面談の帰り道
王城を出た後、俺とエリンは粛々と道を進んでいた。
「少し時間を取ろうか」
「え、あ、うん……」
彼女がザンバと何を話したのか、確認したかった。
王城を出る時にリストアップしていた、城へ向かう際に街並みで見た休めそうな場所たち。
その中でも居心地の良さそうな喫茶店を目指す。
「センセは、王都慣れてるんだね……?」
「ん、一時期は拠点にしてたからね。とはいっても、だいぶん変わったけど」
流石に数年もあれば街並みの中に知らない建物が増えてくる。
「学校じゃない場所……お城の中だと、あたしガチガチに緊張しちゃって、何が置いてあったのかとか全然覚えてないや」
「覚えてなくてもいいさあんなの」
威厳のために置かれているようなものだ。
学生のころに来ていたら、同級生たちと一緒に、気まぐれに数個ぶっ壊そうとしていたかもしれない。
「やっぱ髪の色変えたりしたからなあ」
「ああ……入学するときに変えたんだっけ?」
あれ、ザンバは特に何も言ってなかったよな。
でもギャルデビューしたエリンを、初めて見たんじゃないか?
それに関しては何も言わなかったのだろうか。
案外脳を破壊されてたりしてな。
そんなくだらないことを考えていると、目的地である喫茶店にたどり着いていた。
ドアを開けると、からんころんとベルが鳴る。
「いらっしゃいませ、何名様で……」
こちらに歩いてきた店員さんだったが、俺とエリンを交互に見比べて、何か納得したようにうなずく。
「失礼しました。お連れ様がお待ちですね」
「えっ」
店員さんが恭しく手で指示した先。
そこでは、四人席の片方に二人で並んで座る、俺の生徒たちの姿があった。
「おかえり~♡」
「うわ、ホントに来た……」
私服姿のシャロンとクユミだ。
二人ともしっかりオシャレをしていて、服の名前が分からない。
いやそうじゃなくて。
「なんで……いるの……?」
頬を引きつらせながらエリンが呟いた問いは、俺と全く同じ疑問だった。
今日はエリンと出かけるとは言っていたものの、目的やら場所やらは言っていないはず。
対して、にひと笑いながらクユミが指を振る。
「ちょっと考えれば分かることだよ~♡ どう考えてもソードエックス家絡みでしょ♡」
「だからって、店の場所はどうやったんだよ」
「馬車の待合所から王城へ向かう道中で、入りやすくて落ち着いてるお店をいくつか調べて、その中でもせんせいが気に入りそうなお店、つまり緊張せず入れそうなとこがここしかなかったんだよ♡」
名探偵の推理そのものだった。
完全に心理を読み切られている。
「まあこれは、せんせいはお洒落な店なんて知らないでしょっていう前提あってこそだけどね♡ せんせいがデートのやり方も知らないだっさい大人だって信じたから予想できたんだよ♡」
「クユミ、言い過ぎ。否定はしないけど」
「はーい」
俺は泣いた。
ライン超えでしょこれ。
◇
とりあえず、三男であるザンバと顔を合わせたこと、魔族との戦いについて報告したことは共有した。
人数分の飲み物が揃った後、クユミは両肘をテーブルについてエリンへと顔を寄せる。
「じゃあエリンちゃんは、こわーい大人に目をつけられちゃったんだ♡」
「怖い大人っていうか実家でしょ。ま、ソードエックス家は確かに怖い大人だけどさ」
コーヒーに砂糖を混ぜながら、シャロンはけだるそうな表情で指摘する。
「人のこと言えるほど、私もいい実家じゃないけどさ」
「へ~……シャロンちゃんって一応貴族だっけ?」
「一応ね」
一応て。
社交界の場で貴族の人たちと会ったことはたくさんあるが、みんなそんなに悪い人じゃなかったぞ。
きちんと利益を生み出すために行動しているから、同意を得れば協力してくれたし。
「そうだよね、意外とあたしたちのクラス、家がおっきいもんね」
エリンはそう言って、俺とクユミとチラリと見た。
どうやらこっちの家はどうだったのかと聞こうとしている、あるいは聞いていいのか悩んでいるようだ。
普通に話題を広げていくなら、そりゃこっちにも振ってくるのが自然だろう。
俺はチラリとクユミと見た。
彼女は暗殺者の家系の出身だったはず。
エリンほどシナリオ中で明かされていたわけではないが、入学前から訓練を受けていたのは確かだ。
じゃなきゃあんなに強くなるはずがない。
「……ソードエックス家はその中でも大きいからな。今日は緊張したよ」
なので話題を切り替えた。
流石に喧嘩になったりはしないだろうが、少なくとも愉快な気分になれる話題ではなさそうだったしな。
エリンは俺の意図を読んで、危ないと息をついている。
「やっぱり、エリンを連れ戻したがっているの?」
「うーん、あの人から聞いた感じだとそうみたい」
あの人、ってザンバのことだろうか。
兄に対する呼び名としては余りに不自然な単語に、一瞬だけシャロンの表情がこわばる。
「何話したんだ?」
「ん……そのうち帰ってこい、って。後、先生がどういう戦い方をしたのかって」
俺の事前情報を集めていたか。
だが、エリンの近況は自分で聞かなかったということになる。
「どうして、今になってって……思っちゃうよね」
たはは、と笑うエリン。
俺はその表情を見つめながら、微かな心当たりに表情を引きつらせていた。
大前提からの確認。
俺の体感だが、この世界には絶対に変えられない事象というものがある。
例えば、ハルートは俺の知るスキルをきちんと生まれ持っていた。
例えば、マリーメイアをヒーラー以外のジョブにすることはできなかった。
恐らくだが、エリンが実家を出て冒険者学校に来るのも変えられない出来事なのだ。
そこが変わってしまっては『2』が変わるどころかなくなってしまう。
だからエリンは一度家を出た。
しかし……彼女の価値が高まったことで、ソードエックス家はエリンを取り返そうとしてるんじゃないか?
だとしたら分かるんだけどなあ。
ソードエックス家がこのタイミングで動いているのも、エリンが家から出ることとエリンの価値に、原作とは異なる事態が生じていたからだろう。
三男ザンバがここで出てくるのは予想外だったが、基本的には彼が出てくるシナリオをなぞってくると考えていいのだろうか。
あんまり決めつけるとまずいから、似たようなシチュエーションが発生した場合は参考にする程度の意識で構わないだろう。
「──センセ、どしたの?」
「ん、ああ……」
考えに熱中していたせいか、気づけば三人がじっと俺を見つめていた。
「先生、大丈夫? ストロー変えてもらう?」
「え? あ……」
見れば、俺は無意識のうちに、アイスコーヒーに突き刺したストローをがじがじと噛んでいたようだ。
ストローが萎びたナスみたいになっている。
生徒の前で情けない。
「せんせいってば、ストローを噛む人は愛情不足らしいよ♡」
「俗説だろ……」
クユミから見透かしたかのような視線が飛んでくる。
勘弁してくれ。
「あ、そうだ。センセ、ぬいぐるみありがとね」
思い出したようにエリンがぬいぐるみを取り出す。
そういえばさっき帰るとき、カデンタに袋もらってたっけな。
「え、何? 買ってもらったの? ズル……」
シャロンがぬいぐるみを見て声を低くする。
さして高いものでもないし、大したことではないんだけどな。
「へえ~……でもそのぬいぐるみさあ」
クユミはすっと手を伸ばして、クマの鼻を指でちょんと押した。
「せんせいに雰囲気似てるねこの熊ちゃん♡」
「あ、確かに。なんか先生に似てるかも」
「なあそんなに似てるかなぁこの熊と俺!」
明らかに愛玩用のデザインなのにここまでみんなが同意するのはおかしいだろ!
しかし俺の反論は認められることなく、結局このクマ野郎は教室の後ろに飾られることとなるのだった。
◇
四人揃っての帰り道。
疲れてしまったのか、俺の肩に頭を乗せて眠るエリン。
その寝顔をぼうっと見ているクユミと、窓の外を無表情のまま眺めているシャロン。
静かな馬車の中だった。
「三男の人、殺すの?」
「殺さない方法が一番だと思ってるよ」
シャロンがギョッとしてこちらを見た。
クユミはにひひと笑って、瞳の中にほの暗い光を浮かべている。
「そっか。お手並み拝見だね♡」
「まあ……そうだな。頑張るよ」
いかんな。この子と話してると、生徒というよりはまるで仲間と話しているような気持ちになる。
呆然とした表情で口をぱくぱくと開閉させているシャロンには悪いことをした。
心臓に悪いやりとりだっただろう。
「生徒の身内を殺すようなことは、なるべくはしたくないかな」
「なるべくなんだね♡」
シャロンはものすごく胃が痛そうにしていた。
本当にごめん……
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