その頃、かつての仲間たちは
ハルートが新天地として選んだ辺境の冒険者学校から遠く遠く────
王都のある屋敷に、椅子に座り笑顔を浮かべる緑髪の女の姿があった。
彼女は差し出された薄っぺらい本をぺしぺしと叩いた後、来客に顔を向ける。
「これが魔王復活の予言書ねえ……」
「はい。先生の著作と売り上げが競っておりまして」
部屋に入り来客用のソファーに腰かけているのは、彼女の著作『勇者の末裔の偉業~最強の冒険者ハルートの実績を読み解く~』の編集を担当した女性である。
「そこで売り上げを伸ばすために、色々お聞きできないかと」
メモ用紙を取り出して身を乗り出す編集の姿に、女──ハルートと共に旅をした僧侶は笑みを深めた。
「いいよ、何でも聞いておくれ。ボクの知る限りは話すから」
「では早速……冒険者ハルートは、何故あなたという僧侶ジョブがいながらもヒーラーをスカウトしたんでしょうか」
「あははよく聞かれるよそれ、普通に無駄だよねえ」
ケラケラ笑う僧侶だが、不快に思っている様子はない。
「実のところさ、ボクは回復魔法なんか使えないんだよね。魔法使いは一応、マリーメイアが来る前には使うこともあったけど……でもマリーメイアが来てからはやっぱり使う機会なんてなかったよ、大陸最強のヒーラーだったんだから」
「先生は、回復担当ではなかったと」
頷いた後に、彼女は編集へと問いかける。
「ボクが加入した後、最初にハルートが討伐した大物が何かわかる?」
「ええと、騎士ジョブを加入させるよりも前ということは……記憶が正しければ、『不死王ハイドワイアット』の討滅戦とお聞きしていますが……あっ」
「そういうことさ。僕は対アンデッド族戦闘のためにスカウトされたんだよ」
通常の生物とは異なり、アンデッドの系譜に連なる魔物たちは単なる攻撃や魔法では殺すことができない。
そうした場合には、不死者に対して効果を有する特殊な魔法を使う必要がある。
「彼は最初から旅の途中で立ち寄る場所を決めていたんだけどさ、上級のアンデッド族とわざとなんじゃないかってぐらいぶつけられたものだよ。いや、わざとだったらしいんだけどね。『こんなにいたら困るだろ』って……」
他の人々が困るという理由で、死を超越した恐るべき存在たちに挑んだというのか。
冒険者ハルートの考えが、理解はできても共感できず、編集はひそかに震え上がった。
「ボクにはボクの役割があって、それは他の仲間たちも同じで、全ての役割はハルートが定めていた。彼はあの2年半、恐らくこの地上の誰よりも合理性でしか生きていなかったということさ」
「……ではマリーメイアさんがパーティを脱退することとなったのは、その役割を果たせなくなったから?」
まさか、と肩をすくめた後に、僧侶は耐えられないと言わんばかりに笑い出した。
「彼女で要求を満たせないのなら、もうヒーラーという役職の概念を変えないとだめになっちゃうよ」
「……だったら、どうして?」
「ハルートがマリーメイアに求めていたのは大きく三段階──孤独を知ること。孤独の中から仲間を作ること。そうやって知った愛と憎しみを元に、対魔王大規模魔法を習得すること」
は? と編集の間抜けな声が響いた。
僧侶はライバルとして知らされた魔王復活の予言書、人々の不安をあおるおどろおどろしい推測の並んだ本にゴミを見るような目を向けた。
「そういう、売れるために過激なことを言うだけの予言書モドキとは根底から違う。ハルートは、魔王の復活を確信していたんだ」
「……ッ!」
「そして君がそれを知ることは許されない。ボクが普段から親切だった分、今日はしゃべり過ぎなことに気づけなかったみたいだね」
僧侶がトントンと机を指で叩いた途端に、へにゃ、と編集はその場に座り込んでしまった
「じゃあこの低俗な予言書相手に張り合おうとはもうしないでね。あとハルートのことも個人的に探らないこと。いいね?」
「……はい」
命令に従う奴隷のように、ぼんやりとした表情ながら編集は忠実に頷いた。
はあ、と嘆息して僧侶は窓の外に広がる王都を見やる。
(少しだけハルートの気持ちは分かるんだけどね。他の三人……騎士も魔法使いもマリーメイアも、ハルートに頼りすぎていたからさ)
むしろ彼女たちは、ハルートに役割を与えられたことそれ自体に喜びを見出していた節がある。
彼が何を考え、何を見据えていたのか。
そこまで考えを巡らせながら旅をしていたのは自分だという自負があった。
(彼は色々と考える割りにはバカなのさ。ボクはそれをよく知っている、ボクだけが知っている……)
改めて顔を編集へと向ける。
「ねえ」
「はい」
自由な思考を奪われた編集の返事に、僧侶は美しい微笑を浮かべた。
世界の終わりの中でもしっかりと輝くであろう、見る者の心を奪うような貌だった。
「この休業期間の間に、彼女たちが自分を見つめ直すのなら大歓迎だ。仲間として、本当に大切に想っているんだから……でもそうならなかったら、かっさらっちゃってもいいってことだと思わないかい?」
◇
「
燃え盛る戦場の中で。
かつてハルートと共に旅をしていた女騎士は、魔物の死骸を視界一杯に並べながら吐き捨てた。
「異様な魔族の活発化……やはり、ハルートはこれを見越して此方たちに独自行動を命じていたか」
「貴様……ッ!」
人語を解する中級以上の魔族が相手でも、恐れることは何もない。
ただ愚直に敵を殺し、殺し、殺し、味方がいれば守るだけだ。
