俺がサンドバッグになる

 休日が終われば残念なことに平日が来る。

 つまり授業が来る。


「準備が終わらねえ……」


 平日の始まりの早朝、俺は職員室の自席で頭を抱えていた。

 たかが三人の生徒と侮ることなかれ。

 座学をやりゃほぼ知ってることなので興味なさそうにされる。

 実技だってこのボロ学校では設備の都合上できることが限られる。


 もうひたすら上へと登っていくゲームとかしようかな。

 落ちた時に一番いい悲鳴を上げたやつの優勝で。


「ということなんですけど、なんかいい案ありません?」

「この間あれだけ自信満々だったのにどういうことですか……?」


 机が二つしかない職員室で俺の席じゃない方の机に向かい頭を下げた。

 山のように積まれた書類をシュバババババババと処理していた教頭先生が困惑の表情を浮かべる。


「正直できることないなあって。あの、ほんと、ここ来たばっかりの時にイキってすみませんでした」

「やっと昔の私の苦労を分かってくれたみたいですね」


 本当に身に染みて分かった。

 生徒が強すぎると何を教えたらいいのか分からんわ。


 カデンタ相手にあれだけ教師とはこういうものだとか言ったけど、全部なかったことにしてほしい。

 今なにも分からなくなってきてるから。


「具体的には……座学は三人とも問題ないですよね」

「ええ、エリンとクユミは戦術講義は全部知ってるっぽいすね」


 教本を片手に嘆息する。

 どちらも実家で戦闘に関する訓練を受けていたわけで、当然ながら通常カリキュラムは済ませてしまっている。


 何ならクユミは応用編まで完璧に頭に入れていた。

 あのキャラで秀才なの明らかにおかしいだろ。


「例えばそこでハルート君が知ってる、実戦での知恵を話すなんてどうです?」

「俺がやってきた戦術って大体、その、敵を発見して両断するって感じなんですけど」

「じゃあ失格ですね。君は不適格よ」


 教頭先生?

 なんか冷たい言葉が聞こえたんですけど?


「あと……一応真面目に、その、どっかの国軍とかと合同で作戦をした時とかに戦術立案やら何やらをやったことはあるんですけど、そのへんは教科書に載っちゃってるので、もう知られてるんすよね」

「規模が大きすぎて聞いたことのない悩みですね……」


 というわけで、俺が三人に座学をするのはほとんどシャロンのためになってしまう。

 むしろ俺の説明が片手落ちだったりすると、クユミから質問が飛んでくる。


 シャロンの理解度を深めるための、俺がどう回答すればいいのか明確な質問ばかりだ。

 生徒っつーか教育実習を見守る先生みたいな立場に居座ってやがる。


「もうウィーアーザワールドでも歌わせようかな……」

「よく分からないけど、座学は三人とも目的をもって受けているみたいだし、今まで通りでいいんじゃないのかしら」


 確かに、無理して満足度を高める必要もないか。


「教えているという実感がないのは、生徒が天才じゃなくても生じる問題です。そこで教師が頑張るのは、時としては単なる自己満足になってしまうこともありますよ」

「……ですね、ありがとうございます」


 なら、ひとまずはこの教本をきちんと教えていくのを目標にするか。


「じゃあ問題は実技ですね」

「ハルート君が模擬戦の相手をすればいいんじゃないかしら?」

「それだ」


 ほんまやんけ。

 えっちょっと待って?

