相対するは悪の侵略者と善の守護者

 魔族相手に人間が立ち向かう方法は限られている。

 剣の訓練を受ける、魔法を習得するなどしなければ、生物としての膂力や魔法適合が根本的に異なる魔族相手に太刀打ちできない。


 必然、ロクに訓練も受けていないであろうはぐれ魔族が相手だったとしても。

 村の腕自慢如きでは首をねじ切られるだけだし、その村は必ず壊滅する。


 戦える人間がいれば、話は変わる。

 エリンは、変わったのだと今でも信じている。




 ◇




 シャロンとクユミの背中を見つめて、エリンは呆然としていた。

 魔族が展開した遮断結界をなんてことはないかのように粉砕した後、二人は油断なく魔族を見つめながら口を開く。


「じゃ、シャロンちゃん後衛でいいかな?」

「任せて。援護できそうな時に援護するから」

「はいはーい、でもまあ、エリンちゃん見てるだけでもいーよ♡」

「分かった。気を付けて……っていう必要ないか。クユミのこと、全然心配しようと思えないし」

「ひっど~い♡」


 軽口をたたきながらクユミが前に出る。


「邪魔立てするか、学生如きが」

「その学生如きに遮断結界ぶっ壊されちゃったのはどこの誰だっけ~?」

「死ね」


 乱雑に魔族の片腕が振るわれたと同時に、紫色の魔力を圧縮した切断光線がクユミめがけて放たれた。


「あぶなーい♡」


 だがクユミは微かに顔を逸らしてそれを避けると、右手に持っていたダガーを投擲した。

 バシュ、と音を立ててダガーが魔族の頬を掠めて浅い切り傷を刻む。


「あは♡ へたくそ相手してるとこっちもへたくそになっちゃった~♡」

「──死ね!!」


 背中に折りたたんでいた翼を広げて、魔族が咆哮を上げる。


「……ッ!!」


 その光景に最も強く反応したのは、クユミでもシャロンでもなく、震えながら動けなくなっていたエリンだった。


(町に向かわれたら……!)


 辺境の冒険者学校は山の中に作られており、周囲に村落の類は見当たらない。

 だが飛行能力を有する魔族は、人間が使う馬車など比べ物にならないスピードで空を飛ぶのだとエリンは知っていた。


 もしもここで自分たちが逃がしてしまえば、最も近い町や村を襲うかもしれない。

 そうなれば、きっと、炎の中で誰かが泣くことになる。


(……あんな思いをする人なんて、絶対にいちゃいけない)


