レアジョブへと至る道のために
冒険者学校の初日。
俺は職員室で手渡されたカリキュラムにざっと目を通した後、深く嘆息した。
「不満かしら?」
「不満も不満ですよ」
背後から話しかけてきた教頭先生に対して、カリキュラムの紙をバサバサと机に投げ捨てながら返す。
別に冒険者学校としては普通のカリキュラムだ。俺がかつて受けたものから、きちんと時代に変化に合わせてブラッシュアップされている。
ただ、それだけだ。
「俺の時にもほとんど意味なかったでしょう。今回の3人も同じですよ」
「あら、君たちと同じように天才だと思っていいってことでしょうか?」
「揚げ足取りですよ……」
そりゃここに通ってた頃の俺たちと同レベルなんてありえない~みたいなこと言っちゃったけどさ。
「だからこそ、君からの連絡があったのは本当に幸運でした」
「なるほど。昔あなたがえっちらおっちら半泣きで頑張って教えてくださった経験を生かして、本当はどう学ばせるべきだったのかを実践するってわけですね」
教頭先生は笑顔で小さな杖を俺の頭部に突きつけた。
俺は両手を上げて全面降伏の姿勢をとった。
「すみません。今のは完全に俺がバカでした」
「まったく……いや、別に半泣きになんてなっていなかったはずですが……」
なってましたよ、と指摘すると藪蛇過ぎるので割愛する。
まあ俺を含む5人、今思えばクソガキ指数高すぎたかもしれんしな。
「ともかく、やれる範囲はやってみますよ」
「助かります。具体的に必要なものがあったら教えてください」
「必要なもの?」
「教えるうえで、です。実際に冒険者として色々な経験を積んだハルート君だからこそ分かることもあるんじゃないかなと」
いろいろな経験って、クズ勇者ごっこしてただけなんだけどな。
まあ言われたからには仕方ない。
クズ勇者として培ってきた最低の思考回路が唸りを上げる。
唇を釣り上げ、目をちょっと鋭くし、金と女と地位のことしか考えていない男の顔を作り上げる。
ピンと来た!
「授業中は制服ではなく水着の着用を義務付けようか。水着を三人分用意するがいいさ」
「…………」
教頭先生の瞳から光が抜け落ちた。
軽蔑を通り越えた何かが宿っていた。なぜこんな男が教育者になろうとしたのか理解できないと書いてあった。
「……本当にすみません、冗談、冗談です」
「へえ、若い子がいいんですね」
「違います違います違います! 今のは昔の悪い癖というか……」
教育者として怒られるかと思ったが、教頭先生はどちらかといえば普通に機嫌を損ねていた。
何だ、つまり──先生として生徒を水着に着替えさせるのはセーフなのか!?
そんなわけねえだろタコ。恥を知ろうと思います。
◇
「えー、最初の授業ではざっと自分がどういう冒険者になりたいのかを考えてもらおうと思います」
冒険者学校の制服姿の三人は、訓練場に並んで首を傾げた。
「えっとセンセ、それってその、将来の夢みたいな?」
挙手したエリンが恐る恐る問うてくる。
どうやら俺が、幼い子供相手に道徳の授業みたいな話を始めるのではないかと疑っているらしい。
「いや、冒険者ギルドに届け出るジョブの候補を絞ってもらう」
「想像の百倍ぐらいちゃんとした内容だった……!」
ゲームシステム上、各キャラクターは専用の経験値を消費することでジョブを変更したり、上位ジョブに進化したりすることができた。
転生した後の今は、ギルドに申請して冒険者カードに記載されて初めてジョブを獲得できる。
単純にパーティを組む際の自分を売り込む名目にしたり、ギルド経由で複数の冒険者を集めて行動させる際の割り振りの指標にしたりするのが目的らしい。
っていうかこの辺の確認、パッとやらせてほしい……! 具体的に言うとステータスオープンさせてほしい……!
「あたし、ソードマスターとかががいいなあ」
「マスターしてから言え」
そっけなく告げると、エリンはやっぱりか~と肩を落とした。
お前のジョブは『サムライ』→『剣豪』→『剣聖』固定なんだよ。ジョブクラス一本道女がよ、実家は嫌いでもその剣の才能は誇れ。
「せんせいは何だったの~?」
剣士系統に縋りつこうとするエリン相手に頭を悩ませていると、密かに背後を取りに来ていたクユミが、背伸びして俺の首筋をつうと撫でる。
ボディタッチがエロイ女ではなく猟奇殺人犯側なのは一刻も早く修正しろ。
「俺はブレイバーっていうジョブだった。オンリーワンにしてナンバーワンのユニークジョブだよ、まあまだ価値なんて分からんだろうさ」
「せんせいその口調の時に脈と体温がスッと安定するんだけど、自分を落ち着けるためのルーティンだったりするの~? 人格歪み過ぎ♡」
だからこいつはその間合いでは見抜けないことを見抜き過ぎなんだよ!
