頼性は低いぜ。

 女騎士も素手で引き裂いてたしな。

 訓練とはいえ、あの時だけは本当におしっこ漏らしそうだった。


「……ッ、【砕くは星】【黄金の角】」


 準備を終えたので頷くと、シャロンが視線を鋭くして詠唱を始める。

 どうやらこっちの短縮詠唱を聞いて、舐められていると思ったようだ。


 ガシャと音を立て突撃槍が構造を展開。

 鋼と鋼が互いに作用し、スライドして砲身を形成する。


「【荘厳の前に跪き】【自ら目を潰すがいい】」


 甲高いチャージ音と共に、あふれかえる過剰魔力が周辺の地面を無作為に穿つ。

 やっべフルパワーだとこれあるのか。結局モノ壊れてんじゃん。


「──放射fireッ!」


 放たれた砲撃を、正面から受け止める。

 上級魔法がピシッ……と微かな音を立てた。

 よく見るとうっすらヒビが入ってる。表面だけとはいえこれ本当に使えねえな。


「……っ。無傷!?」

「いやちょっとだけ傷入ってる、凄いぞこれ」


 どこが……とシャロンはまなじりを釣り上げた。

 突撃槍へと魔力が充填されていく。


「……!」

「──放射fire!!」


 詠唱破棄、ではない。

 これはシャロンが所有するアクティブスキル『詠唱連鎖』だ。

 簡単にいうと直前の詠唱を参照してもう一発魔法を撃てる。


 いやこんな悪さしかしないようなテキストあるか?

 あったのでシャロンは高頻度最大奥義連打スキルサイクルを開発されて環境を破壊した。

 敵皆殺しシングルタスクお姉さんのあだ名は伊達じゃない。


「へえ、連射できるのか!」


 知らなかったという顔をしながら、俺は防御魔法に魔力を注ぎ込んで傷を補修する。

 直撃したシャロンの砲撃魔法が、片っ端からこちらの防御魔法の表層を削り取っていく。


「こんのォォ……ッ!」


 魔法の向こう側から聞こえる声に、明らかな苛立ちが籠る。

 単節詠唱如きを粉砕できないことが信じられないのだろう。

 まあ上級防御魔法ではあるので、当面の目標はこれを一発で破壊することかな。


「ハァッ……! ハァッ……! ハァッ、……ッ!?」


 やがて光の放射が止み、えぐれた地面と、肩で息をするシャロンの姿が露わになった。

 こちらの防御魔法が健在なのを見ると、彼女は再度口を開く。


「【砕くは星】ッ」

「あーちょっと待って」


 防御魔法を消すと、向こうは不満そうな表情でこちらを睨んできた。


「……あと十発は撃てるんだけど」

「魔力の循環量としてはね。でも体の方が負荷かかりすぎるよ」


 ひとまず、二発で砕けるようになろうと俺は言った。


「根本的に、実戦においてフル詠唱の同じ魔法を何度も許す奴はあんまりいないよ」

「私は詠唱連鎖できるから──」

「複数回って言っただろ。二回目の時点でもう強い奴は対応を練ってくる。だからひとまずの目標が二発だ」


 詠唱連鎖がめっちゃくちゃ素晴らしい強みなのは事実なのだ。

 これが凄いのは、例えば初見殺しの魔法をもう一度放つとして、詠唱なしのフル出力を不意打ちで放つという、二重にして別角度からの初見殺しとして成立させることができるというところだ。