 エリンのまなざしに炎が宿る。

 彼女の視線の先にいるのは、自分の大切なものを奪った恐ろしい存在ではなく。

 これから人々を脅かすかもしれない、排除すべき脅威だと認識を改めた。


 脳裏をよぎるのは、地獄へと塗り替えられた自分の故郷。

 弱きものを蹂躙する強者が、こちらを嘲っている。

 そんなことは、あんなことはもう絶対に──


「──させないッ!」


 革靴の底が地面を砕く音。

 それはエリンが、人類に叩きだせる最高速度をはるかに超えたスピードで疾走を開始し、魔族へと斬りかかる合図の音だった。


「ぬう……っ!?」


 とっさの反応で魔力を纏わせた右腕を突き出し、魔族がエリンの斬撃を受ける。

 魔力の光と太刀の閃きが、互いを喰らおうと火花を散らした。


「小娘が! 家族の仇を討ちたいのか? いいだろうやってみせろ!」


 勢いづけて魔族が腕を振り抜く。

 力押しに逆らわずエリンはわざと弾かれ、空中で回転し姿勢を安定させた後に着地する。


「違う! 仇討ちじゃない……あたしみたいな子が、もう生み出されないように!」


 魔族の全身から濃密な魔力が嵐の如く吹き荒れる。

 人知を超えた光景を目の当たりにしても、エリンにもう迷いはない。


 少女は戦う覚悟を決めた。

 まさしく、主人公に相応しい一幕。


 だが彼女は、厳密にはまだ主人公ではない。

 肩書として名乗るには、しばし時間の経過を必要とする。

 だから、彼女一人でできることには限界がある。



「じゃあせっかくだし、三人で一緒にしよっか♡」



 吹き荒れる魔力の嵐をダガーの刃が断ち切った。

 にひ、と笑うクユミだ。


「お前ェェェッ! チョロチョロといい加減にぃぃっ……ごばっ!?」


 怒りの形相でクユミへと襲い掛かろうとした魔族が、彼女たちの後方から飛んできた魔力砲撃をモロに食らって吹き飛ばされた。

 そのまま林の中へと叩きこまれ、姿が見えなくなる。


「それがいいと思う。あいつ、エリンと因縁あるみたいだけど……一人でやれないのなら、友達を頼ってほしい」


 クールな表情のまま、砲撃モードの突撃槍を抱えたシャロンが言った。


「わお、熱いこと言うねえシャロンちゃん♡」

「こう見えて、私は結構、友情を大切にするタイプだから」

「……こう見えても何も、別に知ってるってば」

「シャロンちゃん照れ屋だからね♡」

「は? うっさ……じゃあチャージして撃つから、いい感じにして」


 自分に分の悪い流れとなったことを察知したシャロンが、無理矢理に話題を切り替えた。

 彼女はそのまま、砲撃威力を増大させるための詠唱に移行する。


「【砕くは星】【黄金の角】」


 ガコン、と音を立てて、彼女の身の丈ほどあろうかという突撃槍が構造を展開する。

 鋼鉄がこすれながらスライドし魔力を循環させ、甲高いチャージ音と無秩序な放電音を撒き散らす。


「【荘厳の前に跪き】【自ら目を潰すがいい】」


 魔族は姿を現さない。ならばあぶりだすのみ。

 今回はいいよねと心の中の先生に謝った後、シャロンはトリガーを引く。



「──放射fireッ!」



 放たれた砲撃は光の奔流。

 接触した木々を焼き尽くすが、燃焼速度が早すぎるがあまり、片っ端から蒸発させているようにしか見えない。


「うおおおおおおっ!?」


 哀れな悲鳴を上げて、魔族は砲撃から逃れるべく上空へと飛翔した。

 すっかり夜となった空にぽつんと黒点が二つ浮かぶ。


「は」


 目の前でにひひと笑っているクユミの笑顔を見て、魔族は凍り付くような感触を覚えた。

 それは魔族が人類相手に抱くことなどありえない、恐怖と呼ばれるものだった。


「友達に悪いことするやつに、容赦はしないよ♡」


 ダガーが来る! と両腕をクロスさせて防御を固めた魔族。

 だがクユミはひらりと舞うような動きでワイヤーを展開し、魔族の体を拘束した。


「何を……ッ!?」

「対魔族用特殊素材ワイヤーだよ♡ カンタンには動けないと思うな~♡ そのまま死ね」


 酷薄な言葉を吐き捨てて、クユミは両手に持っていたダガー二本を魔族の肩から胸部へと突き込んだ。


「がああああああああああああっ!?」


 ワイヤーに身動きを封じられた魔族が悲鳴を上げながら落下する。

 シャロンによって林を焼き払われた以上、逃げ場はどこにもない。

 そして落下先では、目を閉じて精神を練り上げるエリンが待ち構えている。


(そうだ、私は何もできなかったエリンじゃないし、大義のために振るわれるエリン・ソードエックスにもなれてない。今はまだ何者でもない、だけど!)


 共に戦ってくれる友達がいる。

 一緒に考えていこうと笑いかけてくれた人がいる。


 だったら戦う理由はある!



「ソードエックス流、剣我術式──縦一閃ッ!」



 真っ向からの唐竹割。

 天空ごと引き裂くかのようなその一撃が直撃し、魔族は地面に叩きつけられ、動かなくなるのだった。




 ◇




 戦闘の気配を察知して駆け付けた時には、もう悪質コンボが決まっていた。

 三人のコンビネーションアタックだ。ボタン連打してると出るやつ。


「あ、せんせいおっそ~い♡」


 駆け付けた俺の姿を視認して、クユミがくふふと笑う。

 林……だった焼け野原に佇む三人は、足元にふんじばった魔族を転がしていた。


「殺さない方がよかったよね」

「なんかあたしを狙ってたし。魔眼のガキを殺さなきゃ陛下が~って言ってたよ?」


 いつも通りにクールなシャロンと、一皮むけたのか、にははと笑いながら納刀するエリンの姿。


 それを見て──冷や汗が止まらない。走って来たからじゃない。

 シャロンとクユミが少しでも遅れたら。

 魔族がもっと強い個体だったら。


「……センセ? どしたのー?」


 マリーメイアは……多分、大丈夫だ。

 通常プレイで死ぬことがないようにレベリング、というか訓練はめちゃくちゃやらせたし、心構えも叩きこんである。

 というか俺が関与しないだけでマリーメイアがその辺で野垂れ死ぬような世界ならもういいし。


 だとしても『2』主人公たちがなぜ、こんな大幅にズレたタイミングで、本格的な魔族との戦闘を経験する羽目になっている?