クユミが適性を持つジョブは『シーク』系統だったはずだが、『潜伏』スキルと『観察眼』スキルの精度が高すぎる。これレベル60ぐらいないとできないだろ。
「クユミは『シーフ』系統だと思うけど、今は何なんだ? やっぱ『忍者』?」
「にんじゃ……って、何?」
初めてクユミがぽかんとした表情を見せた。
「いやマジで関係ないことだった。知らなくても無理ない」
「え~?」
胡散臭そうにこちらを見るクユミ。
でもやってることだけを見ると明らかに上位ジョブに到達してるんだよな。いやこれは俺がゲームの感覚で考え過ぎなのか? こういう天才もたまにはいる、ってことでいいのかなあ……
「ま、二人はある程度方向性は決まってるってことか……じゃあ最後だな」
「…………」
ひとまず剣にまつわるジョブを取るつもりではあるエリン。
既に上位の風格すらあるシーフ系統のクユミ。
残ったのは、魔力砲撃機構を搭載した突撃槍を抱えているシャロンだ。
彼女は騎士と魔法使いの2系統に適性を持つ。
そして正当に進化していけば、最終的な着地点として2系統を混ぜた完全独自ジョブ『ブレイズバスター』へと至るのだ。
この道を絶対に潰してはいけない。他に派生のしようのない刀馬鹿ことエリンやなんか既に極まりつつあるクユミとは違い、シャロンは育成を失敗すると『ブレイズバスター』にたどり着けなかったりする(1敗)。
ならばこそ──俺が最も教師として気合を入れて指導すべきなのは、恐らくこの子だ。いやそんなに扱いに差をつけるつもりはないけども。
「シャロン、自分の強みはなんだと思う?」
「これ」
言うや否やだった。
訓練場に持ち込んでいた得物を砲撃モードに展開して、シャロンは自動で投影されていた仮想ターゲットめがけて魔力砲撃を叩き込んだ。
充填されていた魔力が焔を雷を混ぜこぜにして放たれ、射線上の地面を融解させながら疾走。
直撃と共に仮想ターゲットが消し飛び、余波で膨れ上がった火球に、訓練場の外壁がえぐり取られる。
「全部を焼き尽くすこと」
「的だけにしてくれ」
的以外のものを焼き尽くしすぎなんだよ。
山火事の跡か? 端的に言えば地獄絵図。エリンとクユミもドン引いていらっしゃる。
「……シャロン、これは味方のことを考えて撃ってないだろ」
「だったら?」
その質問は予想できていた、と言わんばかりに即答された。
クソが、そういえば原作でもこいつ尖りまくってたな。
つけられてたあだ名は『殲滅お姉さん』『敵皆殺しシングルタスク女』『魔女狩りが本当に狩るべき対象』とひどいものばかりだ。
しかし、この超絶火力を育てなければ世界に未来はない。
ここは教育的指導が必要だ。
「お前さ、もうちょっと仲間を考えて行動するべきだぞ」
「仲間なんて──」
「いやエリンとクユミならもうちょい出力上げても巻き込まれる前に退避できると思うからもうちょい出力上げた方がいい」
…………。
たっぷり時間を挟んでから、シャロンはただ一言、は? と告げた。
「見て分かる、とは言えないけど気配で大体分かる。出力の上限値には全然遠いだろう?」
「……そんなこと、言われても」
「仲間をついてこれない前提で見てやるなって」
俺はチラリと二人を見た。二人ともシャロンが作った惨状とこちらを交互に見た後、凄い勢いで首を横に振り始めた。
嘘を吐くな! 俺はお前たちのステータスを知ってるんだぞ! そのレベル帯でフレンドリーファイアから即時回避できないわけねえだろうが!
「……でも巻き込んだら、みんなやっぱり、私のこと」
「それは先生が責任取るから大丈夫だ」
ステータス的にはあり得ないから取ることは未来永劫ない責任である。
故に、自信満々で即座に断言出来た。
「…………」
シャロンはじっとこちらを見つめてきた。
これ以上はもう何も言えん。
信じてほしい。プロミスミー! あっちげえ約束してほしいだこれ。
「じゃあ、約束して」
びっくりした、脳内を読まれたのかと思った。
「もしも私が、クラスメイトを誤って焼き殺しちゃったら……先生が、責任を取るって」
改めて聞くと字面ひどすぎるな!
大丈夫なのは分かっていても倫理的に凄い約束しにくい。するけどさ。
「ああいいよ。そうさせないのも俺の仕事だからな」
「ふーん」
シャロンは頷くと、多分初めてこちらの目を見た。
視線が重なったのを確認するかのように数秒見つめ合った後、彼女はニカッと笑う。
「今の断言はかっこよかったよ。やるじゃん」
「…………」
「いい大人がガチデレなんかしないでよ」
それはその通りなんだけどちょっと耐性がなさすぎた。
思えば知ってるゲームの世界に転生したのに女の子とイチャコラするとか夢のまた夢みたいな生活を送って来たからな。これは勘弁してほしい。
「へえ、熱血じゃん♡ でも、そういうのせんせいが言うと説得力あるな~」
「え? そうか? 俺結構評判悪いと思うんだけど……」
クユミの言葉に振り向くと、彼女は一冊の本をこちらに見せびらかしていた。
表紙にはやたらイケメンなお兄さんの絵が描かれている。
本の帯にはこう書いてあった。
『勇気をもって進む者。
遥か太古の時代、闇を打ち払い、世界に光を齎した存在の末裔。
それこそが勇者の末裔──ハルートなのだ!』
絶句。
心の底から、言葉を失った。
差し出された本を受け取り、シャロンが首を傾げる。
「何これ」
「新発売の本! 『勇者の末裔の偉業~最強の冒険者ハルートの実績を読み解く~』だよ。ちなみにせんせいとパーティ組んでた僧侶さんが書いたんだって♡」
「あの馬鹿はどこだ!!!!」
これがマリーメイアの手元にわたって、なんか俺の評価上方修正食らったらどうすんだよ!
俺の計画が全部狂ってんだよなあ馬鹿のせいでよおなあ!!
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