髪乾かしの夜と、ごっつんこの朝
教師初日をなんとか終えた後。
俺は割り当てられた校舎すぐそばの職員寮の一室にて、ベッドの上で丸まっていた。
「つ、疲れた~……」
流石に初めての環境に身を置くと疲労が段違いだ。
前世での転職直後を思い出す。
しかしまあ、俺は失うものなんて何もない状態だからまだマシだろう。
「マリーメイア、大丈夫だろうか……」
俺なんかに心配する資格はないのだが、ぼそりと言葉がこぼれてしまった。
他の仲間たちからもそこはひどく心配されていた。俺は一人で生きていくだけの力はあるだろうと言ったものの、いまいち納得を得られなかったものだ。
やはりというべきか、前からいたパーティメンバー3人にはある程度の事情を話すことになった。本気で俺に失望してマリーメイアのもとに行く、というのは彼女のことを考えればありがたいものの、今後のシナリオ進行を考えると良くない。
だからある程度の事情を話しこそしたのだが、あいつらよく魔王復活をすぐ信じたよなあ……
そんなことを考えていると、コンコンとドアをノックされた。
この職員寮に住んでいるのは俺と教頭先生しかいない。
つまり何か怒られ案件の可能性がある。
「はーい」
何かまずかったかなと怯えながら、恐る恐るドアを開ける。
「こんばんは」
首にタオルを下げた寝間着姿のシャロンがいた。
つやつやの黒髪からは湯気が上がっている。
「…………えっちょっ待っ」
「質問があるの」
「あ、はい」
俺が何か言う前にずかずかと部屋に入ってきて、彼女はベッドに腰かけた。
「え? ちょっと待って、お前ここに暮らしてるわけじゃないよな?」
「エリンとクユミは2階の部屋よ」
なんで職員寮と学生寮が合体してんだよ!
普通に考えてありえねえだろうが!
「それで、質問していい?」
「あ、ああうん……まあいいか」
シャロンはぱたぱたと足を動かしながら、椅子に座った俺を見つめる。
「出力をもっと引き上げていいって言ってたけど……校舎がもたないと思うの」
「それはそうだな」
言われてみて、確かにそれはそうだなと思った。
それはそうだな以外に言うことがない。気づけよ俺。
「だから結局、低い出力の練習もした方がいいと思って」
「そりゃ、どっちもするに越したことはないけど」
意外だな。
てっきりシャロンはそういう、他人に合わせる行為を嫌っているんだと思っていた。
「だから、髪」
たった一日で生徒が成長したことに感動していると、彼女は自分の黒髪を指さした。
「え?」
「自分でやると、多分だけど、自分がいなくなっちゃうから……」
「あ、ああ。乾かすってことか」
「練習にちょうどいいと思うんだけど、どう?」
確かにシャロンの黒髪は長く、乾かすのが大変そうだ。
多分ウチの魔法使いなら、ちょうどいい温風を水分が飛ぶまで自動で吹き付け続ける魔法を即座に構築できるんだろうけど、流石に俺はそこまでの腕はない。
「火属性と風属性を混ぜて温風を吹き付けて乾かす感じでどうだ?」
「うん、やってみたい」
言葉を切って、シャロンはじっと俺を見る。
え、どうしたらいいんだ。
「だから一緒に魔法操作して、乾かして。出力の調整の練習としてさ」
「えぇ~……?」
一緒に魔法使うってそれ結構密着しないといけないやつだよね?
マリーメイアが攻略対象と密着して回復魔法を発動させて相手をドキドキさせてたやつだよね?
荷が重い。ちょっと重すぎるかも。
クズ勇者ハルートとして駆け抜ける日々だったから女性耐性がないんだよ。あれこれ一文で矛盾してね?
「早く」
「ちょ」
シャロンは俺の膝の上にぽすんと座って手を取ると、火属性魔法と風属性魔法を発動する。
瞬間的に威力を感じ取る。魔物をこんがり美味しく焼ける炎と、家屋を一つ吹っ飛ばせる暴風が生成されそうになっている。
この寮がなかったことになる威力だ。
「馬鹿なん!?」
慌てて威力を押さえ込みにかかる、伝導させそうになった魔力を無理矢理こちらにかっさらって出力を絞る。
こいつ本当に加減下手だな!?
