にせものの勇者
クズ勇者ハルートは、内部解析によっていくつかのスキルを持つことが判明している。
彼の戦闘シーンを拝むことは、様々な事情によって叶わない(というか戦闘モーションが存在しない、手下を全員倒すと怯えるハルートに直接攻撃できるが基本一発で終わる)のだが、スキルだけはあるあたり直接戦闘の構想はあったのかもしれない。
リソースの無駄とプレイヤーたちからは嘲笑されたそのデータだが、それがあったことで俺は戦えている。
本当に開発陣には感謝。まあ最終的にハルートを一般芋虫モンスターの色違いバトルグラにしたのはやり過ぎだと思ってるけど。
ともかく、俺はその作中で一度も使用されなかったスキルたちを育てて使用している。
中でも最も活用しているのは、今も発動させているアクティブスキル『救世装置(偽)』である。
これは手に持った物体を俺が武器と認識した場合に、その物体は勇者の剣であるという認識の上書きを行う代物だ。
当初は認識の上書きではなく属性の付与だったため、勇者の剣として能力を行使すると武器が数秒で蒸発してしまうというカススキルだったものの、俺自身のレベルが上がるにつれて現在の形に落ち着いた。
何事も諦めなければ事が上手く進むものである。
「……ということで、訓練用の剣だけど、今はこれ勇者の剣なんだ。光が出たり入ったりする」
「出たり入ったりする余波で山が壊れたんだけど!?」
ざっくりした説明をすると、エリンがいの一番に悲鳴を上げた。
まあぶっ壊れスキルだよなこれ。原作ハルート、お前もうちょい真面目にやっとけよ。
「さっきみたいに乱暴されたらこっちがもたないんだけど♡」
「クユミその言い方二度としない方がいいよ……さっきはとりあえず強めに撃ったけど、出力をきちんと絞ればこうなるんだよな」
俺は勇者の剣を地面に突き立てて、神聖な輝きを垂れ流している。
厳密には地面ではなく、魔王の影が出現した場所だ。
つまり絶えず再生しようとする魔王の影を、片っ端から聖なる光で焼き続けていた。
「なんか対応慣れてるけど……もしかしてセンセって、前にも遭遇したことがあるの?」
「前に戦った時は上級魔族で、もっと死にかけの状態で影を召喚しようとして……失敗して変なキメラみたいなのになってた。成功されたのは初めてだ」
魔王の影を呼び出された瞬間は結構焦った。
確かこれ、設定上は、召喚術を発動した術者の魂そのものを生贄に捧げる超高度儀式なのだ。
行使したのが中級魔族とはいえ侮るわけにはいかない。
前世の西暦世界風に説明すると……小石を窓に投げつけたって割れるかどうかは怪しい。
だが小石分の質量をすべてエネルギーに転換すると『E=mc²』の式に従って大変なことになる。
魂そのものをエネルギーに転換するというのは、それぐらい元の存在の規模に関わらない大規模儀式として成立するのだ。
つーか魔王の影って『1』で魔王が復活する直前ぐらいにバシバシ出て来る、ラスダンにいるやたら強い敵みたいな立ち位置のはずなんだよな。
チュートリアルのチュートリアルみたいなタイミングで出てきていい敵じゃないから。
「……前は失敗していたが、今回は成功していたってことなら」
「向こうも色々と進んでるんだね♡ キモ過ぎて最悪かも♡」
シャロンとクユミの言葉に、重い溜息がこぼれそうになる。
中級魔族がこれを使えるの、普通に政府に報告しないとまずいよなあ。
とはいえ今回はエリンの暗殺が任務だった特殊な個体だろうけど……
「えっ」
エリンが俺、厳密には俺の奥を見て口をぽかんと開けた。
振り向きざまに剣を振るい──魔王の影が両腕で俺の斬撃を受け止めた。
スパークが互いの顔を照らす。
長い白髪。男とも女とも取れる中世的な顔。
闇そのものを纏ったかのような、不定形の衣装。
「どうやって転移したんだよ!?」
『地中を潜り我が一片のみを逃れさせ、そこから再生した。酷いことをするじゃないか』
酷いのはお前の存在だよ。
俺は大きく魔王の影を吹き飛ばして、背後に声を飛ばした。
「クユミ、二人を守りつつ逃げろ」
「カッコいいこと言っちゃって♡ 大人ってこういう時、カッコつけないとダメなの?」
「ダメとかじゃなくて子供を守るのは当然だからな。義務ですらない」
「……それは、ちょっとカッコつけすぎかも♡」
一つ頷いた後に、クユミは視線だけで退避ルートを確認し、二人の腕を掴み声を上げさせる暇もなく猛スピードで退避し始めた。
遠くにエリンとシャロンの悲鳴とも怒号ともつかない声が聞こえたが、それも聞こえなくなった。
俺のことからかってくる時を除くと、本当に合理的な判断しかしない子だ。
任せていいだろう。
そう確信して、目の前の敵へと注意を絞る。
『勇者の末裔──あの、聖剣の女の末裔か。忌まわしいな』
「お前には負けるよ」
雑な一振りで視界一杯に光をぶちまける。
回避しようとした魔王の影だが、逃げ場はない。体の七割ほどが瞬時に蒸発する。
三割残された。こっちの動きに対応しつつある。
「お前はいいよなあ、本体の流用でバトルモーションがあってよぉ!
