Case3-42 少女

 心臓が更に早打はやうつ。その勢いに気圧けおされ、表情がみるみるしなびていった。

 ……ここで待とう。そう思った。きっとみんな自分を探している。ここでじっとしていれば誰かが助けにきてくれる。お母さんが助けにきてくれる。そう願った。

 だが、――違う――ここでようやく、少女は心まで目が覚めた。

 助けなんかこない。助けにきたのは自分だ。自分がお母さんを助けに行かなければいけないのだ――そのことを思い出した。

 それが勇気をくれた訳ではない。むしろ心のどこかで、思い出したことについて後悔に近い感情さえ抱いた。それでも、自分は前に進まなければならないということはなんとなくわかった。

 すぐには動き出せない。せめて、今徐々に静かになりかけているこの心臓を待つ。既に出た答えを、それでも邪魔しようとしてくる葛藤達が、やがて飽きて身を引いてくれるのを待つ。

 そうして、自分の心と体に、ゆっくりと落ち着きが戻ってきてくれたことを確認すると、少女はずっとずっと張り付いていた角端からやっと離れることができた。


 四つん這いになりながら、鉄扉があった方向を確認しやすい位置へそろそろと移動し、再び階段裏に背を預ける。覚悟を決めなければならない。少女は大きく深呼吸をした。

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