 唯一の異物である俺が関与しないというのは楽観的過ぎる。


 ……いや、今考えても材料がなさすぎるか。

 三人が生き残ったことを喜ぼう。


「ああ、いや。よくやったよ」


 心配そうにこちらを覗き込んできていたエリンの頭に手を乗せようとして、動きを止めた。

 これダメなんだったよな。あぶねえ。


「えいっ」


 とか思ってたらエリンが俺の腕をつかんで、髪をわしゃわしゃと撫でさせた。


「えっ」

「こ、今回は特別だから!」


 耳を真っ赤にしながら言われては、大人しく撫で始めるしかない。

 後ろには、ちょっとこちらを羨ましそうに見ているシャロンと、しょうがないなあと言わんばかりに肩をすくめるクユミの姿があった。


「はい、おしまい!」


 満足したのか、エリンは俺の腕を解放した後に照れ臭そうに笑った。


「せんせい、戦闘遠くからでも見えてたでしょ? どーだった?」


 クユミに声をかけられ、一つ息を吐く。

 最後にチラッと見えたクユミの動きは、ワイヤーアンカーを使って敵の動きを封じた後に両手のダガーを二本とも叩きこむという動きだった。


「ん、どしたのせんせい? じーっとクユミちゃんのこと見つめちゃって、なに?」


 記憶が正しければ、その動きってアクティブスキル『殺戮証明』だよな……?

 それレベル65で覚えるやつじゃなかったっけ……?

 えぇ……?


「んふふっ、もしかしてクユミちゃんに見惚れちゃってた?」

「いや純粋に引いてた」

「純粋に引いてた!?」


 衝撃を受けて、クユミはハートマークを投げ捨てて硬直した。

 まあ理屈としては分かるからいいか。レベリングしまくっていたのだろう。


 どちらかと言えば気になったのは別のことだ。


「三人とも、普段よりも動きが断然良かったな」

「あ、それあたしも思った。って、別にセンセの前で手を抜いてるとかじゃないからね!?」

「分かってる分かってる」


 意識して何かの力を引っ張ってきたわけではないらしい。

 ならば原因の予想はついた。

 恐らく三人は、ノーブルリンクを発動していたのだろう。


 ノーブルリンクとは、キャラクター全員が一定レベルに達しており、なおかつ高い友好度を持っている時に生じる特殊なコマンドだ。

 個人個人のSPゲージとは異なり、全体で共有するノーブルゲージが半分以上溜まっている場合に発動することができる。


 効果は絶大で、全員の攻撃力防御力機動力といった基本ステータスへの補正はもちろん、アクティブスキル間の操作不能時間もまるごと短縮されるため普段は繋がらないコンボとコンボを丸ごと接続することなんかができて、DPSが跳ね上がりまくるのだ。

 余りにも出し得すぎるのでタイムアタック動画ではとにかく半分溜まった瞬間に吐くことを推奨されていたな。

 ちなみに満タンまで溜め切ると全覚警察に逮捕される。


「その感覚を忘れないようにしろよ」

「うん、分かった……で、こいつどうしよっか」


 俺たちの視線は、地面に転がされている魔族へと向けられた。


「見た感じは中級だろうけど、単独行動してるなんて珍しいな。名前は聞いたか?」

「ううん、聞いてない」


 いいのか、と確認していいのかどうかが分からなかった。

 俺は元々知っている。何せこいつは『2』時間軸ではれっきとしたネームドなのだ。そりゃ主人公の村焼いてるからな。


 問題はエリンだ。

 仇と対峙し、打倒した。それはいいが、こいつの名前を知らないまま成し遂げてしまっている。

 場合によっては、かつてエリンの故郷以外でも遭遇したことがあると嘘をついて教えてあげようかと思っていたが。


「……名前を覚える価値は、ないかな」

「そうか」


 家族の仇相手にこれを言えるのか。

 すごいな、エリンは。


「……もう、弔ってもらったし。今のあたしは、ソードエックスだから」


 何か、自分の指針を見つけた後の声色だった。

 生徒の成長って、教師の前じゃないところで起きるものなんだな。


 俺が無言で頷き始めて、三人が『何に感動してるの……キモ……』と俺から距離を取り始める。

 その時だった。


「う……」


 ワイヤーで拘束されている魔族が、うっすらと目を開け、俺を直視した。


「あ、目ぇ覚めた?」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!?!?!? ゆ、ゆ、ゆ、勇者ハルート!? 貴様がなぜここにぃっ……!?」


