かませ役から始まる転生勇者のセカンドライフ~主人公の追放をやり遂げたら続編主人公を育てることになりました~

佐遊樹

セカンドライフが初日で破綻した

「お前をこのパーティから追放する」


 リーダーからそう言われて、パーティのヒーラーを務めていた少女マリーメイアは目を見開いた。

 王都にほど近い地点で朝を迎え、野営の撤収作業が終わった時のことだった。


「ハルートさん、今、なんて……」

「お前は俺のパーティには要らんと言ったんだ。荷物はまとめておいた、今すぐ出ていくがいいさ」


 椅子にふんぞり返ってマリーメイアを睨む男、その名はハルート。

 最強と名高いこのパーティのリーダーであると同時に、太古に世界を救ったという勇者の子孫である男だ。


「ハルート、いいの?」

「構わんさ……俺たちが更なる高みへと向かうためには、この女が邪魔だ」


 しっしっ、と虫でも相手にするかのようにハルートは手を払う。


「そ、そんな! 私をスカウトして、ここまで一緒に連れてきたのはハルートさんじゃないですか……!」


 目に涙を浮かべてマリーメイアは叫ぶ。

 しかしハルートは面倒くさそうな表情で顔を背けた。


「もっと役に立つと思ったんだよ、だが期待外れだった。お前じゃねえヒーラーを入れた方が、俺たちは楽ができる」

「でも……私、頑張って……」

「うるせえな、俺が消えろって言ってんだから消えろよ。お前がいなくなったら俺は欲望とエロスの限りを尽くす予定なんだよ」


 ハルートは仲間の一人である女騎士の腰に腕を回した。

 女騎士は少し頬を赤らめてそれを受け入れる。ハルートは内心で舌打ちして腕をひっこめた。


「クソ、そうじゃねんだよ。もっと悪い奴の感じがさあ……」


 一人で小さくぶつぶつ言い始めたハルート相手に、マリーメイアはついに涙をこぼし始める。


「これから、どうしろっていうんですか……」

「…………」

「は、ハルートさん……?」

「ハッ」


 泣いているマリーメイアを見た瞬間、真顔で硬直してしまっていたハルートは、息を吹き返したかのように嘲笑を浮かべる。


「勝手にするがいいさ。ひとまず王都の実家に帰るんだな。その後は……隣の王国に行くのはどうだ? 紹介状なら書けるぞ?」

「え? 急に親切」

「ギャハハハ! 嘘だよ、嘘!」


 ハルートは背中で何かの紙を握りつぶしたが、それはマリーメイアからは見えなかった。


「ここから王都までは一本の坂道だし見晴らしもいい、危険な目に遭わず帰れるだろう? さっさといなくなるがいいさ」

「え……ええっと………?」

「消えろと言っているんだよ」


 邪険にされている割には親切、親切な割には主張が一貫して自分を追い払おうとしている。

 もう話し合いの余地はないと悟ったのか、勝手に、そして丁寧にまとめられた荷物を拾い上げると、マリーメイアは黙って王都への下り坂を歩き始めた。


 何度も振り向きながら、彼女は少しずつ遠ざかっていく。

 そしてその背中がついに見えなくなった後、ハルートは無言でその場にへたり込み、頭を抱えた。


「わざわざ取り寄せた紹介状、自分で無駄にしているではないか」

「話の流れで使えそうなら使うって言ってたけど、自分でダメな流れに持ち込んじゃってどうするのさ」


 何を考えているのかよく分からないリーダー相手に、何か考えはあったのだろうと予想しつつも、仲間たちが冷たい視線を向ける。


「リーダー、どうするの? マリーメイアの代わりなんて、いるとは思えないよ」

「…………もうぼうけんしゃやめる」


 赤ちゃんみたいな声がハルートの口からこぼれ出て、仲間たちは顔を見合わせ肩をすくめた。

 そうして最強パーティは、人知れず休業期間へと入ったのだった。




 ◇




 普通に大学を卒業して普通に働いていた俺は、ある日駅の階段で足を滑らせて死んだ。

 死んだという実感があるわけではなく、つるっと体がひっくり返って頭に強い衝撃を感じた後、視界が真っ暗になったというべきか。

 結構ちゃんと死んでるなこれ。


 それから目を覚ました時、俺は赤ん坊になっていたのだ。

 両親の姿や見たことのない景色、何よりごく普通に人々が魔法を使っているのを見て、これは別の世界に来てしまったんだなと理解させられたものだ。


