4- 白アザの黒少女(2)

 清潔に保たれた部屋だった。横に広めな造りだが、真昼の自然光で中は充分明るい。

 人のいない室内にはゆたりとした雰囲気が漂っていた。


 部屋の端には、観葉植物と身体測定装置、救急備品の詰められたスチール棚。

 反対側には、仕切りカーテンを間に挟んだ三~四台の滑車付きシングルベッド。

 真ん中の広々としたデスク上には、救急備品がしまわれた卓上棚に、ノートパソコンのディスプレイ部分が丸ごと取り外されたような、キーボードとタッチパネルのみの板状のデバイスなどが置かれていた。


 そんな中でタンポポが、

 デスクのミニ花瓶に生けられた一輪が、ソファ後ろの網戸から流れる、ふわりとした風に少し揺れた。

 なんとも、穏やかな時の流れだった……


 そこに突如――慌ただしいドアノブ音が炸裂。


 網戸の横、運動場へ続く裏口ドアからだ。ドアノブがガチャガチャと左右に震えている。外の何者かの焦りは伝わってくるが、あいにくドアには内鍵がかけられている。

 すると、ノブの動きと音がパッと止まった。諦めたか。


 ――と思いきや次の瞬間、網戸がスパァンッ! と勢いよくスライドした。

 そうして、ひょこり、と外から何者かの顔が覗き込んできた。少女であった。

 そのまま中の様子を見渡すと、少女は再び顔を引っ込める。


 そして今度は、ガクリと垂れた白長髪しろちょうはつの頭が、怨霊チックにニュッと入り込んできた。逆光の彼女である。ただしもちろん意識はない。

 頭から順に慎重に、彼女の体が、少女に抱えられて部屋の中へと通されていく。やがて全身が移されると、彼女はソファの上にぽすりと落とされた。


 窓枠に手をついて、少女は思わず項垂うなだれる。はあ゛~と声音の乗った、心の底からの溜息がだだ漏れた。

 ――何やってんだろう私は…――

 素直に、このまま放棄したかった。しかし自身の性格上、彼女これを中途半端にするのは必ず尾を引くだろうと、考えなくとも察していた。

 少女は嫌々ながら顔を上げると、重い腰を動かして、窓枠に自らの両手足をかけた。


 彼女を踏まないように、大股でソファを越えて、部屋の床へと直接渡った少女は、再び静かにその体を抱き上げると、そのまま一番窓際のベッドへと運んでいった。

 柔らかく体を寝かせ、小さな頭を、そっと枕に明け渡す。これで一段落。


 一応で、ベッドの足側にたたまれた掛布団を引っ張り、首元まで掛けてやると、

 ふと、その流れで彼女の顔を再認識した。

 やはり、魅入みいる。

 ニキビ一つない綺麗な寝顔だった。血色も少し回復したように感じられる。きっとさっきの剣幕は何かの間違いだったのだろう。

 輪郭はどちらかと言うとアジア系か。クォーターなのだろうか。髪やまつ毛は、これは地毛なのだろうか……。


 人間の女性として、ではない――改めて、逆光の彼女の美しさは作品的であった。

 その印象を更に強めている原因は、彼女の左頬にある。


 あざがあった。

 毛髪同様、雪のように白い、大きなあざ

 目元からはじまり、そのまま頬のラインに沿って外に膨らんだ、まるで勾玉紋様まがたまもんようのような形。タトゥーかと思えるほど綺麗に刻まれたそれが、彼女の神秘性をより強めていた。


 そのような人間と校内ですれ違えば、たとえ面識がなくても忘れるはずがない。

 つまり――逆光の彼女改め、白痣しろあざ女生徒じょせいとが新入生であることは間違いなかった。


 ではなぜ、このはあの時間帯、屋上にやってきたのだろう。なぜ――そうだなぜ――

 少女はベッド横の丸椅子へ力無く座り込むと、額に手をあてた。

 私は落ちた。絶対にだ。四階建ての屋上から。それも頭からだ。なぜ――。

 ちゅうに置いといた問題に対し、もう一度向き合う。起こった出来事を、順番に思い起こしていく。

 死んでもおかしくはなかった。ていうか、死んでいない方が絶対におかしい。のに、この体はどうなっている? 傷もなければ、痛みもない――。

 何故? 何が起こったから?

 落ちるスピードが、どんどん遅くなって、ゆっくり落ちるようになっていって、それで私は …あとこのも、そのまま、タイルの直前で、ほんとに直前で、止まって……。『止まった』……。『止まった』……。『空中で止ま――

 ――待って待って待って!!――


 眉間に、ぐっと力がこもる。そんな訳がない。

 起こった事実は覚えていた。ただその事実だけは、冷静になった今でも、どうやったって理解できるものではなかった。

 ない。あのシチュエーションで、人間二人だけで、落下速度を徐々に緩めて停止させ、安全に地面に着地することができる可能性なんて ない。


 でももし、もし……。


 額の手の指間ゆびまから、少女は白痣の女生徒を見つめた。ほんの少しだけでも可能性があるとするならば、やっぱりこの娘の存在が関係しているのだろうか。

 そうだとしても――それで納得できるかどうかは、全くもって別問題だ!


 自然とため息が、今度は音も無く漏れ出た。これ以上は頭痛を引き起こす。

 考えは打ち止めとなり、少女は我に返った。やることをやらなければ。

 裏口ドアと網戸窓の間の壁に取り付けられた、保険医コールボタンを確認する。なんと言い訳をしよう。廊下で倒れているところを見つけました。多分貧血だと思います。そんなことを考えながら席を立ち上がった。そして、血が止まるほど


「ウワァッ!」思わず悲鳴が飛び出た。

 すぐさま振り向いたその瞬間、頭の先まで震え上がった。

 起き上がった白痣の女生徒が、再び、その容姿からは信じがたいほどの形相ぎょうそうでこちらをにらみつけていたのだ。

 まるで尾を踏まれた獣のように、少女を捕らえたその両眼りょうまなこには、熱を放つほどの怒りが宿っている。


「おい、どこ行く気だゴルァ」

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