 大体初対面相手にこの拒絶反応である。

 コミュニケーション能力が低すぎるだろ。礼儀知らずがよ。


「なんでって言われても、いるものはいるんだからしょうがねえだろ」

「黙れッ! め、迷惑なんだよ貴様はァッ! 選ばれし者でもないのに鬱陶しい! なんでそんなに強いんだ本当に意味が分からん! 排除したくても排除できんのが本当に腹が立つ! 今ここで死んでくれッ!」


 おいあんまマジレスばっかしてくんな。

 泣くぞ。


「陛下のために……魔眼の小娘と、貴様という厄災だけは……!」


 拘束された状態ながらも、魔族が自分の手のひらを爪で切り裂く。

 召喚術を発動する際によく使われる動作だ。


「……なるほど」


 こいつが単独で行動していた理由がよく分かった。

 いわば、動く爆弾なのだ。勝手に人間を殺し回らせて、本当に強い敵と遭遇して追い詰められた際には、召喚術を発動して一帯に被害を与える。


 こういう手合いを作るようになったのか、魔族も。

 なら一番召喚されたくないやつを召喚してくるだろうな、というのも推測できる。


『…………呼んだか』


 枯れ果てるようにして絶命した魔族の影から、別の影がにじみだして形を作っていく。

 偉大にして荘厳、あらゆる生命の敵対者。

 いわば本体から切り分けられた影に近いだろう。


「……よくやった。後は俺がやるよ」

「え?」


 前に一歩出た。

 今回はちゃんと勇者モードでいかないとな、と思い、唇を開く。




「【瀆すは神代】【赤子の祈り】【我は愚かな殉教者】【零落を嘆くがいい】──発動drive




 魔法、というよりは俺のアクティブスキル。

 発動と共に全身の感覚がクリアになり、臓腑の底から悪に対する怒りと正義をなすためのエネルギーが無際限に湧き上がる。


『貴様は』


 影が像を結ぶ。

 直に対面したことこそないが、画面越しには散々出会い、お前を殺してきた。

 このゲームの、『1』のラスボスである存在、すなわち魔王。


 顕現しただけで世界が軋みを上げる。

 背後で三人がへたり込む音が聞こえた。


「勇者の末裔、ハルート」


 簡潔に名乗ると、向こうは目を細めた。

 念のために持ってきていた剣を軽く振る。

 訓練用に使いこまれた、切れ味の悪い剣。


『勇者の末裔、か。あの女の子孫と聞き納得がいく。その目、顔、似ている。なれば──殺したい。殺させろ、目を抉らせろ。忌まわしき仇敵よ、ここで果てよ』

「馬鹿が死ね」


 ぞんざいに剣を振るった。

 放たれた神秘の光が、魔王の影の上半身を消し飛ばした。


 貫通した光の束が別の山の山腹に命中し、ちゅどーんと音を立てて大爆発を起こす。

 やべ……人がいないのは知ってるけど動物とかいたか? 申し訳ねえな……


『……ぇ?』


 背後で生徒たちがひきつった声を上げた。

 目の前で、魔王の影がうじゅるうじゅると音を立てて再生していく。


 分かってはいたが、やはり殺し切れないか。

 ……俺は選ばれし者じゃない。

 魔王相手に瞬間的には勝てても、魔王から世界を救うことはできない。


 それが所詮は本筋に関われない転生者であり、どうしようもないクズ勇者ハルートでもある俺にはお似合いの結論だ。

 まあ影なら再生は有限だろうし、死ぬまで殺し続ければ問題ないだろう。

 今だけは少し役に立つ。その事実は微かに心を躍らせる。


 俺は肩に剣を乗せて、背後に振り向く。

 呆気にとられる次の世代の主人公たちへと、精一杯カッコつけて笑みを見せた。




「俺、通常攻撃で剣からビームが出るんだよね」









「……いやそこじゃないけどヤバいところは!?」

「山に謝ったほうがいいと思う」

「加減ざこすぎ♡ 大は小を兼ねない♡ そういう繊細さのないところがモテない秘訣♡」



 ボロクソすぎて俺は泣いた。



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