 仮想ターゲットとかじゃなくて俺がやればええやん。


「本当に思いついてなかったのね……」


 教頭先生は戦慄した様子で視線を向けてきた。

 俺が天才過ぎただろうか。


 とはいえ方針は決まった。

 俺は『CHORD FRONTIER』のOPを脳内で爆音再生しながら、さっそく授業の準備に取り掛かるのだった。




 ◇




「というわけで今日は皆さんのステータスの中でも速度に関して引き上げていこうと思います」

「センセ、何言ってるか分かんない……」


 訓練場に並ぶ三人はそろって困惑の表情を浮かべていた。

 ギリ分かるようにかみ砕いて言ったはずなんだが。


「まあスピードは冗談なんだけどな。シャロンにはあんまりいらないし、エリンとクユミはもう十分すぎるし」

「じゃあ何するわけ?」


 きょとんとした様子のシャロンに対して、俺はにやりと笑う。


「みんなのアクティブスキルを乱発して習熟度を上げるんだよ」

「せんせいもっと意味わかんなくなっちゃってるけど♡」


 しまった、今度は純度100%で分かんないこと言っちゃった。


「というわけで俺をサンドバッグにしてもらおうと思う」

「つまりどういうこと……?」

「それぞれの技を俺に叩きこんでもらう」

「【砕くは星】」

「あっちょっと待って」


 早い早い早い。

 一刻も早く発動しようとしすぎだろシャロン。

 気づいたら突撃槍がこっち向いてたわ。


「まずエリンからでいこう、な?」

「はーい」


 残念そうに突撃槍の砲撃機構を閉じるシャロン。

 ガシャガシャと音が鳴り響いてかっこいい。

 これ好きだったなあ。意味もなく戦闘に突入してこの音聞いてた。


「じゃあエリン、この間は太刀を横に振るってたけど、あれの縦をやってみようか」

「えっ!? せ、センセなんで縦一閃知ってんの!?」」


 あっやべ知らない感じじゃないとだめだった?

 ていうかもしかしてこれアクティブスキルとして軽く見てたけど、ソードエックスの奥義みたいなものだったりする?


「ま、まあアレがあるんならこっちもあるかなあって……」

「そうなんだ……さすがだねセンセ……」


 適当に誤魔化して、さっと剣を構える。

 シャロンとクユミがさっと距離を取ったのを見て、エリンはさっと太刀を抜く。

 小太刀の方だ、縦一閃の時に使うのはこれだよなあ! テンション上がってきた!


「いくよ、センセ!」


 引き抜かれた太刀が光を宿し、刀身がブレる。

 飛翔する斬撃が俺を頭頂部から真っ二つにしようとするのを、半歩横にずれて避けた。


「えっ……」

「連発しよう」

「あっ、はい!」


 エリンがズバズバと剣を振るい、そのたびに練習場の地面が切り裂かれていく。

 SPゲージの溜まりの早い技だからなあ、ゲームだったらこれでもうゲージ消費技を打ってのサイクルに入れるんだけど。


「横より避けられやすいって思う?」


 避けながら問いかけると、エリンは歯を食いしばって斬撃を打ちながら頷いた。


「ひとまず目標として、俺に当てよう。防御できるから」

「は……はい!」


 根性論みたいでいやだけど、どうもエリンの『縦一閃』は、先日見た『横一閃』に比べて洗練されていないように感じる。

 技の始めから発動までがちょっと長いんだよなあ。


 そうして50か60ぐらい撃たせたところ、エリンは疲労困憊といった様子で肩で息をし始めた。


「じゃあちょっと休憩」


 最後に飛んできた斬撃をパシっと剣ではたき落として告げる。

 エリンは座り込んで、そこそこに絶望的な表情を浮かべた。


「な……なんで当たんないの……?」

「読まれないように視線散らしたり体の動き変えたりしていきたいなあ」


 アドバイスしていると、一段落したのを見てシャロンたちも寄ってくる。


「流石先生って感じだったけど……なんていうか……こう……」

「キモい踊りみたいな動きしててキモかった♡」


 ガチで傷つく言葉が飛んできた。

 膝に来てしまった。エリンの隣で崩れ落ちる俺を、クユミがきゃはきゃは笑いながら見下ろす。


「でも、エリンの縦の動きはこの間ぶりに見たけど、やっぱり横とは感覚が違うものなの?」

「う、うん。それに、ちょっと完成度低いからさー」


 シャロン相手に、エリンは頬の横に垂れる髪を一房弄りながら言葉を続ける。


「『縦一閃』はその、あの人……ザンバお兄さんがやってるのを見様見真似で習得したから」


 ──は?


 ちょっと耳が壊れた。意味が分からなかった。

 え? エリンってソードエックス家に拾われて訓練を受けててそれでソードエックスの剣技を習ったんだよな?

 いや確かに習ったというか習得したって言われていたけど。

 でもどう考えてもそれって、訓練を受けた結果のはずだよな?


「エリン……あなた何言ってるの……?」

「本当にどういうこと? レクチャー、されたんだよね……?」

「え、ううん? 横一閃は習ったけど、縦一閃は習ってないよ」


 この時ばかりはシャロンとクユミも明確に引いていた。

 表情と視線には、驚愕を通り超えた恐怖が宿っている。


「だからだと思うんだよねえ、もっとうまく成らなきゃ……」


 あははと笑うエリンに対してかける言葉が見当たらず、俺は縋るようにしてシャロンへと視線を向けた。

 彼女は戦慄の表情を浮かべていたが、俺と視線を重ねると、すっと無表情になった。



「……いや先生に怖がる資格ないから」

「あ、はい」


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