 変な目立ち方をしないよう子供らしく振舞いながらも、俺は国の名前や固有名詞を聞き集めていった。

 結果としてこの世界は、俺は前世でやりこんだゲームの世界だと確信するに至った。


 俺が転生したのは『CHORD FRONTIER』というコンシューマーゲームの世界だったのだ。

 等身大の3Dキャラクターを操りマップを探索し、敵とエンカウントしたらターン制バトルを行い、ストーリーを進めていくというよくあるRPGゲームである。


 特徴としては、ゲームシナリオがいわゆる追放もの文脈を取り入れていた点だろう。

 主人公であるマリーメイアはパーティから追放された後、別の国やら色んな僻地やらで新たな仲間を集めて世界を救う冒険をすることになる──というのが大まかなストーリーだ。


 スタッフもそこを意識してか、非王道RPGなんてジャンルを名乗っていた。

 結果としてシナリオ面では賛否両論となったが、個人的には意外とこれゲームでも通用する設定だな……とは思った。


 ゲームシステムやらBGMやらはスゴい良かったし、何よりキャラデザがめっちゃ良くて話題になった作品だ。

 というか他の要素が100点中95点ぐらいは余裕で取ってきただけに、どうして追放要素を入れてしまったんだとゲームファンたちを反発させていたんじゃないかな、と俺は思っている。

 それでも一定数売れて2が出たので、試みとして失敗ではなかったのだろう。まあ2になって急に毛色変わったからちょっと燃えてたけど。


 ともかくよく知っている、というか割とやり込んだと自負しているゲームの世界に転生したと知り、俺のテンションは高まりまくった。

 そして自分の名前を知って前世込みでの最低値にまで落ち込んだ。


 この世界での俺の名はハルート。

 主人公マリーメイアに冒頭で追放を言い渡す、傲慢なパーティリーダーだったのだ。


『マリーメイア……俺のモノになれ』

『お前がいなくなったから、俺たちは落ちぶれて、今じゃC級冒険者だ……お前のせいで……!』


 こんな感じのセリフばっかり言ってるやつだった。

 ちなみに原作でハルートがマリーメイアを追放した理由は自分の女にならなかったから。

 シナリオを進めていくとちょいちょい出て来るんだけど、出て来るたびに落ちぶれていくもので、マリーメイアに恨み言をぶつけたり肉体関係を迫ったりしては新たな仲間たちにぶちのめされていた。


 非王道RPGとはいえ女主人公に肉体関係を迫って来るクズ男が定期的に会いに来るものだからそりゃ嫌な人は嫌だろうな。

 俺の……じゃなかった、ハルートのアンチスレが毎回伸びまくっていたのも納得がいく。


 ともかく、パーティを追放されたマリーメイアは新たな仲間たちと共に冒険を繰り広げ、最後は世界を救うのだ。

 つまり……俺が彼女を追放しないと何にもならん。

 平凡な少女とか言ってる割には美少女過ぎるし好みドストライクだし優しいし芯があるしもう本当に世界で一番かわいいと思っていたけど、追放しないと話が始まらん。


 そして追放は無事に完了した。ミッションコンプリート。

 後は落ちぶれてざまあされるだけなのだが、ぶっちゃけハルートに対するざまあ、世界を救う旅に関係ないんだよね。マリーメイア組がスカッとするためだけのイベント。


 だからざまあされる必要はないと判断し、俺はパーティを解散して隠居するつもりだった。

 しかし待ったをかけたのは、残った仲間たちである。


 仮にも最強のパーティが、仲間のうち一人を追い出した後に突然解散となれば、逆にマリーメイアが何かしたのではないかと疑いがかかると指摘してくれたのだ。

 完全に盲点だった。危なかった。あと同時に俺がマリーメイア憎しで追放したわけではないことがバレ散らかしていた。


 これはもう仕方ない。俺前世でマリーメイアが推しだったし。

 グッズ買い集めてたし。職場のデスクにアクスタ並べてたし。


 あああああああああああああああああやだあああああああああああマリーメイアちゃん泣かせたくなんかなかったのにいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!

