チュートリアル擬き
とりあえず、シャロンも砲撃系統の要素を持ったジョブを志すと言ってくれた。
生徒3人がそれぞれ方針をざっと固めることに成功したので、俺も安心して授業を進めることが出来る。
「えーそれではね、3人とも、もうそういうレベルにあると思うんで。ちょっと魔物と戦ってもらおうかと思います」
いよいよ始めるのはチュートリアル、に似せた何かだ。
『2』では冒険者学校を卒業するときの卒業試験がチュートリアルで、合格した主人公たちは冒険の旅に繰り出すという流れだったはず。
つまりこの入学後最初の訓練は、チュートリアルのチュートリアルみたいなものになる。俺はさっきから何言ってんだ?
「…………」
最前列、というか俺の目の前に立つシャロンが静かに頷く。
距離が近い。一歩でも前に進んできたら胸がもにゅっとこちらに押しつけられるだろう。
「あーその、シャロンさん? ちょっと下がってもらえるかな」
「……なんで?」
きょとんとした様子で首を傾げられて、思わず頬が引きつる。
「女性冒険者は男性冒険者相手に距離をきちんと置いた方がいいんだよ。男っていうのは基本的にカスだと思って生きていったほうが余計なトラブルを避けられるんだぜグウウウウオオオオオオオオオッッッ」
「急にどうしたの先生……」
原作の
冷静に考えると、俺と関わること自体も良くないと思うんだよな。予定では俺、クズ勇者として社会全体からの評価も冷え切っているはずだし。僧侶とかいうクソバカのせいで微妙に怪しいんだけども。
「ま、まあとにかく、ちょっと離れておけ」
「……インストラクションとしては分かった。でもそういう男性冒険者と先生は、同じなの?」
「そんなわけあるか」
「じゃあいいでしょ」
「…………」
年下の教え子相手に論破され、俺は泣いた。
「グスッ……」
「ごめん、いじめすぎたかも。私はとりあえず、準備できてるから」
砲撃機構搭載型突撃槍をガシャガシャと稼働させてメンテナンスを始めるシャロン。
俺は涙を拭い、他の二人の元へと向かう。
「おい、話聞こえてたよな?」
「聞こえてたよ~」
ぶい、とピースサインを見せてくるエリン。
彼女は鞘に納めたままの刀をこちらに見せつけてきた。
鞘の先端には木の枝がくっつけられており、箒みたいになっている。
「訓練場の掃除は任せて!」
「サボりたいなら普通にそう言ってくれ……」
やる気がないことのアピールに労力を割いているせいで、単にこちらを舐めているのではないかと疑ってしまう。
俺がエリンの背景事情を知っていなければブチギレていた可能性はあるぞこれ。めちゃくちゃ丁寧に教師をバカにしてるもんな。
エリンは単純に、そういうことを言える環境ではなかったのだ。
「……え、えっと」
「いや言うな言わんでいい。言うことの負荷の方が重いだろ。とにかくこの冒険者学校では、もちろんお前たちを成長させるのが目標だが、道の極みに至らないことを理由として怒ったりはしない」
エリンは目を見開いた。
……あ、これ俺、知らないはずのこと言ってたりする? 分かんねえ。
でも教師だし、ちょっと調べておいたってことにすれば言い訳できるだろ多分。
「ただ最低限、例えば投げた球を斬るとか、それぐらいでいいから後でやってもらうぞ。魔物相手は今回はパスでもいいから」
「……じゃあ、やる」
「えぇ……?」
顔を背けて、平坦な声でエリンは告げた。
俺、子供たちの心が全然分かんない。
やれって言ったらやらないけど、やらなくていいって言ったらやるじゃん。もうどういうことなんだよ。
「じゃ、じゃあ先行ってるからね……」
シャロンの隣にぱたぱたと駆けていくエリンを見送る。
一応授業としてはうまくいってるんだよな、うまくいってるってことでいいんだよな……?