「こ、こんなもんだな。感覚として覚えられそうか?」
なんとか温風を仕立て上げて、シャロンの手のひらから黒髪へと吐き出させる。
「……発動するときの魔力の量、小さすぎて分からないかも」
「えぇ……」
普段どんだけバカ火力ばっか撃ってるんだよお前……
「~♪」
こちらが呆れかえっている間にも、彼女は俺の手を触りながら、気持ちよさそうに目を細めた。
ちょうどいい温風を使うのは初めてなのか、やたらと機嫌がよさそうだ。
「部屋、勝手に来たらまずかった?」
「いや……冒険者時代は、みんな理由をつけて部屋に来たりはしてたよ。慣れてるから大丈夫だ」
来てたのは事実だが、本当は全然慣れていない。
今も舌を噛まないよう必死だった。
「…………へえ?」
そんな俺が実に情けなかったのか、シャロンの目には明らかな侮蔑の色が宿るのだった。
◇
昨晩はシャロンの残り香が部屋に充満していて最悪だった。
教師としてそんなものをいちいち意識しているわけにはいかない。
前世基準で考えれば、生徒相手に欲情する教師は生きていてはいけないゴミクズなのだ。
気を引き締めていこう、と頬を張って教室への廊下を歩く。
「…………」
曲がり角に差し掛かったところで、俺はフッと息を吐いて加速した。
「あいった~♡ せんせいってば廊下で生徒にぶつかるなんてサイテー♡」
「残像だ」
「……ッ!?」
曲がり角の向こう側にめちゃくちゃ上手に潜伏しているやつがいるなと思ったらお前かよ。いやお前しかいない。
わざとらしく、足を開き正面からスカートの中が丸見えになるよう倒れ込んだクユミの背後に立ち、俺は肩をすくめた。
「え? え? 意味わかんないんだけど。残像にぶつかれるわけなくない……?」
「お前の体がぶつかったと錯覚するようにした」
「……魔法使った?」
「使ってない」
鍛えればできるようになる。
「というか多分この辺の技術は、最終的にはクユミの方がうまくなると思うけどな」
「……アハ、何それ意味わかんないんだけど♡」
遊びがいのある玩具を見つけたとでもいうかのように、クユミが笑みを深めた。
「とにかく、いたずらは満足したか? 途中までは一緒だから行くぞ」
「うん♡」
差し出した手を取って、クユミが立ち上がる。
素直に頷かれると可愛いな……
「気配を感じ取ったの? どうやって? やっぱり肌感覚? それとも目? どのみちキモすぎなんだけどね♡」
可愛いと思ったけど勘違いだった。
すごい貪欲さで強さの理由を知ろうとして来ている。
「俺の場合は複合しているけど……知り合いは、気配を目で感じ取るって言ってたな。違和感とかが視覚情報として落とし込まれるんだ」
「ふーん?」
とはいえ、この子だって目はいい。
ちょっと良すぎるかも。
「クユミだって目の使い方はうまいだろ。曲がり角越しに、完璧にタイミングを合わせられてたし。正直、クユミほど見えるやつはそういないと思うぞ」
「キャハハ、せんせいってばもしかして分かってないの?」
人をからかうような笑みを浮かべるクユミに対して、俺は頬をかいた。
「いや、分かってる。一番目がいいのはエリンだろう?」
「……!」
忘れるはずがない。『2』の主人公の一人であるエリンの最大の特徴。
太刀二本を用いた超高速近接戦闘──というのはバトルパートでのお話。
シナリオ面でエリンがその猛威を振るっていたのは、彼女が両目に持つ魔眼の存在が大きい。
……いやこれ解放された後はパッシブスキルになってすべての行動にプラスの補正かけつつ敵の潜伏に対する察知精度が爆上がりするから戦闘面でもめちゃくちゃ強いスキルではあったんだけどもね。
ただいかんせん、エリンはアクティブスキルである『横一閃ッ!』×2→『縦一閃ッ!』×2でSPゲージを貯めて『縦横無尽ッッ!』を打つというムーブを繰り返していると大体の敵を倒せるので魔眼の恩恵を実感する機会は少なかったのだ。
「……嫌んなっちゃうよね、魔眼持ちで刀使いでさ」
「ああ……お前からしたら、そうか」
「そうそう、潜伏を自動で看破するなんて反則だよね~」
ちょうどその時階段に差し掛かった。
「じゃ、後でね」
「ああ」
「また楽しませてね、せんせい♡」
チュ、と投げキッスをして、クユミはきゃーっと叫びながら軽快に階段を上がっていく。
通学かばんをリュックのように両肩に引っかけた、その小さい背中をぼうっと見つめながら。
俺は腕を組み、その場に立ち尽くした。
──投げキッスされた!?!?!?!?!? 俺妊娠したかも……
あ違ぇこれじゃねえ。
俺は咳払いをした後で腕を組みなおし、その場に立ち尽くしなおした。
──クユミってこのタイミングでエリンの魔眼のこと知ってたっけ?
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