余裕の表情を浮かべる魔王に対して、足を起点に地面を介してスキルを発動する。
一帯の木々はシャロンに焼き払われた、しかし地面にはまだ木の根が張り巡らされている。
それらすべてを俺の武器として光に変換し、地面を裂いて射出される槍にした。
『ほお』
ザザザザザッ! と重なるようにして殺傷音が響いた。
光の槍に再生途中の身体を貫かれハリネズミのようになった魔王の影が、こちらを見る。
『今回の遊戯は、楽しめそうだな』
渾身の一撃を叩き込んで全身を蒸発させる。
が、即座に再生が始まる。
「……まあ、さっきのはラッキーな時間だったって思うことにするか」
再生した瞬間に処理し続けられた分、それなりに再生のストックを使わせることはできただろう。
ここからは普通に、殺し続ける。何度でも刃を交わして殺す。
幸いにも、魔王の影は、今も眠りにつく魔王本体とはつながっていない。
経験が本体に蓄積されるることはない……はず。ゲーム上の設定では。
ちょっと怖いな。使う戦術絞ろう。
『ここまで殺されるのは、共有されている記憶では初めてだな。初代並みじゃないか』
「黙れ」
一振りで両断する。再生される。
向こうが手のひらから魔力を圧縮した刃を放った。勇者の剣で砕く。
『攻撃防御、判断能力経戦能力、全てに隙がないな。最高傑作なのか?』
「そんなわけねえだろ!」
お前を殺せもしないのに最高なんて名乗れるか、マリーメイアに押し付けることしかできない、最低の勇者だよ俺は!
『面白い──喜びに狂いそうだ! もっと殺してみせろ!』
飛び跳ねるようにして、歓喜の声と共に魔王がこちらの攻撃を受け止め、反撃に転じる。
「うんざりなんだよそういうの! お前のお遊びに全人類の命をベットさせようとしてんじゃねえッ!」
次第に、魔王の影が四肢を保ち俺と攻防を交わす時間が増えてきた。
対応されつつある。今も俺から戦闘の仕方を学習し、強くなっている。
魔王の個としての恐ろしさは強さに尽きる。
あらゆる方面で強い。何もかもが狂ったように強い。
だから成長速度だって半端じゃない。
そして、生き汚さという面でもそれは成立する。
殺しても殺しきれない、選ばれし者以外からの攻撃では全身を跡形もなく吹き飛ばされたとしても再生する。
システム上、魔王に死の概念はない。マリーメイアやエリンの力がなければ、勝利を収めることはできない。
今回は影が相手だから、負けずに相手を殺し続ければ俺は勝利できる。
時間を稼ぐ。そうだ、俺は『本物』たちが通る道を整備し、彼女たちがそこに来るまでの時間を稼ぐだけの存在だ。
それでいい──そのために、生きているんだから。
◇
「待って、待ってってば!」
林の中で、エリンがクユミの腕を振りほどいて立ち止まった。
「……ん、まあここならひとまず大丈夫かな♡」
戦闘地帯から十分に離れられたことを確認して、クユミは自分へと険しい表情を向ける友人二人に向き直った。
「せんせいの力になりたいのは分かるけど、無理じゃないかな? 多分何もできずに殺されると思うよ♡」
「それ、は……ッ」
「遠距離からの砲撃でも?」
「うん♡」
だってせんせいの方が火力出るでしょ、とクユミに告げられ、シャロンは黙り込んだ。
「でも、それじゃセンセが……!」
「一人で戦って、負けはしないと思うよ♡ 再生できなくなるまで殺し続けるんじゃない?」
理屈は通っている。
ここで自分たちが出しゃばることに、合理的な理由は一つとしてない。
朝までかかるか、あるいはもっと、数日ずっと続くかもしれないが──ハルートは魔王の影を確実に処理するだろう。
その間。
