勇者の末裔と、燃ゆる狼

 ザンバ・ソードエックスが部屋から出て行った後。

 絨毯に滴った俺の血は、魔法で浮かび上がらせて除去した。

 流石にこれは物的証拠過ぎるからな。


同胞はらからよ、彼女を行かせて良かったのか」


 エリンは逡巡した後に、兄の後を追って部屋を出て行った。

 ソファーには彼女のぬいぐるみが寂しげにぽつんと座っている。


「多分大丈夫だ……さっきの攻撃、エリンには傷一つないよう気を遣ってたから」

「しかし同胞、貴様に血を流させるほどの威力だったではないか」

「まあ、俺が受け止めるのを読んでたんだろうな」


 説明するも、カデンタは釈然としない表情だった。

 まあ納得いかないよな。


 俺は『2』のシナリオで、心の底では妹を大切に思っていたというザンバの述懐を知っている。

 だからこうして、出会ったばかりの相手の深層心理を把握することが出来る。

 原作知識、最高!


「だが問題は他にもあるだろう」

「ああ。あの気迫で三男坊っていうんだからすげえよな」

「そこじゃない」


 渋面を浮かべるカデンタに対して、俺はソファーに座り直してから自分の掌を見せた。

 血を拭き取った後の皮膚には傷一つない。

 パッシブスキルの恩恵だ。


 ザンバやエリンは体に傷が残っていた。

 それは乗り越えてきた修練や修羅場の証明なのだろう。

 だが俺は真逆だ。


 このスキルは戦闘を継続するために必要な1パーツだ。

 小さな傷の積み重ねで血を失いすぎないよう、毒が回り戦闘困難にならないよう。

 常に最高の状態で戦うための、戦闘マシーンとしての部品。


 深手を即座に治療することは出来ないが、安静にしていれば勝手に治る。

 スキルとなっているが、勇者の血筋の体は再生能力も生まれつき半端ないということである。


「改めて言うけど、俺は何か騒ぎを広げるつもりはない。傷をつけた証拠がない。俺も向こうも何もなかったと言っている。エリンだってお兄さんと俺が諍いを起こすのは嫌だろう」


