顔合わせの時間

 教壇に立ち、3人の生徒たちの顔を見渡す。

 順番に、目をキラキラさせて興味深そうな、こちらを見ることすらなく興味なさそうな、そしてニマニマとこちらを小馬鹿にしたような表情。

 間違いなく続編に登場する主人公3人組だ。


「えーと、これから君たちのクラスを受け持つことになりました、ハルートです」


 混乱の余り前世の社会人としての態度が表に出てきてしまった。

 まずい。傲岸不遜なクズ勇者ロールが崩壊している。いやもうする必要ないんだけど。


「今回は教導官候補生として皆さんを担当することになりました、よろしくお願いします。では、三人にも自己紹介を……」

「あたしはエリン! センセ、よろしくねっ!」


 話を振った瞬間に金髪のおしゃれな生徒が勢いよく挙手した。

 ぐわああああ! 前世ぶりの陽キャオーラにあてられて体が不調を訴えている!


「えっと、名字を聞いても?」

「えー、名前で呼んでよ」


 唇を尖らせてぶーたれ始めるエリン。表情豊かだ。

 俺は静かに横を見た。そこにいるはずの教頭先生は影も形もない。事前に生徒の情報ぐらいくれよ! これぐらい大丈夫だろって思ってるのは分かるけどさあ……!


「あぁー……そうか、分かったよ」

「え?」


 俺はエリンが腰に差す二本の太刀をちらりと見て、頷いた。

 さすがに『1』よりは陽気な空気感の『2』だったが、メイン3人が抱える事情はそれなりに重いものだった記憶がある。

 例えばエリンの場合、実家がめちゃくちゃ厳しくて半ば出奔するようにして冒険者学校に入学、その際にギャルデビューしたみたいな感じだったはず。


 ……基本的なデータ自体は覚えているんだが、いかんせん『2』はシナリオをクリアしただけなんだよなあ。

 周回するたびに様々なエンディングを見ることのできた『1』と違って、本筋は大体一本道だったし。

 内部のシナリオライターが変わったんじゃないかと噂になったし生放送でライターの変更はあったって公式が認めてた。そら空気感違うわ。


「確かソードエックスだったよね? ……だっただろ」


 俺は記憶を手繰り寄せて、エリンの名字を口にした。

 うろ覚えだけどなんかイカれた剣術馬鹿家系だったと思う。自分を人間ではなく、大義が振るう刃と定義している、みたいなアホ過ぎるポリシーを持ったハートフルファミリーだ。


「……へぇ、それは知ってるんだ~?」


 名を発した刹那に、教室の温度が下がった。

 他の二人の生徒は動じてないが、俺はドッと冷や汗を垂らす。

 エリンの目は笑っていなかった。厳しい訓練を積みに積んだ者だけが出す威圧感。教室の床が物理的に軋んでいないのが不思議なぐらいだ。


「あんまり、出さない方がいい名前ってことだろう?」

「さあ」


 助けを求めて黒髪の生徒に視線を向けるも、彼女はこちらを一瞥もしなかった。

 仕方なく最後の、明らかに大人を舐め切っている生徒を見る。


「あーあ、がっかり。せんせいってば意外とビビリなんだあ。心臓の音すっご♡」


 さっきからなんでこいつは俺の心拍数を全部聞き取ってるんだよ。

 いやそういうやつなのは知ってるけど。


「ねえセンセ、教頭ちゃんから聞いたんだけど」

「おまあの人ちゃんづけで呼んでるのかよ」

「センセはさ、結構有名な冒険者だったんでしょ? そうは見えないけどな~」


 ゆるっとした口調とは裏腹に、エリンのまなざしは戦士、というか剣客のそれだった。

 俺の一挙一動をつぶさに観察している。それもガン見してではなく、ごく自然にだ。


 ……おかしい。

 恐らくだが、『観察眼』スキルを使っている。


 『CHORD FRONTIER』は戦闘時に使うアクティブスキルや常時発動させることのできるパッシプスキルを活用するゲームだった。

 転生してステータス画面からスキルを確認するなんてできなくなった(ステーテス画面がない)が、スキルに該当する力があるのは確認できている。


 問題は、『観察眼』スキルはエリンがレベル40到達時に解放される代物だということ。

 冒険者学校にレベル40のやつなんていてたまるか。モブ冒険者たちの平均値は確か32.5だぞ。


 え? この間『1』のOPデモ終わったばっかりだよ?