自分たちは何もできず、彼にすべてを任せて、心配しながらも手出しできない。
それがエリンもシャロンも、そしてクユミだって腹立たしい。
「……本当に、何もできないの?」
シャロンはエリンへと視線を向けて言った。
「あの魔族はエリンを狙っていた。エリンには、魔王を脅かすだけの力があるってことでしょ」
「……っ。でも、今の私には、使えても一瞬だと思う」
目元に手をやって、エリンは力なく呟いた。
自身が所有する魔眼について、多少の説明は二人にしている。
ある共通点があることを知り、仲良くなって心を開いた結果だ。
「一瞬か~……」
腕を組んで、ふっと表情を消してクユミが俯いた。
数秒ほど無言で考えこんだ後に、彼女は顔を上げた。
最高の悪戯を思いついたと言わんばかりの──いつも通りの笑顔だった。
「にひ♡ じゃあ足を引っ張らずに、援護できればオッケーだよね♡」
◇
ザン、と魔王の影を両断する。
戦闘を始めてどれくらいの時間がたったのか分からない。
すっかり夜だ。月が空高くに浮かんでこっちを見下ろしている。
「お前は災害なんだよ」
『その通り』
再生を防げず、完全に体を取り戻す魔王の影。
「どうやって防げばいい? どうやって根絶すればいい?』
『諦めるがいい』
いつの間にかやつは翼を増やし、腕に鋭利な装甲を纏っていた。
影って第二形態使えるのかよ知らなかったんだけど。
訓練用の剣を右手に、その辺で拾った木の枝を左手に握る。
手数が足りなくなってきたので、勇者の剣を二本に増やすしかなかった。
俺が覚えていたゲーム上のスペックよりも、この影は異様に強い。
粘られるし、学ばれる。
「お前とともに生きていくなんて、俺たち人類は無理なんだ。お前に壊されないほど強くないんだよ」
心の底からの吐露だった。
うんざりだ。
マリーメイアは町娘として、薬売りを手伝う人生があったはずだ。
エリンは町に働きに出たり、村で家を手伝ったりする穏やかな日々を奪われたんだ。
全部お前のせいだ。
お前たちが生きているせいだ。
「だから俺は、みんなが笑って暮らすために、お前を壊したい」
勇者の剣の光に照らされ、魔王の影が嗤っている。
『ならば壊すがいい』
「ナメ過ぎなんだよ……!」
いい加減にしろ、と叫びそうになる。
俺なんかより弱いくせに、どうして世界を滅ぼせるんだよ。
理不尽だ。何よりも理不尽なのは、俺が選ばれし者じゃないということだ。
剣を握りなおし、改めて目の前の存在に刃を叩きつけるべく、踏み込もうとする。
その時だった。
「──ッ!?」
地面に影が差した。
月光を遮るように、俺と魔王の影が戦っている場所の上空に、何かが浮かんだ。
影から推察するに──逃げたはずのエリンたちが戻って来た。
彼女たちは突撃槍にしがみついて、えっちらおっちらと空で右往左往している。
どうやらシャロンの魔力を使って、三人まとめて浮かせているようだ。
飛んでいると呼ぶには不格好過ぎる。
推力を用いて強引に浮いているとでも表現すればいいか。
「先生こっち見て!!」
クユミの切羽詰まった声。
つられたのか、魔王の影がガバリと顔を上げて彼女たちを見る。
俺は完全に無視して、魔王から視線を逸らさなかった。
ていうかそっち見たら俺もヤバいよね?
「ほら伝わった♡」
「暴かれろ────!!」
聞き覚えのある、というか聞きまくった、『2』におけるエリンの戦闘中特殊スキル発動ボイスが響いた。
発動するは、エリンのパッシブスキル『魔眼:
レベル不足からまだ習得していないそれを、瞬間的に発動するだけという限定を設けて無理矢理行使したのだろう。そんなことできるのか? でもできてるっぽい。なんで?