 死にたい…………


 とにかく事情があると汲んでくれたおかげで、俺が追放の話を相談しても受け入れてくれたようだ。

 原作だとこの仲間たちもまあまあひどい末路を迎えていたので、そうならないためのパーティ解散でもあったんだが。


『また後日、共に冒険に出るとしよう』

『あたしらに黙って彼女とか作っちゃダメだからね、ハルート』

『ご飯は、毎日食べてね……心配だから』


 気軽な挨拶と共に、3人の仲間たちはそれぞれどっか行った。

 これ最終的に解散しようとしてるの俺だけだな……


 とはいえ、俺からすれば今まで生きてきた目的をやっと達成することができたのだ。

 数日ベッドの上でぼけーっとして、積んでた本をパラッと読んだり、意味もなく一人で深酒しまくったりした後。


 思い立った。

 第二の人生を始めよう。




 ◇




「驚きましたよハルート君、勇者の末裔にして最強の冒険者と呼ばれる君が休業なんて」

「いや休業っていうか気分としては第二の人生を始めてるんですけどね」


 古ぼけた校舎の廊下をギシギシ言わせながら歩いていると、隣を歩く教頭先生がそう言った。

 俺が昔お世話になった先生でもある。見た目が全然変わってない、美魔女というやつだろうか。


「良かったんですか? 君がこんな辺境の冒険者学校に来るなんて、何を言われるか……」

「まあ、どうせ暇ですから。せっかくなら母校の手伝いをした方がいいと思うので」


 実家に顔を出すのも気まずく、さりとて王都に居座ってても知り合いと会いまくって気まずい。

 そこでかつて通っていた冒険者学校に連絡を取ったところ、外部顧問的な形で指導者として雇えるかもという話になった。


「でも、全然変わってないですね校舎。俺の時は生徒が……5人でしたっけね」

「今は3人しかいません」


 絶望的な数字である。限界集落にもほどがあるだろ。

 まあ田舎の冒険者学校ならこんなものだろう。


「とはいえ──君たち5人に負けないぐらいには、優秀な冒険者となる可能性を秘めていますがね」

「ははは……先生、仮にも俺、最強って言われるようになったんですよ?」


 いくらなんでも過言だろうと笑い飛ばしながら、教室の扉を開け放つ。

 教室の中には、椅子と机が3セットずつあった。

 それぞれに着席した生徒たちが、興味深そうにこちらを眺めている。


「嘘だろ…………」


 その3人の少女たちを見て、俺は稲妻に打たれたかのように動けなくなった。



「へぇ~、お兄さんが新しいセンセ?」


 セミロングぐらいの金髪をおしゃれにまとめた、活発そうなギャル。



「……結構若いのね」


 制服を着崩して色白な素肌を晒す、ダウナーな雰囲気を纏った黒髪のギャル。



「キャハハ! 心臓の音すっご♡ 怯えじゃない、驚き?」


 ピンクのミニツインテールが可愛らしい小柄なギャル……ギャル? メスガキ?



 っていうかギャルってもう死語か。いやそれは元の世界の話か。

 まずい思考がまとまってない。


 そもそも俺がこの3人をギャルと呼称したのは、キャラデザが発表された際の反応がみんなしてギャル三人組じゃねえかと言っていたからだ。


「ハルート君、彼女たちが今日から君に面倒を見てもらう生徒……ハルート君? どうしました?」


 教頭先生の声が遠くに聞こえる。膝から崩れ落ちないよう堪えるので精いっぱいだった。

 教室で俺を待っていた3人は、『CHORD FRONTIER』の次回作──『CHORD FRONTIER2』のメインキャラクター、というか主人公たちだった。


 始めたいのは第二の人生であって第二作ではねえよ!




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