「それほどの腕前……人類の騎士は、国だの神だののために、ここまで高みへと至れるものなのか……!?」
頭から血を流す魔族が、恨めしそうに女騎士を睨みつける。
数秒の沈黙を挟んだ後に、美しい青髪を揺蕩わせて騎士は首を振る。
「別に?」
「は」
──はあ? と疑問を呈する途中、一呼吸の言い切りすら許されず魔物の頭部上半分が切り飛ばされた。
「此方が忠誠を誓ったのは国家でも神でもない」
その騎士は、妾の子だった。
その騎士の母親は、魔族だった。
生まれ持った力が人類とは違うことから、屋敷の中に隔離されて過ごしてきた。
つけられた老執事がかつて騎士だったことから、暇つぶしに剣の手ほどきを受け続ける日々。
やがて老執事が死没しても、替えの人員は来ず、ただ一人で剣の腕を磨きながら暮らし続けた。
いつしか恐るべき半人の暮らす屋敷として、普通の人間は寄り付かなくなった。
普通でない者は、来た。
ある時は、その腕前を見込んで傭兵に誘ってくる者がいた。
自分のことを消費できる駒としてしか見ていないのはすぐに分かった。
二度目の来訪時に断れば、人でないのなら人のため、国家のためにその命を使うのが礼儀だろうと散々に口汚く罵られた。
ある時は、その力ではなく君を愛しているんだという男が現れた。
もし本当にそうであれば、と密かに心揺れていたが──優れた聴覚は、ある日屋敷の外で話し込んでいる男の、獣じみた強さの女を手懐けて売り飛ばすという計画を聞き取った。
何度目かの来訪時に断れば、薄汚い半人が生きているのは我々人間の情けなんだぞと、本人は説得のつもりらしい言葉を放たれた。
もういいか、と思った。
引き払い、本当に魔族の元へと向かい、こんなに寂しくて悲しい場所からいなくなりたいと思った。
ある時、冒険者を名乗る男が来た。
来たというか買い出しの最中に急に話しかけてきた。
『見つけたぞ! やっとこれでパーティ完成だ! さあ行くぞ、旅の始まりだ!』
『……誰だ貴様は。まさか、此方に話しかけているのか?』
『ああ。おっと、こっちは僧侶と魔法使い。君は騎士だな、よろしく頼むよ! 俺はハルート、最強の冒険者になる男だ!』
『何を言っているんだ……?』
異様に明るい、ふざけた男だと思った。
自分が町民たちから露骨に避けられ、果実一つ買うのすらおぼつかないのが見えていなかったのかと疑った。
しかし男は、戸惑う余りに反応できなかったのをいいことに、手を掴んでブンブンと振り回してくるではないか。
『無論分かっているさ、君は友達がいないだろう!』
『……此方を侮辱するために来たのか?』
『うおっと凄い言葉間違えた! 違う違うスカウトしに来たんだよッ』
手を無理矢理に振り払ってから、怪我をさせていないかとハッとした。
しかし男は平然としていた。馬よりも力強い女に振り払われたのに、ちっとも痛くなさそうだった。
むしろその力強さに笑みすら浮かべ、自分は間違っていなかったと仲間たちに言っている。
『俺はこれから最強のパーティを目指して冒険をする、そのためには君の力が必要だ!』
『……そうか。力が必要か』
女騎士は薄く笑みを浮かべた。
即座に魔法使いと僧侶が男の前に飛び出すほど、その笑みには怒りと殺意が載せられていた。
『この力が。魔の血が流れた忌まわしき体を欲するのか』
『……え、何? エロい意味、か……? 全年齢だよな?』
『ちっ、違うに決まっているだろうが愚か者! 不埒な理由でなく、この力が、人ならざる力が欲しいんだろう!?』
ぐわっと怒りをあらわにする女騎士に対して、ハルートという男は数秒黙った。
それから真面目な表情で彼は口を開いた。
『うん、必要だ! 魔族の血が流れているから何だ? 理由があって強いんだ、何も悪くないだろう!』
『────』
言葉を失った。
『それに、人とあまり会わないと聞いていたから心配していたが、コミュニケーションはばっちり取れるじゃないか! 素晴らしい、非の打ちどころがないぞ! もう最強のパーティの座は決まったようなものじゃないか、ハハッ! ……じゃねえやクハハハハッ! 二人とも、いや三人とも! 今日は祝い酒しかないぞう!』
『なんで話決まった前提で進められるんだい? ま、彼女の顔を見れば決まりでいいだろうけども』
『この人、本当に馬鹿なんです。本当に、すみません……』
……彼が自分に語り掛けている間、僧侶と魔法使いの二人は、あっちゃ~と言わんばかりに顔を覆っていたが、後になればすぐ分かった。恐らく彼女たちにも、この展開が見えていたのだろう。
『此方が……必要?』
『そう、君が必要だ! 俺と共に最強の座へと至ろう!』
その日のことを、会話を、女騎士は一言一句違わず思い出すことができる。
人間と話したのは、多分あれが初めてだった。
人間と友達になったのは、多分あれが初めてだった。
「……初めて、必要とされたんだ。一部を切り取るのではなく、此方そのものを。貴様らには永遠に分からんだろうさ」
物言わぬ骸となった魔族たちの前で、女騎士は剣を取りこぼし、熱を持った自分の両頬を触る。
上気した貌は血と炎と死に満たされた場の中で、一番星のように輝いていた。
「フフッ……ハルートのやつ、此方が我慢強い女で助かったな? お前が此方を必要とする以上に、此方はお前が必要だというのに、酷い男だよ」
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