内心で首を傾げつつも、最後の生徒の元へと向かう。彼女はニヤニヤ笑いながら俺を待ち構えていた。
「いや君は何してんの? なんで集まってないの?」
「せんせいが来るの待ってたんだよ。ほらこれ見て見て♡」
クユミは腰やら足首やら袖の中やらからダガーを引き抜いた。
計8本のダガーだ。どこに隠してんだよお前。
それらをひょいひょいと空中に投げて、クユミは起用にもお手玉を始める。
「せんせいこれできる? できないでしょざーこ♡」
「普通に危ないからやめろ」
言いつつも、いや全然怪我しなさそうだなこの子と思った。
抜き身の刃物を扱うのは誰だって最初は緊張するものだが、そういうのが全然ない。
「まあ、凄いのは事実だけどな……慣れているじゃないか」
「えへへ、まーね」
褒められて悪い気はしないのか、にまりと笑ってクユミはダガーを瞬時に各所へとしまい込む。
挙動がいちいち洗練されていて怖いんだよ。
「じゃ行こっか♡」
「ああ……そうだ、質問の答えになるかは分からないけど。ダガーで両手のお手玉はやったことはない。だが似たようなことはやったことがある」
なんかの上級魔族との戦闘で、居合わせた人を庇って片腕が折られた後の戦闘だ。
持ち合わせていた刀剣計3本を残った左手を使って、斬撃を放つと同時に上へと放り投げ、代わりに落ちてきた剣を握って斬撃を放ちまた上に放り投げて……と片手お手玉の要領で攻撃を継続したことがある。
よく考えたらダガー8本の方が難しいわ。解散。
「ふ~ん?」
質問されていたので答えておくか、ぐらいの気持ちで言ったのだが、クユミは興味深そうにこちらを見上げる。
なんだか全部見透かされそうだったので、俺は黙ってエリンたちが待つ場所まで早歩きで向かった。
◇
「じゃああの魔物を倒してもらいます」
俺が指さした先には、イノシシに近い魔物が一本の足を鎖につながれ、練習場に連れてこられていた。
可哀想だが、魔物は遭遇した人間を殺傷したり、人間の建造物を荒らしたりする傾向がある。
本能的にそうなのだ。魔王がそういう風に遺伝子を弄ってるという設定があった。
だから放置できないどころか積極的に狩っていく必要がある。
その練習のためには、こういう形で生け捕りにした魔物が必要なのだ。
「じゃあ最初は……うん、クユミ、どうだ?」
「は~い」
一番安定してそうなやつを指名すると、クユミは腰元からダガーを引き抜くと、くるりと回転させて逆手に持つ。
「始めていいぞ」
「すぐ終わっちゃいそうだけどいいの?」
「構わない」
俺がそう返事をした直後、クユミの姿が消えた。
10メートルぐらいの間合いがあったはずなのに、小柄な彼女はいつの間にか魔物の頭上を取っていた。
「ざーこ♡」
相手の頭部に手を当てて、腰のひねりを入れながら前方宙返り。
すれ違いざまのかすかな動きだけで、ダガーの刃が魔物の喉元をかっさばくのが見えた。
「怖……」
思わず呟いた。
そりゃ本当に雑魚でしょうね。こんなに説得力のある煽りをしていいんだメスガキって。
「せんせい見てた見てた~?」
魔物が崩れ落ちてじたばたともがいているのを尻目に、クユミがとてとてと駆け寄ってくる。
「ああ、見てたぞ。一応は技能評価対象でもあるからな……」
「そういうんじゃないけどな~」
「もっと実戦的なアドバイスしろってことか? あのもがき方からして呼吸気管と神経を完全に破壊できてないから、動き出す前にもう少し観察した方がいいんじゃないか?」
「…………」
自分の血に足を滑らせながらもがく魔物に指を向けて、くいと曲げる。
首全体に一瞬で負荷が掛かり、ごきりと音を立てて完全に絶命させた。
「ああいうもがき苦しみ方を見て楽しむようにはなるなよ」
「……それぐらい分かってるし」
今までの余裕を崩さない態度とは裏腹に、珍しくクユミはそっぽを向いた。
耳を赤くしている当たり、少し恥ずかしかったようだ。
「まあ……見せびらかすために、見栄え良く最速で動き出したんだろうけどさあ」
「!! わ、分かっててあえて言うとかサイテー!」
お前『!』つきでしゃべれたんだ。全部『♡』に変換されてるんだと思ってた。
ぽかすかとこちらの脇腹を殴ってくるクユミ。
一瞬だけダガーを引き抜く動作を見せたのでそれだけ手で押さえると、満足そうに隅っこへと歩いて行った。
「じゃあ次、シャロン……」
次の魔物を連れてきた後、シャロンの正面に配置する。
「分かった」
頷いた後、先ほどと同様に彼女は砲撃モードを起動し、魔力砲撃を発射した。
直撃を食らった魔物はその体の大半を消し飛ばされ、つま先だけが地面にへばりつくようにして残されるばかり。
「どう?」
「結構なお手前で」
「は?」
「凄いって意味だよ」
慌てて補足すると、そ、とだけ呟いてシャロンも後ろへと下がっていく。
これはさっき見せてもらったし、別にやってもらわなくて良かったかもな。
「じゃあ最後だけど……いいのか?」
手元の紙に評価をメモしながら、前に出てきたエリンへと声をかける。
「はいはーい」
木の枝はちゃんと外して、大小二振りの太刀を腰に差したエリン。
ギャルギャルしい見た目と完全な武士道装備の落差がひどいなこれ。
「始めていいよ」
言うや否やだった。
ビキリ、と何かの割れる音が聞こえた気がした。
「一閃ッ!」
視界を横切る形で、確かに一筋の線が閃いたように見えた。
なるほど……初期スキル『横一線ッ!』か。初期スキルでこんな威力出たっけ?