 詠唱されたらガードを固めるという意識を持った相手に、詠唱なしでガードの暇なく二撃目を叩き込める……というのが具体的なケースになるかな。


 むー……と唸りながらも、頷くシャロン。

 何発叩き込んででも相手を壊せばいいだろう、と思っているのをひしひしと感じる。

 このあたりの考え方は、また機会を作って修正してあげた方がいいかな。


「じゃあ最後」

「はーい♡」


 左右のダガーを逆手で握り、満面の笑みを浮かべるクユミ。


「何やるか分かるか?」

「最高速度の確認♡ あとその持続時間の確認♡ 最後に最高速度を出している最中の動きの精度の確認でしょ♡」


 なんで分かるんだよ。


「じゃあ、始めようか」


 その刹那、クユミの姿が視界からかき消えた。

 手に持った訓練用の剣を振り回して、背後と左右から浴びせられた斬撃を防ぐ。


「一瞬でトップスピードを出せるのか、流石だな」

「それはもう前提に組み込んでたくせに♡」


 激しい火花と衝突音の中でも、彼女の声が明瞭に聞こえる。

 クユミの動きの軌跡を線として辿っていけば、俺を閉じ込める鳥かごとなるだろう。


「やっぱ防がれちゃうかあ、なら──」


 後方からの攻撃を察知して防御に回ろうとする。

 だが振り向けば距離を詰めるのではなく、クユミはバックステップしながらダガーを投擲して来ていた。

 それを剣で弾き飛ばす。剣を振り抜いたところに桃色の残影がもぐりこんでくる。


 なるほど間合いも調整してきたか。

 突撃を受け流せば、彼女はそのまま後ろへと走り抜け、投擲したダガーを空中で回収した。


 上手い。速い。強い。

 学生レベルはとうに超えてるな。


「オッケー」


 三度クユミの姿が消えた。トップスピードだ。

 後ろと見せかけて、左側。

 喉を切り裂かんとしたダガーの刺突を避けて、クユミの腕を掴む。


「……ッ!? やばすぎでしょ♡」

「現段階で申し分ないな。全部予想より上だった。これだけ持続できるのなら問題ないだろうしな」


 拘束を解くと、クユミはさっとダガーをしまって間合いを取り直した。


「ふーん、お眼鏡にはかなった感じかな♡」


 他二人と比べて、納得した様子を見せるクユミ。

 多分、クユミはある程度、自分がこれからどんだけ強くなれるかを把握している気がする。


 しかし残念だったな。

 エリンたち三人組の明るい世直しストーリーである『2』の作風の都合上、お前も普通に覚醒する。

 お前が予想しているよりも、特に理由なく、お前はずっとポテンシャルを秘めている。


 やっぱ『2』キャラと『1』キャラで色々違い過ぎだって!

 アンソロジーコミックでもそこめっちゃ弄られてたじゃん!


「単純なスピードはまだ伸びしろあると思うか?」

「んー……どうだろね? バーンって伸びたなあ、って思う頻度は正直減ってきたかな♡」


 恐らく、バーンと伸びたタイミングでスキルの習得に該当する現象が発生しているのだろう。

 彼女がさきほど発動していたであろうスキルにはおおよそ見当がつく。


 アクティブスキル『殺戮証明』『鮮血の舞踏』。

 パッシブスキル『戦闘用タクティカル思考回路シンキング』。

 この辺を全部発動させているんじゃないだろうか。


 お前それラスダンとかでする動きだろうが!

 はじまりの街にも到達していない現状でやっちゃだめだって!

 あと名前が全部エグい。この外見で何なんだお前は。


「モチベーションを切らさないように、そこだけ気をつけてな」

「あ~、確かにそうかもね♡」


 気にするべきは本当にそこだけな気がするなあ。

 とりあえず時間もいい感じだし、三人を教室に返すとしようか。


 そう思って二人を呼び戻す。


「じゃあ教室戻ってもらおうと思うんだけど……」


 エリンとシャロンが頷いた後、何故かスーッとクユミがこちらに寄って来る。


「せんせいは……みんなの幸せのために戦ってる、って言ってたよね♡」

「ん、ああ……まあそうだけど」


 急に生徒たちの前でポリシーを言われて、ちょっと恥ずかしくなった。

 言葉にされると割とあれなんだよな、絵空事過ぎるかなと思ってしまう。

 実際、一時的にはマリーメイアを不幸のどん底に突き落としているわけだし。


 あっそこ考えたら本当に悲しくなってきたな。

 俺の人生、このポリシーに反しまくっている上に大して成果が出ていないじゃん。


 原作との乖離にどっきりどっきりはするけど、ドンドンの勢いがない。

 不思議な力はわかないから訓練しなきゃいけないし社会性テストは0点だ。

 ゴミ箱に捨てられるのは俺。

 独り相撲カーニバルである。


「じゃ、そのために頑張ってもらうからね♡」


 テンションが地の底を突き破ってしまった俺の頬を、背伸びしたクユミがツンツンとつついてきた。

 力なく顔を向ければ、彼女の瞳が、俺を映し込んで妖しく輝いている。


「……クユミの楽しみって、強くなることなのか?」

「あとはせんせいをからかうことかな♡」


 俺の負担がデカすぎんだろ……




 ◇




 桃色のミニツインテールを可愛らしく揺らす、級友の背中。

 エリンは教室へと戻る道の途中で、それに問いかけた。


「ねえクユミ」

「ん、なーに?」

「さっきの、センセが戦う理由ってさ……あれ、あたしたちの前でそんなこと言ってたっけ」

「……そうだ、違和感あったんだ。先生から直接聞いた覚えがない。クユミ、それいつ聞いたの」


 シャロンもハタと気づく。

 問いを受けたクユミは、立ち止まってから、ゆっくりと振り向く。



「いつだと思う?」



 からかうような、ではなく。

 これは私の宝物なんだとハッキリ主張する女の顔を、クユミは浮かべていた。

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