5- 白アザの黒少女(3)

「おい、どこ行く気だゴルァ」


 どこからそんな声を出しているというのか。一音一音に見事なドスが効いていた。

 少女はすっかり気圧けおされた。


「ほ ぉ 保健室の先生、ぃ 呼ぼうと思って」緊張で声がどもる。


 その態度にか、回答にか、女生徒は片眉を吊り上げた。「あ?」


「具合、ヤバそうだったから…」

「いらねぇよ。呼ぶんじゃねえそんなもん。んなことよりだ」


 いきなりだ――ぐいっと、手首を強引に引き寄せられる少女。

 よろけて思わずベッドに手をつく。咄嗟に顔を上げたその先で、

 キスの距離、その眼の熱をぶつけられた。


「おい、テメェ。ありゃなんだよ? あ? あのザマはなんだよ?」

「え? ザ…マ?」


 何のことを言っている?

 察しのつかない少女に、女生徒が舌打ちを飛ばした。「次あんなことやってみろ。テメェ絶対許さねえからな」


「は…ぁ…?」

「死のうとしたろ? 死のうとしてたんだろ? それを許さねえつってんだよ!」


 許さない? 何故?


「んなことしてみろ」掴まれた手首が、さらにキツく締め上げられた――「殺してやる」


 少女は耳を疑った。


「生き返らせてでも、後悔するほど殺してやる」


 そしておののいた。息が止まった。この女は、本気で言っている。それがわかってしまう凄味すごみだった。

 だが何より恐ろしかったのは、この女が、今日初めて会った人間にだって、本気で殺すと言えてしまうほどのはげしさを持ち合わせていたことだ。そんな人間に出会ったことなど、今まで生きてきて一度もなかった。


「わかったか?」


 返事を求められた。何か言わなければ。かくかくと口を開く。謝らなければならない。頷かなければならない。


 しかし待て――それを、すんでのところで少女は踏みとどまった。


 ふつふつと湧き上がってくる感情がそうさせた。

 殺してやる? 許さない? 何を言っているんだこいつは?

 自分の片手首を掴んでいる、女生徒の手首に触れる。

 女生徒は一度それを見やったが、こちらの動向を探ってかそれ以外の反応リアクションはない。

 その間にも、少女の目にも温度がともないだす。触れた女生徒の手首に指を回した。


 確かに、白痣の女生徒の凄味は本物であった。

 それがなんだ。

 赤の他人の勝手で自分を押し殺すほど、少女の元々は、そんなおとなしいものではない。

 ゆっくりと、力を込めて、掴み返す。

 こんな、今日会って今やっとまともに喋った奴なんかに、

 私が、どうしようもなくて、そうするしかなくて、やっとくだせた決断を否定されるいわれなんてない!


「離して」少女もまた、怒りを静かに言葉に乗せた。「私が死ぬことに、なんであんたの許しがいるの? 勝手に関わってこないで」


 空気が張り詰める。

 負けじと、少女だって火花を散らす。

 その様子を食い入るように見つめると、白痣の女生徒は「ハッ」と鼻を鳴らした。


「んだよ。ヤる気満々って顔じゃん。お前、そんなんじゃ死ねないぞ」


 こいつ!

 その言葉はたっぷりと少女を逆撫でした。何か一つ、強烈に言い返してやろうとあごが上がったがその時だった。

 手首がフッと解放された。


「これで一安心だ」


 女生徒の表情からみるみる迫力が抜け落ちていく。両眼りょうめに今度は、明らかにまどろみが差し込んできていた。


「それじゃあな――」そのまぶたが下りていく。


 少女は驚愕した。嘘だ、このまま言い逃げされるのか!?

 しかしその矢先――「あ…そうだ……」

 再び、彼女の目が勢いよく見開かれた。


「名前…! 名前は!?」


 もの凄い勢いで、少女を問いただす。

 ますます困惑させられた。今度は一体何だというのか。


「名前…?」

「お前の名前、教えてくれ!」


 そう言って、女生徒はすがりつくように手を伸ばしてきた。

 思わず少女は、掴んでいた手首を捨離しゃりって後退あとずさる。


「待って! 頼む!」


 でも、引き止められてしまった。

 この数秒で何があったのか。彼女はまるで別人だった。


 ――その声も顔も、どうしてそれほどかなしげなのだ。


「お願いだ。教えて……」


 少女は呆気にとられていた。

 先程の野蛮な態度から一変、すっかり弱々しくなった女生徒は、それこそ許しをうているようだ。

 これでは、まるで、自分が、悪者――


「…………真己那まきな……」


 空気にまれた。気がつくと少女はその三文字を口にしていた。

 するとどうだ。白痣の女生徒は、神から救いを受けたかのように、安らかにほころんでみせた。


「苗字は?」


 追って足された問いに、少女の瞳が少なからず揺らぐ。

 少しの間だけ、言いよどんだ。


きざみ」――【刻 真己那きざみ まきな】。それが、少女の名だ。


 それを聞き届けた女生徒は、これ以上ないほど満足気な表情を浮かべて、噛みしめるように息を吐いた。そして、


「ハハッ、だよな」


 最後まで真己那まきなを見つめながらそっと目を閉じると、


「よろしく――」そうつぶやいて、引力に身を預けるように、ベッドへ――。


 今度こそ、白痣の女生徒は深き眠りについたのだった。


 こうしてだ、

 二人のタイマン? のようなものは、ほぼ一方的に女生徒が真己那まきなを振り回した形で幕を閉じた。

 後に残ったものは、沈黙。時でも止まったかと錯覚するほどの、沈黙――。


 肝心の真己那は、完全に言葉を失っていた。

 見事に取り残されてしまった。物理的にも心理的にも、宇宙空間に放り出されたが如く。


 胸元むなもとの中では、やり場のないわだかまりが、まだまだ渦巻いたままだ。

 その圧迫感が真己那の顔を濃厚に曇らせた。きっとうちでは雷が音を鳴らしている。


 なんなんだ……。

 だからなんなんだ! この女は!!

 言いたいこと言い切って、したいことしたらそのまま寝た!? ありえない!


「ふざけてる」


 悪態をいた。それがもう相手に伝わらないのが余計に腹立たしかった。


 真己那は切って捨てるように身をひるがえすと、ガツッ ガツッ と床に靴音を立てて窓へと向かった。

 ソファを踏まぬよう跨ぎ越えて、また外へと飛び出した真己那は、結局網戸も元に戻さないままその場をあとにしたのだった――…。


 ついでではあったが、途中、壁に貼られた『先生がいない時はこれを押して呼んでね』とかわいいフォントで書かれたラミネートの横にあるボタンをドスリ、と突いておいた。

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