 王城を借りての面談とだけあって、聞き耳を立てているような輩もいなかった。

 部屋の中にいた四人しか事態を知らない。


「後はカデンタ、お前が何もなかったと言えばそれで終わりだ」

「いいのか。貴様の味方をする勢力に今の出来事を共有すれば……」

「国が割れるだろ。ソードエックス家はテイル王国に必要だ」


 俺が、あの家はダメだーつってとり潰そうとして、いろんなところに被害を出しながら潰して、それで何が解決するというのか。

 気に入らない相手を叩き潰し続けるだけで世界が回るのなら、そんなに楽なことはない。

 だがそうじゃない。その先には悲惨な末路が待っていると、原作でハルートが証明している。


「俺が自分のプライドを守るための行動で、どこに迷惑をかけ、何を壊すかも分からないように見えるか? その結果をエリンはどう思う?」

「分かった、分かった。貴様がそう言うのなら、こちらも胸に納めておこう」


 ソードエックス家の規模を舐めてはいけない。

 影響を及ぼしている範囲は計り知れないのだ。


 例えば俺が独断で家に乗り込んで、ソードエックス家を壊滅させたとしたら、多くの人が路頭に迷うだろう。

 国防の要である軍も弱体化し、他国からの圧力に晒されることとなる。


 たかが個人の一行動でどうこうできるほど、この世界は緩くない。

 むしろゲーム世界とは思えないぐらい、そのあたりは緻密だ。


「まあそういうわけだ。悪いなカデンタ」

「構わんよ、と言いたいが……本当にそれだけか?」


 カデンタがこちらの顔をのぞき込んでくる。

 俺はふいと目をそらして、頬を指でかいた。


「ああ、そうだよ」

「貴様は嘘を吐くときに右の人差し指で左頬をかく。変わらないな」

「えっほんと?」

「ああ、嘘だ。本当は別の特定行動がある」


 ヒエッ……

 俺もうこいつの前で嘘つけないじゃん……


「本当は何を考えている」

「そんなに、掘り下げたいところか?」

「悲しいな。同じ学び舎で育った盟友とも相手に隠し事か」


 ぐっ……それを言われると弱い。

 ただでさえ少ない友達をなくすわけにはいかない。


「……エリンの家だからな」


 結局、俺が彼の蛮行を見過ごす理由はそこに尽きる。

 カデンタはあきれかえったような表情を浮かべた。


「エリンはまだ選択肢があることを知らない子供だ。もしかしたら卒業した後、あの子は家に戻ることを選ぶかもしれないだろ」

「認めるのか、そんなことを」


 彼氏じゃねえんだよ、と思わず苦笑した。


「俺は彼女たちにより良い生き方を教えられるような存在じゃない、それはもう教師じゃなくて教主様とかだろ」

「ならば……貴様は教師として、彼女たちに何を与える? 何を教える?」


 今までの質問は多分、ここに至るための前提の確認だった。

 カデンタはじっとこちらを見つめている。

 昔からの友人が、急に転職して先生になって、ちゃんとやれているのか心配してくれてたのか。


 なら、真剣に答えないとな。

 数秒黙ってから、俺は言葉を慎重に選びつつ口を開く。


「俺は……あの子たちが、自分で選んだ道を真っすぐに歩けるようにしてやりたい」


 それが世界を救う旅路であることを俺は知っている。

 何を選び取るのかだって、大まかには把握してしまっている。


 だとしても、彼女たちが途中でくじけたり、悲しみに暮れたとき、支えとなるような何かを教えたい。

 自分の足で道を歩き続けることの難しさと一緒に、道の歩き方を教えてあげたい。


「だから、ソードエックス家と事を構えるつもりはまったくない」


 そうか、とカデンタは頷いた。

 どうやらこれで丸く収めてくれるようだ。


「ま、向こうも俺がこう考えるって分かってたと思うけどなあ」

「ほお? その根拠は?」

「ザンバ殿は、いつもああじゃないだろう?」

「……ああ。王城での抜刀など、到底考えられん」


 だろうな。

 確か『2』開始時、彼はソードエックス家の関係者として王国軍に深くかかわっていた。

 心の奥底にある衝動を抑え込んで、社会に溶け込むことのできる人種だ。

 そんな彼があの時刃を見せてきた。


「最悪の場合は、ザンバ殿個人の行動として誅殺されるのもやむなしということか」

「いや三男坊をそんな使い捨てるとは思えないが……」

「ソードエックス家ならやるぞ」


 カデンタの断言に、俺は口をつぐんだ。

 やべえ。『2』やった感じ、ソードエックス家が密かにゾンビウイルスの研究とかしてそうな暗黒集団なのは知ってるんだが、そこまで身内にも厳しかったか……?


「カデンタ。向こうはエリンを連れ戻したがっていると思うか?」

「貴様これだけの時間を費やしてやっとそこか? 当然だろう」


 ぐえー、この辺の頭の回転はやはり敵わない。


「面倒なことになっている……というより、貴様が面倒なことにしているな」

「やっぱり?」

「ウム。あの手の輩は一発シバいて、立場を分からせてやるのが鉄則だぞ」


 そう言ってカデンタがにやりと笑う。

 お前はいつも暴力で全てを解決しているようでうらやましいよ。




 ◇




 王城の門を出て、ハルートとエリンはカデンタに別れを告げていた。


「今回は世話になったな」

「あ、ありがとうございました」


 ザンバと何か話してきたのか、エリンは気落ちした表情だ。

 これは帰り道で少し話を聞いてやるなりなんなりしないといけないな、とハルートは頭の中で候補の店をピックアップする。


「これぐらい同胞はらからのためなら構わんさ」


 不敵な笑みを浮かべてハルートの肩を叩くカデンタ。

 だがその後、彼女は一度表情を曇らせた。


「ただ……貴様は少し、身の振り方を考えておけ。マリーメイア嬢は相当に荒れているらしいぞ」

「荒れてるって……小鳥に囁かれても無視してるのか?」

「貴様ちょっと彼女に夢を見過ぎていて本当に気色悪いぞ」


 なんでだよとハルートは憤慨した。

 マリーメイアはするだろそういうこと、と直球の妄想をむき出しにしている。


 流石のエリンも担任のキモさに引いている中、ぽんとカデンタが手を打った。


「ああ、そうだ」


 思い出したかのように、彼女はハルートの左手を取る。

 それから口元まで持ち上げると、彼の手の甲にガリと牙を突き立てた。


「は」


 エリンが口をぽかんと開けた。

 牙を突き立てた箇所から、少し血がにじんだ。

 それを見て、満足げにカデンタは牙をはなす。


「お、いつものか」

「うむ」

「最近は顔を合わせる機会が減ってたから、すっかり忘れてたよ」


 あっけにとられているエリンに対して、ハルートは即座に傷の癒えた手を見せる。


「オールハイム家に伝わる高等魔法らしくてさ」

「おかげで貴様の取り巻き共には何度も殺されかけたがな……」

「まあお守りみたいなもんだろ? ありがたいよ。昔からやってもらってるけど、本気の噛みつきに比べれば優しいもんだしな」


 昔からだの、魔法だの、何だの。

 ゴタゴタゴタゴタ言っているハルートの台詞全てを無視して。


 エリンは、その意図を正確に理解した。

 傷がすぐに治ると言っても、見知らぬ他人が彼を傷つけるなど我慢ならない。


 先ほどの刃傷沙汰に対してカデンタが怒りを露わにした理由は、王城だからとか、大切なハルートに剣を抜いたとか、そういう問題ではないのだ。


「ではエリン殿、また会うこともあるだろう。それまでの間はよろしく頼むぞ、我が後輩よ」



 尊敬できる先輩の顔をしながらも。

 カデンタ・オールハイムの目は雄弁に語っていた。




 ──彼を傷つけるのは自分だけでいいと。




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