 なんで『2』主人公がこんな高レベルになってるの? 中ボス殺せるじゃん。


「……とりあえず、他二人も自己紹介をお願いできるかな」


 探りの視線を受け流しながら、俺はかろうじて笑みを浮かべた。

 黒髪の女子が数秒沈黙した後に、ゆっくり唇を開く。


「……シャロン・ピール」

「…………」

「…………」


 名乗りだけで終わった。


「あー、ありがとう。他に何か、好きなものとかある?」

「静寂」

「あ、そ、そうか……」


 これ以上は無理っぽいな。

 チラリと教室の後ろに立てかけられている、魔力砲撃機構搭載型の突撃槍を見る。

 シャロンのデフォルト装備だ。普通にゴツ過ぎる。


 この子の性能は確か、魔力値がバグってた。バグったみたいに多いとかではなくバグってた。

 黒髪のダウナー系ギャルであるシャロンは、メインキャラというか全キャラの中でも魔力最大蓄積値と魔力回復効率が優秀だった。

 それを利用して特定のスキル回しをすると毎ターン攻撃タイミングが回ってくるたびに最大攻撃力の魔法を発動することが可能、みたいなメーカーの意図しないムーブがあったのだ。

 それやる前にシナリオクリアしちゃったせいでやり方知らないけど。


「じゃ、じゃあ次……」


 顔を向けると、メスガキと視線がバッチリ重なった。

 向こうの視線には煮詰めに煮詰めた殺意が込められていた。机を蹴とばして間合いを詰められるのに1秒かからないだろう。

 気を抜いていたら、即座に右手を腰に差した剣へと手を伸ばしたかもしれない。


「はーい。クユミ・ランガンだよっ、楽しませてね~?」

「……心臓に悪いから殺気抑えてくれ」

「くふふっ。今のって反応できなかった? それともわざと反応しなかった~?」

「正式じゃないけど、俺は教師としてここに来たからな。生徒相手に馬鹿な真似はしない」


 この言動でこっちをガチの殺気で釣って試すのタチが悪すぎるだろ!

 いやどうなってんだレベル帯!

 チュートリアル前の段階で絶対に到達してはならない強さを発揮されまくっている。

 何も教えないまま卒業させても、彼女たちはチュートリアルのモンスターを八つ裂きにして帰って来るだろう。


「はい、じゃあこんなところで……とりあえず、一時間目は自己紹介だけすればいいって言われてたけど……」

『…………』

「ああうん俺が出ていくべきか。そうか」


 三人そろって俺に向かって出てけよと視線で語り掛けてきた。

 怖い。この子たちの前でクズ勇者ムーブとかできない。

 まあ追放という人生の目標は達成したわけだから、やる必要もないんだけど。

 俺は手ぶらのまま教室を出ていこうとして、ふとエリンに声をかける。


「あぁーそうだ、エリン」

「なに~?」

「次の授業からは剣域しまってくれ」

「……」


 椅子に座るエリンを中心として、円状に剣の届く領域が展開されている。

 余りにも研ぎ澄まされた気配を発しているから、油断してる時に仕掛けられたら容赦なくカウンターを打ってしまうだろう。本当に冒険者学校の生徒か?


「……はーい。やっぱ強いんじゃん、もっとシャキッとした方がかっこいいよ?」

「そうか? ……くく、この俺にアドバイスをするなど百年早いが、まあ勝手に言うがいいさ」

「うわダサ、似合ってない」


 これでずっと飯を食っていた俺は泣いた。




 ◇




「やっぱり覚えてなかったわね」


 顔合わせの時間を終え、憔悴した様子でハルートが教室から出ていったあと。

 椅子に座ったまま、シャロンがぽつりとつぶやいた。


「……あたしの場合、『ソードエックス』になる前だからね。あんまし期待してなかったかな~」

「なんか大人しくなってたね。前に見た時の脈ちっとも乱れないまま上級魔族殺してた時と大違い♡」


 ハルートは『2』のキャラたちが想定と違うことに動揺していた。

 まだ『1』すら始まったばかりの段階でここまで強いはずがないと。


 間違えているのは彼の方だ。

 すべての前提をそろえようとした結果として、すべての前提を彼が狂わせた。


 マリーメイアの追放のため、仲間たちと共に冒険へと繰り出した。

 最強のパーティから追い出されたという状況を作るためには──最強になる必要があった。


 シナリオを信奉するあまり、『1』の時間軸に明らかな矛盾点があることに気づかなかった。

 仲間を集めて最強の座に君臨するまで、ハルートは2年半かかった。それでギリギリ間に合った。


 2年半で最強の座に至るという、狂気の疾走。

 OP段階で生じていた明らかに不可能である前提条件を、ハルートは強引にクリアしてしまった。


 この世界がいかに歪んだのか、誰の人生を破壊したのか。

 彼はまだ、何も知らない。



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