魔物は上下完全に分かたれて、その場にべしゃっと崩れ落ちた。即死している。
背後でシャロンとクユミが少し驚く気配を感じた。ここまでやるとは思っていなかったのだろうか。俺も思っていなかったけど。
「見事だな、体の動かし方が上手い」
「えへへ、こーゆーのあたしは大得意だからさっ」
むん、と力こぶを作ってアピールするエリン。
快晴の下、頬を伝う汗が健康的で美しい。何かのコマーシャルみたいだ。
「……あ」
だから、天気が悪かった、運良く晴れていた、としか言えないだろう。
彼女の首筋から、有色塗料が汗で剥がれた。
その下には多分一生消えないであろう傷跡が見えた。
「お前、それ」
「ん、ああ……隠しておけって言われたから」
言われたから隠していただけだと、彼女はあっさり言った。
「……訓練でついたのか」
「うん、あちこちに。でも、痛みで覚えるものなんじゃないの?」
「そんなわけあるか」
ソードエックス家さん本当にどういう教育してんだよ。
「……でも、物覚えが悪いなら、悪いなりにやり方を考えるしかないって」
「じゃあ、やり方を考えるのは今日から俺が一緒にしよう。俺から言わせてもらえれば、そのやり方をしていていいことなど一つもないな」
「それは……」
「生徒が嫌がるやり方の時点で論外だ」
ハッと彼女は顔を上げた。口にしたことなんてないのにどうして、と瞳が揺れている。
思わず鼻で笑いそうになった。実家飛び出して冒険者学校に来た奴が何言ってんだ?
「今のお前は俺の生徒だ」
「……うん」
「今までの理由はもう通用せんぞ。心しておくがいいさ」
お前の顔とかに傷がついてキャラデザ変わったら『2』が別の作品になってしまうんじゃよ。そんな重い責任は取れん。
既に傷だらけですけどとか言われてもここは譲れない。
それに……まあ、教え子が目の前で傷を負うことを、教育者が容認することはあり得ないだろ。
「俺はお前の未来のことを考えて行動したいと思っている。だからお前のやりたいことややりたくないこと、全部言ってくれ」
エリンはその揺れる碧眼に俺を映し込み、困惑の表情を浮かべた。
教師とは言え、俺は今、続編主人公の先行きを決めかねない立場なのだ。
下手に出すぎるということはない。
「い、いいの……? でも、やりたいこととか、何がやれるかすら、分かってなくて」
「あいつらにでも教えてもらったらどうだ?」
俺は並んでこちらを待っているシャロンとクユミを指さした。
「……でも」
「いいか、エリン」
当たり前にあるはずの自由の権利を、なんとしてでも否定しようとするエリン。
彼女の言葉を遮って、俺は静かに語りかける。
「お前が信じられるようになるかは、これからの話として……ここにお前の敵はいない。お前の味方になりたいと思っているやつしかいないよ」
頭にぽんと手を置いて、苦笑した。
こんな世紀の大剣豪相手に上から押さえつけるのは無理すぎるだろ。
「ぇぁ……そ、それだめぇっ!」
「うおっ! あごめんこれセクハラか!」
ブォン! と居合斬りが振るわれたので大きくのけぞって回避する。
抜刀から納刀までが速すぎるだろ、と苦笑するより先に、エリンは恥ずかしさから逃げるようにしてシャロンたちの方へと歩き出そうとしていた。
「……ありがと、センセ」
「ああ。じゃあ授業はここまでだ、片付けは俺がやっておくから、休み時間に入っておきなさい」
ちらりとこちらに振り向いた後、エリンはすぐに前を向いて歩き出した。
ソードエックス家ではかなり酷い目に遭っていたようだ。心のケアも必要かもな。
今は同年代とのふれあいに預けてみよう。今までロクに接したことなさそうだし。
「……バカ共が」
思わず、ソードエックス家への怨嗟が低い声となって漏れた。
彼女がどれだけ大事な存在なのかを理解していない。
「ふう」
頭を振って、息を吸う。
怒りを呼気に混ぜて吐き出して頭を冷やす。
『1』にしろ『2』にしろ、最終的には主人公が世界を滅ぼそうとする存在(これ1と2で違う存在なの最悪すぎるな)を完全に打倒して大団円を迎えることになる。
世界を滅ぼそうとする存在……まあ魔王みたいなものだが、それを二度と現れないよう倒すには、選ばれし者の力が必要なのだ。俺がタコ殴りにしても、死にはすると思うけどそのうち復活する。
俺は選ばれし者じゃない。
俺に出来ることは選ばれし者を育て、適切な環境へと導くことだけ。
俺に失敗は許されない。彼女たちの失敗は、つまりシナリオを知りながらもうまく行動できなかった俺のせいで世界が滅ぶことを意味する。
俺が知る限りでは、人類の味方をしてくれる選ばれし者はマリーメイアと、そして目の前にいるこの教え子──エリンだけなのだから。
「あ゛~……顔アツ……」
歩いて行くエリンが小さくなにか呟いていたが、俺は結局3人とも迅速に魔物を殺せてたしチュートリアルなんか要らなくなってるんじゃないの? あれ? 次の授業何すんの? と恐怖に震えることしか出来ていなかった。
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