『魔眼!? 使えたのか……!?』
ギシリ、と魔王の影が動きを止めた。
その胸部に、光が宿る。
エリンの魔眼が敵の存在に干渉し、存在の核を浮かび上がらせているのだ。
「だからレベルが高すぎるんだよ……」
呆れながらも、既に行動は終わっていた。
浮かび上がった存在の核を守ろうと、両腕を突き出した魔王の影。
その両腕を左手の剣で跳ね上げ、即座に右の剣を胸へと突き込んだ。
浮かび上がった核へと切っ先が触れ、こちらが逆に砕かれながらも無理に押し込む。
微かな抵抗を突き破れば、核の半ばへと聖なる光が到達し、内部を完全に破壊した。
決着はついた。
『──失敗したな。逃げたものだとばかり』
「俺は戻ってこいなんて指示してない」
『そうか、愛されているのだな』
「お前が愛を語るなよ」
剣を引き抜いて、スキルを解除。
訓練用の剣と木の枝は、思い出したかのように過負荷に砕け、跡形も残らなかった。
『もう少し、興じたかったが──……良い。至上の出会いを果たせたという一点で、全てに勝る喜びだ』
砕いた核が、砂が風に飛ばされるようにして霧散していく。
自分の胸から視線を上げて、魔王の影は俺に微笑んだ。
『不思議なやつだ……記憶にある、忌まわしき聖剣の女も同じだった』
聖剣の女、初代勇者様だろう。
『何故舞台に上がる資格もないのに、必死に抗うのだ? あの娘三人からは感じる宿命の因子を、お前からは感じない』
「そりゃ持ってないからな。世界を救うのは彼女たちだ」
俺と魔王はそろって、空をふらふらしているエリン達三人組を見上げた。
「……俺は色々と、急ぎ過ぎていたのかもしれない。お前という存在を根絶できなきゃ生きている意味なんてないって。でも多分、ご先祖様達だって、同じ考えなのに滅ぼせなかった」
『そうだ、我はまだ生きている。ならば、お前の祖先たちは敗北したと断じるか?』
そんなことはない。
ちょっと前なら、否定できなかったかもしれない。
でも今は明確に否定できる。
「一部分を切り取れば負けだ。でも本当に負けたわけじゃない。あの人たちはきちんと後世につなぐことができた。だから俺がいて、俺がまたマリーメイアやエリンにつないでいける」
『……単独の生命としての活動期間が、著しく短いが故に生じる考え方だな』
「そう思う。でもそれが、俺たち人類の武器なんだ」
仲間を頼れってシャロンに言ってたのに、俺は多分本当は、今まで誰かに頼れなかったのかもしれない。
助けられていたことだって、自覚しているよりもあったんだろう。
『嬉しそうだな』
「生徒に勉強させてもらった……お前たちが強くなれるのだとしても、俺たちはもっと強くなれる」
俺の答えに満足したのか、魔王の影が笑みを深める。
『面白い。ならばそのか細く光る刃をもって、我らを討ってみせよ』
「そのうちな」
『……他の影たちの記憶は参照できぬが、断言する。今まで召喚された影たちの中でも、この我こそが最も心躍る戦いをできた』
こちらへと手を伸ばす魔王の影。
上空で魔力が膨れ上がった。俺は手をかざして、シャロンに砲撃しなくていいと制止する。
やつの手は先端からすでに崩れ始め、肘まで消え失せていた。
『今ここで我の存在は決定的に消失するが。ハルート、お前と出会えたことは我が誇りだ』
「うるせえよ気色悪い。さっさと死んでくれ」
『ふふ……地獄で待っているぞ』
「なんで俺が地獄行きなの前提なんだよ。否定はしねえけど」
ふてくされながら言うも、やつは喜びの表情を浮かべるばかりだ。
『場所がどこであろうとも、次は滅ぼすためではなく、技術を競い合いたい。腕を磨いて待つ』
「……ああ、その願いを肯定する。それぐらいなら、いくらでも付き合ってやるさ」
消滅から肩へと、そして核へと続いていき、核が塵一つ残らず消えてなくなった。
世界を滅ぼそうとする者の両眼がずっと俺を見つめていた。
影が完全に消滅したのを見て、三人組が喝采を上げながらこちらへと手を振って来る。
俺は彼女たちを見上げて、苦笑いしながら、自分の腰のあたりを叩いた。
「「「……?」」」
意味が伝わっていないのか、三人は首を傾げる。
俺は肩をすくめて、声を張り上げる。
「──スカートで飛ぶのはやめなさーい! 風紀違反だー!」
数秒後。
斬撃と魔力砲撃とワイヤーアンカーが飛んできて、俺は本気で回避機動を取る羽目になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます